Electronics

2016.05.02

Makerでもサステイナブルなサービスを提供できる「SORACOM Air」ー 株式会社ソラコム 玉川憲さんインタビュー

Text by Yusuke Aoyama

Makerやハードウェア系エンジニアの間で、最近ひとつのMVNOサービスが話題になっている。株式会社ソラコムというスタートアップ企業が提供する「SORACOM Air」だ。NTTドコモのインフラを利用している点では他のMVNOと変わらないが、実はそれ以外において大きく異なるサービスとなっている。

ソラコムとそのサービスが注目されているのには、大きく3つの理由がある。

ひとつ目は、創業者のひとりでCEOを務める玉川憲さんが、Amazon Web Services(AWS)においてエヴァンジェリストを務めていた経験があり、日本においてクラウド普及の一翼を担ってきた人物であるということ。

ふたつ目が、MVNOサービスをこれまで前例のないコアネットワークのクラウド化によって実現しているという点。

そして3つ目が、SORACOM AirがIoT向けのMVNOサービスをうたい、さまざまな点においてエンジニア目線でサービスが作られているところだ。

人のためだけではなく、もののためのMVNO

改めて玉川さんについて説明すると、日本におけるAWSの立ち上げからたずさわり、アマゾン データ サービス ジャパン(現:アマゾン ウェブ サービス ジャパン)においてAWSのサービス開発やビジネス展開を牽引してきた人物だ。AWS関連の書籍を執筆したり、講演や勉強会などでにも多く登壇したりしており、特にウェブ系エンジニアの間では広く名前が知られている。

その玉川さんがアマゾンを退職して起業したということで、ソラコムはその立ち上げ当初から注目を集めていた。そして2015年9月にスタートしたMVNOサービスが「SORACOM Air」だ。従来のMVNOは「格安SIM」「格安スマホ」などと呼ばれることも多く、スマホユーザー向けにできるだけ安価なサービスを提供することを主眼に置かれていた。

そうしたなか、SORACOM Airは「IoT向け」という、既存のMVNOとは異なる立ち位置を標榜している。つまり、センサーやロボットなどのデバイス、すなわち「もの」をデータ通信ネットワークでつなげることにフォーカスしたサービスなのだ。

ではIoT向けのMVNOとは、具体的にどういうことだろうか。

例えば料金については、初期費用が560円、基本料金が1日10円、通信料金が1MBあたり0.2円と、イニシャルコストや1カ月当たりの固定額が極力小さくなるように設計されている(詳しくはSORACOM Airの利用料金のページを参照)。そのため、データトラフィックの小さなIoTデバイスの場合、月額の通信料金を最小限に抑えることができる。1日あたり5MBの通信を行うデバイスならば、1カ月あたり330円(10円×30日+0.2円×5MB×30日)で済むというわけだ。

また、通信回線の制御をウェブのコンソール(専用サイト)だけでなく、APIから行えるというのも他にない特徴だ。初期設定時の開通手続き、回線ごとのデータ使用量の監視、回線の休止・再開、通信速度の変更など、通信回線に関するさまざまな手続きなどをウェブとAPIの両方で行えるため、例えば独自のアプリやサービスを開発し、それにソラコムの回線を組み込んで提供するといったことがやりやすい。

必要に応じてプログラムからリモートで通信回線を制御し、オンデマンドで利用できる。つまり、通信回線のクラウド化というわけだ。

そして、回線の契約も「SIMの購入」という形に簡素化している。1枚からでも、数百枚単位でも購入できる。そして、SIMおよびSORACOM Airの回線は、再販可能となっているため、通信回線を組み込んだ製品の開発と販売がしやすい。

このように、SORACOM Airは、料金面に加えて、サービス開発の観点からもサービスに組み込み易くなっている。つまり、エンジニアにとってはサービス開発に使いやすく、かつビジネスの視点からも利用しやすいサービスというわけだ。

玉川さん自身も「エンジニアが使ってみたいと思って貰えるかどうか」ということをサービス開発時に意識したという。

「IoTをやるためには通信が絶対いる。そのためのサービスなので、エンジニアに理解してもらうということがすごく大切だと思っています」(玉川さん)

