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2019.11.01

利便性や効率優先ではないテクノロジーの可能性を見つける「SFPC Summer 2019 in Yamaguchi」レポート #1

Text by editor

編集部から:この記事は、城一裕さん(九州大学大学院芸術工学研究院/山口情報芸術センター[YCAM])、大網拓真さん(FabLab SENDAI – FLAT)に執筆していただきました。

2019年9月4日から11日の約一週間に渡って、山口県山口市の「山口情報芸術センター」[通称:YCAM(ワイカム)]にて「SFPC Summer 2019 in Yamaguchi」が開催された。開催前の記事でも紹介したように、「School for Poetic Computation(SFPC)」はコンピューターを用いた表現のための学校であり、2013年にアーティストのザカリー・リーバーマンとチェ・テユン、アミット・ピタル、ジェン・ロウによりニューヨークで創設されている。

アメリカ国外でのはじめての実施となる今回は、世界各国からの多数の応募に対して、応募者それぞれのモチベーションはもちろんのこと、性別、国籍、職業、年齢、プログラミング経験、といったさまざまな属性ができるだけ多様になるように選考を行い、総勢20名の参加者を決定した。

「Technology as a gift」というテーマのもと、日本、韓国、カタール、中国、スイス、タイ、オーストラリアから集った参加者たちは、「コンピュテーション(計算)」による表現に関わるさまざまなクラスを受講すると共に、「Family dinner(夕食)」や「Field Reserch(野外調査)」といったさまざまな「activity(活動)」を通じて各々の文化の「ambassador(大使)」として親交を深めていった。

この記事では、その参加者の一人であり、Maker Faire Tokyo 2019での実施もまだ記憶に新しい「分解ワークショップ」の主催者、『退屈をぶっとばせ! ―自分の世界を広げるために本気で遊ぶ』の翻訳者、として、MAKEとも関連の深い大網拓真氏によるSFPC体験記を計2回に渡ってお届けする。

なおこの「SFPC Summer 2019 in Yamaguchi」を開催中の9月7日に、かつて「Demo or Die」というモットーを掲げていたMITメディアラボにおいて、所長の伊藤穰一氏が資金調達の不正処理を理由に辞任を表明した.企画者の一人としては、そのMITメディアラボのアンチテーゼともいえるモットー「More Poetry, Less Demo」を掲げたSFPCを、あいちトリエンナーレで表現の自由が話題となり、日韓関係や香港の情勢が不安定な中、「ともにつくり、ともに学ぶこと」を理念とするYCAMで、アジアを中心とした世界各国からの参加者とともに実施できたことを一つの時代の転換期と感じている。


SFPCとは

SFPCとは、「School For Poetic Computation」の略であり、直訳すると“詩的なコンピュータの学校”を意味する。ここでは、利便性や効率優先ではないテクノロジーの可能性を見つけ、いかにPoetic(ポエティック、詩的)にコンピュータを使うかを教えている。私は普段、東北でメイカースペースを運営しているエンジニアで、作りたいものや、解決したいことがある人々にテクノロジーを紹介したり、時には使い方を教えるのが仕事だ。SFPCのことは以前から知っており、アーティストやデザイナーたちがテクノロジーを教える学校とはどんなものだろう? と興味を持っていた。そんな彼らが、山口県で初のUS国外プログラムを実施すると聞き、参加を申し込んだ。


SFPC共同創設者、チョーイ・テユンによるイラスト

はじめに、SFPCの共同創設者であるチェ・テユンからプログラムの概要が説明された。
今回のテーマは「Technology as a gift」。“技術を誰かへのギフトとして考えてみる”ということが本プログラムにおける問いとして与えられた。参加者は一週間で、このテーマに対する答えや考えを自分なりに深めていく。

クラスではさまざまな課題や問いが参加者に投げかけられるのだが、今思い返すと、その後に答え合わせをして最適解を決めつけることはしなかった。むしろ互いの答えは共有するものの、プログラム後も個々人が答えを考え続けられるような問いやクラスが設計されていた。『Poetic Computaiton(ポエティック コンピュテーション)』についても、あえて具体的な解説は避けられており、参加者自身がそれぞれ“ポエティック”なテクノロジーやコンピュータとの付き合い方を見つけられるように導かれていたように感じる。

一週間のおおまかなスケジュールは以下のとおり。


DAY1
SFPC&YCAM紹介/YCAMツアー
DAY1 blog

DAY2
Gesture inspired by hand sign(手話を元に考案されたプログラム。言葉を使わず、身体の動きによるコミュニケーションを体験する)
Handmade Computer(コンピュータの中身ってなんだろう?基礎原理を自分にとって分かりやすく考え直す)
Peer to Peer Folder Poetry(いつも使ってるが、実は深い所が分かっていなかったフォルダ構造でポエムを書く)
DAY2 blog

