Electronics

2019.01.08

キーボードを愛し、キーボードを自分で作り出す人々「天下一キーボードわいわい会 Vol.1」

Text by Yusuke Imamura

キーボードを自作するムーブメントが、この1年ほどで急速に盛り上がってきた。自作キーボードのキットが多数発売され、「キーボードって自作できるんだ」と気付いた人々が一気に増えた感がある。昨年8月に開催されたMaker Faire Tokyo 2018でも自作キーボードのブースは盛況だった(関連記事:「Maker Faire Tokyo 2018の見どころ #1|自作キーボードの世界を堪能する」)。Maker Faire Tokyo 2018の会場で初めて販売された自作キーボード「Mint60」のキットは、2日分準備した販売数が初日開場直後の行列だけでなくなってしまったという。

2018年11月3日には、六本木にて自作キーボードのイベント「天下一キーボードわいわい会 Vol.1」(略称:天キー)が開催された。

イベントでは3つの企画が設けられていた。

・参加者が持ち寄ったキーボードを並べての交流
・自作キーボードのキットや関連グッズの即売
・自作キーボードの開発者によるトーク

会場となった会議室の机に並べられたキーボードは実にさまざまであった。自作キーボードの界隈では左右分離型のキーボードが人気である。両手の間隔が広がり、肩をすぼめずにキーボードに向かえるため、一体型のキーボードより腕や肩への負担が少ないとされる。

また全体が山をなすように、キー面が立体的に傾いているキーボードも多い。このような傾斜つきのキーボードに手を置くと親指側が持ち上がり、いわゆる「ろくろ回し」の手つきに近づく。平らなキーボードを使うときより姿勢に無理がなく、手首への負担が軽くなる。


しろとり(@swan_match)氏が設計・製作した一品ものの分割キーボード「SHIROTRON」。ボルトの足の長さで傾きを調整できる。フルカラーLEDを内蔵し、さまざまに光るキーボードにできるのも自作の醍醐味


3Dプリンタで出力したシャーシにスイッチを立体的に配置している「Dactyl-ManuForm」(やよいのうさぎ氏が公開データを元に製作)

市販のキーボードの中には、キーキャップの刻印を昇華印刷しているとうたっているものがある。昇華インクがキーの樹脂に浸透するため、キーボードを酷使しても印字がかすれないのが特長だ。キートップへの昇華印刷もDIYできる。アイロンプリントシートを業者に作成してもらい、熱に強いPBT製のキーキャップにアイロンで転写すれば、オリジナル柄のキートップができ上がる。


キーキャップにラーメンなどの画像を昇華転写したもの。どんな画像でもキーキャップの刻印にできる

一般的なキーボードのキーは、上下の段ごとに左右に少しずれている。これを「Row-Staggered」という。タイプライターにあったキーのずれを再現したものだ。しかしコンピュータのキーボードは配線が自由なのでRow-Staggeredである必要はない。左右のキーが指の長さに合わせてずれている「Column-Staggered」や、上下左右でキーのずれがない「格子配列」(Ortholinear、Matrix Layout)のキーボードもある。


キーの配置こそ一般的なRow-Staggeredキーボードだが、キーキャップで思いきり遊んでいる(MC:@riv_mk氏作成)


@Pekaso氏が設計・制作したキーボードキットの「Fortitude60」はColumn-Staggeredの配列


GO(@Go_Drums)氏が設計し自作したキーボード「NEWGAME卌」。格子配列がソリッドな印象を高める


jaco(@age_jaco)氏が持参した格子配列、3連ホイールつきの自作スプリットキーボード。ホイールは絵を描く際にキャンバスの拡大/縮小や回転、ブラシサイズの変更などに使う


遊舎工房の分割型自作キーボードキット「Helix」を片方だけ使い、これだけでキーボードとして使えるようにした「Froggy」。3色のカエルのキーとの同時押しで、1つのキーから4種類の文字を入力できる。キーの手前に水色で刻印されているファンクションキーなどは、オレンジのカエル+最上段のオレンジ色の[F]に続いて入力する。ケースは3Dプリンタで出力

会場には自作キーボードのほか、キーボードにこだわりのある参加者が持ち込んださまざまなキーボードも披露された。


79f0167(@Beamspring)氏所有の、IBM Displaywriter System 6580のキーボード。これまでに触れたどのキーボードとも異なる押し心地


