Crafts

2014.08.26

Teenage Engineering + Clavia -ストックホルムの新旧の音楽テクノロジー企業(DIY MUSIC in Europe)

Text by tamura

先日の記事で取り上げたMIDI HACKをレポートするためにストックホルムを訪れると決めた際、必ずコンタクトを取ろうと思った企業がストックホルムの音楽系のスタートアップの代表でもあるTeenage Engineering社だ。彼らが最初にリリースした製品OP-1はコンパクトで面倒なセットアップを必要とせず、直感的な操作でダイナミックに音を変化させられるインターフェースを持っている。例えばシンセとは何か、そこから勉強しなくてはいけないような難儀な製品では、初心者は音を出して、そこから何をするか考えて止まってしまう。OP-1は電子音を作って出すというシンセの基本からさらに一歩踏み込んで、手に取ってすぐタンバリンや鍵盤ハーモニカのように手軽に演奏できるような楽器としてのシンセサイザーを作ってくれたように思えた。

今回はそのTeenage Engineering社と、MIDI HACK開催中に紹介してもらいNord Leadシリーズで知られるClavia社にも訪問させてもらった。

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MIDI HACKにて同社の製品OP-1とOplubを手にする開発担当Jon Jönsson氏。Ototoプロジェクトで知られるロンドン在住の日本人アーティストYuri Suzuki氏(以前ストックホルムにも滞在していたそうで当地では関係者によく知られているそうだ)によるOplab紹介ビデオにも白衣姿で出演している。

「ガレージのドアをノックしてね」とTeenage Engineeringの担当者から事前にメールで伝えられた。なぜガレージから出入りするのかと訝しく思いつつ当日オフィスへと向かうと、出入り口は本当にガレージのシャッター扉だった。来客はガシャガシャと音を立ててシャッターをノックする。

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シャッターにはドイツ語で「ティーンエイジに気を付けろ!」いくつかの言語で書かれていて日本語もあるが、同社はサイトや製品紹介のビデオによく日本語を入れていて、それが同社の個性になっている。当時はWeb翻訳で訳されたテキストをそのまま使っていたそうだが、後に日本語表記についてはアドバイスを受けるようになった。Jonも日本のギーク文化をコンスタントにチェックしていて「でも昔の方がクレイジーだったような気がするな。ここ最近はもしかして内向的になったかな?」と鋭い指摘をしていた。

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扉を開けて入ると中には、充電中のコンパクトな電気自動車たちと壁一面のスプレー缶、手前にはスピーカーの試作品。スプレーはこんなに色とりどり揃えて一体何に使うつもりなのか。

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オフィススペースは入って左奥にあるが、さらに奥の通路にはスポーティーな自動車が置かれている。PR担当の微笑みに、何故こんな風になってしまったのか、野暮なのであえて尋ねなかった。この場所で開発から営業、広報、商品の梱包や発送といった業務まで一通り行っている。オフィスのスペースがなければ小さな自動車修理工場のガレージのようだ。

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一見して、おおよそ業務には関係のなさそうなものばかりで(よく見るとMakeの本が棚に入っている)、まるで男子の集うどこかの部室のような雰囲気。と思いきや、横を木材の切れ端を持った女性が通り過ぎた。

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彼女はアメリカの会社のオーダーを受け、今年夏に発売予定の単体でクラウドサービスの音楽を再生するワイアレス・スピーカーOD-11を展示スペースで壁から吊り下げるためにカスタマイズしている最中だった。木工のための器具も一通り揃っている。

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雑然としているが、工具などがケースにきちんと整理されて一通り揃っていて、その他にもカッティングマシン、3Dプリンタ、大型カラープリンターなどなど、プロトタイプ製作のためにほとんどのことができるようになっている。これがTeenage Engineeringのハッキングスペースだ。前述のOD-11も仕様が決まるまでに試行錯誤があったらしく、様々なサイズのプロトタイプがまだ残されていた。

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上の真っ白なターンテーブルのようなものもプロトタイプ。常に試作を行っている。

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Jonが初号機のOP-1を見せてくれた。机の上には今年のMoogfestに参考出品されていたドラムマシンになるボードも無造作に置かれている。

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この日はCreate Digital MusicのPeter Kirn氏(上の写真には写っていない)がオフィスに来ていて彼の作ったベースシンセサイザーMeeblipをOP-1に繋げてデモンストレートしていた。同社のMIDI-CV-USBのやり取りを容易にするOplabもここで活躍していて、USBで接続されたOplabがMIDIインターフェースの役割をしてコンピューターからMeeblipのMIDI入力へと繋がっている。そこからオーディオでOP-1に繋がれ、元々Meeblip単体がアナログフィルタを持っているが、OP-1を通すことで音がさらにダーティーになっていた。

