Science

2010.11.26

大炎上をもたらした風力車(製作者のJack Goodmanにインタビュー)

Text by kanai

Jack Goodmanインタビュー(聞き手:Mark Frauenfelder)

日本語版編集から:日本語版に掲載した前回の記事「追い風より速く走る風力車、Blackbirdが記録を樹立」

風力車シリーズの第三弾にして最終回。追い風よりも速く走る風力車のビデオを製作して走行の様子を撮影したフロリダ州のJack Goodmanのインタビューだ。Goodmanのビデオ(アマチュア・ヨット研究協会によって2007年にアップされた)は、それが実現可能であるかに見えた。このビデオがYouTubeで話題になるや、それを信じる人たちと、Goodmanが間違っている、または人を騙していると疑う人たちとの間で大論争が巻き起こった。

2009年8月、私はJack Goodmanを訪ね、あの実験について詳しく話を聞いた。

Mark Frauenfelder(以下、MF):ビデオを見ました。ウェブでもアマチュア科学愛好家の間でも嵐のような話題になりましたが、いつから追い風で走る車の製作をされているのですか?

Jack Goodman(以下、JG):AYRS、アマチュア・ヨット研究協会をご存じですか?

MF: このことを調べ始めてから知りました。数年前に、そこのニューズレターに掲載されたあなたの報告書を読みましたよ。

JG:そう。私はそこの会員でね、そこでも、それが可能かどうかという論争が1年以上続いていたよ。大多数の人間は不可能だ言っていた。論争に論争が続く間、私も最初は不可能だと思っていたんだが、どうすれば可能かと考えるようになった。それが、考え方が切り替わった瞬間だった。しっかりとした見地に立って考えれば、それが実現可能であることは明白だったんだ。

可能であることを私が解明すると、協会ではそれを実現させた者に賞金を贈ろうという話が持ち上がった。そこで私は、第一号になってやろうと、あの車を製作したんだ。私は協会にあらゆるデータを提出し、ロードテストやルームランナーでのテストを重ねた。

しかし協会からダメを食らってしまった。十分な立証にはなっていなかったんだ。彼らは実際に走るところを見て確かめたいと言うので、私たちは実験に適した平らな場所があるフロリダに行った。

そこで1、2カ月待たされることになった。風向と風速のちょうどいい風を得るのが、とっても難しかったからだ。たとえば、1時間に10マイルの微風でも、車は12から14マイルに速度を上げる。そうすると付いて行けなくなる。

私はカメラとラジコンのコントローラーを自転車に縛り付けた。私は自転車のブレーキを握っていたので、車は妻に押し出してもらうことにした。私はブレーキを離し、一緒にスタートした。一瞬、風が止んでしまったが、またすぐに吹き出した。風が止まっていた間、私は転ばないようにハンドルを操作しつつ、自転車に固定したカメラに車が収まるように位置を調整していた。もう一度、車を押し出してもらい、私は車との位置を合わせながら走り出した。

ビデオはひどい出来だったよ。もっとよく撮ろうと思えば撮れたのだが、あのときは人に見せるつもりはなかったからね。私はこのビデオを証拠としてAYRSに送ると、彼らはそれをインターネットで公開し、多くの人の目に触れることになった。YouTubeにもアップされたよ。私がアップしたんじゃないんだ。

MF:カートはよくできていますね。サーボとラジコンを組み込んだのはいいアイデアだと思います。模型製作の経験がおありで?

