Electronics

2012.04.16

Shapeoko ─ 手の届くCNCフライス盤キット

Text by kanai


4月1日、InventablesはShapeoko kitsの販売を開始した。エイプリルフールではない。このホビー向けCNCフライス盤には3つのバージョンがあるが、どれもMakerSlide systemで作られている(リンク先は日本語)。このような安価なキットが発売されたことで、MakerSlideの有用性と、Makerにとって実用的な組み立てブロックであることが証明されたわけだ。Shapeokoを開発したEdward Fordにとって、これは大きな幸運となったわけだが、ここまでの旅は長かった。
EdwardのCNC物語は2004年に始まる。まだ学生だった彼は、機械加工工場でアルバイトをしていた。一日中穴開け機械を操作する、同じ繰り返しの退屈な作業だ。彼の持ち場の通路を挟んだ反対側には、プラズマCNCマシンがあった。その精度とパワーとスピードに、彼の想像力はかきたてられ、頭はそっちでいっぱいになってしまった。数週間が経った。退屈な仕事は変わりなかったが、彼はますますCNCマシンに魅せられていった。それでどうなったかって? 「絶対に手にいれてやる!」と彼は決意した。
CNCの魔法を目の当たりにして魅せられない人間がいるだろうか。こんなすごいマシンがあったらと、誰だって夢に見るが、何もないところからスクラッチで作り上げてしまった人は、そうはいない。CNCに一目惚れしてから半年、Edwardは、まさにその挑戦を開始したのだ。
CNC の勉強
熱意はあったが知識がなかったEdwardはCNCzoneに参加してみたのだが、ここが、CNCマシン自作という彼の夢の扉を開くこととなった。このオンラインコミュニティには、突っ込んだ話ができる人たち、参考になるプロジェクト、学ぶべき資料が揃っていた。このサイトを足がかりに、彼はCNCの勉強を始めた。
この旅で彼が最初に学んだ教訓は、きちんとした工具を揃えるということだった。彼の最初のCNCプロジェクトは、学生が手に入るもので作らなければならなかった。最初に作ったCNCのフレームは、父の工房にあったハンドツールを借りて、材料を切断して組み立てた。とにかく組み上げるまでできたことは大きな成功だったが、出来上がりは惨憺たるものだった。手で切断した材料は不揃いで、直角に組み合わせることが最大のチャレンジとなった。もしこれにモータを組み込んで動かしていたら、フレームは自分自身を支えきれずにバラバラに飛び散っていただろう。落胆したEdwardは、そのままプロジェクトを投げ出してしまった。
次に彼が学んだ教訓は、正しい電子回路を使うということだった。彼は仕事場で新しいレーザーカッターに出会った。これを使えばパーツを正確に切り出して精度の高いフレームが作れることを知り、実行した。次の段階に進んだ彼は、Xylotekから電子制御に使うキットを購入した。これには、ステッパモーター数個とコントローラボード数枚に電源が含まれていた。これが彼の新しいCNCマシンに命を吹き込むはずだった。電子回路はきちんと作動した。しかし、これをハードウェアに組み込むのがまた新たなチャレンジをもたらした。可動部分の組み付けがなかなか難しい。ハードウェアを電子的にコントロールするのが、また難しい。しかし、彼はこの最大の学習曲線の山を登り詰め、CNC自作へ大きく近づいたのだ。

2007年になると、EdwardはCNC作りの最後の段階に入っていった。ハードウェアとエレクトロニクスをマスターした彼は、第三のチャレンジとして、ソフトウェアとマシンの操作を学ぶこととなった。彼はEMC2をインストールして最初のテストを行った。そして成功の喜びを味わった! 直線を描くことができたのだ。
直線が引けたことは大きな功績だったが、もちろん、ほんの一歩にすぎない。フライス盤として機能させるためには、まだまだたくさんのことを克服しなければならない。ホーミングとバックラッシュの概念を理解して、G-codeのプログラミングをマスターする必要がある。いろいろな素材を試して、素材ごとの適切なスピードやフィードを調べるなど、前途はまだまだ長い。しかし、学べば学ぶほど、改良すべき点が浮かび上がってくる。そうした問題が増えていき、重くのしかかってくる。ついに堪えきれなくなった彼は、プロジェクトをほぼ2年間、放置してしまった。