開発チームはストックホルム以外にも何都市かにホームワーカーがいて、今回会うことはできなかったがCEOのJesper Kouthoofd氏は単にエンジニアリングのバックグラウンドだけではなく、器用なデザイナーで映像制作や商品デザインの分野でも豊富な経験を持っている。楽器としてフレッシュなだけでなく、同社がビジュアルやパッケージングなど製品の見せ方でも秀逸なのはそういったところに理由がありそうだ。

スタートアップ企業だけあって、製品が生まれる過程もユニークで、例えばOplabが開発された経緯も少し変わっている。当時セルビアのベオグラードでコンピューター工学を学ぶ大学院生だったNemanja NikodijevicがMIDI-CV-USB間のやり取りを可能にする技術的なリサーチを行っていて、それを在学中に何社かに企画としてアピールし、Teenage Engineeringがそれを採用したのが始まりだ。その後ストックホルムまで来たNemanjaが技術的な部分を詰め、Jonがデバイスのデザインを担当(Nemanjaはその成果を彼の修士論文に反映。)その後、ストックホルムに当時滞在していたYuri Suzukiもプロジェクトに関わり、プロモーション用のビデオを制作した。

学生自身が秀れたアイデアをアピールして修士論文の研究内容がそのまま製品化に結びついたというあまり聞いたことがない話だが、博士号など学位を持った開発者はどのくらいいるのか尋ねてみたところ、件の開発担当のJon自身は高卒。他の開発スタッフも何人かは高卒だが、そういうことはさして珍しくないということだった。スタッフの多くはゲームなど他のエンジニアリング分野での経験があり、実力があればあまり学歴は関係ないということだろう。スウェーデンの教育事情には明るくないが、日本のような「とりあえず大卒」というような学歴重視の雰囲気はここにはないようだ。

Teenage Engineering社を一旦離れて、歩いて10分ほどのClavia社を訪れた。今度はガレージでないが、ごく普通のヨーロッパの古い建物のドアを通る。入口でPR担当に挨拶していると、「君達、何話してるの?」とオフィスの奥から何と創業者の一人Hans Nordelius氏が現れた。

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Claviaは1983年創業で、今はNord Leadシリーズで知られるが、創業当時はデジタルドラムを一番早く市場に売り出した会社として有名だった。同社の特徴的な赤い製品の前で写真を撮らせてもらった。今も昔も一貫して注力しているのは、ライヴでのパフォーマンスに使ってもらえる製品であること。シンセサイザー・キーボードとしても、プレーヤーを意識した製品であるということ。過酷なステージ環境での使用にも耐えられるように、何と社内にあるサウナでストレステストしている。

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歴代の製品が陳列されているコーナー。最初はエレキドラムから始まりシンセサイザーは1995年から。一番下の棚にある初期のデジタルドラムは最大4つのサンプル音をトリガーできたが、カートリッジに収められる容量は4音で合計1.8秒だけだった。全体的にデザインは今見ても古くなってない印象。

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新製品のラック版Nord LeadのA1Rを手にする開発の人。左にエメラルドグリーンのタッパーがあるが、これはTB-303のイミテーションで、開発の合間に作ったそうだ。

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開発と営業のオフィスがあるフロアの下は組立工場になっていた。東京のサポートセンターで数年間修理担当をしていたという日本語を解するスタッフもいた。日本は今も大きな市場だという。

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鍵盤部分はイタリアの老舗メーカーFatarから取り寄せている。鍵盤一セット毎に必ずキーレスポンスの偏りがあるため、鍵盤自体を直すのではなく、その偏りを専用の機器で測定してカリブレーションし、ソフトウェア的に調整していた。そのため一台一台が異なるカリブレーション結果があり、それが各楽器の指紋のようなものになっているため、後からいつどこで作ったものかを追跡できる。基板などのパーツはいくつかの地元の工場を使っていて、他の会社の仲間たちからどこの工場がいいかといった情報を常に交換しているそうだ。

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もう一度Teenage Engineering社に戻ると、小一時間の間に皆素早く昼食を済ませ、再び机に向かって各自仕事に集中していた。仕切りのないスペースだが、雑談もほとんどない。Claviaと比較すれば、大分クレイジーなことをしている会社だが仕事中は真剣だ。

どうしてストックホルムを開発の場にしているのか?「ストックホルムには懇意にしてる工場があるし、ここではみんなが助け合っている」とJonは語る。ストックホルムは北欧最大の都市だが人口75万人ほどのコンパクトな都市で、必要なものを調達するためにどこに行けばいいのか、どこの工場に頼んだらいいのか、自然と音楽系テクノロジー関係者同士は連絡を取り合って情報を集めることになる。

今回MIDI HACKを通じて感じられたのは、会社などの枠を越えて励まし合い助け合いを厭わない雰囲気だった。教えていても時間の無駄なのではないか?自分の得にならないのではないか?そういった職人の世界にありがちなせっかちさが感じられない。競争よりも協力し合う関係が築かれているのは、おそらくいいものを作りあげようという情熱を彼らが共有しているからだろうと思われる。

─ 類家 利直