Electronics

2014.10.14

未来の、だけど身近なデバイス「雰囲気メガネ」─大企業とソフトウェアエンジニアのコラボレーション(Maker Pro Jp)

Text by guest

iPhoneと連携するメガネ型情報端末「雰囲気メガネ」プロジェクト、全体を統轄している白鳥啓氏(間チルダ)、河村和典氏(三城ホールディングス)に話を聞いた。

funiki-ambient-glasses_00

慣れ親しんだものなのに新しい、不思議な感覚

雰囲気メガネはBLE(Bluetooth Low Energy)でiPhoneと通信して、iPhoneからメガネのLEDとブザーをコントロールできるデバイス。つまりiPhoneのノーティフィケーション情報を、メガネを通して光と音で通知できるのだ。ウェアラブル端末と呼ばれる新しいタイプの情報端末だが、形はこれまでのメガネそのままなので、現在の延長線上で自然に使えそうな、不思議な印象のあるデバイスだ。

今年の2月にスペインのバルセロナで開催された、Mobile World Congress 2014で発表され、7月にMakuakeでクラウドファンディングがスタート。目標金額はすぐに達成し、追加の支援受付が行われた。

予定されている機能は、まずは電話やメールの着信、SNSのメッセージ、スケジュール、外部アプリからのノーティフィケーションの表示。どの情報に対してどう光らせるか、色や光り方、光の強さ、光る長さ、繰り返しの回数など、細かく設定することができる。iPhoneの画面を見なくても、この色でこの光り方だからメールの着信、あるいは電話の着信だというように判断することができる。

それ以外の機能としては、タイマー機能やクリック(テンポ、BPMを決めるとそれに合わせてメガネが光ったり、ブザーを鳴らす)、それと一部の層に受けているというモールス信号に変換する機能(テキストを打つとモールス信号に変換されて光る!)、カラフルなパターンで光るパーティ機能、iPhoneとメガネの距離が離れたときに教えてくれる忘れ物防止の機能がある。また、MIDIにも対応する。もちろん、メガネとして度つきレンズにも対応する。

funiki-ambient-glasses_01

funiki-ambient-glasses_02
基本的な機能はiPhoneとBLEで通信し、iPhoneのイベントを使ってメガネに搭載したLEDとブザーを制御するというものに絞られている。この「機能が絞られている」点がポイントだ。(写真提供:白鳥啓さん)

筆者は、とあるイベントでプロトタイプをかけさせてもらったことがある。光はフロント部分、フレームの上部にフルカラーLEDが左右合わせて6つ埋め込まれており、ちょうどレンズのフチが光るようになっている。フチが光るのだからかけている本人にはわからないんじゃないかとちょっと懐疑的だったのだが、かけた状態で光も十分に認知できるし、ブザーの音も耳にうるさくはない。かけ心地は従来のメガネと同じなので、慣れた感覚で身に付けることができた。モノとしてはもちろん新しいのだが、かけた感じは普通にメガネなのだ。だが、この「普通にメガネ」という部分が、先ほどの「機能を絞る」というポイントにつながるチームのこだわりだった。

「Google Glass」がプロジェクトの転換点

今回のプロジェクトの始まりは、河村さんが関係しているNPOのメンバーの発案で人の顔を見て名前を教えてくれるメガネが作れないかということからだった。個人的につながりのあった赤松正行(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授)さんに技術的なところで参加してもらうつもりが、「これはおもしろそうだなということでプロジェクトメンバーにそのまま入ってしまって……」(河村さん)。ただ、赤松さんは大学の先生で、このプロジェクトのメインメンバーとしてに動くことはできない。そこで白鳥さんが登場する。IAMASの赤松ゼミ出身の白鳥さんは卒業すると、IAMASの同級生を中心に「間チルダ」を設立。そこには赤松さんも技術顧問として参加し、一緒にアプリを開発したり、メディアアート系の作品を作ったりしていたという。