現在、IoTは企業からエンジニアまで、さまざまなプレイヤーが取り組んでいる。ある面ではバズワードとなってしまっているが、実際にさまざまな環境下でデータを集め、そのデータを活用することで、新たな価値を生み出すサービスや製品がつぎつぎと生み出されている。

例えば、人の活動状況や睡眠時間を計測するアクティビティトラッカーや、農地の日照量や降雨量、気温などを検知して農業の効率化や生産性を向上、機械や電子機器の生産工場に各種センサーを設置して不良品の発生要因を探るといった取り組み率などは、すでに実用化されている。

そして、こうしたIoTの分野において、新たな主役となることができる可能性を持った存在が、Makerだと玉川さんは考えている。

「今後のIoTにおけるMakerというのは、単純にモノを作っているだけでは面白くない」

なぜなら、Makerムーブメントによってハードウェアを安価に作ることができる環境が整って来ているが、それに先だってインターネットの世界ではクラウドによって気軽にウェブサービスを開発できる「革命」がすでに起きている。

また、近年は人工知能ブームによってディープラーニングなどの最新の人工知能技術もクラウド上で利用できる様になっている。こうした最新のソフトウェア技術と、Makerが持つハードウェアの技術、そして新しいアイデアが組み合わさることで、もっと面白いものが作り出されるはず、というのが玉川さんの見立てだ。

「クラウドみたいにものすごく安くデータを貯められるとか、ディープラーニングみたいな人工知能を使って解析、可視化できるみたいな環境が整って来ている。単純にハードウェアを作るだけではなくて、クラウドと組み合わせてサービスとかソリューションとか、スマホと組み合わせるようなところが面白いと思うんですよ」(玉川)

つまり、インターネットの世界においてクラウドが革命を起こし、新たなサービスが次々と誕生したように、IoTの世界で革命を起こし、ハードウェアとソフトウェアが連携した新しいサービスが生まれる――。そのためのSORACOM Airなのだという。

「単純な近距離無線とかWi-Fiだと動く場所が限られるじゃないですか。それがモバイル通信だと、一気に可能性が広がる。どこにいても動くし、空中に浮いていても動くわけですよね。それが個人的にはワクワクするところだなと思っていて」

ハードウェアとソフトウェアが連携し、その可能性をダイナミックに広げていく。そのハードルを下げるために、MVNOをクラウド化したというのがソラコムのスタート地点というわけだ。

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Makerとクラウドの経験がMVNOに繋がった

では、なぜクラウドのエヴァンジェリストだった玉川さんが、「MakerとIoTのためのサービス」を立ち上げたのか。

実は、玉川さんは東京大学工学部機械工学科で、学生時代は東京女子医大と協力して医療機械の開発を行っていたのだという。

「だから、まさにMaker上がりなんです(笑)」

学生時代は東京大学の本郷キャンパスから近い秋葉原へ、よく部品を探しに出かけたという。

「秋葉原で秋月電子とかネジ専門店とかあの手のところに、当時の彼女、今の奥さんを連れて行って、引かれたりとかしていました。こんな所に連れてくるのなんて信じられないって(笑)」

また、大学院を経て新卒で入社した日本IBMでも、研究所に所属したハードウェアの開発に取り組んでいた。

「ウォッチパッドっていう腕時計型のコンピュータのプロジェクトに入って、数人で腕時計コンピュータを作っていた」

「リーダーからは入った当時にハンダづけをたたき込まれた。『匂いで感じろ』みたいな(笑)。どこがおかしいか、匂いで解るようになれって」

「そういう意味ではMakerとして、何かを作るということをずっとやっていたんですね」

だが、その後はIBMの方針転換(PC部門の売却)もあり、ハードウェアエンジニアの道からは外れていってしまった。役員のアシスタント、買収したソフトウェアをマージするプロジェクトなどを経て、米国に留学。そこでは経営学(MBA)とソフトウェアエンジニアリングの修士号を取得した。また、IBMのベンチャーキャピタル部門でのインターンも経験した。

