Electronics

2017.03.03

「メーカー」の「メイカー」が企業内メイカースペースでつくった「ambie」—ambie株式会社 三原良太さんインタビュー

Text by guest

編集部から:この記事は『Prototyping Lab 第2版』の著者である小林茂さん(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授)に取材・執筆していただきました。

2017年2月9日、ベンチャー投資育成ファンドWiL Fund I, L.P.
ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社
の合弁企業「ambie株式会社」は同社初の製品となるイヤホン「ambie sound earcuffs」(アンビー サウンド イヤカフ)を発表、同時にオンラインと一部店舗で販売を開始した。大きな注目を集め、発売とほぼ同時に最初のロットが売り切れてしまったこの製品のコンセプトプロトタイプは、メーカーに勤めるメイカーが企業内のメイカースペースを活用して作り出したものだった。ambieがどのように生まれたのかについて、ディレクターの三原良太さんにソニーの企業内メイカースペース「Creative Lounge」で話を聞いた。

pic1
三原良太さん(ambie株式会社 ディレクター、撮影:小林茂)

ambieが音楽を聴く新しい体験をつくる

まず、ambie sound earcuffs(以下ambie)とはどんな製品なのかを三原さんに聞いた。

「生活にBGMを添えるという新しい音楽体験を提供するイヤカフ型のオーディオデバイスです。音楽のサブスクリプションサービスが普及したことによって、いろいろなところで、どんな音楽でも聴けるような環境が整い、音楽と人との関係が大きく変わっていくと思っています。プレイリストを見ると一番よく分かると思うのですが、アーティストとかジャンル別から、ハッピー、サッド、バーベキュー、パーティーのように感情とかユースケース別に音楽を選ぶのが主流になっています。没入して聴く、ということに加えて、何かやる時に音楽を添える、というかたちが可能になっているのではないかという仮説を立て、ながら聴きをするための新しい音楽デバイスとして(ambieを)出しました。これまでのイヤホンだと音楽は聴けるけど周りの音を遮断してしまいますし、スピーカーだと周りの音は聞こえるけど周りにも音楽が聞こえてしまうという制約があって、個人が音楽を楽しめる場所というのはすごく限定されていたのです。それを取り払うため、周囲の音が聞こえて、かつ自分だけに音楽が聞こえるというデバイスをつくることで、サービスの普及による人と音楽の関わり方の変化に合わせたものを提供したいと思ったのです」

pic2
生活にBGMを添えるという新しい音楽体験を提供するイヤカフ型のオーディオデバイス「ambie」

pic3
ambieの利用シーンの一例。耳の穴を塞がないために装着したままでもコミュニケーションできる

筆者も普段はカナル型のイヤホンを使っていたが、ambieの発売を知ってすぐにオンラインで購入して試してみた。開封して対面したイヤカフ型という初めての形状に最初の一瞬だけ戸惑ったが、実際に装着してみると耳の穴がふさがれないことによる開放感がとても新鮮だった。インタビュー前の一週間ほど、サブスクリプションサービスで登録した様々な音楽を様々な環境で試していたが、Brian Enoの「Reflection」を通勤途中に電車や徒歩で移動しながら聴いたのが最も印象的だった。普段は音楽に対するノイズでしかない車内アナウンスや走行音、車のクラクションといった様々な音が音楽と溶け合い、今までに聞いたことがない楽曲が生まれたのだ。このように、新しい音楽体験を提供し、発売直後に売り切れてしまったことから新しい市場を切り拓くイノベーションになる可能性を感じられるというだけでも魅力的なambieだが、製品が生まれるまでのプロセスも非常に興味深いものだった。

Creative Loungeがプロトタイピングを加速した

ambieは電気信号を空気の振動に変換するドライバーユニットの音をパイプで耳元まで持ってくるイヤカフ型のイヤホンという世界的にも例がない製品である。これがどのようにして生まれたのかについて引き続き話を聞いた。