人間工学に基づいたキーボードとして歴史が長い「KINESISキーボード」。おわん型にへこんだ配置のキーは最上段でも指を伸ばすことなく押すことができる。このKINESISは「G」キーの右にThinkPadのトラックポイントを追加し、マウスへ手を移動する必要もなくした(satromi:@satromi氏所有)


パーソナルメディアの「μTRONキーボード」は左右分割式。裏側に設けられた3つのチルトスタンドを組み合わせて、さまざまな傾斜をつけることができる。TRON配列は英字がDvorak配列、かなは独自の配列で、さらに人差し指の位置にTabキーやEnterキーを配置するなど、打鍵の負担を下げるさまざまな工夫がなされている(satromi:@satromi氏所有)


od(@od_1969)氏はThinkPadからキーボード部分を取り出し、USB接続の外付けキーボードに改造した


本物のタイプライターをUSBキーボードに改造し「CORONA-USB」と名付けたのはMasa(@sudamasahiko)氏。重いキーをぐっと押し込むとタイプライターのアームがパチャパチャと動く。それに従ってタブレットに文字が入力されていくのは、こちらの操作にコンピュータが反応する原初的な楽しさがあった

即売コーナーではキーボードの自作キットやパーツに加え、自作キーボードをテーマにした同人誌など関連グッズが販売された。開場直後は長い行列ができる小間もあった。


自作キーボードキットの「ErgoDash」。このキットにキースイッチやキーキャップ(このキットではそれぞれ70個)、必要に応じてLEDなどを追加購入すると完成させることができる。キースイッチとキーキャップは非常に多くの種類が流通しており、作成者は好みのものを選ぶことになる


分割キーボードの左右をつなぐTRRSケーブルでも個性を主張できる。ぷりケツにるぽ(@nillpo)氏は自作したケーブルを販売。自身のブログでもケーブル自作の方法を解説している


特殊なキーキャップを作る人もいる。写真はハンドスピナーつきのキーキャップ(あんりある:@unreal5050氏制作)。どこからそのような発想が? 実用性より装飾性、趣味性を強調したこのようなキーキャップはArtisanキーキャップと呼ばれる


これはキーボードではなく、一般的なキースイッチとキーキャップを使った電卓の「TENTAKU」(あんりある:@unreal5050氏制作)

トークセッション①「国内で手に入るキーボードまるわかり」

会場の大スクリーンを使ったトークセッションは3本。イベントの時間の長さに対してトークセッションを少なくし、空き時間にたっぷりキーボード談義ができるようにしたという。

・「国内で手に入るキーボードまるわかり」(ゆかり:@eucalyn_氏)
・ポッドキャスト番組「それはそう」公開収録(司会進行…びあっこ:@Biacco42氏、ぺかそ:@Pekaso氏)
・「誰でもできるキーキャッププロファイル作成入門」(もんく:@monksoffunkJP氏)

「国内で手に入るキーボードまるわかり」では、イベントの主催者であるゆかり(@eucalyn_)氏が国内で入手できる自作キーボードキットを紹介した。

「天キー」主催者のゆかり氏

採り上げられたキットは以下の通り。

Helix遊舎工房制作)
Ergo42(びあっこ:@Biacco42氏制作)
Corne Cherry(コルネはパン:@foostan氏制作)
Fortitude60(ぺかそ:@Pekaso氏制作)
ErgoDashErgoDash mini(ダッシュ≡=:@omkbd氏制作)
Lily58(ゆーち:@F_YUUCHI氏制作)
Zinc(もんく:@monksoffunkJP氏制作)
MiniAxe(ENDO Katsuhiro:@ka2hiro氏制作)
Mint60(ゆかり:@eucalyn_氏制作)
namecard2x4(天高:@skyhigh_works氏制作)
Attack25(もんく:@monksoffunkJP氏制作)
BlocKey(ゆかり:@eucalyn_氏制作)

トークセッション②「『それはそう』公開収録」

それはそう」は、びあっこ(@Biacco42)氏がぺかそ(@Pekaso)氏とともに配信しているポッドキャスト番組である。今回は公開収録として、自作キーボード制作者によるパネルディスカッションが行われた。


パネルディスカッションの出席者

出席者は以下の通り。(上の写真の左から)

