Science

2017.03.28

3Dプリンターでバイオハックを行う5つの研究所

Text by Biohacking Safari
Translated by kanai

この記事は「生きた細胞でプロトタイピング」という記事の続編です。Biohacking Safariに掲載されたバイオハッキングの連載企画のひとつです。下のバージョンは、「Make:」英語版Vol.56に掲載されました。


Makerとバイオハッカーとをつなぐいちばん大きな橋は、強力な3Dプリンターだろう。大きな違いは、彼らがプラスティックではなく、生体材料を使って三次元形状を作っている点だ。また、生きている細胞から作ったバイオインクでメッセージや模様のプリントも行っている。

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BioCuriousがバイオプリントを始めたわけ

BioCuriousは、北アメリカのバイオハッカーコミュニティでは忘れずチェックすべき研究室だ。カリフォルニア州サニーベイルに位置するこの先駆的なスペースは、DIYバイオハッカープロジェクトで知られる数多くの偉大な人材を抱えている。バイオプリントの実験は2012年、最初のミートアップを開催したときに始まった。このプロジェクトをMaria ChavezとともにリードしているPatrik D’haeseleerによると、スペースに人を集めて、すぐに取りかかれるコミュニティ向けのプロジェクトを探していたのだという。プロジェクトリーダーの中には、バイオプリントの活用を考えていた者はいなかった。それが可能なプリンターの作り方を知っている者すらいなかった。それでも、みんなで遊べる、手の届く技術であることがわかった。

「普通のインクジェットプリンターが使えます。インクカートリッジを外して、上を切り取り、インクを空にして、違うものを入れるのです。そうすれば、それでプリントができる」と D’haeseleer は説明する。

BioCuriousは、まず大きなコーヒーフィルターに、植物から採れる糖類アラビノーズをインクにしてプリントを開始した。そして、そのフィルターを、アラビノーズに接触すると緑色に光る蛍光タンパク質を遺伝子に組み込んで培養した大腸菌の上にかぶせた。すると、アラビノーズのある場所で細胞が光りだしたのだ。

彼らがやったように、この目的で市販のプリンターを改造するのは、少々手こずったようだ。「プリンタードライバーのリバースエンジニアリングをしたり、給紙機構を分解して目的を果たせるようにしなければなりません」と D’haeseleerは言う。

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彼らは、独自のバイオプリンターを最初から作ることを決意した。ふたつめのバージョンでは、CDドライブから取りだしたステッパーモーターを使用し、インクカートリッジをプリントヘッドに使い、オープンソースのArduinoシールドでコントロールしている(バイオプリンターの作り方はInstructablesで公開されている。費用は150ドルほどだ)。

次なる、そして今も続くチャレンジは、インクの均一性だ。市販のインクカートリッジは、水に近いインクに対応しているが、バイオインクの場合は、もっと粘性が高いゲル状にする必要がある。そこで、バイオプリントヘッドから少量の粘液を射出できるように、特別な注射器ポンプの実験を開始した。

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3Dへの移行

二次元パターンから三次元へ移行するには、すでに存在する3Dプラットフォームを利用するのが近道のように思える。彼らは最初に、既存の3Dプリンターにバイオプリントヘッドを直接取り付けるという改造を行った。しかし、市販の3Dプリンターで望むような結果を得るためには、リバースエンジニアリングやソフトウェアの改造が必要だった。その数カ月後、プロジェクトは行き詰まってしまった。

次なるステップには、RepRapファミリーの3Dプリンターが影響した。安価なオープンソースのプリンターキットを購入し、プラスチック用のエクストルーダーを、固定した注射器ポンプからの柔らかい管と入れ替えた。これがうまくいった。

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「RepRapコミュニティは全体的な3Dプリント革命を可能にするものです」とD’haeseleerは言う。

するとすぐに、3D バイオプリントのコミュニティーが出来上がった。多くの人が、家や、BioCurious、BUGSS、Hackteriaといったバイオハッカースペースでティンカリングを行い、その実験結果を交換し始めた。

命を扱うということ

バイオプリントの究極の目標は、移植用の臓器を3Dプリントすることだ。ヒトやほ乳類の細胞を扱うのは難しい。毎日誰かを常駐させて、細胞を滅菌状態に保たなければならないからだ。そうした困難があるため、現在は、光合成が可能な植物組織を作るという長期の実証プロジェクトを行っている。つまり、人工の葉だ。