JG:私は技術コンサルタントであり冒険家なんだよ。コンサルタント業の一環として、実験用器具の製造も行っている。だから、あの車は、ほぼ手持ちの材料で作ったんだ。模型作りをやる人だったら、ウチの地下室を見たら大喜びするだろうね。ミルや旋盤やプレス盤も揃っていて、グレードAのベアリングや、歯車やベルトの箱がたくさんある。あんたも、あれを見たら飛び上がるよ。

MF:すごいですね。あの風力車が実現できると思ったのは、なぜですか? 論点になっているのは、途中から向かい風になるわけで、そのときは風の力が得られなくなるというところですが。

JG:基本的には、プロペラが描く回転面から得られるエネルギー量の問題なんだ。あれには32インチ(80センチ)ほどのプロペラが付いている。出力は数ワットに過ぎないが、一定量のエネルギーを生み出す。あとは、対地速度と対空速度。それだけだ。車が動いているのか地面が動いているのかは、この際、問題ではない。この2つの速度の差こそが重要であって、どちらが動いているかは関係ないんだ。

直径32インチの円盤に時速10マイルの風を当てると、それだけでエネルギーが得られる。その量のエネルギーを使って時速12マイルで走れる車を作れば、追い風よりも速く走るはずだ。これがひとつの見方だ。単純明快に機能するはずだ。

もうひとつの見方は「飛行機の翼」だ。重量1000ポンドの飛行機も、100ポンド以下の推力で浮かせることができる。どんな飛行機もこの10対1の比率で飛行できる。飛行機の翼はプロペラの羽根と同じだ。それ自体の重さの10分の1の力で空気中に押し出してやれば浮上する。そのとき飛行機は、上がりも下がりもせず、同じ高さで安定飛行する。

この飛行機を垂直に立てると、空中停止することになる。向かい風も追い風もなく、風からエネルギーは得られない。重量と推力の比が1対1なら、プロペラを回転させて空中に浮かんでいるのに必要な浮力が得られるというわけだ。

ただしプロペラの場合、10対1は難しい。だが、3対1なら簡単だ。またそれは速度に依存する。私が追いつけなかった理由のひとつはそこにある。停止状態のプロペラは、揚抗比の効率は最低だ。しかし、ひとたび新しい空気の中に進み始めると、効率は跳ね上がる。そのため、追い風よりも速く走るようになれば……いい言葉が見つからないが……新しい空気を「加工」するわけだ。

そうなると効率はさらに上がり、加速する。それが始まると、それまで車を押し出していた物から切り離され、新しい空気を相手にするようになる。ただし、忘れてならないのは揚抗比だ。プロペラの揚抗比は1対1以上でないといけない。1対1だったら、風と釣り合うだけの力しか得られないからね。

ここでは言葉を慎重に選ばなければならない。空気力学の研究者たちは、空気に逆らって押し進むことはできないと憤るからだ。どのブログを見ても、そう書かれている。しかし、彼らはある面で間違っている。なぜなら、片側の気圧が大きく、もう片側の気圧が低いとき、前方から空気を吸い込み、後方に押し出すことは可能だからだ。ここでみんなは意味論に陥り、感情的になり、本当の問題を見失ってしまう。だから、あんなに混乱しているんだ。

ともかく、揚抗比が1対1のとき、車輪には十分なエネルギーがある。道はルームランナーと同じだ。それがプロペラを回す。1対1だと、プロペラは風の中で同じ位置に留まる。そして十分な……いや、そうじゃないな。実際、車輪がプロペラを回しているんだよ。よく聞いてほしいんだが、決してプロペラが車輪を回しているのではない。追い風が車輪を回して、追い風より速く走っているわけじゃないんだ。車輪を回す力を得るためには、車がルームランナーから落ちないように手で押さえていないといけない。

その力とは、揚抗比が1対1のときにプロペラが生み出す力だ。プロペラをその場に留まらせる力と、まったく同じものだ。

たとえば、時速4マイルのルームランナーでは、プロペラはその場に留まるだけの力を作る。反対向きにしても同じだ。なぜなら、ルームランナーが車輪を回転させているからだ。その状態でも1対1だ。車輪やベアリングや歯車のロスもすべて含めて1対1。もっとも、それらのロスはごくわずかだがね。この車にはすべてボールベアリングが使われている。すべての箇所にね。車輪にはスケートボード用のものを使っている。世界でもっともハイテクで高効率な車輪だからだ。信じられないかもしれないが、スケートボードの車輪には莫大な開発費用が掛かっている。だから非常に効率的なんだ。

