2009.01.22
Remake: リサイクル店と修理屋さん
アメリカは、自分の街の商店街にある古くさい修理屋や目立たないリサイクル店が見直されている。
再利用は、Ben Arnoldyが「Christian Science Monitor」に書いた記事の主題だ。今の経済状況によってアメリカ人は、今ある物をなるべく長く使いたいと思うようになり、それが街の小さな修理店に新しい仕事を作り出している。この記事では、サンフランシスコ湾岸地区とボストン地区の、靴や自転車や掃除機を修理に出す人々で繁盛する修理店の実例をあげている。
「昔は、古い物を直しながら使うのが我々の社会の姿だったが、すっかり変わってしまった。もう修理をする人間なんていない。使って、捨てて、また新しい物を買う」と、元IBMの技術者Bruce Buckelewは語っている。彼は、これまでに3万台以上のコンピューターを修理して、カリフォルニア州オークランドの公立学校や非営利団体や低所得家庭に配ってきた。「株式市場が低迷し、求人も冷え込むほど、再利用が注目されるようになる」
BuckelewのOakland Technology Exchange Westは、そのままでは捨てられてしまうマシンをただ再生させるだけでなく、新品が買えない人のために、それをアップグレードして提供している。基本的に、ほとんどのコンピューターはアップグレード可能な構造になっているが、ユーザーは自分でアップグレードできる人ばかりとは限らない。電子製品の多くは、簡単に直したりアップグレードできるようには作られていない。
「前回の不況の時代と違うのは、製品が修理できるようになっていないことだ。どれも使い捨てを前提に作られている」と、サンフランシスコのPhil’s Electric Centerのオーナー、Vicky Evansは語っている。
プロダクトデザイナーや製造業者は、製品寿命を短くするのではなく、長くすることを考えるべき時に来ている。ユーザーが自分で修理できる製品というものが、進むべき道だと考える。修理のための部品や情報の提供も大切だ。
A Dmitry Orlovの記事では、ソビエト経済の崩壊が人々にもたらしたものと、アメリカ経済の崩壊が、まだその準備ができてないアメリカ人にもたらすであろうものとを比較している。
アメリカ合衆国では「修理する価値がない」という言葉をよく聞く。これを聞いただけでロシア人は顔を真っ赤にして怒る。私は以前、交換用のベッドのスプリングをどうしても売ろうとしないボストンの金物屋に激高する老ロシア人の話を聞いたことがある。「みんな、どこも悪くないマットレスを捨てている。修理する理由がどこにある?」とね。
経済崩壊は自国の生産と輸入をストップさせる傾向にある。そのため、今あるものを長持ちさせること、そして、壊れたら自分で修理できることが、とても重要になる。
再利用のもう1つの形は、価値の高い”中古品”だ。Arnoldyの記事にも書かれているが、通常の小売店の売り上げが落ちているなか、または店じまいしているなかで、リサイクル店は繁盛している。リサイクル店は、中古の衣料品を買うだけの場所ではない。そこで売るための中古衣料品の買い取りも行っている。まったくの現地調達だ。私の娘の友人は、湾岸地区のリサイクル店でバイヤーとして働いているが、このクリスマス休暇の前後は、売り上げが伸びたという。不要になった衣料品を売却することに興味を持つ人間が増えているのだ。新車を買って中古車として売るときと同じように、物の価値は、買った値段ではなく、買ったときと売ったときの値段の差にある。最近では、新品の服を着て歩くより、リサイクル店で買った中古の服を着て歩く方がよいと考える人が増えている。経済的理由もあるが、そのほうがファッショナブルだというのだ。
修理屋やリサイクル店は、新しい街の風景になりつつある。これが、豊かな資源を活用するひとつの道となるのだ。
みなさんの街には、修理屋やリサイクル店はありますか?
– Dale Dougherty
訳者から:80年代のバブルが崩壊してから日本ではリサイクル店や修理屋さんが日常生活で大きな位置を占めるようになっているけど、このあたりの温度差が面白いね。つい昨日まで、アメリカはバブルに浮かれていたんだと実感する。しかし、自分で直せる製品を作るべきという考え方は、まさにそのとおりだと思う。そのためには、ユーザー側も、幼稚なことでメーカーにクレームを付けたり訴えたりしないように大人にならないといけないね。
[原文]