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2015.09.02

MFT2015レポート — Rapiro、IRKit、雰囲気メガネに見る、ハードウェアスタートアップの現状

Text by tamura

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Maker Faire Tokyo 2015ではさまざまなトークセッションが行われた。ここでは、その中でも注目のセッション「実際のハードウェアスタートアップ」の模様を紹介しよう。このトークセッションは、IAMASの小林茂教授をモデレータとして、実際に世の中にプロダクトをリリースしている3人、Rapiroの石渡昌太さん(機楽株式会社 代表取締役)、IRKitの大塚雅和さん(maaash.jp)、雰囲気メガネの白鳥啓さん(株式会社Matilde代表)を迎え、ハードウェアスタートアップと呼ばれる世界で起こっている、「本当のところ」を話してもらおうというものだ。また、このセッションにはDale Dougherty(Maker Media,Inc. ファウンダー)も参加した。

新たなチャンスは本当に増えているのか?

個人や小規模な企業がハードウェアのプロダクトを製造・販売するという流れが珍しいものではなくなった。しかし、ご存知のように、ウェブサービスやスマートフォンのアプリと、ハードウェアの製品では事情が違う。

確かにここ数年、ものづくりを広げようとするハッカソンイベントや、インキュベーションプログラム、アクセラレータプログラムといわれる支援プログラムが登場し、製造や販売をサポートするプラットフォームなど、さまざまな動きが出てきている。では、個人でハードウェアをプロダクトとしてリリースすることが簡単になったかというと、そう簡単なことではない。「珍しいものではなくなった」が、次々とリリースされているかといえば、決してそうではない。

ウェブサービスやアプリでは、一人でグラフィックのデザインからインタラクションの設定、実装までこなすこともできるが(それでも相当にスーパーなことだが)、ハードウェアはなかなかそうはいかない。エレクトロニクスの部分まで含めて、さらにIoTとなったときのネットワークやサービスまで含めて、全部をフルスタックできる人というのはさすがにいないだろう。

さらに、「ハードウェアの場合、金型1つに何千万、何百万、場合によっては何億円という金額までかかる場合もあるし、適切なパートナーを見つけなければいけない、在庫も持たなければいけない。そのリスクをどうするか。さらに製造物責任法まで考えていかなければならない。スマートフォンのアプリやウェブサービスのように、世の中にデプロイして何かあったら問題を直せばいいという世界と比較すると、避けては通れない部分がある」(小林さん)。

小林さんは、ハードウェアの場合がそんなに簡単ではないという認識が広がりつつあるのが現状だとした上で、Makerがもっと活躍できるような状況にするにはどうすればいいかということを考えてみたいという。

Rapiro・IRKit・雰囲気メガネ、それぞれの場合

まずは石渡さん、大塚さん、白鳥さん。それぞれ自己紹介を兼ね、リリースしたプロダクトの開発プロセスの発表が行われた。

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石渡昌太さん(機楽株式会社 代表取締役)

機楽株式会社という会社を一人でやっている石渡さん。2013年の夏にRapiroというロボットを企画して、イギリスのKickstarterにてキャンペーンを行い、7万5千ポンド(当時のレートで日本円にするとおよそ1200万円)の資金調達に成功した。日本人として初めてKickstarterのハードウェアカテゴリで資金を集めたケースだったという。

RapiroにはArduino互換の基板が実装されていて、自分で組み立てたロボットをArduinoで動かすこともできる。機構部品がむき出しではないロボットキットの中では低価格で、通常15万円程度になるロボットを5万円以下で発売しようと企画した製品だ。ラピッドプロトタイピングやデジタルファブリケーション技術を活用して開発を進めた。3Dプリンターの出力サービス(横浜のJMC)を利用してパーツを出力し、自分で組み立て最終製品に見えるように塗装をしたプロトタイプでKickstarterで見せる動画を作ったり、プレスリリース用の画像を作ったりしたそう。資金が集まったところで、葛飾区にある株式会社ミヨシに金型を作ってもらった。モーターは中国の深圳で製造、プラスチック造形と最終梱包は株式会社ミヨシ、販売はスイッチサイエンスに依頼している。

