2012.01.04
ニューヨークでできれば、どこででもできる
私の住居兼仕事場は、ニューヨーク市内のウォールストリートから2ブロックほど離れた場所にあるので、ここ数ヶ月は面白くて感動的だった。普段のニューヨークシティの熱狂よりも、さらに熱かった。私はMakeで仕事をするかたわら、オープンソースエレクトロニクスの工場、 Adafruit Industriesの経営を手伝っている。2008年の金融危機の際に、金融関係の連中が逃げ去ってしまったため、私たちはとても広いスペースを借りることができた。それから、この地域の激しい変化を見続けてきた。そこには、いい変化もあれば、「チャレンジ」と呼びたいものもあった。この数年間、私は同じ質問をよく受けた。「なぜニューヨークなんだ?」と。そして、「なぜわざわざ、ここでビジネスを? こんなに住みにくくて物価が高くてクレイジーで奇っ怪で殺気だった街で」と言われる。さらに、「ベガスに来いよ。無税だぞ!」とね。そこが今回のテーマ、「ニューヨークでできれば、どこででもできる」につながる。ここがなぜ、今の私がビジネスを行うのに最良の街なのかを考えてみたい。みんなは、なぜそれぞれの街でビジネスをしているのだろう。個人事業から大勢のメンバーを抱える会社まで、いろいろな人の意見を知りたい、というのが今回のコラムの目的だ。では始めよう。
「ニューヨークで一旗揚げれば一人前だ」 マーク・トウェイン
速さ
私がニューヨークに落ち着いたのは5年前だ。国中を渡り歩いた末に、ここでひとまず旅を終え、新たなスタートを切ったわけだ。私がニューヨークで最初に働いた場所は、末期のドットコム企業だった。仕事のペースが狂乱的で、友達は会社の同僚しかいなかった。それほど長く私たちは共に働きづめだったのだ。そして私は気がついた。それは今でも変わらない真実だ。「この仕事が好きだからニューヨークにいる」ということだ。めちゃくちゃ厳しくて、暴力的で、できることはなんでもやる。この街へは休みに来たのではない。弾けに来たんだ。
忙し好きの人には、ニューヨークが最高の街──みんながみんな、ずーっと動いてる。この街は、ものすごく新陳代謝が激しい生き物だ。そういうのが苦手という人は、ここに来るべきじゃない。Makerビジネスにとってニューヨークが最高の街だと私が思う第一の理由は、この巨大な塊の一部分になったときに得られるエネルギーだ。その流れに乗れば、ときには自分自身も追いつけないほどのものすごいスピードで突き動かされる。しかし、何か事を成し遂げるには、そのスピードが必要だったりもする。
ここでは、街角のコーヒーの屋台からショーの出演を目指すアーティストまで、あらゆるものが競争だ。その刺激で活気づく人でなければ、たしかに、生きてはいけない。日々の仕事に競争を必要としない人もいる。でも私には必要だ。奇妙に聞こえるかもしれないが、100万人が暮らすこの街で、完全に孤独を保つこともできるのだ。
人々
有能にして多才で仕事が好きで、創造性にあふれ、自分の仕事を愛している人には、なかなか出会えないものだけど、ニューヨークには、そんな人間が掃いて捨てるほどいる。ここでは就職なんて大した問題ではない。意欲的に活動しているアーティストやデザイナーやミュージシャンや作家がたくさいいる。彼らはみな、いくつもの仕事を並行して行っているのだ。ウチの発送部門のヘッドも、彼が書いた演劇をどこかで上演するかもしれない。本業のほかに情熱を燃やすものがあることは、ここでは弱みではない。むしろ強みになっている。
自分がやりたいことをやるために、安定した仕事を求める人もいる。それも正しい。なにせ金のかかる街だからね。私はよくこう言う。ニューヨークを歩けば1時間ごとに20ドル消えると。ここでは、学生でもアーティストでも作家でも、誰でも、額に汗して働くことの好きな人が生き残れる。賢明に働くことで足場を築けるのだ。
Makerの世界には、物の高速プロトタイピングというものがあるが、私の場合、物を作る前に、高速で自分のアイデアがまともかどうかをチェックしたいと思うことがある。そんなとき、急いでアイデアを発表して、すぐに大勢の人に見てもらえる環境はニューヨークにしかない。私は人見知りをしないので、誰とでも会話を始められる。どんなことをやろうとしているのか、どんな問題に取り組んでいるのか、何を学ぼうとしているのか、自分の子供に何を学ばせたいと考えているかなどなど。これは私の思考に大いに役に立つ。フォーカスグループを抱える企業もあるけど、私の場合、ニューヨークの街がそれにあたる。
