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2017.05.10

米国最大の教育イベント SXSWeduレポート #2 – ヒップホップと米STEM教育、複雑な社会状況で開かれた学びの多様性

Text by Toshinao Ruike

SXSWeduイベント幕開けの基調講演を行ったChristopher Emdinはコロンビア大学准教授でSTEM教育を推進し、ヒップホップと教育の融合を試みる教育者だ。そしてさらに彼はヒップホップ・アーティスト/プロデューサーのGZAと共にウェブサイト、Genius(時に難解な内容を含むラップの歌詞について解説が掲載されている)を開設した人物でもある。

特に2016年は警官による射殺事件の後に人種間の緊張が高まったこともあったせいか、今年のSXSWeduではアフリカ系アメリカ人やヒスパニック系といったマイノリティの教育についてテーマとして取り上げたセッションが多く、実際に多様なバックグラウンドを持った生徒たちに対応しなければいけないアメリカの教育現場において、こうしたテーマがとても重要であることが伺えた。

「教育を議論する上で平等や多様性について話すことは避けられない」「この場の教育に従事している誰もが教育の問題を真に理解している友人というわけではない」この日は2016年にヒップホップ・グループ、A Tribe Called Questが18年ぶりにリリースしたアルバム「We Got It from Here…Thank You 4 Your Service」の歌詞と結び付けながら、既存の詰め込みのような学校教育は過去のものであり、複雑な社会状況の中でより多様性に開かれる形で教育を行うべきだ、ということをChristopherは会場に訴えた。またSTEM教育についても、単純に食べさせるため、労働力にするためにコーディングなどを覚えさせるのではない、コーディング教育によって新しい可能性を子供たちに与え、またそれによって我々も彼らから学ぶこともあるのだと語っている。

上の動画では学んだ科学知識をラップにする授業をChristopherが実際に行っている。知識を伝達する手段として、苦手意識を持ちやすい科学に関して関心を高めるための工夫としてとても興味深い。

ヒップホップを取り入れた教育に関するビジョンを示していたのはChristopherの基調講演だけではなかった。ニューヨークを拠点にヒップホップを取り入れた教育プログラムを行っている団体、Rapportの展示も興味深いものだった。

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RapportとGoogleが共同で開発したPythonの学習のためのツールpython MC。Pythonの演算子が印刷されたボタンを押すと、ビートに乗って各演算子の名前や役割についての説明がラップで始まる。

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リズムに乗って繰り返しボタンを押しているうちに各演算子の説明が自然に頭に入って来そうだ。これはプログラミングの最初のハードルを楽に越えられるという意味で、子供だけでなく初学者全体にも効果がありそうだ。コンピューター上ではAbleton Liveが動いていて、サンプルが再生されるだけのとてもシンプルな仕組みで技術面での新しさはないが、学習方法として画期的だ。Pythonの演算子以外にも何かしら学習させたい内容を印刷すれば、他の学習内容にも応用できるだろう。

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SXSWeduのクロージングパーティーにもRapportのアーティスト、Soul Science Labが登場。彼らも教育プログラムに講師として参加しており、アメリカの教育基準に合わせたカリキュラムやアルバムに合わせて制作されたVRコンテンツなどがRapportからリリースされている。

かつてはアメリカでもヒップホップは若いアフリカ系アメリカ人のサブカルチャーとして軽視される風潮があったが、ラップを教育に取り入れる話がSXSWeduのような大きな教育イベントで大真面目に出てきたことにはやはり隔世の感を禁じ得ない。日本ではヒップホップやラップが若干下火になった感もあるが、落語など日本にも元々語りの芸術文化はあるし、こういった試みを日本流にアレンジして模倣してみても面白いだろう。アカデミックな既存の教育方法から離れ、音楽でも何でも楽しめる要素を取り入れ学びの新しいあり方を探求する姿勢は何かしら見習ってもいいのではないだろうか。