クラウドファンディング成功の鍵は「多くのメディアに紹介されること。TwitterやFacebookなどで話題になることが大事」と石渡さんはいう。そのためには、情報をコンパクトにまとめる、最初の写真でプロダクトの魅力が伝わるようにして、動画も最初の20〜30秒が勝負だ。また見え方をしっかりと意識することも必要となる。ちなみに、Kickstarterで投資したユーザーの国別の割合は、日本が3割、アメリカが3割、イギリスが3割、残り1割がその他の国だったという。

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大塚雅和さん(maaash.jp)

フリーのエンジニアとして活躍する大塚さん。IRKitは大塚さんが中心となって開発し、2014年1月に販売を開始した。

スマートフォンのアプリは自分のしたいことに合わせて自由に選ぶことができる。自分の目的にあったアプリがなければ作ることもできる。しかし、テレビやエアコンを操作したいときにリモコンを選択する自由はない(リモコンを作るには電子回路の知識が必要で敷居が高い)。IRKitはその課題を解決するWi-Fiの付いた学習リモコンだ。SDKやHTTPのAPIを公開しているので、ネイティブアプリでも、ウェブアプリでも、自分にあったリモコンアプリを作ることができる。ハードウェアはArduinoベースでオープンソース。そのため、筐体を開けて、使っていないピンにセンサなどを付けて、自由に拡張することが可能だ。

筐体は3D CADで設計し、3Dプリンターやレーザーカッターでプロトタイピング。電子回路のまわりはArduinoをベースに、Wi-Fiモジュール、赤外線の受信機、LEDを付けてEagleで設計。製造に関しては、Rapiroと同じ株式会社ミヨシ、基板は岐阜県の久田見製作所。販売はAmazonとスイッチサイエンスに依頼した。

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白鳥啓(株式会社Matilde代表)

雰囲気メガネはスマートフォンからの通知を光や音で知らせてくれるメガネ。SDKを公開しているので、拡張可能なプラットフォームになっている。たとえばウェブ APIと組み合わせて、株価が上がったときに通知してくれるという使い方もできる。

株式会社Matilde代表の白鳥さんは、開発チームに企画から入り、プロジェクトマネージャー的な立場でプロジェクトを進めた。メガネのチェーンストアとして知られるパリミキに脳科学を研究するチームがあり、そこからIAMAS(情報科学芸術大学院大学)の赤松教授に「セカイカメラみたいなメガネを作れないか」という打診があったのがきっかけだったという。ただ、いきなりHMDやGoogle Glassのようなものを作るのは難しいだろうということから、リサーチを進めた結果、アンビエントに情報を伝えるメガネというコンセプトになったたのが雰囲気メガネだ。背景には、KickstarterにBluetoothLE (BLE)を活用した製品がどんどん登場していたということがあったという。

また、2013年に開発メンバーがバルセロナのMobile World Congressを視察したときにメガネ型の製品でBLEを採用したものはまだあまりなかったこともあって開発を始めることに。3Dプリンターを使ったラフなプロトタイプを2014年のMobile World Congressで発表。メディアにも取り上げられ、パリミキ社内でも認知されたことで、製品化の可能性が出てきた。その後、クラウドファンディングサービスのmakuakeで資金調達に成功する。現在は、開発チームを母体に雰囲気メガネを製造・販売するために新しい会社を立ち上げ、1、2ヶ月後には一般販売を始める予定だという。

雰囲気メガネをmakuakeで支援してくれたのはおよそ600人。そのほとんどが“足でかせいだ”人たちだという。また、makuakeでは、プロダクトを紹介する動画や写真について、外部の協力会社も含め作っている人全員の顔と名前、コメントをサイトに掲載するなど、誠実さを出すことを心がけた。

こうして3つのプロダクトについて、プロセスだけ追ってみると一見すんなり進んでいるよう。だが、実際はどうなのだろうか。ここからモデレータの小林さんんによる突っ込んだ質問が展開されていく。

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小林茂さん(モデレータ、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授)

小林:石渡さん、大塚さんについては、開発・販売までの流れ、小規模のチームで進めていること、製造・販売のチャネルなど、似たところがある。それぞれデジタルファブリケーションを活用して、最初の「こういうものがあったらいいよね」というところまで進めているところも。大塚さんの場合、特に資金調達は必要とされなかったんですか?

