プロジェクト・グーテンベルクの創始者マイケル・S・ハートが、今週、イリノイ州アーバナで亡くなった。64歳だった。彼は単独で世界初の電子書籍を作り、やがて、ASCIIテキスト形式のデジタルデータで本を提供する世界的な運動へと発展させていった。彼の目標は、電子書籍を、誰もが、どんなデバイスを使ってでも読めるようにすることだった。本当の公共図書館を作るという彼の努力は、永遠に語り継がれる伝説となった。そしてハートは、フリー運動、オープンソース運動の創始者のひとりに数えられている。初期のプロジェクト・グーテンベルク書籍はタイプミスが多かったが、後に打ち込みと校正を手伝う多くの人たちによって、品質が向上していった。現在、そのテキストは、ほとんどの主要形式に変換され、オーディオブックまで作られている。アマゾンとアップルが支配している今の商業生態系の中にあっても、無料電子書籍は、電子書籍を公共財産にしようと奮闘したハートの努力の賜物だ。
今日、プロジェクト・グーテンベルクでは世界の文学作品が読める。19世紀にエドマンド・ベケット(グリムソープ卿)によって書かれたA Rudimentary Treatise on Clocks, Watches and Bells(置き時計、懐中時計、ベルの基本管理術)のような掘り出し物もある。
ハートの死亡記事には、彼が生涯Makerだったと書かれている。
ハートは熱心な技術者であり未来学者でもあった。生涯ティンカラーであり、ラジオ、ステレオ、ビデオ、そしてもちろんコンピュータと、時代時代のテクノロジーを自分の手を使って学んでいった。彼は常に未来を見つめ、技術発展の姿を予測していた。彼が夢見ていた未来像のなかに、いつか誰もが自分だけのプロジェクト・グーテンベルクのコレクションや、望みの書籍のセットを持つことができるというものがあった。これは、安価な大容量ハードディスクと、携帯電話などのポータブルデバイスの普及によって実現した。
(中略)
大変な倹約家だったハートは、一生を通して多くの物を所有し、多くの友人に囲まれていたが、ほとんど金は使わなかった。医者にかかることはせず、たいていは自宅治療で済ませた。家や車は自分で修理した。コンピュータやステレオや、さまざまな装置を、廃品を使って手作りした。
思うに、ハートは機械いじりが好きだったからデジタル公共図書館が作れると確信したんだろうね。しかも本来のDIY方式で。つまり、最初は独力で始めて、やがて仲間を引き込んで協力態勢を作っていく。1990年代、多くの政府機関、教育機関、基金などの資金がデジタル図書館の研究開発に使われるようになったが、ハートのアプローチは、ずっと社会的で文化的なインパクトも強かった。マイケル・S・ハートは、まさに私たちみんなの手本だ。
私は、この死亡記事の最後に引用されていたハートの言葉が好きだ。「学ぶことは、それ自体が報いである。それがすべてだ(Learning is its own reward. Nothing I can say is better than that)」
英語版編集者注:ハートはRepRapプロジェクトのメンバーでもありました。そのことはDisruptive Technologyにも書かれています。
– Dale Dougherty
[原文]