Electronics

2015.03.27

なぜNew York Times紙にR&Dラボがあるのか

Text by Bryan Lufkin
Translated by kanai

Noah Feehan meets with Alexis Lloyd (left) and Jane Friedhoff around the New York Times' Listening Table
New York Times社の「リスニングテーブル」を囲んでAlexis Lloyd(左)とJane Friedhoff(中央)の話を聞くNoah Feehan(右)

Noah Feehanは、ドライバーやデジタルオシロスコープやハンダ吸煙器が散らばる作業場にいた。デスクには未完成の回路プリンターが置かれている。ナノシルバー粒子とアスコルピン酸入りのインクのカートリッジを装填している。これは、紙に電子回路を印刷するためのプリンターだ。Feehanと彼の仲間たちはこの部屋を出たり入ったりしながら、プリンターを作っている。

「プロジェクトごとに整理するのが好きなんですよ」とFeehanは配線やスクラップが詰まった箱を指さして言った。半分まで完成した回路プリンターについては、「8インチ半×11インチ(約22センチ×28センチ)の無線受信アンテナを作りたいんです。アルゴリズミック・デザインのいい実験になると思うんです」

Feehanと彼の同僚たちは、ハードウェア店で働いているワケではない。工房でも、スタートアップでもない。彼らはマンハッタンの8番アベニュー620のビルの28階にいるのだ。そこは、New York Times紙のオフィスだ。

163年の歴史を誇るこの新聞社でティンカリングしているのはFeehan(LinkedInによると公式な職業名はMaker)だけではない。彼のほかに7人のMakerが、2006年に設立された「Times’ R&D Lab」で働いている。

彼らの使命は、今後3年から5年で世の中を変えるテクノロジーのトレンドを予測すること。そして、それがどのようにメディアの未来に影響を与えるか、言葉を伝えるという意識をどう変革するかを示すプロトタイプを作ること。どのようにしてコンテンツを配信すればよいのか? 情報とその受け手をつなぐにはどのようなデバイスが必要か? プラットフォームはどのように変化するか? こうした疑問から製品を開発するというよりは、クリエイティブディレクターのAlexis Lloydが言うように「New York Times紙に関係する未来の可能性を手に触れる形で」探るということだ。

この研究室には、ものを作る人、コードを書く人、修理する碑と、そして彼らが作ったいろいろなものが置かれている。「私たちは、ビデオアーティストから統計学の専門家まで、まったく異なる分野の人間の集まりです。そしてその経歴が、アート、デザイン、テクノロジー、批判論理といった部分で交差しているのです」とLloydは話す。

彼らの最新の発明品は、昨年の9月に完成したものだが、14の静電容量センサーテープが貼られた120センチ幅のテーブルで、いくつかのスツールとともに研究室の中央に置かれている。これはListening Table(聞くテーブル)と呼ばれている。言葉の書き起こしができ、スマート家具であり、そしてもちろんテーブルとしても使える。

こいつには、Androidの音声認識を使って会議で人々が話した言葉をリアルタイムで文字に書き起こす機能がある。テーブルの中央にマイクがあり、アイデア、宣伝文句、助言、反対意見、余談、おしゃべり、ジョークなどをキャプチャーする。テーブルの縁には8つの単ピクセル温度カメラが埋め込まれていて、誰が発言しているのか、身振りをしているのかを感知するようになっている。

しかし、単に記録を取るだけではない。数フィート離れたところにあるテレビモニターには、今話した言葉が文字で表示されるのだ。そして、個々の単語には濃淡が付けられる。グレーで示される語はあまり重要ではなく(前置詞など)、鍵となる重要な単語は黒で示される。

テーブルの静電容量センサーテープに触れると、システムは触った瞬間の30秒前から30秒後までを会議の重要部分として認識するので、書き起こされた文章から、その部分を簡単に引き出せるようにできる。Listening Tableは聞いたことを記録するだけでなく、なぜその言葉が話されたか、それがどのように重要なのかを記録するということだ。

NYT Table diagram

このテーブルを作ったのは、タイムズ紙がその腕を見込んで契約した熟練Maker、François Chambard(Wilcoのキーボードスタンドの開発者としても知られている)。Chambardによれば、提示された締め切りは「強硬」なものだったという。2カ月だ。簡単そうにも見えるプロジェクトだ(「テーブルだからね」と彼は言う)が、難しいのは7つの層を完璧に重ねて、ゆるみや隙間が内容にしなければならなかったところだ。

表面はカウンタートップなどによく使われている白のコーリアン(人工大理石)で、土台は木の合板を湾曲させたものが使われている。テーブルの上にはマイクがあり、籠状のカバーで囲まれている。土台の中には、Arduino Megaとカスタムボード、サーバーを走らせるMac Mini、それと通信するためのAndroidタブレット、そして簡単な配線が収められている。