「唐突に、『名前がわかるメガネを作りませんか』と言われて、そのときに僕と赤松先生とチームで、なんかすごい提案をもらっちゃったね。これ、どうする?と持ち帰って……。ちょうどそのとき、僕らが一番フォーカスしていたのがBLEだったんですね。これ、BLEという技術にぴったりな案件だと。それで、受信したらIDで名刺っぽいものを表示するという簡単なデモをパッと作って。そういうデバイスをみんなが持って、サーバ上に名前が登録されていれば、近づいたことでポンと名前が出せるよねと」(白鳥さん)。

こうして名前がわかるメガネの開発が始まった。サーバも用意し、名前とその人の生体情報を伝えるものとしてビーコン的なものをプロトタイプとして作った。Appleが今年のWWDCで発表した「Health」と同じようなことをやろうとしていたのだ。

しかし、技術的な部分に目処がついたもののそこから先どうするかというところで、プロジェクトは少々見直されることになる。当時すでにMisfit ShineやFitBitなど、ヘルスデータや生体情報にフォーカスした製品が出ていたし、iBeaconも使えるようになっていた。「名前がわかる」という機能はあるが、すでにあるものに競合しても仕方がない。そんなときに、ちょうどGoogle Glassが出てくる。

「去年のバルセロナ(MWC)に白鳥君とか他のメンバーが参加していて、Google Glassが発表された直後の、次はウェアラブル、メガネだ、みたいな空気がみなぎっているなか、その空気を吸って帰ってきた人たちが、自分たちもやりたいねと」河村さんは、最初はそうした流れに対しては距離をとっていたそうだ。「いきなりこういうデバイスが店頭に並んでも、一般の人から理解はしてもらえないので。ある程度プロトタイプで形になってきたとき、これ誰もまだ気づいていないよねと見えてきて、開発者向けにまず出すという形でいくのであれば、ということで話を進めていった」(河村さん)。

ノーティフィケーションのためのデバイス、あくまでもiPhoneの出先としてなるべくシンプルな実装で、長時間身につけられるというところに絞ったアイデアは赤松さんから。ただ、当初から過度の情報を伝えるよりも何となく誰か他人を感じる部分を伝えるほうが重要という共通認識がメンバー間にあったという。

プロジェクトを時系列に追うと、名前がわかるメガネのプロトタイプを作るのにおよそ1年、そのあと雰囲気メガネに切り替えて1年、次の年のバルセロナには雰囲気メガネを発表という流れだ。最初のプロトタイプで使った技術がそのまま流用できた(違うのはLEDとブザーのアウトプットがあるという部分だけ)とはいえ、非常に短いスパンだったことがわかる。基本的なデザインができて、じゃあそれを実装していこうと決まったのが夏、10月くらいにはとりあえず動作するものができて、最終的なデザインに近いモデルで動作するプロトタイプが出来上がったのがバルセロナに出発する前の日だったという。

メガネ屋が作るとメガネ型ウェアラブル端末はこうなる

鍵となったのは「メガネ」であること。メガネとして出すということになれば、現状の技術ではどうがんばってもメガネとしてかけられるサイズに制限がある。その小さな中でできることとして、最低限の機能に絞ることになる。

スマートフォンなどのデバイスが一般的になった現在では、普通に暮らしているだけでもまわりに情報があふれ、いつのまにか情報に縛られてしまう。「情報は主体となる個人が必要とするものを選択できればいいのであって、何か来たということを教えてあげる必要はあるけれど、全部を見せる必要はない。色や光り方によって意味を持たせることができれば、伝えることができる。そこに意味を持たせることができれば、光だけでいい」(河村さん)と、Google glassやHMDの方向性にはいかずに、メガネのパーツの中で光と音で通知するだけというデザインに。必要ならiPhone本体を見ればいいという判断だ。

ブレイクスルーになったのは、レンズを光らせる仕組みを発見したこと。光で通知するといっても、直接目に光を入れるのはできない。では、どうするか? フチを半透明の素材にしようか、ワイヤーを通そうかとか考えているうちに、下の部分にフレームがないナイロール型(編注:レンズの上半分を金属製などの縁で覆い、下半分はナイロン糸などで固定したデザイン)にすれば、ちょうど下に光が通ればフチが光るのではないかと。レンズ自体は透過物質なので発光はしないが、光が抜けるときに乱反射する。フチの曇っている部分を抜ける瞬間に色がわかるのだ。この発見は、パリミキの商品開発の方たちと共同でプロジェクトに当たっていたことが大きい。