大塚:はい。IRKitは製品の価格も安いですし、形も小さくてRapiroに比べれば、金型にかかる金額も大きいものではない。IRKitを作る前にサラリーマンを10年ちょっとやっていたので、自分の貯金の中からこれくらいのリスクをおかしてもいいかなと。人によってはリスクが大きいと思うかもしれませんが、そのレベルの自己資金で始めています。

一口にハードウェアのプロダクトといっても、製品によって原価は違う。金型を作って樹脂加工で外装を生成する場合でも、デザインやパーツ数による差は大きい。全体の予算も変わるし、必然的にプロセスにも違いが出てくる。

Discussion1:製品を世の中に出す過程で最も大きな課題は何だったか?

ここで、それぞれの製品を世の中に出す過程で最も大きな課題は何だったかというディスカッションへ。先ほどの流れにつながるが、やはり石渡さんのRapiroの場合、最大の課題は資金。Rapiroではプラスティックのパーツだけで30近くあり、それぞれ別の金型が必要なため、単純に金型1つで済む製品よりも金型の費用は30倍かかることになる。

石渡:だからこそ、クラウドファンディングで一般の人からお金を集めたんです。クラウドファンディングで集まった資金は、Kickstarterで1200万円、makuakeでも500万円くらい集めました。ですが、1700万あっても金型で1000万以上かかっているのでそれだけでは利益が出ません。あらかじめ、継続的に販売して何台売れたら利益が出るのかを計算して、それが達成できるように協力企業に協力していただきました。

重要なのが、石渡さんは資金を集めてから協力会社に話をしたのではなく、「実際に作れるかどうか、完成した後で売れる値段、商品であるかどうかをしっかりと相談」した上で、クラウドファンディングで資金を集めるという形だったこと。

一方、大塚さんのIRKitの場合は、外装の部分の設計段階から金型が安くなる方法を模索した。IRKitのプラスチックの部品は上蓋と下蓋の2つだが、その2つの部品を1つの金型で抜いているという。最初の販売数を100個としたことで部品調達を100個分におさえ、最初の100個の販売までに自己資金150万〜200万で進めたそう。そんな大塚さんにとって、最大の課題はさまざまな局面で起こる多くの意思決定を一人でしなければならなかったこと。

大塚:僕はそれ以前にウェブサービスやiPhoneアプリを作る開発の仕事をしていました。そのときと比べると、IRKitの場合、考えなければならないことが多かったんです。部品の調達、パッケージやプロダクトのデザイン、取扱説明書、無線に関する法律的なことまで考えなければならない。その1つ1つに意思決定をしなければならない。それが大変でした。

白鳥さんの場合は、3者からなる開発チーム(それも、それぞれの業界が異なる混成チーム)だったことが一番の課題だったという。

白鳥:メガネとして品質に厳しい基準があって、それを満たしながら形にすることが一番大変でした。メガネをデザインしてもらうパリミキのデザイナーに基板やセンサのサイズを伝えて、メガネのパーツの中に収めてもらうという進め方です。実際に基板をお願いした機構設計の人(福岡のBraveridge)とパリミキのデザイナーさんとの間で何度もやり取りをしました。

IT業界の人であれば受け入れやすいガジェット的な感覚の提案も、メガネメーカーとして、メガネを製造・販売している側には受け入れてもらえないこともあったという。製造・販売のラインに乗せてもらうためには、その業界のルールを理解する必要がある。これは、プロジェクトをパートナーと組んで進める場合に留意しておきたいポイントの1つだ。

Discussion2:パートナーとの出会い

いいアイデアがあっても、パートナーと出会えないとそのアイデアはなかなか具現化できない。前述のように、ハードウェアスタートアップが作ろうとするプロダクトの多くは、ハードウェア、アプリ、サービスなど、さまざまな技術の複合的なものになる。また、ただ作るだけではなく、売れるようにするためにはそれぞれ専門のスキルが必要になる。3人は、どうやってパートナー候補の人たちと出会い、プロジェクトに巻き込んでいったのだろうか。

