2022.12.28
Ogaki Mini Maker Faire 2022〈メタバース〉会場を振り返る
本稿は、Ogaki Mini Maker Faire 2022総合ディレクターの小林 茂さんにご寄稿いただきました。
2022年12月3日と4日の二日間に渡り、岐阜県大垣市でメイカームーブメントの祭典「Ogaki Mini Maker Faire 2022」(以下OMMF2022とします)が開催されました。前身となるイベント「Make: Ogaki Meeting」が2010年に開催されて以来隔年で継続され、今回で7回目となります。Micro Maker Faireと同程度まで縮小して開催した2020年の前回とは異なり、今回は102組の出展者と数千名の来場者が参加し、2018年の前々回と同等あるいはそれ以上の賑わいとなりました。このイベントに主催者の一人、総合ディレクターとして参加した視点から、今回の新しい試みである〈メタバース〉会場を中心に振り返ってみたいと思います。
OMMF2022物理会場の様子
Maker Faireを物理空間以外に拡張する
Maker Faireの醍醐味は、電子工作、ロボティクス、クラフト、アート、デザイン、電子楽器、モビリティなど、通常は交差しない多様な分野における作品群とその制作者=メイカーたちが一堂に会し、そこを訪れた来場者たちとの対話を通じて、つくることの楽しさが次々と伝播していくことでしょう。このため、中心となるのはなんといっても物理会場です。しかしながら、物理会場にはさまざまな制約があります。例えば、明るさ、広さ、音など、物理環境の望ましい条件は作品ごとに異なります。主催者としては、エントリー時に提出された情報を基に、様々な制約の中でできるだけ出展者の希望に添えるよう調整していきます。それでも、全出展者の希望を同時にかなえることは極めて困難です。
最大の制約が、期間中に会場を訪れないと参加できないということです。例えば、自身や身近な方が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患したために来られなかった方も少なからずいらっしゃるでしょう。また、多くの人が集まるイベントであることから、感染のリスクを考えて諦めた方もいらっしゃるでしょう。さらに、感染症とは関係なく、急用のためにどうしても時間を確保できなくなってしまった方や、そもそも移動することが困難な方もいらっしゃることでしょう。このように、物理空間の制約にくわえて、特定の期間内に訪れなければならないという制約があるのです。
限られた期間に特定の場所に行かないと参加できないことは当たり前のように思えるかもしれませんし、そうした制約があるからこそ盛り上がるという面もあると思います。他方で、COVID-19以降の世界に人々が適合する中で見えてきた、もっと面白くできるやり方もいろいろあるはずです。そうした探求の一環として、物理空間をデジタル空間で代替しようとするのでなく、物理空間にデジタル空間を新たな選択肢として付加することで拡張するという選択肢について考えたのが、Maker Faire Tokyo 2021のセッション「物理空間以外にMaker Faireを拡張することは可能か?」でした。このセッションでは、ボール型のロボット「omicro」を制作し、物理空間だけでなくデジタル空間でも展示、さらにハイブリッドでの可能性も探索されている一瀬卓也さんにお話を伺い、拡張の可能性について議論しました。この議論を踏まえ、OMMF2022の構想段階から提案に組み込んだのが〈メタバース〉会場です。
〈メタバース〉会場
メタバースという言葉は、特に2021年後半以降様々なメディアで取り上げられるようになりました。注目が高まる一方、その定義は人によって異なり、混沌とした状況が続いています。例えば、メタバースに多くの人々が着目する状況に大きな影響を与えたとされるマシュー・ボールは、2022年の著書『ザ・メタバース——世界を創り変えしもの』においてメタバースを次のように定義しています。
リアルタイムにレンダリングされた3D仮想世界をいくつもつなぎ、相互に連携できるようにした大規模ネットワークで、永続的に同期体験ができるもの。ユーザー数は実質無制限であり、かつ、ユーザーは一人ひとり、個としてそこに存在している感覚(センス・オブ・プレゼンス)を有する。また、アイデンティティ、歴史、各種権利、オブジェクト、コミュニケーション、決済などのデータに連続性がある。