「フレームのデザインの部分はパリミキの人間が間に入っていて、メガネの製造を行っているのも関連会社なんです。そちらのほうにデザインを起こしてもらっているときにレンズが光るというのに気づいて、それをベースにしました」(河村さん)

「最初はざっくりした『光るメガネ』が出てきて、そこから僕らはLEDがあってBluetoothがあって、スピーカーがあって、というのを投げて、パリミキさんのメガネのデザイナーの人と商品開発の人たちと一緒になって、どうやると形になるかと。最初はかなりどう進めていくかもわからない状態で、こういう部品が中に入ると思いますと、部品のサイズだけ投げて、それに合わせてデザインを起こしてもらったんです」(白鳥さん)

1st_rendering_2
パリミキのデザイナーによる初期のデザイン案(写真提供:白鳥啓さん)

Exif_JPEG_PICTURE
初期プロトタイプ:3Dプリンタで出力したもの(写真提供:白鳥啓さん)

このように、既存のメガネのパーツをそのまま使って、それに合わせて基板を作っていった。通常、メガネを使う場合ツルの部分に基板を入れることが多い。ツルなら、ある程度太くなっても許容されるからだ。しかし、フレームの上部にLEDを入れることになったため、そこに基板が1枚入る。すると、ツル部分にその他のモジュールを乗せた基板を入れるとなると、基板が2枚になってしまう。基板が2枚に分かれるのは設計上よくないということで、フレームの上部に入れる基板に他のモジュールから何から全部まとめてしまうことにした。そこから、ひたすら小さなセンサーを乗せるための基板の実装を何度も何度も繰り返すことになる。

「一番大変だったのは、このゆがみなんです。まっすぐだったらいいんですが、やはりメガネはここがこういうふうにならないとデザイン的にぐっとこない。ごつい感じになってしまうので。デザイナーが絶対ここは出しましょうというのに対して、その中にどうやって基板を入れるかというところで。基板の弾力性がどこまで耐えられるかという兼ね合いを続けて、という感じです」(白鳥さん)

funiki-ambient-glasses_kiban
フレーム上部にLEDが3つずつ。右にUSBリチウムイオンバッテリー、左にブザー。フレームにあるのはスリープボタンのみ(写真提供:白鳥啓さん)

 フィルム型の実装も試したがこれはあまりうまくいかず、フレキシブル基板に。フレーム部分のゆがみについてはゆるくカーブさせるような形で対応(3つに分けるというのも強度的に問題があったため)している。

 雰囲気メガネになる前のプロトタイプを含めても2年という短い期間で実際のものを作り上げることができたのは、こうしたパリミキ側の「それをやったらメガネじゃない。メガネはこうあるべき」という大きな信念があったからだという。このフレームのゆがみのようなデザインの部分、それにメガネとしてあるべき形。フレームの前後の重量バランスが取れていないとメガネとしてかけていられなくなる。「左右、前後の重量バランスを絶対に崩してはいけない。フレームが軽ければいいかと言えばそうではない。レンズの重みが全部鼻にかかってしまうので。また、全体が単純に軽いと痛いだけですが、後ろに重みがあると全体としてバランスがいいので、重さを感じないんですね。そこのところはメガネ屋じゃないとわからない。単純にあっちが10グラムのものを作ったからうちは5グラムだという話じゃないんです」(河村さん)

ちなみに、基板は福岡のBraveridgeで制作している。モジュールにノルディックのチップを使っており、その紹介だった。Braveridgeの社長と意気投合したところがあり、じゃあ生産につながるところはお願いしましょうと。「僕らだとプロトタイプ制作になってしまうんですが、Braveridgeさんはコアな自社の工場とか日本や中国の実装工場を熟知していますので、量産を前提にするなら、ちょっとコストがかかっても最初から製品に近い実装をしたほうがいいよと言われて……。フレームに関しても量産を前提とした場合、3Dプリンタでは現実の強度設計や金型設計の確認ができないということで、早い段階に止めて、削り出しで作り、製品に近い状態にしようということでやっていました。基板も最初から実際の量産基板に近いもので開発を始めました」(白鳥さん)。

