2022.11.09
海洋ゴミという“大きな問題”に自分のできることで向き合う。「ビーチクリーニング・ロボット」を作る理由
Maker Faire Tokyo 2022でペットボトルをピックアップするデモをしていた「ビーチクリーニング・ロボット」
ゴミをひとつひとつ拾っていくロボットがいる世界
Maker Faire Tokyo 2022の会場で「ビーチクリーニング・ロボット」を見たとき、ちょっとした疑問が浮かび上がった。海岸に漂着するゴミはずっと以前から問題になっていたことだ。その問題が、解決できていなかったのかということと、それと相反することだが、今、その問題に向き合おうとしているモチベーションはどこから来ているのか、ということだ。そこでMaker Faire Tokyo 2022が終了した後に、あらためて作者である「Seaside Robotics」の横岩良太さんに話を聞いてみることにした。
横岩さんがビーチクリーニング・ロボットを作ろうと考えたのは2年前だったという。逗子に住むようになり、海岸のゴミを間近に見たことがきっかけだった。
横岩:逗子に引っ越した理由のひとつが、朝ビーチでランニングしたいということでした。ところが、いつもではないのですが、ゴミだらけの日があります。無視しては走れない感じで、仕方がないから拾ったりしていました。本当はゴミ拾いをしたくないのに、嫌だなと思っていました。
横岩さんは、ちょうど同じころ、宮古島でも同じ経験をする。海がきれいな宮古島でも、海流によって大量のゴミが流れ着く場所がある。近くのホテルの人が海岸の掃除をするところを見ているうちに、現在のテクノロジーでゴミ拾いが自動化できるのではないかと考えた。
こうした問題を本質的に解決しようとするなら排出源に対策を求めることになる。海流を分析して、排出源である国や地域を特定して、その国と交渉して、可能なことを模索するというように。しかし、それでは、話が大きくなりすぎて、個人にとってはどう取り組んでよいのかわからない。
横岩さんは、その問題に“末端”で向き合うことにしたのだ。
横岩:ちょうどJetson Nanoが出たころで、エッジAIが安く動かせる時代になっている。いま自分ができる範囲でやれることが、人間の代わりにゴミを拾ってくれるロボットだと思ったのです。ゴミをひとつひとつ拾っていくロボットというのは、ちょっと泥臭い感じがするのですが、でも、そういうロボットがいる世界ができたらいいなと思うのです。
海洋ゴミ清掃に用いられているテクノロジーとしては、大きなザルや回転するクシのような装置を取り付けた重機がある。しかし、それらの重機は砂の中にいる生物を傷つける可能性がある(もちろん、使わざるを得ない状況もあり、実際に使用されている場所もあるが)。横岩さんは、ひとつひとつ拾うというところにこだわっている。効率の悪いやり方だが、生態系への影響は最小限で済むからだ。
海外では、海の中のゴミを回収するオーシャンクリーンナップが有名だが、ビーチクリーニングの機械を作っている人たちもいる。ザルですくうという方法が多いが、ひとつだけ、同じようにゴミを拾うロボットを作っている人たちがいるという。オランダのデルフト大学がメンバーに入っているチーム「https://project.bb/」だ。
project bb:カメラで検知し、お腹から小さい手が出てきてタバコの吸い殻などのゴミを取るというもの
“一人ではできない”ことに気づく
横岩さんの経歴はちょっと変わっている。大学時代に取り組んでいたのは量子コンピュータ、子どものころからずっと科学者になりたかったのだという。そのときのイメージは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の”ドク”だ。守備範囲が広くて、一人で何でも作ってしまう。
しかし、科学の道に進んだ横岩さんは、現実はそうではないことに気づく。特に、近現代以降の科学分野では、一人でできることは非常に限られてくる。ちょっと専門が異なると、基礎理論から学び直しという世界だ。大学でプロダクトデザインの講義を受け、自分が思い描いていた”何でも作ってしまう人”というのは実はデザイナー(≒発明家)のことだったのではないかと思った。所属していた電子情報工学科からデザイン学科へ移ることも考えたが、思いとどまった。
東京に来て、まずはアルバイトとしてファブラボ世田谷に加わり、3Dプリンタやレーザーカッター、3Dスキャナなどのデジタルファブリケーションの道具を扱いはじめた。その後、TechShopでの勤務を経て、現在はOUI Inc.という慶應義塾大学医学部発ベンチャーでハードウェアの開発を行っている。
自律的なロボットが海岸のゴミを拾う、というアイデアはあったものの、すぐに作り始めたわけではなかった。技術的なハードルも容易に想像できるし、ハードウェアの開発にはお金も必要だ。
動き出すきっかけになったのは、北九州市が主催する「IoT Maker’s Project」(現「Maker’s Project」)だった。当時は、ビーチクリーニング・ロボットのアイデアしかない状態だったが、それでも技術的なサポートが受けられたので応募してみたという。そこで採択され、ドーワテクノスから、開発支援金100万円、Next Technologyから、技術協力を受けるという形で開発がスタートした。期間としては半年間。半年後のDemoDayで成果を発表するという流れになる。合計すると1ヶ月以上北九州市に滞在し、開発にあたったという。
半年間という期間に何らかの「動くもの」を作る必要があったため、今回はキャタピラーとロボットアーム、それぞれの製品を組み合わせる形にしている。製造元が公開しているCADデータをもとに3D CADで接合部分を設計した。ミスミのmeviyを利用して、ロボットアームを固定する台座は板金で製造した。よく行われる紙や発泡スチロールによる試作、いわゆるダーティプロトタイプは行わなかった。製品を組み合わせていること、作る部分は負荷のかかるパーツであり、金属での試作でないとスタディにならないということがその理由だ。