Makeが小さなオフィスをニューヨークに構えたのと同時に、Etsyがサービスを開始した。私は、Makerムーブメントの成長といっしょに、Etsyが成長していく様子を見続けてきた。物を作ったり、作品の情報を公開したりする人たちばかりでなく、物作りや作品の公開を支援する人たちも大勢いる。これは、物作りの技能を広めるという意味に止まらない。Maker たちをサポートする文化やビジネスを育成することにもつながる。
利便性
私はVC(ベンチャー投資資金)に頼っていないが、これについても触れておくべきだろう。私の会社は、投資を受けなくても(投資の申し出はあったが)利益を上げて成長している。しかし、ニューヨークにはVCが山ほどあり、すでにこの街では、オープンハードウェアのビジネスが3つ、VCによって立ち上がっている。
ニューヨークのVC関係者の間では、いわゆる「Makerビジネス」への注目度は上がってきているものの、ウェブ技術への関心が高い。MakerBotは1000万ドルの投資を受け(以前の記事を見てください)、さらに4~5社の「製造2.0」系企業への投資が決まっているか、すでに投資を受けている。私には投資の必要はないが、誰から、どうやって投資を受けられるのかがわかっているだけでもありがたい。
ニューヨークタイムズ紙には、「ニューヨークが最高」といった内容の連載記事が載っている。いくつか紹介しよう。
Re-engineering New York: More Than a Sci-Fi Dream? ニューヨークのリエンジニアリング:空想科学よりもすごい?(英語)
Technology Footprint: Starting Up in New York 技術の足跡:ニューヨークで起業する (英語)
A Haven for Lovers of the Analog アナログ愛好家の天国 (英語)
On the Move, in a Thriving Tech Sector 活況のテック地区で成長中(英語)
了解を取っていないので、この街のために働いている人たちから聞いた話を、ここに直接書くわけにはいかないが、金融以外の職種でこの街の収入源を多様化するための大きな活動が行われているとだけ言っておこう。これは大相場だ。だけどそれは、破壊をもたらすこともある。よく目を凝らして見れば、すごく大きなことが起こりつつあるのがわかるはずだ。
NYCEDC(New York City Economic Development Corporation:ニューヨーク市経済開発公社)が発表した地図、「ニューヨーク市の高速プロトタイピングと製造のためのスペース」(PDF)を見て欲しい。
ハッカースペース、3Dプリントサービス、ギャラリー、学校……私たちは、新世代の産業革命の中で、物作りのハブとなる道を歩んでいる。
世界の中心
みんなニューヨークに来る。実際に、みんなのほうから来てくれるのだ。去年は、仕事に集中したかったので旅行は一切しなかった。でもぜんぜん大丈夫だった。私の仕事に関わる人たちがニューヨークに来てくれるからだ。Maker Faire NYCやOpen Hardware Summitのようなカンファレンスや、その他のイベントも含めて、ニューヨークは(思うに)世界の首都なのだ。
この街に住んでいなかったら、なんとしてもニューヨークに来ようとしていただろう。
1日20時間の仕事を数週間ぶっ続けでやっても、まだフィリップ・グラスのライブを聞きにいけたりする。ドア・トゥー・ドアで30分もかからずに、あらゆるショーを観に行けて、博物館に行けて、友達にも会える。私にとって、そこが重要なポイントだ。アイデアを絞り出したり刺激を受け続けるために、みんなが何をしているかは知らないが、私の場合は、よりよい物を作って広く知らしめることを助けてくれる、あらゆる場に顔を出すことだ。世界的な運動(編注:ウォール街占拠運動)のきっかけとなったズコッティ公園も、ウチからわずか2ブロックのところにある。
