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2019.10.17

「こんな“地味”なMaker Faireもいい」と感じた、持続可能な事例としてのMaker Faire Barcelona 2019

Text by Toshinao Ruike

噂話には尾ひれが付くものだ。アメリカのMaker Mediaの事業停止の影響だろうか、どこから話が出たのかわからなかったが、今年はバルセロナでMaker Faireが開催されないという噂が耳に入った。「いやいや、ありますよMaker Faire。ちゃんと準備もしてますよ!」私はMaker Faireの運営には携わってないが、驚きながら否定して、できるだけ多くの人をMaker Faire Barcelonaに今年は誘った。

個人的に懸念はあった。市中心部の展示会用ホールで開催された昨年、出展も来場者も心なし少なかったのだ。今年の会場はバルセロナ市内の郊外、Sagrera地区の工場跡地を改装したアートスペース、Nau Bostik。メイカームーブメントが新しいトレンドではなくなった今、果たしてどれだけの人が来場するのか。

ところが、箱を開けてみると、今までになく大盛況だった。特別に派手な出し物があったわけではないが、住宅地に近いこともあり家族連れが目立ち、来場者は1万人超、出展者数は150ほど。例年通り、バルセロナ市との共催で入場料は無料。家族でワークショップなど楽しめる地味にいいMaker Faireになっていて、これはこれでいいじゃないと思えた。

エコロジー教育や環境を意識した家族連れに親しみやすいワークショップ

水、グリセロール、ゼラチンを混ぜてバイオプラスチックを作るワークショップ。熱して材料を溶かした後に冷えて板状に固めるところまでで終わりで、それ以上何かに加工するところまでは行かないが、教育目的にやっているのでこれでいいのだとスタッフが言っていた。確かに「作る」という視点から見れば初歩の初歩だが、環境に優しい素材でものを作るということを家族で学ぶにはこのくらいが丁度よいかもしれない。

今年はグレタ・トゥーンベリさんが話題になっていることもあるせいか、気候変動やエコロジーに関係した出展やカンファレンスが多かった。上はペットボトルの蓋をリサイクルするための実際の作業(リサイクルする前に蓋の裏側にあるスチロール樹脂の部分を剥がす)を見せているコーナー。非常に地味だが、分別した後に実際どうリサイクルされているのか、あまり見る機会はない。

ワイン作りをテクノロジーの視点で研究するWinemakers Labによるワークショップ。実際にぶどうを袋の中で潰して、汁を集める。カタルーニャ地方はフランス国境にも近いワインどころではあるが、醸造過程を実際に体験したことのない人も多い。

奥深い光学の世界、光学に特化した若者向けFab LabもEUで始動

会場のNau Bostikに普段から入居している地元の写真家クラブが暗室を公開していた。私としては数十年ぶりに暗室に入った(学生の時写真部だったのだ)。今どき暗室もフィルム写真も知らない人も多いと思うが、デジタル写真の今の時代にフィルム写真の現像過程を知ることにはどういう意味があるのだろうか。

カメラを向けると、自動で点灯した私のカメラの赤外線LEDライトに気づいて「やめてやめて、ここでカメラは止めて! 光に反応してしまうんだから」と慌てて制止された。そこまで簡単に感光するとも思えなかったが、やはりフィルムで写真を撮っている人は光に対して敏感になるというか、少し違った見方になるかもしれない。

こちらは会場に置かれていた頭部だけのレーニン像。特に理由はないが、たまたまこのアートスペースに放置されていたので、改造してカメラの装置の構造を解説するために活用したという。額のところがレンズになっていた。

レーニン像の後頭部から中に入ると、カメラ内部のミラー構造と同じく、景色が逆さまに見える。

光の色に合わせて、空の色のように変化するネックレスなどをイタリアから出展していたのはPHABLABS4.0。太陽光の下にいる時は青空のような水色だが、ペンダント部分のLEDが赤く光ると夕焼け時のような色になる。EUのサポートを受けて、光学(Photonics)に特に重点を置いたFab Lab。EU数カ国に拠点を構え、10歳から14歳までの若者、15歳から18歳までの若者、そして若い研究者たちの3つを支援の対象層としている。上のネックレスもPHABLABSのPhotonics Challenger Awardを受賞した作品。

インタラクティブな棚。面全体で光らせるのではなくて、左下にあるLEDを光らせて枠の中を光で満たして、テトリスなどで遊ぶ仕組み。

最近の音楽機器などでボタンがLEDで光るものが増えているが、嫌いな人もいる。好みもあるが、こういう間接照明的なLEDの使い方の方が、見た目として優しいようにも思えた。

日本からも訪れていた出展者

ご家族がバルセロナに住んでいるそうで、日本からも一組出展していた。Maker Faire Tokyoにも何度か出展している木楽らぼさんによる自分でバランスを取る消しゴムロボットと重力振り子時計の誤差を修正する装置。

怪しくナンセンスな作品も

さまざまな素材をファッションに活かす、というアイデアから逸脱した人面瘡のようなドレス。どこで着るのだろうか、ただただ怖い。

ちなみに会場になっていたアートスペース、Nau Bostikの壁にはグラフィティがあふれていて、日本がモチーフになっているものもあった。カエルを海苔巻きにして行司のようなキャラクターが手刀で斬り、犬とカエルが串刺しになっている。やや差別的な絵と言えるかもしれない(私は日本食ブームが南欧に訪れる数年前までよく「日本人は犬を食べるでしょ?」とよく質問されていた。)まあ、犬やカエルを食べる地域も一部あるのですが。

バルセロナの事例から見たMakerムーブメントの持続可能性とは

これまで、重機のような大きなロボットが車をスクラップにしたり、金属彫刻が炎を吐くようなど派手なMaker Faireを世界各地(というか米国)で観てきたが、こんな地味なMaker Faireもいいじゃない、と今回は感じた。大都市圏のMaker Faireであれば、大きな展示用ホールといった会場を借りなければ、展示も限られ来場者であふれてしまう可能性がある。日本でいうと福岡や仙台ぐらいの規模に相当するバルセロナだから会場もそれほど大きくない場所で十分だ。またMakerの層とは違うファミリー層への広報も市の協力を得ているので、学校など地元の教育機関などの組織を通じて行うことができ、それほど難しくはないだろう。

昨年と一昨年は大型音楽フェスティバルのSonarフェスティバルと共催という形で同日に隣接する会場で開催されていたが、期待するほどの集客面での効果はなかったように見えた。今年はあえて郊外の大きすぎない場所で開催したことで、ほどほどの成功を収めた。市からの助成によって開催されているので、採算面で他都市が同じことをできるかどうかはわからない。しかし、Makerはもちろん、家族連れや教育者などが多く集まっていたし、地域の人々がこれで満足しているのであれば、持続可能な事例としてバルセロナのケースはうまくいっていると言えるのではないだろうか。

今回はフードも充実。1日目はパエリア、そして2日目はパエリアの鍋で素麺状のパスタ、フィデウアが作られていた。そう言えば、あのベイエリア名物のケチャップ味のパエリアはもう2度と食べることができないのだろうか。無料だったという点以外、大して恋しくもないのだが。