「僕自身が結構机にジャンク品を一杯ため込むタイプで、手元にあったイヤホンに手元にあったアルミパイプを手で曲げて挿してつくって試してみた結果、『これ意外と音が聞けるなぁ』と思ったのがきっかけですね。簡単なので、すぐにアルミパイプを曲げたものをどんどん手作り量産して、周りに配って反応を見ました。その後いろいろな形状を試したんですけど、髪の毛とかピアス、イヤリングに邪魔されないという条件を考えていくと結構場所がない、音量をキープするためにパイプは短くないといけない、などいろんな条件があるのでその辺を加味して『横掛け(イヤカフ型)』に至りました。ビニールチューブに針金を入れたものに(イヤホンのケーブル代わりの)ひもを付けたものを耳に挟んでみて、ポトって落ちないか、とか、普段付けてて嫌じゃないか、自分と(他の)担当者で付けて1日中生活する、というところからですね。トイレに行く時とかは変な人だと思われないかとヒヤヒヤしてました(笑)。その結果、意外と大丈夫だったので、そんなに筋が悪くないかなと思って作り込みを始めました。作り込みの時は、耳に入るようにプラスチックの物差しを切って、痛くないように先端に熱収縮チューブをかぶせて丸くしたものを持って会社のフロア中の方に『耳の長さを測りたいです』とお願いして耳の形状をとる、ということをやりました」

ジャンクの部品を使い、まるでハードウェアでスケッチするように生まれたambieのアイデアを製品に向けて作り込んでいくプロセスは、ソニーの企業内メイカースペースであるCreative Loungeでさらに加速された。このメイカースペースをどのように活用したのかについても聞いた。

「一番最初は普通のイヤホンの部品を取ってつくりました。そこからどこまで小型化できるのかを、肉厚などのメカに関する条件などを聞きながら仕上げていったんですが、先端の柔らかいパーツが流用品では限界が出てきました。その形状を検討するために、3Dプリンターを使って自分で『金型モドキ』をつくって注射器で造形用のシリコンを注入してつくったんです。フィギュアをつくる人たちのブログを参考に、漬け物用の真空ラップをする時に使う『浅漬け器』を使ってシリコンを脱泡すると上手くいくということを知ったので通販で購入しました。3Dプリンターでつくった型に注射器で入れ込むと、実質1〜2時間で乾くので、1日で2回シリコンパーツをつくってバリエーションを試すことができたんです。これを外部に頼んでしまうと、3パターンつくるのに数十万かかって、しかもリードタイムは2週間強となってしまうので、待ちきれないし、メリットがない。量産の型の仕上がりを見る、というよりも部品単体を見たいので、『自力でつくる方が早いかな』と思ってこういう作業をしていました」

pic4
ambieのコンセプトプロトタイプ先端部分をつくるのに使用した『金型モドキ』。3Dプリンタで出力した型に注射器でシリコンを注入し、浅漬け用の真空ポンプで吸引して成形した(撮影:小林茂)

この他にもCreative Loungeでは、ambieの筐体を3Dプリンターで出力したり、製品発表時に装着方法を説明するために必要だった展示什器を3D切削加工機でヒノキを加工してつくったり、と様々な場面で活用されている。三原さんはその過程で必要となったAutodeskの123D DesignやMeshmixerのようなツールも、必要な時に必要に応じてどんどん学んで取り入れている。

pic5
ambieの装着方法を紹介するために発表会用に製作した展示什器。耳のスキャンデータをMeshmixerで編集してデフォルメし、ヒノキを切削して加工することでできるだけ不気味に見えないよう配慮している(撮影:小林茂)

さらに話を聞くうちに、三原さんは専門とする回路設計だけに特化したエンジニアではなく、Maker Faire Tokyoに出展した経験を持つメイカーであることが分かってきた。そこで、メイカーとしての側面について詳しく聞いた。

祖父の代からのMakerがティンカリングでイノベーションを生み出す

三原さんは「品モノラボ」のメンバーとして日本科学未来館で2013年12月に開催されたMaker Faire Tokyo 2013に出展している。その時の作品がグラスの中でトルネードが発生する「champagne supernova」だ。

実は、ambieの開発でも活躍した123D Designはこの作品をつくる時に使ったと言う。このように、仕事以外でも普段から何かをつくることを楽しむメイカーとしての三原さんの原体験はご家族にあった。「祖父が壊れたラジオを分解させてくれてみんなで遊んだこともあって、もともと物を分解するのがすごく好きでした。祖父は、ある日『ヴァイオリンをつくる』って言い始めたと思ったら、お盆とか戸棚の木材を使ってヴァイオリンをつくる道具をつくって、それを使ってヴァイオリンをつくる、っていうような超スーパーメイカーだったんですね。そんな祖父の影響があって何でも材料に見えてしまうという気質があるので、社内でも何かに使えそうだなぁ、と思った物をどうしても捨てられずに持っているタイプなんです。なので、ある後輩からは『ゴミ先生(Junk Master)』と言われてます(笑)」

