Electronics

2018.10.26

ライブステージの即興演奏で共演する“人工音楽知能”「A.M.I.」

Text by Grėtė Kaulinytė
Translated by kanai

そう遠くない昔、人工音楽知能はSFの中の話だったが、イタリアの小さな同好の集まりがそれを実現させてくれた。今、あらゆるミュージシャンとあらゆる楽器の即興演奏のコードを、いくつかの音を聞くだけでハッキングできる世界初の人工知能A.M.I.が、ローマ第三大学で開発されている。

「難しく聞こえるかも知れませんが、実際はとても楽しいものです」と語るのは、著名な音楽家であり、このアイデアの発案者でもあるAlex Bragaだ。彼は、A.M.I.をライブやスタジオ録音の現場に導入して、電子音楽の世界に革命を起こそうとしている。

A.M.I.は、Bragaが今もっとも優れたピアニストたちと即興パフォーマンスを行うことで、すでに一般に認識されつつある。そのひとつとして、10月12日、Maker Faire Rome – European Editionのオープニング・カンファレンスでのショーが予定されている。

この記事は、人工音楽知能とMaker Faire Romeに関するものだが、同時に、ひとりのアーティスト、感性豊かなパフォーマー、そして熱烈な「ナード」であるAlex Bragaの物語でもある。普段なら無味乾燥とした印象の技術に冒険の感覚を与える彼の才能には、疑う余地がない。彼の音楽制作プロセス、持続可能な生活、創造性全般に対する観点にそれを加えることで、BragaはA.M.I.にひとつの目的を与えた。人間と機械との調和を創造するツールになることだ。

未来のオーケストラ指揮者

人工音楽知能はなんだか……難しい印象です。この技術が実際に使えるようになるまで、開発にはどれくらい時間がかかりましたか?

ちっとも難しくありませんよ! これは、ミュージシャン同士の化学反応に大胆に集中できたころのジャムセッションのルーツにさかのぼるものです。電子音楽の時代になって、それがしばらく失われていました。(演奏において)もっとも重要な部分があらかじめ素材として準備されるようになっていますからね。

人工音楽知能(A.M.I.)はその楽しさを取り戻します。ミュージシャンがステージに飛び乗って、他の人間と演奏をするときと同じように、即興演奏ができるソウルを電子音楽にも与えるのです。しかし、まだ開発途中の段階です。今あるのは初めてのリリースで、ここまでの開発には6〜8カ月かかっています。

現段階では、私が演奏に参加しています。ステージの片側に私のマシンとA.M.I.があり、反対側にピアニストがいます。その中間には大きなプロジェクターの画面があります。ピアニストは自由に演奏を始めます。どんな曲になるか、私は知りませんし、知る必要もありません。そこがこのデモンストレーションの面白いところです。100個の音を聞くと、A.M.I.はコードを分析して、ピアニストが奏でる音を無限に予測します。そこで私は未来の指揮者となります。それらのMIDIデータを仮想楽器に割り当て、ピアニストの演奏に合わせて電子オーケストレーションを組み立てるのです。

ピアニストが演奏を止めると、仮想ミュージシャンも止まります。ピアニストが速度を変えると、仮想ミュージシャンも速度を変更します。速くなれば、こちらも速くなります。遅くなれば……、とまあそんな具合です。1930年台のジャズクラブのような、ジャムセッションができるのです。

さらに、ピアニストが演奏するすべての音は、視覚化されて画面の片側に表示されます。そして、こちら側の音も別のパスを生成します。これらが合わさって、新しい画像が作られます。人間と人工知能とのバランスを取り合う共同作業がいかにして行われているかが、そこに示されるのです。

そこで伺いたいのですが、人工音楽知能によって、音楽の制作環境をどう変わるのでしょうか?

