2019.10.11
「プロトタイプ」を「商品」に。高まる「量産」への期待とメイカーの次なるステップ
編集部から:この記事は、金子 茂さん(SHIGS)に取材・執筆していただきました。
2019年10月8日夜、東京・秋葉原のDMM.make AKIBAで『メイカーとスタートアップのための量産入門』(オライリー・ジャパン刊)の著者・小美濃芳喜氏による出版記念講演が開かれた。テーマは「『プロトタイプ』から『商品』にステップアップするために大事なこと」。講演ではどんなことが語られたのだろうか?
著書で現場を追体験
定員60名の講演会は、有料にも関わらず、早い段階で満員となる盛況ぶり。当日も開演前に集まった聴衆が、著書のために作られた「ツインドリル ジェットモグラ号」の試作品、図面が収められたファイルノートなど、関連する展示品を熱心に見つめていた。「量産」への関心の高さがうかがえる。
19時、開演。登壇した小美濃氏がまずは風船を使った簡単な熱力学の実験を披露。場の空気を和ませながら、自己のプロフィールを語る。
「前職は学研(現・学研ホールディングス)です。『科学』と『学習』や『大人の科学』など、ふろく付き雑誌で多くのふろくを量産してきました。そのほか今までのキャリアで得た知見をまとめたものが、この『メイカーとスタートアップのための量産入門』です」
著書では量産時に必要なノウハウを紹介しつつ、リアルな現場を読者に追体験してもらうため、みずから資金を出し、プロトタイプを商品化してみせた。それが「ツインドリル ジェットモグラ号」だ。リスクを負って体験した内容が著書にも載っている。
「ツインドリル ジェットモグラ号」を片手に話をする小美濃芳喜氏
ハンバーガーショップ
「プロトタイプを商品化するには、次の4つのキータームがあります。『商品』『コスト』『スケジュール』、そして『マーケット』です」
小美濃氏は列挙した各キータームをハンバーガーショップに例えてわかりやすく説明する。
「『商品』であるハンバーガーは美味しくなくてはなりません。ただ、いくら美味しくても値段が高くてはお客さんに買ってもらえません。いかに良い素材を安く仕入れるか(=コスト)が問題です」
美味しくて安いハンバーガーを作れれば売れそうな気がするが、小美濃氏はそれを否定する。
「まだ決定的に足りない要件があります。『ハンバーガーを売るときにお腹の空いた人がいなければならない』ということです。売りどきは『スケジュール』、お腹の空いた人は『マーケット』と考えてください。さらにいえば、そういった人たちに美味しいハンバーガーを売っていることを知ってもらうことも課題になります。つまり、プロモーションです。この点では、今はSNSがあります。SNSを使えば、いわゆる『濃い人たち』にリーチできるので、ひと昔前よりやりやすくなっていると思います」
個人のメイカーが陥りやすい考え方のひとつが、「良いものを作れば、きっとみんな使ってくれるはず」というもの。マーケットを無視したものづくりをしがちだ。小美濃氏は、量産前のアイデアやプロトタイプ作成の段階から、コストやスケジュールを意識し、常にマーケットについて考える視点が重要だと説く。
OEM会社とキーパーツ
海外に多くの提携工場やサプライヤーを持ち、ワンショット(編注:一度限り)のオーダーに対応してくれるOEM会社を利用するメリットは計り知れない。
「ワーキングサンプル(実際に機能する試作品)と図面をOEM会社へ渡します。OEM会社にしっかりしたエンジニアがいれば、この2つで対応してくれるはずです。その際にキーパーツに関する情報を確実に伝えることが大切です」
小美濃氏が言うキーパーツとは、それがないと機能を満たすことができず、かつコスト面でも大きなウエイトを占めそうな部品のことだ。できればサプライヤーを通して、安く購入してほしい旨を伝える。同等のサードパーティ製のものが存在したり、たまたま余剰在庫があるなどの理由でMOQ(Minimum Order Quantity=最低発注数量)の少ないものが見つかるなど、さまざまなケースがありうる。OEM会社はこういったサプライヤーの事情に精通している。
また、キーパーツに限らず、ユニット化された購入部品があるなら、なるべくそれらを仕入れてもらうことも重要だと説く。工場で人件費をかけて部品を作るより、はるかに安いコストで済むからだ。