このあたりの事情は純粋のスタートアップのベンチャーとはちょっと異なるかもしれない。このプロジェクトは、開発自体はベンチャーだがプロジェクトのバックに大きな母体があったことが大きい。

P1000219-b
河村さん(左)と白鳥さん(右)。これまではアプリ開発が専門の白鳥さんだったが、次第にハードのディレクションに。最初は部品選びのたいへんさにびっくりしたものの、そうこうしている間にセンサーの可能性とおもしろさしろさにはまり込んでいったという。バルセロナでパリミキの名前が出たときには、一瞬日本に帰れないと思ったという河村さん。最初はハードは絶対儲からないからやめようと言っていたが、予算はしっかり確保しプロジェクトを進めている

ソフトウェアの文化 × メガネの文化 × 機構の文化

今回のプロジェクトの大きな要因は、ソフトウェア、メガネ、機構と3つの違った文化が交わったことだ。前述したような、メガネたるものはこうあるべきという理想の中で機能を達成する。そうした制限がないと、関わっている人たちのバックグラウンドが異なる場合、なかなか作るべき形が共有できないことがある。「彼らの中でしかわからないことが重ならないと、誰かの思いだけで作ってしまうと思いだけの製品になってしまって、最終的にどこも満足できないものになってしまう」(河村さん)からだ。

また、思いつき、勢いだけの開発ではなかったことだ。最初の1年目のときに、世界中のウェアラブルと呼ばれるデバイスを入手し、徹底的に使ってみたという。その経験によって、そういったデバイスを日常生活で使うときのあるべき要件(バッテリーの持ちや充電にかかる時間、つけ心地、付けているときのストレス、トラブルなど)がなんとなく見えてきた。そこがわかっていたから、自然に機能を削るほうに方向付けていったのだ。

もう1つは、ターゲットとしているユーザーとそこへのアプローチの仕方だ。当初、この製品に関しては、パリミキの名前は出さない予定だった。かなり挑戦的な製品なので、パリミキのブランドを簡単に出せるものではなかったからだ。しかし、バルセロナで発表した際に、河村さんの肩書きからパリミキとの関わりが知られることになり、逆にそこがインパクトになった。その前もその後も広告宣伝費は0円。基本は、チームの周囲の開発者やハードに興味のある人たちに自然に広める形をとった。実際、makuakeでのファンディングも初期に申し込んでくれたのは周囲の知り合いの技術者が多かった。もちろん後半は足で稼いでもいる。ハード寄りの人たちが集まりそうなイベントやセミナーがあれば積極的にデモを行った。「研究開発費の一貫としてのファンディング、広告宣伝費としてのファンディングという位置づけ。今回集まった600人は初期にリーチしてくれるアーリーアダプタの人たち、そういう人たちと一緒に作っていくための位置づけ」なのだ。

今後の展開としては、クラウドファンディングの参加者のための製品を年末までに配送し、SDKを公開する。海外でのクラウドファンディングも考えているそうだが、量産、市販のタイミングはなかなか難しいという。「年明け以降に、じゃあどうしようということになるかな。ある程度何個かアプリが、こういうことができるんだというようなのが出てきて……。もし海外でのクラウドファンディングを2月にスタートするとするとそのときにアプリもそろい始めるなら、一般の市販を考えることになるかなと」(河村さん)。

BLEはいま注目の技術だが、一般の人が実際に日常生活で使うというところまで製品やサービスが一般化されていない。また今後、こうしてウェアラブル端末を人間とiPhoneの間に挟むことで、新しい利用シーンや使い方が登場していくだろう。そういう意味でも、非常に期待のデバイスだ。「新しい」けれど、一般の人が普通に、実用的に「使える(使いたくなる)もの」として。

─ 大内 孝子