DAY3
Gesture inspired by hand sign
Playing The World(ゲームデザインの基礎、ルール作りの基礎と実例を巡る)
Garden mathematics(ノートだけではなく楽器、折り紙そして全身を使って数学を感じてみる)
DAY3 blog

DAY4
DNA bar CODING
パネルディスカッション「詩的なコンピュテーションとはなにか?」
DAY4 blog

DAY5
山口をフィールドリサーチ
DAY5 blog

DAY6
Gesture inspired by hand sign
Peer to Peer Folder Poetry
Playing The World
DAY6 blog

DAY7
Gesture inspired by hand sign
Garden mathematics
Distributed Web of Care(ネットは絆になれるのか、SFPCまとめの時間)
DAY7 blog

DAY8
Final showcase
Graduation Party
DAY8 blog


一週間でさまざまなクラスに参加し、そこから学んだことを最終日にプレゼンテーションするというのがプログラムのゴールだ。

ちなみに、SFPCでは学期ごとに参加者のプロフィールが公開される(プロフィールはSFPCの公式ブログ(こちら)で見ることができる)。SFPCはコミュニティの多様性を尊重するため、可能なかぎり性別や職業、国籍などのバックグラウンドが偏らないように参加者を選考しているらしい。今回も、日本や中国、韓国はもちろん、カタール、オーストラリア、EU諸国などからも、個性豊かな同級生20人が集まっていた。


初日には会場となるYCAMのツアーも開催された

また、SFPCではコミュニティの構築についても面白い工夫がなされていた。特に印象的だったのは、多様なバックグラウンドの参加者たちが快適に過ごせるようにプログラムが設定されていたことだ。

Code of Conduct(コード・オブ・コンダクト)

テユンから、「これから『Code of Conduct(コード・オブ・コンダクト)』を共有するね」と言われたとき、いったい何を意味しているのか分からなかった。『Code of Conduct』は、直訳すると「行動規範」。堅苦しい言葉に感じるが、簡単に言うと、集団における人との付き合い方や理想的なふるまいを明確に言語化したものであった。こちらで全文を読むことができるだけでなく、クリエイティブコモンズのもとで公開されていることから、誰でも自分のコミュニティのために編集や共有が可能となっている。文中では、「Expected Behavior(期待される行動)」や「Unaccceptable Behavior(容認できない行動)」など、いくつかの項目ごとにルールが書かれている。一つひとつ読み進めていくなかで、”SFPCが過去数年で学んだクラスでの行動”という項目に目が留まった。ここには、SFPCがニューヨークでのプログラムを通して生み出した、ダイバーシティを持つ参加者同士の共同学習についてのルールが書かれている。


これほどの規模で多彩な参加者が揃ったワークショップはYCAMでも初めてとのこと

私は、職業柄ワークショップを企画・開催する機会があるため、特に以下のルールに心を打たれた。

・I want a safe space.(心許せる場所であってほしい)
・All abilities, backgrounds are not questioned.(いかなる能力もバックグラウンドも条件に入っていない)
・Speak my mind, honest.(素直に自分の気持ちを話せる)
・No sexism, racism, ableism.(性差別、人種差別、障害者差別は禁止)
・Physically and emotionally safe.(肉体的にも精神的にも安全)
・Appreciating diversity and ESL (English as Second Language).(多様性と第二言語としての英語を歓迎する)

技術的なワークショップを行うと、あるトピックについて、すでによく知っている経験者と初心者の間には、壁ができてしまうことが多々ある。経験者がオープンな心がまえであっても、専門用語が飛び交う場で初歩的な質問を投げかけるのは、初心者にとって非常に勇気のいることだ。

SFPCでは、クラスが始まる前に、「参加者間でどんなに技術的な知識の差があっても、誰もが自由に発言できて、誰もがその発言をさえぎることなく聞き届け、思いやりを持って返答するべき」とだという心がまえを伝えられた。当たり前といえば当たり前のふるまいなのだが、議論が熱中した時や自分の興味のあるトピックに話題が移った時、人はこういったことを簡単に忘れてしまいがちだ。全員に関係のあることは暗黙の了解で済ませず、しっかりと言葉にすることで意識を明確化し共有という姿勢は、合理的でとても新鮮に感じた。


テーマ「Tech as a gift」に合わせて、今まで貰った中で記憶に残っているプレゼントを自己紹介と共に発表した

他にも、共に食事を行うだけでなく片付けや掃除も協力し合う「Family Dinner」や、ランダムでペアとなった2人がランチに行くという「Coffee Chat」などといった、ユニークな取り組みが行われた(ちなみに、ペアを決めるソフトウェアは、有志の参加者によって短時間で作り出されたものである)。特に「Coffee Chat」は、あらかじめ予定されてはいなかったものの、参加者からSFPCの運営に提案されたアイデアのひとつ。このように、参加者自身もプログラムを見直し、フレキシブルに変更するようなしくみもSFPCの特徴と言えるだろう。

