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2019.12.27

空撮ドローンで巨大神具をスキャン。掛川の高校生とCode for Kakegawaが挑む、まちの文化の守りかた

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編集部から:本原稿は小野寺啓さん(映像制作者/静岡県島田市在住)に執筆していただきました。


大獅子の頭部「獅子頭」

静岡県掛川市で3年に一度開かれて県内外から多くの人が訪れる「掛川大祭」。この中で象徴的に使われる、「仁藤の大獅子(にとうのおおじし)」という神具がある。地域の人々によって大切に保管されてきたこの巨大なオブジェクトを、空撮ドローンを使った3Dスキャンによって3Dデータに変換するという試みが行われた。

空撮ドローンとGNSS測量

この試みは県立掛川工業高校3年の鳥居晃さんと、掛川でテクノロジーやプログラミングをつかって地域の課題解決や教育活動にとりくむ団体「Code for Kakegawa」によるもの。

Code for Kakegawaは、「地域をテクノロジーで元気に」というスローガンを掲げて掛川市やその近圏のエンジニアや技師、行政職員などの有志によって作られた団体で、これまでも地域のプログラミング教室の開催や行政の依頼でチャットボットの開発などを行ってきた。

なかでも3Dスキャン(点群撮影)は、地元企業のノウハウも活用して掛川城などの文化遺産をデータ化するなどして力を入れている。この3Dスキャン技術を応用して、地域の文化財である「仁藤の大獅子」を3Dデータにしてさまざまな活用をしたいという鳥居さんの研究に協力する形で今回の試みを実施することとなった。


左から:静岡県立掛川工業高校情報技術科 松浦 健一 教諭、同3年生 鳥居 晃さん、Code for Kakegawa代表 戸塚 芳之さん

この日は、「獅子頭(ししがしら)」と呼ばれる大獅子の頭部分のスキャンが行われた。Code for Kakegawaの持つ技術を組み合わせ、空撮ドローンによる空中からのスキャンとGNSS測量機を使った地上からのスキャンを併用した。


使用したドローン「DJI Inspire2」

ドローンによるスキャンは、上空からの撮影だけでなく対象物の横からも行い、立体的な形状をスキャンしていく。等間隔に写真を撮り、位置情報と共に記録していく。この位置情報と、60%ほど重なり合って撮影された画像の差分を解析した情報を組み合わせて、最終的に3D空間上の位置を特定していくことになる。Code for Kakegawaでは画像の差分のほうを重視し、ドローン自体の位置情報は使わない場合もあるという。

撮影にも工夫が必要で、エラーの元になるので空や地面など対象物以外のものがあまり写り込まない方が良いが、かといってあまりアップの画像だけだと位置関係がつかめなくなってしまう。Code for Kakegawaのチームでは何回かの3Dスキャンの経験から最適な間隔や画角を割り出し、あとでデータ化しやすい撮影方法を見つけ出してきた。

また、天候にも注意が必要で、あまり天気が良くて明る過ぎてもスキャン対象の表面に反射して邪魔になったり、長時間にわたる撮影の途中で雲が晴れて明るさが変わることでデータ化の際に補正が難しくなったりするという。幸いにもこの日は終日ほどよく雲がかかり、理想的な環境でスキャンを行うことができた。

スキャンしたデータはAgisoft社のMetashapeに読み込み、3D形状に変換していく。画像の重なりを解析して3D形状の形に組み上げ、画像からとった表面のテクスチャを貼り付けていく。この段階でできた3Dデータは、色情報を持った点群(ポイントクラウド)のデータとなっている。


撮影した画像を3D空間上に配置した様子


色のついた点の群れ(ポイントクラウド)によって獅子頭の表面形状を表現している

一方で、GNSS測量によってGPS上の位置情報を含む、ミリ単位で正確な点の位置情報をスキャンしていく。この際は、後からデータ上で正確な点の位置を確認するために事前に対象物の基準となる点をマーキングした状態でスキャンしていく。

ドローンでスキャンして作成した点群データとGNSS測量で測定した正確な点の位置情報。2種類のデータを組み合わせて、正確な3D形状のデータを作り込んでいく。この方法で、Code for Kakegawaでは掛川城などの大規模な建築物でも正確に3Dデータ化できる技術を作り、実践してきた。

この方法を使うためには、GPS上の位置を認識するためのポイントをスキャン対象物の近くに置いておく必要がある。大きな建築物の場合は敷地内に置けばよいが、今回の獅子頭くらいの大きさの対象物の場合は近すぎるとスキャン画像の中に写り込んでしまうために周囲にポイントを点在させる必要がある。このためにはそれなりの広さの敷地が必要になるが、今回は掛川市の天然寺というお寺の駐車場を借りて実施した。


