パーソナル・ファブリケーションの拠点として、現在世界中にFab Labが増えているが、バルセロナ近郊の山の中に作られたGreen Fab Labはエコロジーやサステナビリティに関する研究やファブリケーションに特化した初めてのFab Labだ。
今年7月に世界のFab Labのメンバーたちが集まるカンファレンスFab 10がバルセロナで開催された際に、友人に「Green Fab Labに行かないか?」と誘われた。作業場の付設された山小屋のようなものを名前から想像しつつ訪れたが、高台の上の地下鉄Valldaura駅から10分ほど車に乗ってたどり着いた先にあったのは、19世紀にブルジョアジーによって建てられた山林に囲まれた邸宅を改装した立派な建物だった。
屋敷の前では放し飼いになった鶏、ガチョウ、アヒルたちが入り口でお出迎え。敷地内に30羽ほどいる。サステナビリティに関する研究の一環として飼育されているが、ゲストをもてなすための食材にもなる。Green Fab Labは、またの名をSelf Sufficient Labと言い、”自給自足研究所”を標榜している。
そしてテラスからはカタルーニャの聖山モンセラットやバルセロナ市内を望む素晴らしい景色が広がっていた。
この日は少人数だが世界中から人工知能の研究者が集まったカンファレンスがあり、研究者やスタッフが休憩時間に外に出てラップトップに向かいメールチェックなど仕事をしていた。通常そういった集まりには都市のホテルの豪奢な一室などで行われることも多いらしいが、参加していた研究者の一人が「こんな場所は他にない、ここが最高だ」と熱く語っていたのが印象的だった。
ペット兼番犬の犬。テラスのプールではアヒルが泳いでいることもある。
邸宅として使われていた時代の生活を思わせる暖炉と家具。電気はバイオマスで発電され、暖房は薪。水は雨水やわき水など5種類の水をトイレ、シャワー、台所と使い分けて利用している。無駄をなくすために電気や水の使用状況は常にWifi経由でモニタリングされていて、リモートからオン・オフをコントロールすることもできる。Labを維持するために必要なリソースをどう確保して利用するか、それ自体も研究対象だ。ちなみに太陽電池のパネルもあったが、スペースの関係などの理由であくまで学習用の見本として置かれていた。
現代的に改装されたキッチンは今でも多くの来客をもてなすために十分なキャパシティを持っている。
ゲストが来た際はこのように皆で昼食を取ることも。中にはキッチンやベッドルームがあり、寝食が可能になっているが、Labの若いメンバーたちは皆毎日バルセロナからここまで山道を40分ほどかけて徒歩で通っている。
貸しスペースとして活用することを目的にしているわけではなく、基本はLab、つまり研究所として日々使われているが、様々な分野の学生や研究者を招き、イヴェントのために使ってもらうことで自ずと異なる分野間の交流が生まれ、Labのメンバーたちの創造性にもよい影響を与える形になっている。
モンセラットを望むテラスで昼食後、小休憩。11月でも日中のバルセロナは十分に温かい。
導入したばかりの6軸ロボットアームの前に立つLabのリーダーJonathan。 各種3Dプリンター、レーザーカッター、基板加工機、リニアDC電源など機材も本格的に揃えられている。電話回線やインターネットも通っているが、山の中の一軒家なので雷が直撃することもある。雷が発生するような状況では、全て電源を落としたりしなければいけないので、一時的にLabとしての機能がマヒしてしまうこともある。
かつては厩舎になっていたと思われる最下階にはCNCミリングマシン、さらに旋盤や糸鋸盤といったオールドスクールな電動工具も備わっている。デジタル・ファブリケーションが一般化した今の時代の若い世代にとっては、逆にこういった機材に触れることも少ないため、貴重な機会になっている。
周辺の森の中を案内してもらう。近所の農家の馬に猫、そして野生のイノシシもいるらしくイノシシの通った跡などがあった。自然豊かな光景だが、実は100年ほど前の写真を見ると、この地域ははげ山で徹底的に周囲の森林は伐採されてしまっていた。現在は建物も含め付近のエリアは国定公園に指定されている。
ところどころにあるインスタレーション作品はバルセロナの先鋭的な建築を学ぶための大学院IAACの学生による作品。
チェーンソーで草刈り。何が生えているのかわからないこの無造作に見える農園も、Food Labと呼ばれ様々な作物が作られている。
建築系大学院IAACの学生が植樹した際の記録。「都市で働き詰めになった後にここに来て、とてもリラックスしている」というようなことを学生が語っている。この日は森を歩きながら、新鮮な食べ時の キノコを選んで、スタッフ全員がお土産として持ち帰った。
数十年もほとんど放置されたままだった屋敷がリフォームされたものの、Labが開始された今年2月の時点ではほとんど何もない状態だった。建築の学校がサポートしているということもあるが、それからたった数か月でここまで環境は整えられた。
これまでヨーロッパでFab Labを含め何カ所かのハッキングスペースを見てきたが、大抵は町中のアクセスしやすい場所に作られ、スペースの広さや建物の古さの違いなどはあるが、作業のための味気のない場所であることが多い。このLabは自然に囲まれた素晴らしいロケーションではあるが、地下鉄と徒歩で訪れることができる。日本で言えば福岡市程度の規模のバルセロナだが、テクノロジーで溢れた都市と自然の間で我々がどうやってバランスを取るべきか考える上でこのような場所は格好の場所ではないだろうか。
次回はこの施設の中で具体的にどういったエコロジーに関した研究が行われているのか紹介する。
─ 類家 利直