ビーチクリーニング・ロボットの仕組みは、ペットボトルを検知し、そこに移動し、ロボットアームを動かしピックアップするというものだが、現在、ペットボトルの検知にはyoloというオープンソースの画像認識AIを使っている。ロボットアームの制御やこのあたりのコーディングはNext Technologyに依頼している。
ラフスケッチ
試作1号機を「IoT Maker’s Project」のDemoDayで発表。本当はもっと欲しい機能もあったと言うが、ペットボトルを検知し、拾うというところまで搭載することができた。
MFTでデモを行う様子。検知したペットボトルをピックアップする
一人で何でも作ってしまえる科学者(≒発明家)の夢が叶う時代になってきているにもかかわらず、横岩さんが半年の間で経験したのは、いろいろな人に助けてもらってプロジェクトが進んでいくというプロセスだった。
横岩:本当は全部一人で作りたいというのがずっと昔からあったのですが、一人でやると時間もすごくかかってしまう。それでもいつかはできると思いますが、できたときには、もうすべてが手遅れになってしまう。自分一人ではできないと気づくのと同時に、時間もそんなにないということに気づいて、いろいろな人に助けてもらおうと思えるようになりました。たとえばプログラムのことはプログラマーに絶対に勝てないし、機械設計も専門の人には全然かなわないわけです。自分ができることは、みんなにうまくやってもらう環境を作ること。この部分をプログラムするならハードのここが組めていないとできないとか、そういう段取り的なところが一番たいへんでした。あとはちょっと変な解決策を出すというくらいですね。
一人で作れる世界になったけれど、やはり一人ではできないことに気づいて、そこからものごとが始まるというのは、集まって作ることでプロのノウハウが加わってきたり、チームで動く際の責任ができてくるということなのだろう(もちろん、複数人で集まって作ることの難しさもあるし、ものによっては一人でコツコツ作り上げることが適している場合もある)。
現在、TechShop時代に知り合った西村河一郎さんという協力者も得て、試作2号機の開発に着手している。次のフェーズとして、資金集めのためにいろいろなところに話に行っているところだ。また、同じようなことを考えているという人や協力したいという人と出会うことも増えているという。
これまでの展開
ゴミ拾いは「嫌なこと」のままでいい
海洋ゴミについて、これまでは自治体やボランティアによるゴミ拾いという形で取り組まれてきた。
横岩:神奈川県の海岸清掃を管轄しているところにインタビューに行ったのですが、年々予算が減っているそうです。神奈川県では1990年ごろに、海岸美化財団という財団を作っていますが、もともと年間4億円の予算があったのがいま2.5億円とのことです。予算が減ったのとは反対に、清掃活動を行うボランティアの数は増えています。
しかし、いつまでもボランティア頼みでは厳しいのではないか。定量的な数字、経済的な損失に変換することが必要だろう。それが本当に良いことなのかどうかはともかく、CO2の排出量が排出権という形で経済の話になったように、海岸がゴミで汚いことによる損失を金額で捉えるようになって、やっと事態は動き出すのではないか、と。
資料として横岩さんが見せてくれたのは、2012年から2014年にかけて行われたアメリカ海洋大気庁による海洋ゴミによる経済的損失の試算だ。カリフォルニア州オレンジカウンティだけでも、ゴミが半分になれば、潜在的に6,700万ドルが節約できるとされる。ゴミを捨てたことによる直接的な損害ではなく、「海が汚いことで住民がどれくらい損をしているか」を計算したデータで、近所のビーチが汚いから遠くに行くことになった時のコストや、その逆に地元に人が訪れることで出る利益などをすべて集計したものだ。
アメリカ海洋大気庁による海洋ゴミによる経済的損失の試算
海洋ゴミの解決が進まない理由のひとつが利益につながらないことだが、経済面のメリットが見えることで、まずそこがクリアできるだろう。環境のことを考えている人が、ボランティアで対応することからの脱却が必要なのだ。
横岩:ボランティアの人がやってくれることを否定するわけではないのですが、それが100%でいいのか、ということなのです。みんなでゴミ拾いをしてきれいになったねとイベント化する、それは“ガス抜き”にしかならないという気がしています。ゴミを拾うという行為は、本来楽しい行為ではないですよね。そこに喜びを持ち込まなくていい。自分では拾いたくない、嫌だからロボットでやろうという話でよいのではないかなと思っています。
横岩さんは、まずは海岸で自律的にゴミを拾うロボットの開発に注力するが、市街地での活用などにも展開したいと考えている。そもそも、海には都会からゴミが流れてきているのだ。さらに、先進国がゴミの山を押し付けてしまった途上国に焼却炉を設置することまで手がけたいという。いつかはそういう焼却炉などを使うことによって、排出源で対応できたらと思いつつ、できることからスタートしている。
現時点では、実際に利用できるロボットができたわけではなく、まだまだ開発は始まったところ。ハードウェアも自分たちで作るつもりで、ハイパースペクトルカメラも積みたいという。ハイパースペクトルカメラであれば、同じ透明のプラスチックでも、ポリプロピレンやペットなどの種類別に分別できたり、マイクロプラスチックの検知もできる。
製品として入手可能なハイパースペクトルカメラは高価だが、それと近い仕組みをオープンソースで公開している人もいる。そういうやり方を参考にしながら試していくつもりだと言う。
横岩:「だから、みなさんゴミを捨てないでください」という話でもない。とりあえず、淡々と自分たちでできることをやっていきますという感じです。