・ないん(@pluis9)氏:遊舎工房Helixを設計・制作
・コルネはパン(@foostan)氏:Corne Cherryを設計・制作
・ゆかり(@eucalyn_)氏:「天キー」主催者、Mint60BlocKeyを設計・制作
・ゆーち(@F_YUUCHI)氏:Lily58を設計・制作
・ダッシュ≡=(@omkbd)氏:ErgoDashErgoDash miniを設計・制作
・びあっこ(@Biacco42)氏:「それはそう」主催、司会進行、Ergo42を設計・制作
・ぺかそ(@Pekaso)氏:司会進行、Fortitude60を設計・制作

パネルディスカッションは4つのテーマで話し合われた。

1. キーキャップに許容できる価格は

キーボードのキーは、基板に実装されているキースイッチと、その上にはめ込まれて指が触れるキーキャップに分けられる。自作するキーボードのキーの数だけキースイッチとキーキャップが必要で、キーボード自作のコストの多くを占めている。そしてキーボードを自作していると金銭感覚が狂ってくる元凶でもあるようだ。

キーキャップの価格について、ゆかり氏は「自分はこの界隈では金銭感覚が壊れていないほうだと思う」としつつ、海外からダブルショットのキーキャップのセットを買う場合、送料込みで100ドルまでなら安いと思うとした。ダブルショットとはキーキャップの刻印が剥げない製造方法で、文字の部分がプラスチックで射出成形されているため、印刷による刻印と異なり原理的に剥げることがない。これにはびあっこ氏も「確かにダブルショットで1万円ちょっとなら、いいなあと感じますね」と賛同。市販の安価なキーボードなら何枚も買える価格だが、こだわりのキーキャップを追い求めるには最低でもこのくらいの出費が必要なようだ。

「キーキャップには糸目をつけないのでは」と指名されたコルネはパン氏は、設計・制作したCorne Cherryが42キーしかないため、セットで買っても半分ほどしか使わないので割高に感じると話した。

ここでびあっこ氏が挙げたのはBig Bangのキーキャップである。これは機能キーの幅が英数字と同じ1キーぶんのものが多く、自作向けだという。加えて送料を含めたセットが7,000円ほどで財布に優しいとのことだった。

キーキャップのセットにいくらまでなら出せるか、会場で挙手によるアンケートが行われた。「1万円までなら出せる」というあたりでだいぶ少なくなったが、一方で3万円でも出せるという参加者もあり、司会のぺかそ氏がうろたえ気味に「3万円ですよ!?」と突っ込んで笑いを誘っていた。

2. マイコンボードを見えないところに隠すか、見えるようにするか

自作キーボードの動作を制御するにはマイコンボードが必要である。マイコンボードを見えるところに配置するとフットプリントが大きくなるが薄型化が可能となる。一方、裏に隠すとフットプリントを小さくできるがそのぶんキーボードが厚くなる。

多くの自作キーボードが、Pro MicroというArduino互換のマイコンボードを採用している。Pro MicroはArduino Pro Miniと同じサイズで決して大きくはないが、これをどこに配置するかに設計思想の違いが出ていた。

パネリストの面々が制作したキーボードのうち、マイコンボードを見えるところに出しているのはHelix、Corne Cherry、Lily58、Ergo42。裏に隠しているのはMint60、ErgoDash、Fortitude60である。


マイコンボードが見えるようにしている自作キーボードの例(左上からHelix、Corne Cherry、Lily58、Ergo42)


マイコンボードを隠している自作キーボードの例(左上からMint60、ErgoDash、Fortitude60)

遊舎工房のないん氏は、Helixを設計した動機が薄型(ロープロファイル)のキースイッチを使ったLet’s Splitを作ることだったためにこのようになったと裏話を披露した。薄いキーボードにするためにPro Microを外に出したのだという。

「Let’s Split」(レツプリと略されることが多い)は左右分離型の自作キーボードである。海外の掲示板であるredditのメカニカルキーボード掲示板でWootpatoot氏が設計した。Let’s SplitはPro Microを本体裏に入れている。それが原因の事故が多かったことも、Helixでマイコンボードを外へ出した理由の一つだとないん氏は語った。

Corne CherryはHelixと同様、マイコンボードの上に小さなOLEDディスプレイを配置している。設計したコルネはパン氏によると、これはPro Microがはみ出ている欠点を補っていて「完璧だったので」採用したとのことだった。

