2017.07.24
Maker Faire Barcelona #1 有名音楽フェスティバルとMakerムーブメント
「今年のバルセロナのMaker FaireはSonarと一緒に開催するから、大きなものになるよ。」2月にメキシコを訪れた際に、現地で教育プログラムの監修を行っていたArduinoのDavid Cuartiellesが教えてくれた。世界100か国以上から13万人以上のエレクトロニック・ミュージックのファンが訪れるSonar Music Festivalは単なる音楽フェスティバルの枠を超え、ここ数年は音楽系のスタートアップ企業から大手企業、研究機関が参加する音楽に関連したテクノロジーのショーケースとしても関係者にとっても重要なイベントになった(2014年の記事)。
Sonarは元々バルセロナ市の肝いりで始まった音楽フェスティバルで今年でもう24回目になるが、2017年は市の意向もあり、SonarがMaker Faire Barcelonaをホストすることになり、また入場無料という形になった。
今年はVR作品の出展が多く、ミュージシャンがこれまでミュージッククリップを制作するようにVR作品を作るようになり始め、GorillazやModeratといったミュージシャンたちが制作した作品もあれば、人工知能による画像解析ソフトウェアDeep Dreamを使ったGoogleのVR作品もあり、さらに日本からもサウンドアーティストのEvalaが無響空間でのサウンドによるVR作品を出展していた。同じVRのカテゴリーの中にミュージシャンもメディアアーティストも企業も一同に会していて、他の楽器市やメディアアート系イベントにはなかなか見られない独特な様相を呈している。来場者も音楽フェスティバルに来る客層なので男女比が半々ぐらいで、男性が9割以上を占めるような他の電子楽器の展示会とは大違いだ。近年のエレクトロニック・ミュージックは年齢層の幅が大分広くなっていて、それぞれ少し違う客層がMaker FaireとSonarの間で入り込む。
さらに今年は夏の間Sonarの一部として、フェスティバルの開始と合わせて6月中旬からバルセロナ市内数か所の美術館でBrian Enoの音と照明のインスタレーション『Lightforms / Soundforms』やBjörkによるVR作品を主に展示する『Björk Digital』、David Bowieの回顧展が9月まで行われる。ステージ上のパフォーマンスだけでなく、音楽とテクノロジーのためにじっくり時間をかけて観賞するようなタイプのインスタレーションも含んだ幅広い内容になっている。夏のバルセロナをバカンスで訪れる観光客としては、古い建物を見るだけでなく、音楽フェスティバルや美術館で最新のテクノロジー表現に触れることもできるため、これらは観光の一部としても機能している。
今回SonarとMaker Faireの会場となったいるのは、バルセロナの主要な観光スポットの一つであるスペイン広場。年中展示会が催され、世界最大級の携帯電話展示会、Mobile World Congressの会場としても使われている。催事用のホールがいくつかあり、今回Maker Faireが開催される会場はSonarの会場があるホールとは道路を隔てて十数メートルほど離れていた。
それほど離れているわけではないが、十分なスペースもあるし同じホールにどちらも入れた方が集客面でよかったのでは? と主催者に尋ねてみたところ、教育的なことを考えて会場をあえて別にしたと語っていた。STEAM教育のプログラムに力を入れているバルセロナらしく、ワークショップも多数開催されるので子どもたちを受け入れるため、会場を分けなければいけないという事情があった。日本では問題としてあまり想像できないかもしれないが、音楽フェスティバルにはドラッグを使用する者がいたり、酔っ払いもいるので、確かに子どもたちにはあまり見せたくない部分もある。Maker Faire Barcelonaでも酒類は提供していたが、Maker Faireで酩酊状態まで酔っぱらうお客さんはほとんどいない。
様々な客層を取り込める可能性がある一方で、イベントにより観客のテンションも異なり、通常のMaker Faireでは考えなくてもいい問題も考えなければならない。