留学中には立ち上がったばかりのAWSにも触れた。「触ったときにゾクッとしたんですね。すごいのが出たなって」可能性を感じたという。そして留学からの帰国後、IBMで2年弱過ごしたのち、日本におけるAWSの立ち上げに参画。ゼロからビジネスを立ち上げ、日本でのクラウド普及に尽くしてきた。

そしてあるとき、当時AWSの同僚で、現在はソラコムのCTOを務める安川健太さんと飲んでいる時に出てきたアイデアを元に、深夜に、SORACOMのきかけになる「仮想のリリースノート」を書いた。

MVNOは、基地局などモバイル通信に必要なインフラの一部を大手携帯電話事業者から借り受けて、独自のモバイル通信サービスを提供することだ。基地局というインフラを自前で構築する必要がなくなるが、ある程度競争力のあるサービスとするためには、それ以外のインフラ=コアネットワーク(顧客情報管理、インターネット接続網、課金システムなど)は独自に構築する必要がある。

ソラコムは、そのコアネットワークをソフトウェア化し、クラウド基盤上で運用している点が、最大の特徴だ。

「僕らはクラウドをずっとやってきたから、だれよりもクラウドのことは解っていて、クラウドのパワーを信じているんです。一方で、世間一般には、重厚長大なシステムはクラウドでは動かないという思い込みがある」

「通信のシステムもそうしたもののひとつで、皆が絶対にクラウドでは動かないよって思っている。でも、それが実現できたらコスト面やスケーラビリティでメリットが出てくるので、これは面白いなと思った」

そして、このアイデアをじっくり考えた結果、新たなビジネスになることを確信しソラコムの立ち上げに至った。つまり、そもそもアイデアの元には、これまでのMakerの経験があったからこそだ。

データ通信をセットにすることで、ハードウェアでもサブスクリプションモデルを導入できる

そして玉川さんは、今でも現役のMakerだ。

「(物作りは)たまに遊びでやっています。今度、トライアスロンにでるので、自転車に取り付けてGPSデータを自動的にアップロードするシステムを今は遊びで作っています」

こうした経験がIoT向けのソラコムの立ち上げやサービスの設計にも強く影響している。そして、より多くのMakerに、もっとデータ通信を使った新たなIoTデバイスやサービスを開発して欲しいと考えているのだという。そして、そこからIoTをテーマにした、新たなスタートアップが登場することを期待している。

「Pinterest、Instagram、Dropbox、Uber、Airbnbといった世界を変えるようなスタートアップが、どんどん出てきたのは、クラウドが失敗のコストを下げて、誰にでも平等なチャンスを与えたから。ソラコムもそうありたいなと思っている。IoTに必要な通信においてはソラコムが(失敗のコストを)下げます」

そして、IoTスタートアップにとって、サービスに通信を組み込むことは、大きなメリットになるという。

「IoTの世界でハードウェアを単純に売っていくらっていうのは、ビジネスになりにくい。スマホのアプリの世界で当たり前になっているサブスクリプションモデルで、1カ月あたり300円払ってもらうのは、サステイナブルにサービスを提供できるモデルだと思うんですね」

「(サブスクリプションモデルを)やろうとしたときに『データ通信も一緒に提供しているから月額数百円もらいます』というのはすごくリーズナブルなモデルだと思うんです。(ソラコムを利用すれば)そうしたビジネスモデルを、新規事業でも、スタートアップでも、個人でも作れる」

近年、ファブリケーション技術の発達や、台湾や中国のEMS事業者を利用するハードルが下がったこと、またクラウドファンディングの普及などによって、ハードウェアベンチャーが登場しやすい環境が整いつつある。

一方では単純にハードウェアを売り切るだけでは、持続的なビジネスになりにくい。特に開発リソースや生産ノウハウが十分ではないスタートアップは、大手企業のように継続的に新製品を供給し続けることが難しいためだ。

しかし、IoTならばハードウェアとソフトウェアを組み合わせてサービス化し、継続的にサービス利用料を受け取るというビジネスモデルを実現しやすい。そこに、Makerによる起業が活発になり、かつ成功しやすくなるカギがあるはずだ。