ウチのガレージは10フィートあたり1インチの坂になっている。車は、そこを転がり降りる。それだけ抵抗が少ないということだ。すべてのベアリングはグレード7。ベルトも特別なもので、最高に効率の高いタイミングベルトだ。力を伝える上で、もっとも効率的な手段だ。歯車よりもずっと上だよ。

ともかく、そんなわけで揚抗比は1対1以上でないといけない。私が計算したところでは、時速10マイルでは、だいたい1.5対1だ。プロペラを回すために車に1ポンドの力を加える必要があるとした場合、これで加速していく。しかし、プロペラは何も押し出さない。ただ時速10マイルで回転しているだけだ。プロペラの回転の摩擦やなにやらを含めて、だいたい1ポンド。この設定で説明しよう。

MF:いいですよ。

JG:この時点でプロペラの推力は1.5ポンド。無風の状態で揚抗比は1.5対1だ。これが走り出すと、2から3対1に上がる。

MF:なるほど。

JG:動いていないとね。止まっていると効率は最低になる。

MF:わかりました。そこでひとつ質問なんですが、YouTubeとか物理学者のフォーラムとか、いろんなところで交わされている会話をご覧になりましたか? 多くの人が論議していますが、あなたがそれに加わっているのを見たことがない。

JG:一度だけ、ディスカバリーチャンネル(オンラインフォーラム) に参加したことがあった。ちょっとだけ言い分を書いたんだ。しかし、私はむしろ気楽に構えて話を聞いているほうが好きなんだよ。十分に楽しませてもらったよ。これで一銭だって儲けたわけじゃない。隠居の身だしね。金を使わずに、これほど楽しめたことはなかったよ。

MF:それはいいことですね。インターネットではsporkという名前で知られているRick Cavallaroと連絡を取ったことはありますか?

JG:ああ、あれを製作したほとんどの人が私にアドバイスを求めて連絡してくるよ。何人もいる。そのうち3人か4人の人たちは成功している。そのなかの1台は、なかり賢い構造になっていた。私も感銘を受けたよ。2つの車輪から歯車を介して斜めのシャフトでプロペラを回す仕組みだ。これには、ほんとうに感心した。

MF:それを見て私も確信したんですよ。本当に風の中で作動してましたから。丸い風洞を作って、その中で小型の車がくるくると走り回る……

JG:いや、それは見てないな。

MF:そのビデオをメールで送りますよ。風を起こしている羽根よりも速く走り出す様子がよくわかります。吹き流しが付いているのですが、それが私には決定的でしたね。

面白いのは、物理学や航空工学の修士号や博士号を持っている人たちの間で、いまだに可能か不可能かという論争が続いていることです。私は機械工学の学位を持っていますが、世界でいちばんダメな技師だったもんで、ジャーナリズムに転向しました。だから、この原理を示力図にして説明する人がいないのを不思議に思っているんです。そんなに難しいことですか?

JG:難しいが、それほどでもない。私は示力図の描き方を知らないんだよ。私は工学技士ではないし、いや、エンジニアなんだが、公式のエンジニアとは言えないんだ。それでも、これまでずっと機械工学の仕事をしてきた。十分に稼がせてももらったよ。水上の家を2件、ヨットも2艘持ってる。じつに幸運だったよ。

MF:それはよかったですね。

JG:高校しか出ていないが、エンジニアをやってきた。ちゃんと勤め上げてきたよ。レーザーを発明した人間とパートナーだったこともある。まあ、我ながらよくやってきたって話だ。学位はないし、示力図も作れないが、基本的な考え方は、揚抗比だよ。それを動かすのに必要な力以上の浮力を風から得る。そこをよーく考えれば、それが完璧な説明だということがわかる。それに、車輪がつねにプロペラを回しているということもね。