これを読んで納得する方、どこかに違和感を覚える方、何を言っているのかよく分からないという方など、いろいろな方がいらっしゃるでしょう。そもそも、ボールが定義するようなメタバースはまだ実現されておらず、誰も体験したことがないのです。このように、まだ定まっていないものに取り組もうというのは時期尚早に思えるかもしれません。それでも、様々なテクノロジーを自在に解釈し、作品として表現できるメイカーのみなさんに投げかけることで、Maker Faireを再定義し拡張することにつなげられるかもしれないと私は考えたのです。そこで、2022年においてどんなやり方があり得るのかを検討するため、国内外のMaker Faireへの豊富な出展経験をお持ちの一瀬卓也さん、カサネタリウムさんのお二人に参加していただき、6月26日にTwitter Spacesでのイベント「#OMMF2022 メタバース 会場について考える会」を開催しました。この会における議論の詳細については、nod(YモードP)さんによるまとめ、一瀬さんの資料、カサネタリウムさんの資料を参照していただくとして、非常に多くの示唆を得ることができました。
このイベントでの議論を基に、OMMF2022での〈メタバース〉会場の方針として、出展者と来場者の双方が気軽に参加できる全出展者参加の会場と、ある程度のハードルはあるものの表現の自由度が高い選択制の会場という2種類を設けることにしました。前者は、Maker Faire Taipei 2021でも活用されたことのあるWeb会議プラットフォーム「Gather」を使い、「2D会場」と呼ぶことにしました。Gatherは、レトロな2DRPGのような画面にドット絵のキャラクターとして参加でき、テキストチャット、マイク、カメラを用いた会話も楽しめるプラットフォームです。この上に物理会場を模した会場を主催者側で用意し、出展者のみなさんには一定の期間を設けて各自で「設営」していただくことにしました。後者にはPsychic VR Labが運営する「STYLY」を公式プラットフォームに設定し、物理会場でARを体験する会場を「AR会場」、自宅などでVR HMDなどを用いて体験する会場を「VR会場」と呼ぶことにしました。STYLYは、スマートフォン、PC、HMDなど複数のデバイスを対象に作成したシーンを配信できるプラットフォームで、簡単なシーンであればWebブラウザ上で、複雑なシーンであればUnityで制作できます。
これらをメタバースと呼ぶことに対しては、違和感を覚える方がいるかもしれません。例えば、ボールによるメタバースの定義を採用するのであれば、3D仮想世界ではない2D会場とAR会場は少なくとも除外されるでしょうし、VR会場についても永続性や連続性の観点から該当しないかもしれません。しかしながら、繰り返しになりますが、ボールが定義したコンセプトに基づくメタバースはまだ実現されておらず、実際のところは誰にもわからないのです。その段階において、誰かの定義に従わなければならないというものではないはずです。Maker Faireに出展される多くの作品がそうであるように、テクノロジーを自在に解釈して作品として表現されたものを体験することにより、初めて想像できるようになるのではないでしょうか(人々がテクノロジーに応答を繰り返すうち予想されなかった形で世界が変わっていく可能性についてはボールも言及しています)。こうした考えを背景に、既に社会通念が確立している概念ではなく、制作し体験することを繰り返しながら自分たちで定義しうる概念であることを強調するため、OMMF2022では〈メタバース〉と表記することにしました。
#OMMF2022 〈メタバース〉会場を振り返る