クラスについて

SFPCのモットーの一つに「UNLEARN」という言葉があり、学習を意味する「LEARN」の反対語になっている。これは何も学習しない勉強しないという事ではなく、一度、今までの知識を手放し、新鮮な気持ちで物事を考え直す姿勢のこと。このスタイルは、開催された各クラスの内容の根底にしっかりと結びついていた。


テユンが着用していたSFPCのTシャツ、既存の考え方を言い換えていくデザイン

筆者がとくにUNLEARNを感じたのは、テユンの担当した「Handmade Computer」。そもそも普段使っているコンピュータの仕組みを、電気の流れ、トランジスタ、CPUと順を追って手を動かしながら見つめなおすというクラスだ。電子回路だけでなく、さらに複雑なコンピューターのしくみをアーティストがレクチャーするとどうなるのか。個人的にはSFPCで最も興味のあったトピックだった。

まず、テユンは電気の基本的な原理を、スケートボーダーのイラストを使って話し始めた。なるほど、確かにスケートボードと電気には近い要素がたくさんある。例えば、電気(スケートボード)は電圧が高いところから低いところに流れるし、回路(道)の抵抗(荒さ)が大きければ流れにくくなる。

電気は目に見えないものだからこそ、自分にとってなじみのあるものをメタファー(例え)に使って、絵をできるだけ多く描いたほうが理解しやすい。スケートボードはメタファーの一例で、他の参加者は、鉄道、森の生態系、回転寿司、血液循環など、自分がしっくりきたメタファーを使って電気の流れを捉え直していた。


電圧をスケートボーダーに例えて表したイラスト、分かりやすいイメージとユーモアで記憶にしっかりと残る

電気の流れについて理解が進んだところで、実際に回路を組んでみることに。LEDを電池で光らせるという単純なものからスタートし、スイッチでの点滅制御にもチャレンジ。最終的には、コンピュータを構成する基本的なパーツのひとつであるNAND素子を、スイッチとトランジスタで作るところまで実践した。最初はみんな平面的な回路を作っていたが、回路を作り変えていくうちに個性がでてきた。自分のイラストを加えたり、配線が後で取り換えられるようにしたりと、工夫の仕方は人それぞれ。回路を作るために配られた銅テープを丸めると、細いパイプが作れることを発見した私は、それを溶接するようにハンダ付けして、立体的な回路を制作してみた(下画像左側)。


参加者が作ったNAND回路、立体的にしたり、イラストを加えたりと個性豊かな作品が生まれた(NAND Circuits/左:Takuma Oami、右:Chara Wang)

電子工作としては基礎レベルだが、この仕組みは間違いなく実際に動いているパソコンの構成要素。ここで重要なのはブラックボックスの中身を自分に可能な範囲で見つめ直し、それを身近なものにしていくという姿勢だろう。いまこうしてテキストを打っているキーボードの下にも絵画のような電子基板があり、その中ではクラスで作った電気の流れの極小版が起こっていることを“知っている”のは、なんと楽しいことだろうか。


講師から教わるだけでなく、参加者同士で知識を共有し、互いの理解を深める

実をいうと筆者は高専出身で、上記のような回路を高校の授業で自作したことはあった。ただ、今回の体験が決定的にそれと違ったのは、ただ教えられた内容を参加者が同じように繰り返すのではなく、それを自分の納得できる形、それぞれの理解の中に落とし込みやすいイメージにする時間がたっぷり与えられていたことだろう。自分の中の常識からいったん距離を取り、じっくり見つめなおすような時間を過ごせた。

また、考えたことの共有も活発に行われていて、自分だけでなく他の参加者の視点も知ることでイメージにさらに広がりをつくる。年齢、国籍、専門性もさまざまな同級生たちの考えを知ることで、授業内容を多角的に見ることができる。この考え方の幅は、どうしても同じ地域の同世代だけでは生み出せるものではなく、多国籍&異文化ならではだなと感じた。SFPCが多様性に重きを置くのは、公平性の確保だけではなく教育の質を上げるためでもあるのだ。だからと言って、ニューヨークへ行って多国籍な文化の中で学ぼう!というわけではなく、むしろ人口の減少によって他国出身者の割合が増えていく日本では、将来こういった学びの機会も増えていくのかもしれないと、クラスの様子を見ながら考えていた。

SFPCレポート前半はここまで。今回は、SFPCの授業スタイルやコミュニティについて書いた。次回のレポートは、SFPC in Yamaguchiの授業内容、特にメイカーにとって「ポエティック」とはいったい何だったのか? という点についてもう少し深く書いていこうと思う。

(撮影:竹久直樹/写真提供:山口情報芸術センター[YCAM])