2016.10.28
「Scratch Conference 2016」を終えて — Scratch 3.0、日本のアクティブ・ラーニングの進め方:阿部和広さんインタビュー(後編)
青山学院大学客員教授の阿部和広氏へのインタビューの後半は、「Scratch@MIT Conference 2016」で公開された次世代Scratch(Scratch 3.0)の概要と、6月から一般販売を開始した教育用レゴ「WeDo 2.0」について話を聞いた。新しい教材や教員向けサービス、多彩なデバイスへの対応など、学習環境が整備されていくなか、子どもたちが自ら作って学ぶために留意すべき点とは。(構成:松下典子、Scratch@MIT Conference 2016の写真提供:阿部和広さん)前編はこちら
Scratch 3.0は、Google Blocklyと統合
「Scratch 3.0」は、2017年末のリリースを予定しており、まだ開発段階で不確定要素も多いが、いくつかの新しい要素が公開された。
Scratch 3.0のUIは、「Scratch Blocks」と呼ばれ、Google Blocklyと統合される。これにより、Google Blocklyを使っていたアプリをScratchのインターフェースで使えるようになる。たとえば、Hour of CodeもScratchと同じUI/UXで使えるようになるかもしれない。この仕組みは従来のScratchの枠を超え、ゲームや学習教材といったさまざまなものに使われるようになるだろう。Scratch3.0は、このScratch Blocks とScratch VMを組み合わせたものになる。
Scratch Blocksでは、ブロックを縦型と横型に切り替え可能になる。従来のScratchは、デスクトップでの利用を前提に作られていたため、ブロックは縦方向に並べられていた。しかし、タブレットには横に並べる方が適している。使用するデバイスに合わせて、自動、あるいは自分の好みで切り替えて使えるようになるだろう。開発中のソースコードはGitHubで公開されている(https://github.com/LLK/)。
なお、Scratch 3.0のリリース後も、Scratch 2.0のサポートは継続され、引き続き使うことができる。
教員用アカウント:クラスの管理がより簡単に
もうひとつの目玉は、教員用アカウント(Teachers Account)の登場だ。授業でScratchを使うためにはユーザーアカウントが必要だが、子どもたち全員分のアカウントを用意するのは大変。教員用アカウントがあれば、生徒のアカウントをCSVファイルから自動的に作ったり、資料配布や作品回収のスタジオを作ったりできる。すでに公開されているので、教育関係者であれば利用可能だ(https://scratch.mit.edu/educators)。
新しい教材
Scratchチームのメンバーのひとりで、主に教員向け教材を開発しているナタリー・ラスク氏からは、新しい教材、多彩なチュートリアル、ファシリテーターガイド(教員向けのガイド)が紹介された。ラスク氏の提案する新しいScratch教材「アクティビティカード」は、「Scratchカード」を発展させたものだ。従来のScratchカードは、個々のカードが独立しており、ストーリーがあるわけではない。例えば、表に「ジャンプさせよ」と書いてあったら、裏側にはその方法が書いてある。子どもたちは自分が作りたいものに合わせて何枚かを取り、組み合わせて形にしていく。「アクティビティカード」は、よりストーリー寄りの「何かを作りたい」という内容に合わせて拡張したものになっている。
面白いと思ったのは、「interest based microworld」(関心に沿ったマイクロワールド)という教材の提案。Scratchはブロックの種類が多く、低年齢のユーザーや初心者は戸惑いやすい。そこで、やりたいことに合わせて絞り込むことで、敷居を低くしている。マイクロワールドは、「コンピューター上に作られた(数学のための)小さな世界」を意味するパパート氏の言葉だが、数学に限られたものではく、ほかのものと結びつけることもできる。紹介されたある教材では、ダンスさせるために必要なブロックだけが用意されており、子どもたちはそれを組み合わせてダンスを作る。どのようなダンスにするかは自由。そして、画面の中のキャラクターだけでなく、自分たちも実際に踊ることができる。これもパパート氏が紹介した、学び合うコミュニティとしての「サンバスクール」を彷彿させる。