新たなスタート: 教訓の上に作り直す
2008年、Makerの世界の景色が一変した。レーザーカッターによる安価な加工サービスが登場し、正確なパーツを安価に切り出せるようになった。オープンソースハードウェアによって、コントローラシステムも安くなり、大きなコントローラ開発コミュニティが誕生した。オープンソースソフトウェアの素晴らしいアプリケーションも続々現れた。気を取り直して、また最初からやり直すときがきた。
Edwardは、SketchUpからAutodesk Inventorに乗り換えていた。そのため、完全な3Dプロトタイピングが可能になり、できることも増えていた。彼は、ソフトウェア上でまったく新しいCNCマシンの設計を行い、実際に材料を切り出す前に、Inventerの中で慎重にテストを繰り返した。設計に間違いがないことを確認すると、データをPonokoに送りカットさせた。お陰で、切り出されたパーツは正確に完璧に組み上がった。
エレクトロニクスに関しては、Arduinoとシールドの生態系が制御システムを賄ってくれる。GrblなどのG-codeインタープリタを使えばCNCのコントロールも簡単だ。これらを利用すれば、CNCの残された部分が完成して、すぐにテストまで持っていける。大きな期待を込めて、SparkFunのロゴを切り出してみた。結果は上々だった!

オープンソースの CNC フライス盤キット
2009年、EdwardのCNCフライス盤自作のための勉強は5年目に入った。この旅を始めてから、ハードウェア製作の世界は急激に変化した。フルスクラッチで作り始めてから、今では早く安くCNCマシンが作れるようになっていた。しかし、彼には疑問に思うことがあった。自分と同じ夢を追いかけている人たちを、自分はどんな力になればよいのだろうか。安価なCNCマシンを作る方法を、他の人たちに教えるのは可能だろうか。
マシン製作のコスト全体に占めるレールの割合が高いことが、彼のゴールの妨げになっていた。安いレールさえあれば300ドルで作れるのに。彼は新しい素材を探し回ったが、自腹で買って試すには金がかかりすぎる。そこで、出資金を募ることを考えた。資金があれば、ゆっくりとプロトタイピングができる。
彼はクラウドファンドサービスのKickstarterに申し込み、CNCプロジェクトへの出資を呼びかけた。3タイプのプロトタイプのテストにコミュニティが出資をしてくれたなら、これをオープンソースハードウェアとして完成させて、部品表を整え、必要なファイルも無料で提供するつもりだった。出資の返礼も決めた。最高額を出資してくれた人には希望のタイプのCNCマシンの完全キットを進呈する。キャンペーンは2011年6月から30日間行われた。
ShapeokoのKickstarterキャンペーンが始まったとき、偶然にもMakerSlideのキャンペーンが終了した。レールシステムを探していたEdwardは、自然の流れとしてMakerSlideに興味を抱き、開発者のBart Dringに声をかけた後、彼の大ファンになってしまった。彼のCNCマシンでもMakerSlideを使うようになった。その構造的な特性をよく理解できた Edwardは、MakerSlideをどんどん採り入れていった。下の写真はプロトタイプを並べたものだ。左へいくほど古く、右側が最新だ。最後の2つはMakerSlideだけを使用している。そして最終型がShapeokoとなる。

プロトタイピングに必要だと彼が計算したキャンペーンの目標額は1500ドルだったが、それを軽く超えて、最終的には11000ドル以上が集まった。そのうち14人は500ドルも出資してくれた。Edwardは、Kichstarterで支援してくれた人たちに販売するために急いで6セットを作り電子メールで報告したところ、それはたったの15秒で売り切れ、50人が順番待ちとなった。そしてEdwardは、善良なビジネスマンなら必ずそうするであろうように、増産に励んだ。
20セットを作ったら1時間で売り切れた。さらに30セットを作り、それも1時間で売り切れた。需要はある。しかしEdwardひとりの力ではどうしても生産が間に合わない。2人目の子供が家族に加わったばかりで、Edwardには助けが必要だった。その手本になったのが、InventableのZach Kaplanをよきパートナーに持ったMakerSlideのBart Dringだ。彼もすぐにその道を辿ることにした。そうして、ShapeokoはInventablesで生産販売されることとなり、ビジネスの一切を引き受けてくれることになったというわけだ。

Edwardは、現在、自分の生活を取り戻しつつある。Shapeokoの販売という重圧から解放されて、今はShapeokoの拡張機能のアイデアを練り、設計し、テストして仲間に見せる時間もできた。CNCコミュニティのフォーラムで過ごせる時間も長くなり、CNCについて学びたい初心者たちに助言ができるようになっている。日課のランニングをしたり、マウンテンバイクに乗ったり妻とテレビを見たりという普通の生活から何か月間も離れていた。しかし、彼の日常はこれからもっと騒がしくなる。3歳前の2人の子供を囲む生活が始まるからだ。
– TravisGood
原文