「BONX」はアウトドアでカジュアルに使えるトランシーバだ。耳にかけるタイプの本体とスマホアプリが連携することで最大10人とのグループ通話が可能となっている。発話検知を使って、ボタン操作なしに通信することもできる。「アウトドアでの円滑なコミュニケーションをサポートする」というコンセプトを、クラシックBluetooth、Bluetooth LE(BLE)、音声認識など、さまざまな技術を使うことで実現している。起業から1年でこのプロダクトを形にしたチケイ株式会社の宮坂貴大さん、iOSアプリ開発を担当しているフリーランスエンジニアの堤修一さんに話を聞いた。
本体のボタンは中央のメインボタンと横にボリュームボタン。分厚いグローブからも簡単に操作できるよう、ボタンの数や大きさにもこだわった(写真はプロトタイプ)
きっかけはGoPro、そしてスノーボード
BONXは仲間とアウトドアやスポーツを楽しむためのプロダクトだ。仲間で楽しんでいても、スポーツをしている最中はコミュニケーションが取りにくい。もともと趣味でスノーボードをする宮坂さんが、コミュニケーションできないというフラストレーションを何とかできないかと取り組んだもの。
BONXの開発の大きなきっかけは、GoProの創業者ニック・ウッドマンのストーリーだった。自身がサーファーのウッドマンが「サーフィンしている自分の姿を撮るのが難しい」と感じた不満からGoProが生まれたというのは有名な話。宮坂さんにとって、こういう動機での起業は驚きだった。そして、ウッドマンにとってのサーフィンを自分にとってのスノーボードに置き換えて、これまで感じていたフラストレーションを解決するプロダクトを作れないかと考えたのだ。これが2014年3月のこと。
しかし、宮坂さんはハードウェアやソフトウェアの開発について、まったくのゼロから始める状態。独学でArduinoをいじったり、プログラミング学習サイトでソフトウェアの知識を蓄えたりしながら、いろいろな人に会ってアイデアを聞いてもらい、アドバイスをもらったという。エンジニアやデザイナーなど、のちにメンバーとなる人たちも多くはこうした活動の中で知り合っていった。
Bluetoothデュアルモードの採用は「結果」
操作は非常にシンプルだ。アプリを立ち上げるとBLEを使ってまわりのBONXを検索し、グループ通話を始めることができる。モードは、ボタンを押して話す・押して通話を終えるという「通常モード」、音声認識で発話を検知して話すだけで通信できる「ハンズフリーモード」の2つ。また、ボタンを長押しすることでミュートの状態になり、相手に通知される。
アプリを起動するとBONXを検索し、見つかったBONXを表示する。「START」をタップすればそのままグループ通話に
音声通信の部分はクラシックBluetooth、ボタンのイベントやミュートの状態などはBLEを使って取得する、いわゆるデュアルモードだ。しかし、もともとBLEでやると決まっていたわけではなかった。
堤:iOSの場合、Bluetoothクラシックの制御はiOS自体が握っていて、こちらがハンドリングできないんです。ヘッドセットのコントロールイベントが、iOSアプリ側のオーディオ設定によってはアプリ側まで届かないケースがありました。OSは拾っているんですが、アプリ側に届いていない。アプリで拾って独自の処理をしたいとなると、BluetoothクラシックとBLEを同時に使えばいいんじゃないかと。iOSで制限のある部分を補完するための方法でした。
宮坂:歯をカチカチならしたら話せるようにできないかという案やクリック音を超音波にまぎれさせてデバイス側で感知するという案もありました。
歯をカチカチならしたら話せるようにするという案はプロトタイプを作り、食べるときと区別できるかどうかを試した(結果、区別は難しいということに)
宮坂:当初はデュアルモードの開発キットもなかったし、デュアルモードが現実的かどうかも最初はよくわかっていなかったんです。BONXはCSRのチップを使っているんですが、製造を頼んでいる中国の工場に元CSR plcの人がいて、デュアルモードの開発キットが出る前から独自に作るという形で進めてもらいました。
音声通信は今の段階でBLEでは難しいからBluetoothクラシックを使う、ハードの状態をアプリ側で見たりするのは開発者が自由に機能を作れるのでBLEがいい、というように、実現したい機能と世界があって、それを実現するために現在の技術、プラットフォームの制約の中で選んだ結果がデュアルモードということ。
ただ、デュアルモードが可能になったというのは、BONXの開発にとって大きい。BLEは拡張性が高く、「ボタンを押して話す」だけではなく、たとえば誰か友達が近くにきたときに「近くにいます」と表示できる。できることの幅が広がる。その意味で、このプロダクトの開発にとって今のタイミングがベストだったと言える。
身につけるモノだから納得できるまで作り込む
写真は、できたばかりの金型試作の1つ目。仕上げはまだまだというが、イヤーループの蛇腹や立体形状など、長時間、人が身につけるということから、耳にフィットするように工夫されていることがわかる。
取り外したイヤーループ(左)と本体・裏側(右)。シリコンのイヤーループ部分のサイズはS、M、Lの3種類だ
前述のように、製造は中国にアウトソーシングしている。シリコンのイヤーループの試作も5、6回は行っている。通常、こうした作り込みに細かなやり取りが発生する。BONXの場合、デザイナー(百崎彰紘さん)がエレコム出身で、エレコム時代にODMで付き合いのあった会社に依頼。合わせて中国でのマネジメントも依頼したことから、「すごくラクにやれているほうだとは思います。ただ、堤さんにも一度一緒に中国に行ってもらいましたが、コミュニケーションコストは低くはない」という。もちろん、BONXがハードとソフトが密接に連携するプロダクトというのも理由だろう。
また、一番重視したのは音声の品質。コミュニケーションを円滑にするためのプロダクトなので、肝心の音声が聞き取りにくくては困る。そのため風切音など雑音対策にもこだわった。本体のマイクに対し、横から音と空気が入る形になり、それによって風が直接入ることを防ぐという構造部分で工夫し、音響フィルタ、デュアルマイク(一方のマイクで環境音を拾ってDSP処理でノイズを軽減する)を採用している。
プロダクトだけでなく「世界は遊び場」という世界観も伝えたい
10月15日に始まったクラウドファンディングは開始3時間で目標金額を達成し、現在1000万に達している。しかし実は、今回のクラウドファンディングは量産体制のための資金調達ではない。
BONXは当初からこの冬の発売を目指して開発を進めてきており、日米同時発売の予定だという。 クラウドファンディングを行ったのは次のバージョン、次の展開を考えてのことだという。その第2弾では海外でのクラウドファンディングを考えている。そのときに、BONXというブランドにすでにコミュニティやファンの存在があると、新しいプロダクトを伝えやすいということなのだ。
第1弾のプロダクトを市場に出すことがゴールなのではなく、体験、カルチャーを発信したいという宮坂さん。それにはもちろんプロダクトが重要だが、BONXの世界観やブランド、BONXを使うカルチャー、体験を広げていきたいと、世界観を伝えるブランドブックも作っているという。
宮坂:まだ世に出していませんが、BONXでどう世界が遊び場になるかというのをストーリー仕立てに語るブランドブックです。丸、三角、四角、いろいろな形のキャラクターが遊びながら成長していくストーリー。仲間といたほうが楽しいよねというのは、人間にとって変わらないことだと思います。BONXをもってみんなで遊びにいこう。それをプロダクトに込めて、まるごと発信したい。
現在もクラウドファンディングは続いており、出荷は12月上旬から中旬の予定。
http://bonx.co/jp/
https://www.facebook.com/chikei.co/?fref=nf
https://greenfunding.jp/lab/projects/1316-bonx