テーブルは、いくつものビデオモニターに囲まれていて、それぞれにR&D Labの他のプロジェクトが映し出されている。このテーブルは、数年間にわたって彼らが追求してきた「意味論的聞き取り」と呼ばれるテーマの最新作に過ぎない。

クオンティファイド・セルフ(QS)ムーブメントの一歩として、彼らはどんな価値が数量化できるかを探ってきた。そのなかで、意味と文脈の数量化が可能だと気がつき、検証することにしたのだ。

人の歩数や予算は計算で着る。しかし、頭の中をよぎる考えや感情はどうだろう。彼らはデータと意味をどのように関連づけたのだろうか。

そこで彼らはテーブルを作った。これは単に、オフィスや会議の場でどれくらいのデータがやりとりされているかを計るだけのものではない。その情報がなぜ重要なのかを記録できる。人が、消費者が、発行人が、そうした問題に、物理的に、手で触れる形で答えることができるのだ(もちろん、テーブルの上でノートを取ったりコーヒーを置いたりもできる)。

テーブルを取り囲むように、これまでの他のプロジェクトが置かれている。すべてはメディアがどのように消費されるかを、短、中期的に探るために作られたものだ。

近くのモニターには、New York Timesのタグが入ったニュース記事がリアルタイムの注釈付きで映し出されていたが、単に記事の注釈ではなく、単語や語句のレベルが示されている。これらの単語やキーポイントを拾い出して、モバイルアプリなどで箇条書きで表示することができる。または、その記事に登場する地点からインタラクティブな地図を作ることもできる。特定の地点をウェアラブルと文脈化させることも可能だ(重要な単語のデータベースは、司書や分類学者の手によって常に作り続けることができる)。

2011年、研究室では別のテーブル型テクノロジーを開発している。タッチ式タブレットとインタラクティブな掲示板となるMicrosoftのSurfaceインターフェイスを使ったものだ。プロトタイプでは、テーブル上に表示される写真をフリック、ツイスト、ドラッグでき(するとニュースが表示される)、スタックにまとめることができる。テーブル自体は、本来の目的として、意見交換の場になったり、同僚同士がそれを囲んでコーヒーを飲むこともできる。そこに携帯電話を置けば、テーブルはその中の記事を吸い出して仲間と共有挿せることができる。

Feehan views signals on an oscilloscope at the New York Times' R&D Lab.
ニューヨークタイムズ R&D Lab でオシロスコープの信号を調べるFeehan

このテーブルは、実際にNew York Times紙の編集室で使われているワケではない。Listening Tableを囲む役員会議が行われたこともない。しかし、それは問題ではない。大切なのは、最新テクノロジーがどのように業界に影響を与えるかをタイムズ紙に示すことなのだ。そして、100歳を超える新聞社でMakerたちがそれを行っているということだ。

「会話から生まれたアイデアを手に取れる形でシミュレーションするのは、とっても便利なことです。デザイナーでありMakerである私たちは、その研究プロセスで、たくさんの会話から生まれた考えに関するトピックを読み、多くの情報や知識を得ることができます」とLloydは言う。「しかし、その知識はものを作ること、ボタンを押したときの動作を考えることから得れるものとはまったく別物です」(テーブルは別だが、ほとんどのものはこの研究室で作られている)

このテーブルは、そう遠くない未来のテクノロジーのトレンドを示しているが、彼らは同時に、情報収集家によってもたらされる危険についても考えている。

「明らかに、監視や不正な目的のために使用可能なテクノロジーがあります。私たちの研究の目的のひとつに、こんなデザイン原則があります。どのようにして透明性を許すか。なので、そのシステムに参加するときには、自分がコントロールしているという感覚が大切なのです」とLloydは言う。それがデータを集めているとき、どんなデータが集められているのかを知り、自分の意志でそれを止めさせられるかが鍵だ。そこで、テーブルは、聞いているかどうかを、ライトに動いて示すようになっている。

「私たちが行っているなかで、もっとも価値の高いものは、最新テクノロジーを深く理解することであり、この業界で3年から5年以内に実現するであろう会話をシミュレートできる手で触ることのできるインターフェースを作ることです」とLloyd。

研究室のエグゼクティブディレクター、Matt Boggie(彼も以前は回路プリンターのティンカリングに関わっていた)は「読者がどのように記事を読むか、どのようにビデオを見るか、私たちはどのようにニュースを伝えるべきか、それには別の方法があるのではないか、ということを考えています」と話す。そのために研究室が存在し、だからこそ、Listening Tableが重要なのだ。

だが、1日の終わりには、手でものを作るのが大好きな、せっかちで頭のいい人たちでいっぱいになる。

「私は来年の戦略を立てる仕事をしています。たくさん書類を書いて、パワーポイントを作って」とBoggieは話す。「そしてここへ来て、いろんなものを組み立てたり、回路をテストしたりするんです」

「午後3時ごろになると、『手を使わなきゃだめだ』と我慢できなくなるのです」

原文