Maker Faire会場に入ると、入り口では地元のディストリビューター、Ultra-labによる販売ブースがあり、ボード類と一緒にArduinoの教育パッケージKitCTCが売られていた。ボードやセンサーなど1クラス分の実習に必要なセットが箱に入っていて(1クラスを6グループに分けて指導する形を想定している)、教育者へのトレーニングが20時間、さらに英語・スペイン語・イタリア語によるサポートが含まれている(現在のところこの3か国語)。以前から教育プログラムをパッケージ化して販売する話は聞いていたが、Arduinoのオンラインショップや各地のディストリビューターを通して売られていて、単にモノだけではなくサービスも含まれているが、他の開発キットと一緒に買って帰るように販売されている点が面白い。
smARTSプロジェクトは地元大学によるプロジェクト。文化財保護のため、オープンソースで仕様が公開されている専用のスキャナーとソフトウェアを使い、古いタイルの状態(傷や色調など)を分析してデータとして保存するというプロジェクト。
スペインやポルトガルなどイベリア半島地域各地には家の壁や床にタイルが貼られる伝統があるが、タイルが使われる家も少なくなってきている。デザインの点などで興味深いものもあり、後世のためにデータを各自で残しておくための手段として、オープンソース化を前提に研究が進められている。
場所は離れているが、Sonar +Dもテクノロジーの動向を知るためのカンファレンスが充実していて、ものづくりやMakerムーブメントに関係した方面の内容もここ数年必ず入っている。一昨年はArduinoからDavid Cuartiellesがスピーチを行っていたし、今年はlittleBitsの創業者Ayah Bdeirが来て、ビジュアルアーティストでもある彼女がこれまでの経緯を触れながら、どういった狙いでエンジニアリングの知識を生かしlittleBitsを開発したのか語っていた。Sonar +Dの主要なスピーチはYoutubeの公式チャンネルでほとんど公開されているので、興味のある方は見てほしい。
Sonar +Dの方では3Dプリンティングした実用的な楽器用のスタンドやケースなどが地元バルセロナのFab Labから出展されていた。最初からラックの仕様が決まっているモジュラーシンセと違って、最近のコンパクトで手頃な電子楽器のためのスタンドやケースなどを3Dプリンタで作られたものは、ありそうで今まであまり見たことがなかった。
Kickstarterが提供するブースでは、現在出資募集中の電子楽器のデモが行われていた。Dato DUOは山型のシンセサイザー対面でプレイできる点が売り。取っつきやすいユーザーインターフェースで片側はステップシーケンサー、もう片側が音色のコントロール、と言う風に分かれている。今年Maker Faire Bay Areaを取材した際にTeensyによるアクリル板で四角く囲まれたシンセサイザーのデモに触れた際も感じたが、複数人で同時にプレイする際にお互いの表情や動きが見えると心理的にもパートナーと親密さを醸成しやすくなり演奏にもよい効果があるように思える。
電子楽器というとほとんど平面にボタンやスライダーなど配置され、複数人で演奏する場合も大体観客側に向かって横並びになる形になる場合が多いが、このDATA DUOのように向かい合って演奏するような配置の仕方も面白いと思わされた。例えば前述した展示のように対面で演奏できるようにスタンドやケースを3Dプリンターで出力すれば、複数の違う電子楽器を対面で演奏させるようにもできるだろう。
同じくKickstarterのブースでは、今年の春先に発表され各方面で話題になったDadamachinesによるautomatのデモが行われていた。automatは12VまでのDC信号に対応したアナログ機器をMIDIで制御するためのデバイスで、シーケンスソフト上でプログラムしたままドラムを叩いたり、照明をコントロールしたりといったことが可能になる。
既に目標金額の7倍の出資が集まっているが、Sonarのブースでもひっきりなしに人が訪れていた。
バルセロナはここ数年Maker Faireの主催や場所が毎年変わっていたが、今年はMini Maker FaireからMaker Faireになったことからもわかるように、バルセロナが市としてより積極的に協力し規模を大きくしようとしている。Maker Faireも場所によって様々な運営の形態があるが、今回のMaker Faireを運営しているSokoは地元の小中学生向けに課外活動的なSTEM教育を日々行っているMakerスペースで、また協力関係にあるFab Lab Barcelonaもバルセロナの建築系大学院IAACが運営していて、バルセロナのMakerシーンは教育機関が支えている印象が強い。次回は地元大学の教育プログラムにMakerムーブメントが役立っている例を紹介したい。