そのような期待をしつつ説明会などで呼びかけてはみたものの、実際にどれだけの出展者がAR・VR会場に参加していただけるかは未知数でした。結果として、全出展者102組のうち、約2割の方から出展してみたいという意志表示があり、最終的にはAR会場に12組、VR会場に15組が出展しました(〈メタバース〉会場についてはOMMF2022公式Webサイトの特設ページから今でも参加できます)。この新しい取り組みが、来場者のみなさんにどう受容されるかも実際にやってみないと分からない点でした。来場者アンケートによると、アンケートに協力した171名のうち約15%が「参加した」、約28%が「参加予定」と回答し、「参加した」と回答した26名のうち約23%が「大変良かった」、約53%が「良かった」、約23%が「あまり良くなかった」と回答しました。「大変良かった」「良かった」と回答した方が挙げた理由からは、新しい参加体験に戸惑いつつも積極的に楽しんでいる様子や、遠方からでも参加できゆっくり鑑賞できるなど物理会場とは異なる特性を評価していることが読み取れます。「あまり良くなかった」と回答した方の理由としては、対応したデバイスを持っていないため参加できなかったことが多く挙げられています。確かに、AR会場を体験するためにはAR機能(例:AndroidであればARCore)に対応したスマートフォンが必要となり、VR会場を最良の状態で体験するためにはVR HMDが必要となります。今後数年間でこうしたデバイスの普及は進むと期待されていますが、全ての人が利用できるようにはならないでしょう。そうしたことを考えると、複数の会場を組み合わせるハイブリッド型は、今後も現実的な選択になるかもしれません。アンケートに協力した方が母集団となるためバイアスはあるでしょうが、来場者のうち4割近い方が〈メタバース〉会場への参加を前向きに捉え、実際に参加した方の7割以上が肯定的に評価したことは、主催者として励みになる結果でした。
この〈メタバース〉会場について、記憶が鮮明なうちに振り返って今後に活かすことを目的にしたイベント「#OMMF2022〈メタバース〉会場を振り返る会」を、6月に開催した会と同じお二人のご協力を得て12月11日に開催しました(この時の様子を記録した動画と、一瀬さんの資料、カサネタリウムさんの資料は公開中です)。
「#OMMF2022〈メタバース〉会場を振り返る会」の記録動画
お二人は、物理会場、2D会場、AR会場、VR会場の全てに出展されました。限られた期間で準備を進め、4会場全てに参加するのは容易なことではなかったと想像されます。果敢に挑戦されたお二人の作品群からは、Maker Faireを拡張しうるアイデアの種をいくつも見つけることができます。一瀬さんがVR会場に出展した《omicro バーチャル展示会場》は、新型コロナウイルス感染症の影響により急遽オンライン開催となったMaker Faire Kyoto 2020をきっかけに制作され、その後も継続的にアップデートされているものです。巨大な展示会場の中を自在に歩き回る体験はVRならではでしょう。これに対して、AR会場に出展した《Robotic Ball omicro – Ogaki Mini Maker Faire 2022》は、物理会場に展示されたomicroの設計時に用いたデータを基に制作した巨大バージョンを召喚できる作品です。これにより、物理空間のomicroと並べて外から眺めるだけでなく、内部に入り込んで観察することもできます。カサネタリウムさんがVR会場に出展した《OMMF2022 カサネタリウム VR会場》では、物理会場に出展された作品それぞれをゆっくりと見られます。くわえて、OMMF2022での展示ブースを3Dスキャンしたものが展示されており、物理会場における展示のアーカイブにもなっています。カサネタリウムさんがAR会場に出展した《OMMF2022_kasanetarium_AR》は、過去のMaker Faireでも人気だった作品《化ける!きつね面》を3Dスキャンしたものを、任意の物理空間に召喚できる作品です。これにより、感染症のリスクを気にすることなく、気軽に被ってみることができます。
AR会場の作品を物理会場で体験している様子:《Robotic Ball omicro – Ogaki Mini Maker Faire 2022》(左)《OMMF2022_kasanetarium_AR》(右)