こう想像してください。あなたはプロデューサーで、アレンジャーで、作曲家です。曲のトラックがひとつあり、それをオーケストレーションするとします。それには、ベースライン、ストリングス、フルートやシンセサイザーも必要でしょう。通常は、録音したメロディの先頭に戻って、少しずつその周囲に音を重ねてゆきます。ベースを加えて、もし気に入らなければ、またやり直す。それからストリングスを加える。いくつもの音が重なったオーケストレーションでは、たくさんのレイヤーを使うことになり、プランを立てるのにも時間がかかります。それが普通のやり方です。

私たちのアルゴリズムを使う場合は、必要なのは最初のテーマだけです。残りのすべてを、あなたに代わってA.M.I.が作ります。テーマを即興演奏すれば、リアルタイムでアレンジを聴くことができます。もしあなたが電子音楽の作者で、生演奏をする際には、グリッド、ピッチ、音程、メロディーなどをコントロールする必要があり、ステージ上の他のミュージシャンが曲想を変えれば、あなたは完全にパニックに陥るでしょう。A.M.I.なら、オーケストレーションに必要な他の「ミュージシャン」はみな、あなたの楽器の中に収まる感じです。

A.M.I.を作ろうというアイデアは、どこから出てきたのですか?

持続性のある未来という概念を満たすために必要な、もっとも進化したツールが、おそらく人工知能だろうと私は考えていました。しかし、人工知能は、2035年までには人間に取って代わる能力を身につけると信じる人が、まだ大勢います。人工知能の開発を阻止せよと訴える人は、ハンマーは人の頭をかち割るので危険だから禁止せよと言っているのと同じです。機械も武器も、使うのは人間です。機械が自分で武器になろうと判断しているわけではありません。

そこで私は、人工知能が近い将来に人間を奴隷化するという考えは当たらないことを示そうと思いました。中心となるアイデアは、人間だけでは達成できないことと、機械だけでは達成できないことの境界線を、人と機械の協力によって乗り越える様子をステージ上でデモンストレーションするというものでした。私には、あらゆるミュージシャンの即興演奏のパターンを、ステージ上でリアルタイムに解析する人工知能が作れる目算がありました。

私はこのアイデアを、いくつかの大学に持ち込みました。私はアーティストなのでコードが書けないが、これは未来の役に立つものだという感覚はあると伝えました。私のビジョンは単なる絵空事なのか、または実現可能なのかを問いました。ある大学は、これはSFの話だと答えました。まったく返事をくれない大学もありました。しかし、ローマ第三大学だけは、パートナーになりたいと言ってくれました。Francesco Riganti、Antonino Laudani、Alessandro Salviniの三教授が私の「ソウルメイト」となり、作曲のための新しい有機的な楽器の開発に協力してくれました。

世界一流のピアニストをハックする

これまで、何度ぐらいA.M.I.とライブを行いましたか?

即興演奏では最高のピアニスト、ダニーロ・レアと10回コンサートを開きました。彼は、たとえばチェット・ベイカーといったミュージシャンと活動をしていた人です。その後、8月の終わりにパリのポンピドーセンターで、ルクセンブルク出身で、クラシックでも特徴的なテクノスタイルでも知られる超人気ピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメと初共演しました。9月の終わりにはフィレンツェのヴェッキオ宮殿で、そして10月12日にはMaker Faire Romeで演奏します。Maker Faireでフランチェスコと演奏するのはそれ1回だけで、後は世界でもっとも格式高い音楽大学サンタ・チェチーリア国立アカデミアの若くて才能あふれるピアニストたちと共演します。サンタ・チェチーリア国立アカデミアとは、新しい楽器としての人工知能の研究をすることになっています。

Maker Faireの参加は初めてですか?