一方、ErgoDashはPro Microを基板の裏に置いている。ダッシュ≡=氏は、キーだけが並んでいる外観にしたくて裏側に入れたと語った。これはMint60を設計したゆかり氏も同様である。Mint60は試作段階では、Ergo42のようにPro Microをキーボードの奥側に出していた。しかし全体的な形をかわいくするにはマイコンボードがはみ出しているのは違和感があったため、最終的には裏側に配置したという。Pro Microを数字キー列の下に置くことで、手前は薄く、奥が厚くなるチルトキーボード(奥が持ち上がる傾斜がついたキーボード)になった。

ゆーち氏がLily58を設計した動機の一つが、Let’s Splitを組み立てたときの失敗だった。Let’s Splitはマイコンボードを先にはんだづけするとキースイッチをはんだづけできなくなる。この事故を経験した後にHelixのマイコンボードの配置を見ていい解決方法と感じたことと、やはり薄いキーボードにするためにPro Microを外へ出したとのことだった。

ぺかそ氏が設計したFortitude60はマイコンボードとしてPro Microではなく、さらに小さなBeetle USB 32U4を採用している。これは、ほかと同じPro Microを使いたくないという動機のほか、Pro MicroのMicroUSBコネクタがもげやすいのを解決する目的もあったという。USBコネクタをマイコンボードから移動し、外付けにすることで強度を確保した。「パーツの入手性が悪くコスト増にもなったが、作りたいものを作れて満足」とぺかそ氏は語っていた。


Fortitude60のUSBコネクタはマイコンボードからケーブルで引き出す形になっている(Fortitude60ビルドガイドより)

それぞれの考えが披露されたところでびあっこ氏が引き取った。Let’s SplitやErgoDoxのような初期の自作キーボードはリストレストが必須なほど厚い。会場でも「自作キーボードの厚みが気になる人?」と聞いてみたところ、それなりの数の手が挙がった。

その後Helixに始まる、マイコンボードを外に出しキーボードを薄型化するトレンドがあった。そして最近は、キーボードの奥側をチルトさせて厚みを確保し、そこへマイコンボードを納める考え方も出てきているとまとめた。マイコンボードを外に出すキーボードを設計したコルネはパン氏は「チルトさせる前提で、マイコンボードを裏に入れるキーボードを作ろうかと考えている」とし、同じくゆーち氏も「チルトさせるならマイコンボードを下に入れてもよさそう」と語っていた。

3. 試作をどのくらい行ったか

自作キーボードの設計が仕上がったら、プリント基板(PCB)の製造を業者へ発注する。現在は数枚程度の小ロットからPCBを製造してくれる中国の格安サービスが複数ある。たとえば以下のような業者である。

PCBGOGO
Elecrow.com
Fusion PCB
ALLPCB.COM

キーボードの設計は一度で決まるものではない。回路設計のミスや部品の干渉などが見つかれば、設計を変更して再度PCBを発注することになる。試作の回数が少ないほどコストも時間も節約できるが、結果的には何度かPCBを発注することになるケースが多いようだ。

国内で自作キーボードキットの企画が盛んになるきっかけを作ったないん氏は、Helixの設計ではPCBを7~8回製造したという。「キーボードの設計は実はそう難しくない」としつつ、試作について「業者に発注すると設計ミスに気付く」と語ると、壇上で複数のパネリストが深くうなずいていたのが印象的であった。

また当初はPCBの製造をいくつかの業者に発注していたが、今は一つに絞っているとのこと。Helixのバックライト用LEDをはめ込む穴の大きさは高い精度が必要で、LEDが収まってもポロリとは落ちないようにしたい。しかし業者によって仕上がりに差が出やすかったのだという。HelixのデータはMITライセンスで公開されている。基板データをダウンロードして自分で発注した人から「LEDが入らない」と報告があったりもしたそうだ。

発注の苦労話をと促されたゆーち氏は、Lily58の設計では4~5回PCBを発注したと語った。発注ごとに業者を変えると品質が安定せず「完全に運ゲー(運次第)」のため、やはり一つの業者に絞ったとのこと。