これらの作品群からは、VRとARについていくつもの可能性を見出すことができます。VRでは、空間全体を構築することができるため、作品や作者の世界観を理想的な状態で提示することができますし、作品の背景や制作の過程を見てもらうこともできます。ARでは、任意の物理空間に作品を召喚できることにより、作り手だけでなく通常は受け手とされる人々も、どこにどのように召喚するかで様々な創造性を発揮でき、SNSなどによりそれを顕在化することができます。先行する事例として、3D Digital Archiveプロジェクトが推進する《中銀カプセルタワービル》のアーカイブ活動があります。この活動では、その一環として2022年4月に《中銀カプセルタワービルAR》を配布しました。これは、3Dスキャンしたデータをスマートフォンで手軽にARとして体験できるよう提供したもので、多くの人々によるSNSへの投稿をハッシュタグ「#中銀カプセルタワービルAR」で辿ることができます。OMMF2022のAR会場は、物理会場に来た人がその場で体験することを前提としていました。特定の場所でしか体験できない作品にくわえて、体験する人が場所を自在に選択できる作品が増えてくると、出展者と来場者というこれまでの区分とは異なる、新たな参加の仕方につながるかもしれません。
VR会場とAR会場にくわえて、2D会場にもいくつかの可能性を見出すことができました。まず、物理会場を模した会場になっていることにより、物理会場に来る前にどんな展示があるのかを確認できます。これにより、プログラムガイドに配置したマップだけでは分からない場所の感覚を得ることができます。また、物理会場に来た後に、興味を持った展示についてもう一度見返すこともできます。これは、たとえそこに置かれている情報がWebサイトで公開されているものと同じだったとしても、2Dのキャラクターとして歩き回るという運動感覚が伴い展示ブース間の関係が想起されるようになることにより、全く異なる体験になります。これは、動画や静止画による記録とは異なるアーカイブとして価値を持つものになるでしょう。さらに、イベント会場として活用するという新たな用途も見出すことができました。12月11日に開催した「#OMMF2022〈メタバース〉会場を振り返る会」のあと、12月14日にはOMMF2022に出展したWebサービス「ProtoPedia」が「ProtoPediaの時間 Vol.105 Ogaki Mini Maker Faire 2022振り返り!」を2D会場から配信しました。この他にも、2D会場を活用した小規模なミートアップが開催されるなど、イベント期間後の活用法を考える上でいくつものヒントが得られるのではないでしょうか。
主催者側の視点で、もし次回同じように開催するのであれば、よりよいものにするためのアイデアも記録しておきたいと思います。2D会場に関しては、出展者がゼロから設営するのでなく、主催者側でサムネイル的な画像と作品紹介ページへのリンクなど、最小限の展示を設営してしまい、その上で出展者が置き換えていくようにする方法が考えられます。これにより、初めて出展する方など物理会場だけで手一杯になってしまう出展者が、過度なプレッシャーを感じることなく複数会場に参加できるようになります。AR会場に関しては、受付前の待機時間などを利用して公式のコンテンツを体験してもらうようにして、来場者が会場に入る前の準備と心構えを促すことが考えられます。こうすることにより、会場内で個別の作品を体験する際のハードルを大きく下げることが期待できます。VR会場に関しては、イベントに共通するサインや展示什器などのアセットとそれを配置した空間をテンプレート的に提供すれば、イベント全体としてのまとまりを醸し出しつつ、VRに慣れない出展者でも出展への足掛かりを得ることができるかもしれません。
おわりに
ここまで、OMMF2022の〈メタバース〉会場を振り返ってきました。繰り返しになりますが、Maker Faireに関して、限られた期間に特定の物理空間で開催される祭典だからこそ感じられる面白さは当然あるでしょう。また、現時点におけるARやVRが物理空間の体験を代替するものと考えるのには無理があるでしょう。そうではなく、もし別の時間と空間で自律分散的に体験できるやり方が加わったらどうなるだろう?と考えると、Maker Faireにおける体験を拡張できるアイデアにつながるのではないでしょうか。今回は主催者の視点で紹介してきましたが、OMMF2022のような形式であれば、AR会場とVR会場は個々の出展者が準備することも可能です。OMMF2022の〈メタバース〉会場から何らかの刺激を受けた方は、ぜひ一緒に探求していきましょう!