(編集部注:本記事は本日から3回連続で掲載します)
「宇宙に行ってみたい」という夢をかなえることができるのはまだ少数の人間だろう。それでも宇宙は確実に私たちの生活に近づいている。JAXAが始めた「小型副衛星の相乗り」はそんな未来を感じさせる施策の1つだ。その相乗り衛星の1つとして、2014年2月28日にH-IIAロケットとともに打ち上げられた小型衛星に「ARTSAT1: INVADER」がある。多摩美術大学の久保田晃弘さんと東京大学の田中利樹さんによって始められた「ARTSAT project」の初号機だ。(大内 孝子)
INVADER、打ち上げられる
2014年2月28日、午前3時37分、種子島ロケット発射台から全球降水観測計画の主衛星GPMを積んだH-IIAロケットが打ち上げられた。
当日は雲1つない星空。煙を上げ、光とともに上昇していくロケットを、重力を振り切り上空から消えるところまで見ることができた。ロケット打ち上げは、一度は、生で見ておくことをお勧めする!(写真:NASA/Bill Ingalls)
このH-IIAロケットは主衛星のほか、7つのCubeSat(超小型衛星)を搭載している。10cm角が4つ、50cm角が3つ。このうち10cm角のCubeSatの1つが「ARTSAT1: INVADER」(以下、INVADER)だ。最近では、人工衛星も小型化の開発が進み、世界中で運用が進んでいる。こうした超小型衛星は大型ロケットに便乗する形で打ち上げることができるため、かかる費用を(単独のロケット打ち上げよりも)安く抑えられる。JAXAでは、2008年から通年公募を開始している。
JAXAのCubeSat(超小型衛星)の仕様(出典:JAXAホームページより)
INVADERが、2013年度打ち上げ予定のH-IIAロケットに相乗りする小型副衛星として選定されたのは、2011年11月のこと。今回が2度目の応募、JAXAに最初に提案書を出して半年後のことだ。さらに、そのおよそ2年半後の2014年2月28日、INVADERは無事、宇宙に放出された。
このARTSAT projectについて、久保田晃弘さん、田中利樹さんのお二人に話をお聞きした。全3回に分けて、紹介していきたい。
自分たちの衛星を作る
このプロジェクトは、2010年の春に田中さんがパーソナルファブリケーションの流れに興味を持ち、久保田さんが始めた多摩美ハッカースペースを訪れたことから始まった。ただ、最初は自分たちで衛星を打ち上げようというよりも、当初は、東大の「PRISM」という田中さんら中須賀研のメンバーが開発した衛星のデータを使って何か新しい表現をできないかということだったという。その年の11月に開催されたMake: Tokyo Meeting 06に出展し、衛星からのデータを使った作品を発表している。
Make: Tokyo Meeting 06では、衛星の太陽光パネルの発電電圧の変化のデータを取得して光量を調節する照明器具など、衛星のデータを利用した作品を展示(作品制作:森 浩一郎)
そこから、自分たちの衛星を作ろうというジャンプが起こる。もっとも、話を伺っているこちらには「ジャンプ」の印象だが、彼らにとってはごく自然な流れだったのかもしれない。「アートプロジェクトに特化した専用の衛星があったほうが、小さくとも自由度は高い。どこかが運営しているところのデータをいただくという形だと、たとえばコマンドを打つようなことはできない。自分たちから何か能動的に働きかけることができない。自分たちで運用できるメディアがあれば……。それで、小さくてもいいから作ってみよう、と」(久保田さん)。
そこには、巨大なプロジェクトというイメージがあった人工衛星の開発が、身近のものに「降りてきた」という状況がある。それが、冒頭に紹介した超小型衛星の普及だ。日本では、2003年にはじめて東大と東工大が10cm角、重さ1kg少々のCubeSatの打ち上げに成功した。このとき、日本で初めて超小型衛星を飛ばした中須賀真一さん(東京大学)と久保田さんは東大時代の同期だったという。その中須賀さんの研究室で、学生として実際に超小型衛星の打ち上げに携わっていたのが田中さんだ。
技術的に小型衛星の開発が可能になったということが背景にあり、そこで久保田さんと田中さんが出会い、自分たちの衛星を作ろうという発想が自然発生的に起こったのだ。
INVADERのミッション
ARTSAT projectのコンセプトは、広く社会に開かれた「みんなの衛星」、人間の感覚や感情を刺激する「感じる衛星」、衛星本体の機能と外見がトータルにデザインされた「美しい衛星」の3つ。このコンセプトのもと、衛星INVADERを使って果たすべきミッションは次の4つ。INVADERは、これらのミッションを遂行するための衛星ということになる。
1. 衛星からのデータを活用したアート作品の制作やデザイン製品の開発
2. 衛星データ活用のための使いやすいインターフェイスの設計開発
3. 衛星をメディアとしたインタラクティブ作品の制作
4. アートやデザインを通じた社会提案
INVADERは宇宙と地上をつなぐメディア
地球周回軌道に乗ったINVADERは、この後、世界初の芸術衛星として運用される予定だ。INVADERから取得するデータはARTSAT APIから配信される。誰もがINVADERのデータにアクセスでき、そのデータを使ってさまざまなメディアアート作品を作ることができる。
INVADERは宇宙と地上をつなぐメディアとして機能する(2012年 ICC オープンスペース 2012での展示より)
現在、地上局では1日に2〜3回のパス(衛星が地上局の可視範囲の上空を通過すること)においてINVADERとの通信を行い、INVADERの機能を1つ1つ確認しているところだ。
ARTSAT APIのシステム自体はすでに完成しており、衛星との通信により動作が確認できたデータから順次、配信される。その第1弾として、3月25日からINVADERの緯度、経度、高度情報がAPI経由で取得できるようになっている。あとはもう、そのデータを使って「何を作るか?」ということになる。
公式facebookページでは、パスの時間(地球の自転の影響もあるので毎回異なる)と行われるテストの予定がアップされている。また、INVADERからの取得データは随時、ARTSAT.jpや公式facebookページにて、音声データおよび変換データで公開されている。デジトーカ(音声合成チップ)による発話やメロディの演奏、インプリメントのBotとの会話であったり、これらのデータをぜひ再生してみてほしい。INVADERと地上局との会話をかいま見ることができる。