私のパートナー、Limor “Ladyada” Friedは、その高い技術と志によってメディアの注目を集めている。数ヶ月にわたって、記者たちが訪れて、ショップをビデオ撮影したり写真を撮ったり、彼女にインタビューをしていった。地元のメディアもあったが、飛行機で取材に来たところもある。ニューヨークにはいつもかならずメディアのネタがあり、この街にはほとんどすべてのメディアの発信基地がある。
彼女が注目されるのは、Makerビジネスの成功者ということもあるが、締め切り時間に間に合うようにLimorを取材できて便利だという理由もある。また彼女はKinectのハッキングのような大きなニュースの中心人物であり、この景気のいいエレクトロニクス工場がグラウンドゼロのすぐそばにあるというのも面白い。
もし私たちが他の街に住んでいたら、これほど多くのメディアがわざわざ訪ねに来ただろうか。来るには来るだろうが、こんなに多くはなかったはずだ。
MakerBotは、人気の地元雑誌「Timeout NYC」の表紙を飾り、Colbert Reportにも登場した。MakerBotの創設者、Bre Pettis(シアトルで私と出会い、ビデオの仕事をしてもらうために私がMakeに引き入れた。その後、私と同時期にニューヨークに越してきた)は、MakerBotが成功した理由のひとつに、絶え間ないメディアへの露出があったからだと話してくれた。こんな話はいくつでもある。ここで何かをすれば、それを世界に伝えたいと思っている人もいるということだ。
MAKEに関連して – Maker Faire NYでは、メディアの取材のレベルが違っていた。サンフランシスコのときとは段違いにメディアが多かった。だからMakeはずっとニューヨークにいたいと考えている。ニューヨークだから、マーサ・スチュワートもMaker Faireの宣伝をしてくれた。
制約
部屋が狭いとか、ビジネスに対する新たな市税とか、そういった問題に頭を抱えるときもあった。でも、今は悟りの境地に至っている。空間と金の制約は、仕事の効率化をもたらす。つねに在庫が揃っていて、しかし膨大な経費や無駄に時間を浪費する倉庫を使わずに済ませるには、上手に在庫管理ができるプログラムを書けばいい。この街では身軽に素早く動くことが大切だが、ビジネスも同じこと。現在、私たちの仕事場は3500平方フィートだが、もうすぐ1万平方フィートになる。そこを、細かい部分まで最適化して使っている。どこに何があり、いつ届き、いつ発送されるかを詳細にモニタするシステムも作った。必要に迫られた最適化だ。ウチのスタッフは全員がこうした考え方を持っている。CTOなどは自分でコードも書くが、必要になれば棚も作る。仕事を進めるために、私たちは全員ができる限りのことをするつもりでいる。この街の高い家賃、にいるための「代金」を、他の街の人たちよりも多く払っている私たちは、価値の高い、よりよい物を作り、よりよいビジネスを行うために、余計に働かなければならないのだ。私たちのやることすべてに目的があり、金の使い道は慎重に考えないといけない。しかしもっと重要なのは、いかに「使わない」かだ。
今回のコラムをJay-Zの言葉で締めくくりたいと思う。今後もずっとニューヨークで仕事をしていくかどうか、それは自分にもわからない。でも、今はニューヨークが私を求めている。ときに冷徹で、辛辣で、容赦のない街だけど、ここにいてほしいとニューヨークに頼まれて、嫌とは言えないだろ?
In New York, concrete jungle where dreams are made, oh
There’s nothing you can’t do, now you’re in New York
These streets will make you feel brand new
Big lights will inspire you, let’s hear it for New York
New York, New York
(ニューヨーク、夢が生まれるコンクリートジャングル
できないことがない。ここはニューヨークだから
街を歩けば、生まれ変わった気分になれる
大きな光が刺激をくれる。ニューヨークに拍手を贈ろう
ニューヨーク、ニューヨーク)
Jay-Z, Empire State Of Mind
– Phillip Torrone
[原文]