ヨットに乗ったとき、またはヨットの原理を考えるとき、大抵の人は風がヨットを押すのだと考える。風が止まっていて海が動いていると考えられる人は少ない。それが発想の転換だよ。誰かが言っていたが、もし光の速度で移動できたなら、相対性原理も普通に理解できるようになる。

どうしたら実現するか、それを考えていたときの転換点もそこだった。車輪でプロペラを回す。プロペラで車輪を回すのではない。そこに気づけば、すべては完全にクリアになる。

MF:実験はもう終わったのですか?

MF:終わったよ。車はフロリダにある。私はメリーランドに住んでいるのだが、冬の間だけフロリダにいる。見たいという人がいれば、屋根裏から引っ張りだすよ。車体はラップして、プロペラは形が美しいので壁に掛けてある。ゴージャスな芸術だよ。

MF:ご自分の工房で作られたのですか?

JG:そうだよ。ただ、自分の目を使わなくてもで作れる方法を考えなければならなかった。私は目が悪くなったので引退したんだ。だから、細かく見なくても作れる方法が要だったんだよ。

MF:この風力車とあなたの実験について、また新しい記事を作らないといけませんね。長年続いてきた論争に、新たな一石を投じるために。

JG:こいつはよく、バウアー・マシン(1960年代後半にアンドリュー・バウアーが風力車を製作した)と呼ばれるんだが、あれはうまく作動しなかった。[このビデオを参照

MF:そうなんですか?

JG:ああ、彼が作った車は走った試しがない。公開実験もしていないんだ。というか、実際に走ったとしても、それを公表していない。

MF:それは面白い。

JG:そう聞いてるよ。

MF:ほう。

JG:しかし彼は動くと信じていた。ただ正しく理解していなかったのだと思う。いずれにせよ、私がいちばん楽しんだのは、そして実際に私の興味を惹きつけたのは、追い風よりも速く走らせるための技術的な側面ではなかった。私が興味を持ったのは、どうしてそれが人々を怒らせたり悩ませたりするのかという感情的な側面だった。私はペテン師呼ばわりまでされたが、それをじっくり楽しんだよ。しっかり受け入れてね。

MF:[笑]

JG:だけど、これが人々の想像力を少しばかり捻ることになった。私にとって、それは素晴らしいことだった。技術的には、ひとたび理解してしまえば、大したことではない。むしろ退屈なぐらいだ。

ディスカバリーチャンネル (フォーラム)では、駐車場に出て行って誰かをボコボコにぶん殴りたくなったという人間がいた。そういうことは避けなければいけない。だから私は大人しくしているんだよ。しゃしゃり出ていくより、ただ眺めて楽しんでいたいんだ。

MF:とは言っても……

JG:しかし、あれはフロリダにある。見たいという人がいれば、いつでも歓迎するよ。面白いのは、不可能だと主張して暴力的になる人間の中で、現物を見たいと言ってきた人はひとりもいなかったことだ。その可能性を信じる人は、べつに現物を見なくてもいい。そして絶対に見たくないという人もいる。本当に面白いよ。

MF:面白いですねぇ。何かを作ろうともしないで自分の考えを決めてしまう人とたくさん出会ってこられたわけですね。もしフロリダに行く機会があって、そのときあなたもそこにいたら、ぜひ見せてくださいね。

JG:大歓迎だよ。南西フロリダだからね。

MF:いいところですね。

JG:フォートメイヤーズの北だよ。こっちが寒くなったら、あっちにいる。

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– Mark Frauenfelder

訳者から:やあ、そうだったか。スッキリ。MTM06でも指摘していた人がいたけど、ビデオをよく見ると、プロペラの回転方向が、前からの風を受けて前進するようになってるんだよね。

原文