エンジニアだった父も退職後に手加工で子ども向けの家具を作って販売するなど、メイカー精神を持つ人々に囲まれて育ったことは、三原さん自身の原点と言えるだろう。。このように、ティンカリング(あれこれ思いつくままに知恵を絞り工夫すること*)は、技術偏重になりがちな新製品開発において大きな意味を持つ。紙の上で検討して資金を確保してから外部に製作を依頼する方法では、時間もお金もかかりリスクが大きいため、どうしても既存の延長線上の製品に偏りがちである。この点に関して、三原さんは今回のようなプロセスの良さを語ってくれた。

*参考資料:Sylvia Libow Martinez、Gary Stager(著)、阿部 和広(監修)、酒匂寛(訳)『作ることで学ぶ―Makerを育てる新しい教育のメソッド』オライリー・ジャパン(2015年)pp. 2

「何か新しいものを考える時は、既存の製品やジャンクの部品を手にとって触って組み合わせながら考えることが多いです。そうすると飛び抜けて難しいアイデアにならないので、工夫の範囲で新しいものを上手く思いつけるんです。『机上の空論』では、やりたいことに対して必要となる技術が無茶苦茶『マッチョ』になることが多いんです。ambieは、ドライバーユニットには最新の物を使ってはいますが、部品の構成でいえば既存の技術や技法にかなり近いものなので、最新テクノロジーを使ったというより『工夫』だと思うんですよ。その一工夫でも、最新テクノロジーと同じかそれ以上の価値を提供できたことで、大きな反響をいただけたと思っています。工夫でイノベーティブなことができたこと、これはすごく大きいなと」

オーディオデバイスとしてのambieは新たな体験を実現する

ambieの前には回路設計のエンジニアとしてヘッドマウントディスプレイの製品開発に関わっていた三原さんは、一開発者としてはオーディオデバイスとしてのambieの可能性にも注目していると話してくれた。

「まだファーストステップということもあって(対外的には)そういう話し方はしていないんですけど、『音のAR』などいろんな表現の仕方ができるデバイスだと思いますし、IoTデバイスとして見ると面白かったりとか、いろいろな切り口はあると思います。ヘッドマウントディスプレイには没入型と透過型があるのに、オーディオは没入型しかない。ambieは透過型のオーディオデバイスだと言えるかもしれません」

このように、ambieには一般向けに提案されている価値に加えてメイカー向けにさらに潜在的な価値がありそうだ。最後に三原さんから、Makeブログの読者に向けたメッセージをいただいた。

「遊び甲斐のあるおもちゃとしてみてこの製品を見てもらえるとうれしいので、かわいがってやってください。いろいろな用途を僕らが提案する以上に、みなさんと一緒に手を動かした方がきっと面白いものができると思うので」

pic6
メイカーによる発展に期待する三原さん(撮影:小林茂)

取材を終えて

メイカー精神を持つメーカーのエンジニアである三原さんが、メーカーのメイカースペースを活用して創り出した新しい音楽体験を実現するオーディオデバイスambieを世の中に送り出すまでの物語を伺うことができた今回の取材は、とても刺激的なものだった。

メーカーにおいてものをつくることに関わる人々はメイカーであるべきだと筆者は考えている。新しい製品は実際に体験してみるまでその体験がどんな価値を持つのかはわからない。専門家としての長時間に渡るトレーニングを受けなくとも必要十分な品質のデータをつくれる設計ツール、そのデータを元に加工できるデジタル工作機械、手を動かしながらそれらの使い方を自発的に工夫してアイデアを形にすることを繰り返すメイカー精神の組み合わせが、未知なる体験を生み出すのに有効であることを三原さんは示してくれたのではないだろうか。

ambieのような製品が次々と生まれて成功しイノベーションとなることで、メイカー精神を持った人々が多数在籍し、そうした人々が活動できるメイカースペースがあり、新規事業として可能性を見出したものを身軽に動けるようにするスキームを備えたメーカーがもっと増えてくることに期待したい。

関連記事

“放課後” の研究開発を促進する企業内メイカースペース「SAP Creative Lounge」─ソニー株式会社 田中章愛さんインタビュー(前編)
Makerとして社外活動で学んだことをソニーで活かしたい─ソニー株式会社 田中章愛さんインタビュー(後編)