石渡さんの場合、株式会社ミヨシの杉山耕治さんとはプロジェクトが始まる前からの知り合いだったという。ある展示会の後に行われた町工場の経営者が集まる飲み会で知り合い、その後、Facebookなどでやり取りを始めた。何かおもしろいことをやりたいと話をしていたという。スイッチサイエンスの金本茂さんとは、5年以上前に石渡さんが手がけたGainer miniからのつきあいで、Makerの活動の中でビジネスに結びつくようなことを支援したいという考えを前から聞いていたことから、協力を依頼した。

大塚さんが株式会社ミヨシの杉山さんと知り合ったのは、2013年のEngadgetのハッカソンイベント(スマホとつながるガジェットを作ろうというもの)。同じチームで2週間のイベントを走りきったことで、杉山さんのものづくりに対する姿勢が見えて、一緒に何かしたいと考えたという。プロダクトデザイン、アプリのデザインを手伝ってくれた人とは前職からのつきあい。製造を頼んだ久田見製作所の岡田さんとは知人経由でつながったという。

白鳥さんの場合は岐阜県大垣市のIAMASのコミュニティがベースになっている。アプリのデザイン、プログラム、ファームウェアも、このコミュニティで活動していたトリガーデバイスの佐藤忠彦さん、わふうの上原昭宏さんらに担当してもらう。最初のプロトタイピングからリサーチを経て、実際の開発に入ったときにNordic Semiconductorの山崎さんを紹介してもらい、そこから、当時BLEモジュールの開発を進めていた福岡のBraveridgeにつながった。

白鳥:福岡に飛んで、Braveridgeの社長の吉田さん、小橋さんと会いました。最初は「大丈夫かな?」と思われたはずですが、快く一緒に作ってくれて。普通、メガネ型デバイスというと、ツルの部分に基板を入れると思うんですが、上部のバーの部分に入れるというアイデアもBraveridge側からの提案です。合宿状態で一緒に作っていきました。

小林:いずれもいろいろな出会いがあったんですね。お話を聞くと、1〜2年、もっと長い関係性があってじゃあやろうとつながっていった。意図的につながっていったというより、段々つながっていったという感じがあります。

小林さんが言うように、いろいろな出会いからつながり、関係性を築いた上でプロジェクトが始まっていることがわかる。雰囲気メガネの開発の流れを聞いていると、当時の「これからはBLEだ!」という熱が感じられる。新しいアイデアを持ったプレーヤーをもっと増やしたいという従来の製造業関係者の思いと白鳥さんたちのタイミングが見事にあった感じだ。信頼関係はもちろん重要だが、勢いのようなものも必要なのかもしれない。

Dale:いまの話を聞いていて、エコシステムという言葉が浮かんできます。人々にせよ、プロセスにせよ、エコシステムというもののなかで、最初に抱いたアイデアをプロダクト化していく。量産して、マーケティングして、販売活動をしていく。みなさんは、そのパイオニアとみなしていいと思います。到達点まで達したいまでも、アイデアをプロダクト化し、販売していくことを難しいと考えていますか? それとも一度できているから、簡単にできるという感覚を感じていますか?

石渡:やはり難しいんじゃないかと思っています。次のプロダクトを作ってはいますが、まだ詰めなければいけないところもいっぱいあって、リリースに至っていません。作ることが難しいというより、売れるというところに確信が持つのが難しい。

前述のように、石渡さんがRapiroを作っている過程では資金がとても大きな課題だった。クラウドファンディングが成立したとはいえ、大体見込みよりは資金がかかってしまうもの。製造以外にも、営業、パッケージデザインなどの人件費、さまざまな資金がかかる。事前にパートナーにも「先行投資」の相談をしていたという。