Corne Cherryを設計したコルネはパン氏は、キースイッチをはんだづけなしで交換できるホットスワップを採用するにあたって、トッププレート(キースイッチを保持するプレート)をアクリルにせず、薄くできて強度もあるPCBで作ることにした。キースイッチをはめ込む穴の大きさが14ミリだとゆるかったためわずかに小さくしたが、同じ業者でもPCBのレジスト色によって仕上がりが異なり、マットブラックだけきつすぎになってしまったとのことだった。

同じデータでも発注ごとに仕上がりが変わってくるのはハードウェア制作に特有の問題のようで、ゆーち氏は同じ業者でも製造工場が異なるとドリルの性能差からか仕上がりが変わると話していた。

そうなると気になるのが、上で挙げた業者のどこが品質がよいのかというところだろう。しかしこれは意見が分かれた。業者Aに出したところ品質が悪かったため業者Bを使っている、という発言がある一方、逆に今は業者Aに絞っている、業者Bは品質に問題があったため、というパネリストもいてまちまちであった。中国のPCB製造業者は格安なのが魅力だが、安定した品質で製造するのは難しい面もあるようだ。

4. 2019年のキーボードのトレンド予想

最後に、来年の自作キーボードのトレンドを予想するというテーマが出された。

真っ先にゆかり氏が挙げたのが無線化である。会場の挙手によるアンケートでも無線化の希望が多かった。これは会場でテスト販売されていた「BLE Micro Pro」が期待に応えられそうだ。「BLE Micro Pro」は「Pro Micro」互換のマイコンボードで、キーボードをBluetooth Low Energyで無線化できる。


せきごん(@_gonnoc)氏が開発中の「BLE Micro Pro」。接続先はマルチペアリングで8台(分割キーボードの左右を無線化する場合は7台)まで登録できる。1枚のキーボードを複数のマシンへBluetoothでつないで使っている人(筆者など)も、これがあれば自作キーボードの世界に入れてしまう。また電池駆動だけでなくUSB給電も可能とのこと

ほかに挙げられたトピックは、トラックボールを埋め込んだ自作キーボードやはんだづけが不要なキットの要望、アーキテクチャのARM化など。また、キーマップのセットを修正するたびにファームウェアをコンパイルしなくてもすむようにしたいといった目標も語られた。


ゆかり氏が設計・製作したキーボード「ゆーかり」。親指部分の赤いキーの手前に小さなトラックボールが埋め込まれている

さらに、びあっこ氏は自作キーボードのアーキテクチャのモジュール化に意欲を見せた。「modulo」は自作キーボードの開発を容易にするモジュール化の計画である。現状、キーボードを自作するにはキーの配置だけを考えればよい状況にはない。マイコンや回路について理解し、自分なりに実装しなければならない。モジュール化によってここが省力化されれば、キーボードの設計者の負担が軽くなる。またマイコンの部分を外部化できるため、キーボードの薄型化にも貢献するといったメリットもある。

moduloの概要や目標は「モジュラーな自作キーボードアーキテクチャを求めて – たのしい人生」に詳述されている。また、びあっこ氏が開設した自作キーボードのDiscordでは、自作キーボード全般について活発な情報交換が行われているとのことだった。

公開収録の終わりに、びあっこ氏とぺかそ氏から「ほぼ週間キーボードニュース」を2019年1月に始めるとの告知があった。音声のポッドキャストからYouTubeでの動画配信に切り替え、バーチャルYouTuberとして自作キーボードに関するニュースをほぼ毎週配信していくという。


「ほぼ週間キーボードニュース」の開始を告知。バーチャルYouTuberとしてのびあっこ氏の外見には現在「いらすとや」の素材が使われているが、配信開始までにはオリジナルのボディを獲得するようだ

トークセッション③「誰でもできるキーキャッププロファイル作成入門」

最後のトークセッションは、5×5キーのミニキーボード「Attack25」やRow-Staggeredな分割キーボード「Zinc」を設計したもんく(@monksoffunkJP)氏による、キーキャップのモデリング講座である。


登壇者のもんく氏

キーボードの自作に熱中すると、手持ちのキーキャップが増えてくるのは必然といえる。もんく氏は3Dプリンタを持っていたため、自分でキーキャップを作ってみることにしたという。

プロファイルとは、キーキャップの形状のことである。市販のキーキャップにはCherry、DSA、SA、OEMといった名称のプロファイルがあり、それぞれ特徴を持っている。