GNSS測量機器。こちらは地上に固定して対象物をスキャンしていく


緑色のシールで各ポイントをマークしておく


GNSS測量によってミリ単位で正確な点の位置を特定していく


二種類の方法でスキャンしたデータを重ね合わせて、3Dデータを完成させていく

高校生とエンジニアをつなぎたい

こうしてCode for Kakegawaのチームによって作成された3Dデータは、この後掛川工業高校の鳥居さんの手に渡り、彼の研究の中で活用されていくのだそう。この研究を実施することになった経緯と背景を、鳥居さんと指導教官の松浦先生、Code for Kakegawaの戸塚さんに聞いてみた。

鳥居晃さん(静岡県立掛川工業高校情報技術科3年生):自分はこの日本一大きな大獅子を保管している仁藤町に住んでいます。ある時、父から、この大獅子は地域の大切な文化財なのに、実は設計図というものがないということを聞かされました。火事や災害があって、万が一燃えてしまうようなことがあったら、復元もできないということです。これをなんとかしたいと思っていました。それで、ちょうど学校で『課題研究』というのをやるにあたって、大獅子自体を3Dデータにできないかということを考えました。

筆者:これから、この研究の中でこの3Dデータをどのように使っていくのですか?

鳥居さん:学校で3Dプリンターを使えるので、小さくプリントして配るなど、このデータをつかって大獅子のことを広めるようなことができないかと考えています。でも、正直言ってこんなにたくさんの人が手伝ってくれて大きなことになるとは思っていなくて…… このことをできるだけ活かしたいので、もっといろいろなやりかたをこれから考えたいです。

松浦健一先生(静岡県立掛川工業高校情報技術科教諭):『課題研究』というのは3年生が取り組む授業のひとつで、大学の卒業研究のようなものです。情報技術科では生徒一人ひとりが自分で自由に研究テーマを考え、一年をかけて取り組みます。鳥居くんの計画は、文化財を保護してシティプロモーションにもつなげて地域の役に立つなどビジョンが明確なところが優れていました。

筆者:そのために今回はCode for Kakegawaという地元の団体に協力を打診し、実際に大勢が関わって大獅子を3Dデータ化するということをやりました。高校生の課題のための体制としては、なかなか大掛かりですね。

松浦先生:私たちの学校は技術系の学校なので自分でできることは自分でやるというのが基本ではあります。ですが同時に、チャンスがあればプロモーターやプロデューサーのような役割に立って、一人ではできないような大きな仕事をチームで動かしていくというのも学んで欲しいと考えています。それで、私の方でも手助けをして協力者を探しました。掛川城の3Dデータ化の実績のあるCode for Kakegawaのみなさんと出会えたのは幸運でした。

戸塚芳之さん(Code for Kakegawa代表):松浦先生は外部の協力者を探す時に、最初に掛川市役所に依頼の電話をかけたそうなんです。実は私自身が、本業は掛川市役所の職員なもので、最初にお二人とつながるまでの過程は割とスムーズでした。それで、こういう相談がきているということをCode for Kakegawaの中で話したら、ちょうど掛川城の件などで、3Dスキャンの技術ができてきたところだったのもあり、協力させていただくことになりました。それから、高校生といっしょになにかをやれるというのも私たちには魅力的でした。私たちは本業ではメーカーや行政などそれぞれの職場で技術的なことに関わって仕事をしていますが、地域の若い人と直接つながれるチャンスは多くはありません。エンジニアと高校生をつなげることで新しいことを始められるのではないか、という期待を持っています。

学校、民間団体、企業、行政。それぞれの立場で「技術」を媒介として地域の問題にとりくむ動きが実現する場を作っていけたら。Code for Kakegawaでは、そんな想いをもって活動を続けていきたいそうだ。

Minecraftで文化財をエンタメ化しよう

Code for Kakegawaでは今回使用した3Dスキャン技術を発展させ、教育用途やエンターテインメント用途での応用についての試みも進めている。現在は、掛川城をスキャンしたデータを元にMinecraftのブロックに変換するという方法で、ゲームや教材としての展開を検討している。

元となる掛川城の3Dデータは「静岡県ポイントクラウドデータベース」に登録してオープンデータとして公開している。このデータをCloudCompareなど、オープンソースのポイントクラウドデータ編集ソフトを用いて、他のプログラムから利用できるASCIIテキストファイルに変換する。


CloudCompareで開いた掛川城のポイントクラウドデータ(Code for Kakegawaホームページより引用)

テキスト化したデータをVBScriptによる自作プログラムなどを用いて適した形に整形していき、最終的にはMinecraftのクリエイティブモードで、ブロックの形として取り込むことになる。


ブロックに変換され、Minecraftに読み込まれた掛川城

現在は、Minecraft Java Edition(1.12.2)でのみ変換可能で、Nintendo Switch版などでの変換は不安定とのことだが、今後はこれらも安定させ、さらにコンテンツも充実させて教育用やエンターテインメント用などに活用していきたいとのこと。今回スキャンした仁藤の大獅子も、Minecraft内で動かせる日が来るのだろうか。楽しみに、待ちたい。