大塚:エコシステムは育ってきていて、段々と楽にはなってきているんじゃないかなと思います。“スーパーマン”にしかできないことではなくて、誰にもできることになっていく。こうした場に先行の知見が出てくることでノウハウが広がる、やり方が広まっていって作りやすくなっていくんじゃないかなと思います。僕が始めたときはBsizeの八木啓太さんが先行者だったんです。八木さんに追いつこうと思うことで何とか意思決定の辛さにも耐えられた。

また、大塚さんは安いものを作るのはやっぱり楽だという。定価4万円のものと7000円のものでは、すべてのコストが4倍違うことになる。5000円以下、1万円以下の製品だったら金型もパーツ代も安くなり、作りやすくなる。

小林:難しいと思いますが、先例が増えてきていることはあるかなと思います。大塚さんがいうように、最初に高いものを作るのはたいへんだが、ある程度のものであれば自己資金でもできてしまうというのはありますよね。

大塚:今日の話を聞いていると、鉄板のルートのようなものも見えてきたのかなと思います。オープンソースの製品であればスイッチサイエンスで取り扱ってくれるんじゃないか。そうでなかったらAmazon、とか。先行者の例を見ていろいろ判断できるようになってきていると思います。

小林:私自身、5年前にArduino Fioというツールの基板を作りましたが、これは開発も自分自身で行って、載っている部品も大したことはない。製造のパートナーもいたので、そこまで大変というわけではなかった。これとRapiroを比べるとすごく大変なんだろうなと思います。雰囲気メガネも、この中に相当いろいろな部品が入っていますよね。とてもじゃないけれど、同じノリではできないだろうなと思います。となると、最初に鉄板のルートのようなものを参考にしつつ、トライしやすいところからトライする、というのも1つの方法でしょうか。

ただ「中心メンバーが一人で作るというより、2~3人で作るほうが作りやすくなってきていると思う」と大塚さん。白鳥さんも「雰囲気メガネもたまたまうまくチームが集まって、できた。お金を出す人、アイデアを出す人、実際に作ってくれる人、売ってくれる人が何とかうまく集まったから。日本にはいろいろなプレーヤーがちゃんといることがわかってきたので、チームを組むことができれば新しいものは作れるようになっていると思います。でもチームがまとまるには、志がかみ合っている必要がある」という。

Discussion3:製品としてリリースする前後で意識に違いはあったか?

これも製品化まで進んだ経験がないとわからないところだ。

白鳥:完成するまでは、必死に形にすることをやっていました。売るとなるとこれを誰が買ってくれるのか、コストや販売計画などを考える必要があります。今は、どこの国で誰がどの販売ルートでこれを買うかというところが見えてきて、やっとマーケティングやPRに意識が向かい出したところ。作るときに必要だった人材と違う人材が必要になっています。ディストリビュータとのやり取り、安全面など法律系の対策などの重要性にぶち当たっています。

大塚:IRKitを作る前から、生活の中の課題を見つけて解決するアプリを開発するという個人の開発者だったんですが、IRKitを作ったことで、その解決策の選択肢の中にアプリだけでなくハードウェアも入ってきた。そういう意味で、自分の可能性も広がってきてよかった。

大塚さんはIRKitの経験で、ハードウェアの製造の過程でどんな人が関わっているかがわかったという。前職の大きな電機メーカーにいたときは、何をやっているかわからないたくさんの人たちがプロジェクトに関わっていた。たとえば部品調達について当時はよく理解していなかったが、IRKitを作ってみて部品調達が一番大切なことがわかったという。自分の中で評価できずにいた人たちがすごく大切な人たちだったんだということがわかったのがうれしかったと。また、世の中のプロダクトの問題を彼らが解決したんだということが見えてきて、世の中がよりおもしろいものに思えてきた、とも。

一方、石渡さんは、「いきなり複雑なものを作るのではなく、電子回路基板だけの製品から徐々にステップアップすることが重要だと思う。自分もGainer miniを開発した経験があって、次がRapiroだったからやれた。最初からRapiroというのは難しかったと思う」という。