これまで、植物の細胞はあまり扱われてこなかったため、そこには大きな研究の可能性が開かれている。どのようなタイプの細胞を使うか、それをどうつなげるか、葉の三次元構造はどのような形になるかなど、いろいろ考えなければならない。D’haeseleerによると、植物の細胞のほうが、ほ乳類の細胞よりもDIYコミュニティにはずっと向いているという。

機能しようがしまいが、その目的はあくまでテストであり、その育ち方を見ることにある。バイオハッカーにとって、一部の研究者が彼らの研究の可能性に恐れを抱いているとしても、商用的な利用は二の次だ。

「私たちには、スタートアップを立ち上げて製品を売って何百万ドルも稼ぐぞ、といった明確な目標はありません。葉の移植などというものには、切実な需要がないんです。私たちは、ただ楽しくてやっているだけです。毎週、なんらかの進展があります」とD’haeseleerは言う。

植物の細胞で3Dバイオプリント

植物の細胞をプリントする場合、最初のステップは、細胞が成長し、細胞同士が互いに接合できるようになるまで、それを保持しておくための素材の選択だ。BioCuriousでは、アルギン酸塩とよばれるゲル状の物質が使われている。これにはとても面白い特性がある。アルギン酸ナトリウムは水に溶ける。粘性になるが、同時にアルギン酸カルシウムが即座に硬化する。これは食品科学で使われる spherification(球体化)の技術と似たようなものだ。固い球体の中に液体が詰まっている状態だ(冷えた油の球体化テクニックを使うと、ブルスケッタのトッピングが作れる)。

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現在は、さまざまな注射器ポンプをテストしているところだ。すべてで同じことを行い比較している。ひとつの注射器には細胞を混ぜ込んだアルギン酸塩溶液を入れ、もうひとつの注射器には亜塩素酸塩を入れる。これらが混ざり合うと、液体が凝固する。すると、細胞を含む塊がプリントされる。今はその最適化の最中だ。

もうひとつの課題は、どのタイプの細胞を使うかだ。「まずすべての細胞を分化して、最適と思われる場所にそれをプリントするのがよいのか。成長因子とともに分化しない細胞を同時にプリントして、分化と生息域の区分けを自分たちでさせるのがよいのか。D’haeseleerにもまだそれはわからない。彼らはいろいろな細胞を試した。その結果、ニンジンの細胞は使わないほうがよいということがわかった。ニンジンの幹細胞は分化されていない。つまり、条件が良ければ別のタイプの細胞に成長する可能性があるのだが、汚染されていることが多い。

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バイオプリントを行うその他のグループ

BUGSS — バルティモア

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Baltimore Underground Science Spaceでは現在、3DP.BIOというプラットフォームを開発中だ。これには、科学者、エンジニア、デザイナーを結び、研究や開発を促進させる目的がある。彼らはレジンプリンターに力を入れている。細胞の成長のための足場となる三次元の構造体を作るためのバイオ互換レジンと、コントロールソフトウェアも開発している。

London Biohackspace

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London BiohackspaceのJuicyPrintマシンは、フルーツジュースを食料として簡単に育つバクテリア、グルコナセトバクター・ハンセニーを使ってプリントを行う。グルコナセトバクター・ハンセニーはバクテリアのセルロースのレイヤーを生成する。強力で特別に汎用性の高いバイオポリマーだ。ただし、このバクテリアは、光が当たっている場所ではセルロースを作らないように遺伝子が改造されている。バクテリアのレイヤーに、いろいろなパターンで光を当てていくと、最終的な構造体の形状をコントロールでき、セルロースで便利な形を作ることができる。

Pelling Lab

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もうひとつ、組織や臓器を作る方法として、すでにある三次元構造体を細胞の足場にするものがある。Andrew Pellingは、そのプロセスをこう説明する。「リンゴを薄切りにして、石けんと水で洗い、滅菌する。残るのは純粋なセルロースのメッシュで、そこにヒトの細胞を入れ込む。するとそれは成長する」そこでは現在、この方法でヒトの耳のプロトタイプに挑戦している。

Counter Culture Labs

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すでに形状を作る方法があるのに、3Dプリンターを使う必要があるのか。それに答える形で、カリフォルニア州オークランドのCounter Culture Labsでは、豚の心臓を使った驚くべきプロジェクトが行われている。

彼らは、元の臓器(豚の心臓)からすべての細胞を取り去り、結合組織だけにして、「ゴースト」臓器を作っている。そこに、育てたい細胞を植え込むのだ。

原文