はい。ローマの業界関係者が出資したイベントに参加できることを、とても誇らしく思っています。ローマ第三大学と開発したこのプロジェクトを、イタリアのオーディエンスだけでなく、世界中の人たちに認めてもらいたいのです。A.M.I.の開発を始めるまで、こうしたプロジェクトはパリやベルリンやニューヨークで行われるのが普通だと思われていました。この国では、私のような人間には、そんなことを行うだけの資格がないと感じてしまうのです。今、イタリアではみんなが自尊心を失っています。だからこそ、私たちにも素晴らしいものが作れるんだと見せてやることが重要なのです。家や家族と離れて、運試しの旅に出る必要はないのです。

Maker Faireは素晴らしいイベントです。去年、ちょっと興味があって見学しました。今回は、3日間で10回のコンサートを行いますが、時間があれば出展されているすべてのものを見て回りたいです。ほんの小さなものでも、ものすごいインスピレーションになることもあるので、とても楽しみにしています。

ギター、コンピューターから和音の法則へ

これまでのあなたの活動を振り返ると、さまざまなメディアを使った、いろいろな種類のプロジェクトを行っていますね。しかし、つねに音楽に焦点が置かれているように見えます。どのようにメイキングを始められたのですか?

それが変な話なのですが、私が12歳のとき、友だちみんながコンピューターを持っていて、ビデオゲームをプレイしていることに気づきました。私は持っていませんでした。私は両親にコンピューターを買ってくれとせがんだのですが、両親は、コンピューターよりも楽器を始めたほうがよいと考えたのです。習いたい楽器を選べば、コンピューターを買ってやると両親に言われました。そして私はギターを選びました。

母はとても頭がよかった。やっとコンピューターを買った私は、ゲームに時間を費やすようにはならず、コンピューターとギターを使って作曲を始めたのです。

そのころ、自分をミュージシャンだと思っていましたか、それともアーティスト?

もしあなたが現代アーティストであったとしても、自分がそうだと言い切ることは難しいでしょう。私はロックバンドをやりたかった。髪を青く染めて、次に緑に染めて、いろんな色に染めました。ギターを弾いて、インディーズのサイコ・ロックの曲を書いて、のめり込んでいました。今でもロックは私の根っこにあって、シャワーを浴びながら歌ったり叫んだりしていますが、現代的な電子音楽を叫んだりはしません。すでに子どもの時分に、ロックではあらゆることが語り尽くされていて、自分よりも前に、優れたアーティストが大勢いることに気がついていたからです。

どうしたら、流れを変える人間になれるか、イノベーターになれるかを考えました。未来的な方法はなんだろう? DJか? いや、DJなんて死ぬほど退屈だ。やったことがあるのです。しかし、ボタンを押して、みんなが踊ってるのを見るだけで、自分は踊れない。ステージで演奏して、汗をかいて、観客に自分の魂をぶつけるのが好きなミュージシャンには向かない仕事です。

自分勝手ですが、私は誰もやっていないことをやりたかった。誰かから批判されたり、他の人と比べられたりしたくなかったからです。人工知能と一緒にステージに上がってリアルタイムで演奏するなんてことは、まだ誰もやっていませんでした。それが今につながっています。

あなたの仕事に一貫している持続可能性に焦点が移ったのはいつごろですか?

すべてのものが適切な場所に収まるのが、音楽だったのです。音楽のコードは、和声の法則に従っています。それは魂に語りかける純粋な言葉です。音楽を演奏するのは、瞑想を行うのと同じです。心の別のレベルに到達できます。なので、私の持続性への興味も、人生の全体論的な視野も、音楽に引っ張られています。

自分の周りにハーモニーを築こうとしたことのない人は、アマゾンの自然を守るために戦ったり、自然を心から尊敬することができません。やろうとしても、うまくいきません。だから私はエコロジカルな食べ物にも興味があります。私はサーフィンも好きで、食事を作ったり、野菜を育てたりするのも大好きです。それらはみな、ひとつにまとまるべきシステムの部品なのです。まあ、こんな話はつまらないですね。とにかく、人生はもっともっと楽しくできます。私を信じてください。

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