石渡:Rapiroは基板も金型も、基本は僕が設計しているけれど、すべてを一人で行うことは不可能な規模のプロジェクトだったので、基板の設計・製造はスイッチサイエンスにお願いしています。金型は株式会社ミヨシの担当の方にお願いしています。もちろん、全体の意思決定の責任は自分にあるんですが、詳細な意思決定は担当の方々にお願いしました。ところが、予算を作ってお金を集めているんですが、複雑なプロダクトであればあるほど思ったよりもお金がかかるということが頻発する。それを抑えていかなきゃいけない。そのとき、各所の調整をどうするかが難しい。深く関わっていただくとその人たちの思い入れもあると思うので。それぞれのやりたいこととお金をどう調整するかが難しかったですね。

確かに、Kickstarterでお金は集まったものの製品を出せなかったという例も多い。「ここが一番重要なところでお金だけ集まればものができるというわけではないということを理解されないと大変なことになってしまう場合があります。また、お金だけで集まっているパートナーだと、ちょっと何かがあったときに空中分解してしまうこともある」と小林さん。

小林:いまみなさんからお話があったように、ライトなところからスタートして、経験を積みつつステップアップしながら信頼できる仲間、信頼関係を構築していくということは、実際にハードウェアを製品として出していくというときに重要になっていくのかなと思います。

最後に今後の展望、要望、希望を大塚さん、石渡さん、白鳥さんから。

大塚:次に何かを作るとき、ハードウェアのほうが解決しやすいのであればハードウェアで、そうでなければアプリで、というように柔軟にやっていきたいと思います。ウェブサイトやアプリを作るように、ハードウェアも、気軽にいろいろな人が作り始めるようになるともっとおもしろくなると思います。それに対して僕が考えている解決法は、2、3人で始めること。思いついたことにまわりを巻き込んでみる。いま僕はFab Labによく出入りしているんですが、日々自分とは異なるスキルを持つ人と混じっておく。何かこんなものほしいなと思ったときにアイデアをシェアして、一緒に作っていけるように。そんなふうに、2~3人のチームでものづくりを始めて、何か世の中に出て行くのをもっと見たいと思っています。

石渡:いま作っているプロダクトを早く世の中に出したいと思っています。今は受託の仕事をたくさんいただいていて、なかなか時間がとれていないんですが。

白鳥:雰囲気メガネに関しては一般発売と、アメリカ、ヨーロッパで発売が始まります。将来的には、もっと基板も小さく、バッテリーも小さく、モジュールの性能も上がっていくと思うので、普通のメガネやサングラスに同じような機能が入る時代が来ると思います。それを楽しみにしています。個人的には、いま商社やメーカーの人と話すのがすごくおもしろいんですね。ちょっと変わったスペックの部品を紹介してもらったときに、イメージがすごく膨らみますね。いま、作りたいものがたくさん出てきています。全然違うスキルを持った人たちと集まったときにこれだけのものができるというのを一度味わってしまったので、どんどんチームを組んでやってみたいと思っています。

締めはDaleです。

Dale:今日、非常に興味深いプロダクトの実際の作り手の方とパネルを囲むということができ、光栄です。アイデアだけで終わらせるのではなく、現実のリアルのものにしたということは本当にすばらしいと思います。エコシステムがどんどん豊かになっていくことで、ものづくりもしやすくなっていきます。さまざまなイノベーションがこうしたスタートアップから起きているというのも現実です。一方で大企業の存在もあり、たとえばスタートアップと企業を結ぶインタフェースのような役割のものがあれば、みなさんが作ったものがもっと大規模で生産されたり、販売流通するという可能性があると思います。スタートアップのエコシステムが、今後もますます豊かに発展することを願っています。

こうして1時間20分のトークセッションは終了。プロトタイプや実際のプロダクトを目にすることはあっても、資金面の話やその実際のプロセスをここまで話すことは珍しいのではないか。実際に経験したものでないと知り得ないこと、実際に起こってみないとわからないことは多い。

Makerがもっと活躍できるような世界にするにはどうすればいいか。もちろん手を動かしてものを作ることが一番重要なのだろうが、こうした経験やノウハウを共有すること、継続して議論することも大切なのだと思う。

— 大内 孝子

*動画、およびスライドは以下のリンクから参照できる