「ここまでの努力の集積が、見積書の数字となってOEM会社から出てきます。コスト面でもうひと押しが必要なら、ブレイクダウン(部品ごとの細かい価格が入った詳細見積)を取ることもできます。ただ、逆に高くなってしまうケースもあるので、『あと5%安くできないか』と、ざっくり削減をお願いする方が結果的にうまくいくケースが多いです。何度もやり取りをして先方をあまり追いこまない方が賢明ですね。見積書が出れば、根拠のある数字が入った企画書が作れます」
周囲を納得させられるだけの企画書が作れれば、大きな山は越えられる。逆に作れなければ、勇気を持って撤退することも選択肢のひとつだと、小美濃氏は言う。
量産のセオリー
ここまできてやっと量産にたどり着ける。量産時には“前提”として考えておくべき、言わば『セオリー』があると、小美濃氏は言う。
・配線は切れるもの
・電池ボックスは熱くなるもの
・部材は折れるもの
・半田は取れるもの
・接着ははがれるもの
・シールもはがれるもの
・取扱説明書は読まれないもの
以上7つだ。さらに加えるなら、
・部材が折れたら太さを2倍
・樹脂成形の厚さは一定(迷ったら厚さ2mm)
というものだ。
「これらのセオリーを意識して改善を積み上げ修正を重ねていく作業が、量産の肝になります」
具体的かつ示唆に富む内容に、何人かの聴衆が深くうなずいていた。いろいろと苦労されてきた方々なのかもしれない。前半はここで終了。休憩をはさみ、後半へと続く。
驚きの数字
後半は、著書のために商品化した「ツインドリル ジェットモグラ号」の話から始まった。
「執筆と生産が並行して進むので、スケジュールとしてはきつかったのですが、リアルタイムの話が本に載せられて、その点では良かったと思います。だいたい本を読まれた方の20%ぐらいの方にお買い上げいただきました」
あらためて、著書にも載っている企画書と見積原価表がプロジェクターで大写しになる。ここまでリアルな数字が出せたのも、費用負担をした自分の商品企画だからこそ。
次に大写しになったのは、小美濃氏が実際にOEM会社に送金した書類。これは著書にも載っていない。うそいつわりのない数字にどよめきが起きる。携帯で写真を撮る聴衆が続出した。
「下世話な数字で恐縮ですが、サブタイトルにある『200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて』が本物であることを示すのに、あえて発表させていただきました。実際は200万円をちょっと越えたぐらいですが、今までのところほぼ資金回収はできています」
著書が最大の告知媒体となるので、本が売れれば商品も売れると確信していたそうだ。思惑は見事に当たった。
「ツインドリル ジェットモグラ号」が試作から完成に至るまでの各過程の貴重なプロトタイプも展示された
新しい「ものづくり」
「『ツインドリル ジェットモグラ号』はうまくいったケースですが、キャリアの中では失敗した商品もあります。本にも出せなかった失敗談をここだけの話としてお話ししましょう」
こう前置きした小美濃氏から、量産時に問題が出たケースについて語られた。「機能がイマイチのサードパーティ製部品を採用してしまった」「仕様とは異なる使い方をしてしまった」「予定の性能が出せなかった」など。クレームにはならず結果オーライだったものの、いずれもきわどい話だ。小美濃氏自身がしばしば言いよどむようなシーンも。
逆に聴衆は固唾を飲んで耳を傾ける。成功談は世に出ても、失敗談はなかなか出てこない。講演でしか聞けない類の話だろう。
「技術立国日本を支えてきた中小企業に元気がなくなって久しいです。かたや、高機能・低価格のデジタル技術を駆使して個人でものづくりをしているメイカーといわれる人たちが出てきました。メイカーの自由な発想と中小企業が培ってきた量産のノウハウがコラボしていけば、日本の生産性はもっと上がっていくと思います。そんな思いをこめてこの本を書きましたし、ここでもお話しさせていただきました。みなさんのお役に立てれば幸いです」
締めの言葉に、大きな拍手が寄せられた。
その後の質疑応答の時間も大いに盛り上がった。「OEM会社や工場はどう選定していくのか」「次回作にはどんなものを考えていくか」「金型の修正はコスト的にどこまで許されるのか」「色についてはどうやって決めていったのか」「キーパーツとなる購入部品はどうやって見つけるのか」。これらの質問に的確に応答する小美濃氏。設定した30分があっという間に過ぎていく。
21時、講演終了。2時間という長時間にもかかわらず、最後まで聴衆の関心は途切れなかった。「量産」をキーワードに日本の新しいものづくりが始まる。そんな予感のする講演だった。