Scratchと教育用レゴ「WeDo 2.0」
プログラミングは、仮想世界と現実世界とを行き来しながら学ぶのが望ましい。Scratch Conferenceの会場では、レゴが各テーブルに置いてあり、参加者は自由に触れるようになっていた。また、レズニック氏の研究室には、Mindstormsをはじめ、メディアラボと共同研究した歴代のレゴ製品が並んでおり、Scratchとレゴは、非常に近い文化がある。Scratchとレゴブロックとの組み合わせは子どもたちにとって理解しやすく好相性だ。教育用レゴのWeDoやMindstormsは、Scratchからも動かせる。WeDo 2.0用のScratch 2.0拡張機能は、現在Mac版のみの対応だが、WindowsやScratch 3.0のタブレット版も対応する予定だ。
レゴはどんなものでも作れるが、テクニック(TECHNIC)系の複雑な作品はインストラクションどおりに作って終わりになりかねない。初期の学習段階においては、単純で数が少ないほうが、創造の幅は広がる。WeDo 2.0はブロックやパーツが少ないのがいい。センサーは2種類、モーターは1種類に限られており、この制約下で何を作るか、というアイデアに集中できる。また、BLE(Bluetooth LE)に対応し、ケーブルの制約を受けることなく動かせる範囲が広がった。標準のWeDoソフトウェアはScratchの簡易版である「ScratchJr」の横型インターフェースに近く、親しみやすい。画面の画像の切り替えをプログラムすることもでき、仮想と現実を組み合わせた物語作りもできる。タブレット内蔵の音や加速度などのセンサーも使えるので、タンジブルな作品も作れそうだ。
2020年のアクティブラーニング導入に向けて
欧米では、プログラミング教育はすでに始まっている。世界的には、プロジェクトベースの学習が当たり前。一斉授業の枠組みで、逐次や分岐などを教えているのは、時代に即さなくなってきている。日本でも、2020年にアクティブラーニングやプログラミング教育の導入が迫っており、先生方の意識を変えていくことがこれからの課題だ。教員養成や研修の内容から変えていく必要がある。
元MITメディアラボのScratchチームで、現在はハーバード大学のカレン・ブレナンさんの言葉で「Don’t marriage with curriculum」がある。教員は、指導案を書き、それ通りに授業を進めることが重要という考えに陥りやすい。そうではなく、子どもたちの学びや気づきに目を向け、臨機応変に授業案から逸脱することを許せるか。本当の目的は、指導案どおりにやることではないはず。さらには、学習指導要領に書いてある目的を達成する方法は、従来行ってきた方法だけでないかもしれない。そこまで考えが及ぶようになってほしい。レゴやWeDo、Scratchは、それを考えるための材料になるかもしれない。
子どもたちをファシリテートしていくには、教員は何を学ぶべきだろうか。例えば、WeDo 2.0のカリキュラムは完成度が高く、この通りに進めれば一定の効果が期待できる。その一方で、創意工夫することなくその通りにやって終わりになることが危惧される。地域や学校、クラスの状況に応じて、うまくアレンジして、プロジェクトベースで進められるとよいが、今の日本の学校に与えられている授業時間内では、入門プロジェクトだけで終わりになるかもしれない。自らモノを作った経験がない先生には、テーマを設定することも難しい。このカリキュラム通りになぞった授業をしてしまうと、WeDoやレゴ本来の楽しさや可能性がなくなってしまうのではないだろうか。
先生方が、(教材を理解するために)入門・基礎プロジェクトをやっておく必要はあるが、あくまで例だと認識しておくべき。カリキュラムが揃っているのは重要だけれども、その通りにやるのではない、ということは繰り返し強調しておきたい。予定調和的にプロジェクトを完成し、発表会を開くことよりも、子どもたちが作っていく過程で発見したものを各教科の学習につなげていけるような指導ができることが理想だ。
(取材協力:株式会社アフレル、レゴジャパン株式会社。なお、文中に紹介した「WeDo 2.0」のホームスクーリング教材は、株式会社アフレルにて販売されている)