Thingiverseという、3Dプリント用の形状データをアップロードできるコミュニティサイトがある。ここにはユーザーがモデリングしたさまざまなキーキャップのデータもアップロードされており(→Thingiverseを「keycap」で検索した結果)、基本的に自由にダウンロードできる。ここからダウンロードしたデータを3Dプリンタで出力したところうまく使えたため、次はキーキャップを自分でモデリングしたくなってきたという。

オートデスクが開発・提供しているFusion 360は、3Dモデリング機能だけでなくCAMやCAE機能も備えた総合3Dツールである。非営利目的や、年間売り上げが10万ドル未満の小規模企業であれば無料で使うことができる。Fusion 360でモデリングし3Dプリンタで出力するうち、さらに凝ったキーキャップを作りたくなってきた。

キーキャップの形状をさまざまに変更して試すには、Fusion 360のようなGUIでのモデリングは効率が悪い。検索してみると「KeyV2」というキーキャップのライブラリを見つけた。各種のパラメータを数値で入力すると、さまざまな形状のキーキャップをモデリングできる。ここで使われているのが「OpenSCAD」というソフトウェアである。

OpenSCADは、球や立方体といった基本的な形状(プリミティブ)を変形や結合させたり、場合によっては形状を除去したりすることで3Dモデリングを行う。形状の定義は、位置や大きさを数値で指定して行う。同じ形状を複数配置するときは、座標を変えつつ同じ定義をくり返す処理を記述すればよいなど、プログラミングに似たモデリング手法を採用しているのが特徴だ。なおOpenSCADを使わなくても、Thingiverseの「App: Customizer」からブラウザでキーキャップの基本的なモデリングを試すこともできる。

たとえば多くの市販のキーボードで、スペースキーはほかのキーとは逆に中央が盛り上がっている。こういった形状の好みを反映させつつ、必要なサイズにOpenSCADでモデリングしたデータをDMM.makeで出力した。出力素材はMJFという樹脂で、磨き仕上げを施している。


もんく氏自身が設計した25キーのキーボード「Attack25」に自作のキーキャップを装着。磨き仕上げをしたMJFの触感は、市販のキーキャップで一般的な材質のABSやPBTなどと異なりサラサラしている。もんく氏は「木質のような心地よさ」と表現していた

DMM.makeのような3Dプリントサービスでは、出力するデータに最低限必要な肉厚などが定められている。キーキャップのプロファイルはMJF向けのデザインルールに抵触することが多く、DMM.makeにデータを送ると「出力できない」と連絡が来ることがあるという。きちんと出力できなくてもかまわないから、と説得して出力してもらっているそうだ。

またMJFで出力したキーキャップの表面はそのままではざらついている。キーキャップとして手触りをよくするには磨き仕上げを追加依頼するのが有効だが、それによってキーキャップ裏側の軸がわずかにやせるという。データ上正確な太さに作った形状でも、磨き処理をしたキーキャップをキースイッチにはめ込むとゆるくなるため、あらかじめ少し太くモデリングしておく必要がある。どのくらい太くすればちょうどよくなるかは試行錯誤が必要とのこと。

最後に、もんく氏がこれらの知見を得た経験から、自分でキーキャップを作るために必要なことを2つ挙げた。

まず「試作を重ねる経済力と忍耐力と時間」。作成したプロファイルが最初の出力で完成となることはまずなく、出力しては細部を調整するくり返しになる。そのたびに時間とコストが積み上がっていくため、完成するまで心が折れない忍耐力が必要ということだった。

もう一点が「DMMさんへの感謝の気持ち」。無理な依頼でも出力してくれる業者があるから、このように理想のキーキャップを追求できる。「あまりうるさいことを言い過ぎると出力してくれなくなるかもしれない。感謝の気持ちを忘れないようにしつつ、新しいキーキャップを作っていきたい」として、トークセッションをしめくくった。

4時間にわたる「天下一キーボードわいわい会」は盛況で幕を下ろした。自作キーボードについて知りたい、語りたい、作りたいという来場者の希望に応えるイベントであった。

主催者のゆかり氏はその後も「Mint60組み立て会Vol.1」を開催するなど、精力的にイベントを企画している。「自作キーボード Advent Calendar 2018」は執筆希望者が多数出て「その3」まで作られた。さらに遊舎工房は1月13日に秋葉原の末広町に実店舗をオープンすると告知している。自作キーボードの世界は、今年さらに広がりを見せるだろう。