2017.07.24
Maker Faire Barcelona #2 ビッグバンに音と形を与える
Maker Faire Barcelonaの会場を歩いていると、昨年のMaker Faireで1弦デジタルシンセベースを披露していたÒscar Carmonaに声をかけられた。今回何を展示しているのか尋ねると、今回は自分の展示の代わりに他を手伝ったという。凹凸のある球体が回転し、その表面がディスプレイに映し出され、スペイシーなシンセ音が流れる。ぱっと見たところは、一昔か二昔前のトリップ感のある怪し気なメディアアート作品のようだ。
これはビッグバンの形と音を模した装置で、人工衛星が捉えたビッグバンの際の宇宙マイクロ波背景放射による温度のゆらぎのデータが元になっている。宇宙マイクロ波背景放射による温度のゆらぎは密度の揺らぎでもあり、それらは音波振動として捉えることができる。この3Dプリンタで出力されたモデルでは密度の高い場所の表面が出っ張り、赤みを帯びた色で表され、その凹凸をRaspberry Piにつながった近接センサーで計測し、そのデータをopenFrameworksに送り、シーケンスデータとしてAbleton Liveを経由させ外部のシンセサイザーに送って音を鳴らしている。
さらにタブレットのアプリも用意され、ビッグバンを模した球体の回転方向やスピード、シンセの音色やシーケンスパターン、リズムをopenFrameworksを介してコントロールできるようになっている。
画面にはビッグバンの “ゆらぎ” が映像とグラフで表示されているが、もちろん本当にビッグバンの音がこのように聞こえるわけではなく、あくまで衛星で観測したデータを用いた音と映像のインスタレーション作品だ。
制作を主導したのはバルセロナの高エネルギー物理学研究所、IFAEで高校生向けの教育プログラムを担当しているSebastian Grinschpun。Maker Faire側から出展を打診され、教育向けにデジタルファブリケーションのノウハウを生かしてみようと思い、Maker Faireに音楽系の作品を何度も出展している友人のÒscarに相談し、音周りを中心に協力を得た。
ビッグバンについて詳しく説明しようとすると、理論的な内容を多く含むこともあり、我々の日常的な感覚からかけ離れていて、取っつきにくい印象を与えてしまいがちだ。そこで敢えて詳細な説明を行う前にイメージしやすい音や形を与えることで、何だろうと考えるきっかけを作ることができる。それらのイメージは実際とは異なるわけだが、エセ科学を教えようとしているわけではなく、教育プログラムではよい取っ掛かりとしてイメージを活用できる。このインスタレーションは教育を促進する触媒として、Makerムーブメントに新しい役割を与えたと言ってもいいだろう。
これとは対照的だったのは、Maker Faireと共催されたSonar +DでのEntropyというオーディオビジュアル作品。
科学者の監修の元で宇宙の成り立ちをその始まりから終わりまで説明するレクチャーとパフォーマンスの中間のようなショーだったのだが、テクノロジーを使って緻密に現象を再現して説明することに力点が置かれていた。これも一つのテクノロジーのあり方で、ある意味正攻法ではあるのだが、率直に言って印象に残らなかった。インタラクティブ性がなく、デザインされた音と映像に情報をひたすら詰め込んでいるという印象に終始し、作る側から観る側に何をどのように受け取らせたいのかわからず、その点が弱かったように思えた。そういった伝達の仕方も含めてデザインしなければ、少なくともレクチャーとしては機能しない。
このプロジェクトはEUからの助成を得て、1つ1つのシーンに見応えがあるように予算や時間をかけて作り込まれていることはわかるのだが、シリアスなだけでなく楽しめる要素が教育には必要だと思う。先述のビッグバンの展示は地元大学が運営する研究所によるものであり、こちらのプロジェクトはEUのサポートによるものだが、それぞれ予算規模や運営組織の性質が異なる。テクノロジーを用いた教育向けのプロジェクトと言っても様々な形があり、これから教育プログラムもそのあり方が吟味されていく時期に入っていくと思うが、それらの長所短所をまとめて今回のように一つのイベントで比較できるということは非常に面白いことであると思う。
Sonarという音楽フェスティバルがMaker Faireと合わさることで、大小の企業や研究機関、そしてMakerによる展示が一同に会する。今年はアメリカのSXSWフェスティバルのように音楽・映像・テクノロジーなどさまざまな分野の展示・カンファレンスを見ることができる音楽フェスティバルとも訪れる機会があったが、他と比べても音楽を介してこれほどテクノロジーにフォーカスできるイベントは他にない。この2つのイベントの組み合わせは今回初めてだが、出展する側も観客にとってもこの多様性は魅力ではないかと感じられた。