2012年の3月、Alexandra Deschamps-Sonsinoはロンドンに会社を立ち上げた。そしてその10カ月後、家電品見本市のCESにブースを出した。彼女にチームはない。2005年にデザインした古い試作品があっただけだ。
「自分のお尻を蹴飛ばしてくれるものは何かと考えたの。それは、ラスベガスのブースに8,000(約120万円)ポンドを払うことだった」
その製品は、今ではオリジナルデザインの面影をわずかに残すのみだが、Good Night Lampと呼ばれている。家の形をしたランプだ。これを自宅のWi-Fiネットワークに接続して使う。その仲間にWi-Fiでつながる小さな家のランプがあり、これを友だちや家族にプレゼントすると、大きなランプを点灯したときに、どこにあろうと小さいランプが連動して点灯する。遠く離れて暮らす愛する人とのシンプルなコミュニケーションになる。
シンプルさとハックしやすさのバランス
Alexandraは、モノのインターネット(IoT、Internet of Things)コミュニティの大物として、イギリス国内のみならず世界的に有名な人物だ。彼女のTwitterネーム、@iotwatchのほうが通りがいいかもしれない。彼女はIoTを促進し実現させる役を担い、London Internet of Thingsミートアップを組織するなど、コミュニティに焦点を当てた活動を行っている。Good Night LampはIoTの古典的作品のように聞こえるが、Alexandraの考えは違う。
「潜在的なお客さんには、モノのインターネットの話はしません。製品が何をするものかを理解するうえで、それは重要ではないからです。そこを端折って話します。私はGood Night Lampのまわりの話をします。それは、技術的なことよりも、タイムゾーンの違う地域に住んでいる誰かとつながるという感情です。技術的なことを知らない人とつながれるという感覚です。互いに話ができる時間帯がわかるという感じです」
「技術は、ある意味退屈なものです。普段私たちがやっていることは、ロケット科学ではありません。それがどんな仕組みで動いているかという魔法については、人はすぐに忘れてしまいます。ただ使うんです。そう、私のママは外国に住んでいるけど、実際これがすごく便利なんです」
彼女のGood Night Lampに関する話は、彼女がランプに対して持っているビジョンによって形作られている。これは家庭用品だ。ガジェットやコンピューターデバイスではない。
「私はマスマーケットに何かを送り込むことに興味があります。マスマーケット価格で、大量にです。そうすることで、家庭でのテクノロジーの存在に対する、またテクノロジーとは何かという人々の考え方を変えたいんです」
「木材やプラスティックなど、使っている材料について伝えるのもひとつです。これはとても暖かい感じのする製品です。ガジェットのように、すごくピカピカしたものとは対称的です。AppleよりIKEAに近い感じです」とAlexandraは話してくれた。
デバイスをハック可能にすることによる恩恵について、彼女は気がついていないわけではない。バランスを考えているのだ。一般の人たちに供給しながら、ギークやMakerといったコアな人たちにも焦点を当てる。
「それに関して、もっとできることがあるとしたら、これを分解して好きなようにいじってくれる人から教えてもらいたい。ひとつのことを、ひとつだけうまくやるものを不必要に複雑にはしたくありません」
「私たちはいろいろなものの中に隠れてしまいます。言うなればテクノロジーの宝探しです。誰かに探し出してほしい。RGB LEDを使っているけど白しか点灯していない。それを見た人に「待てよ、色が使えるじゃないか、GitHubに接続すれば、チケットをゲットしたときや、誰かが自分のコードを使ったときに家が赤く光るようにできる」と言ってほしい。カードにはAPIも絶対に必要です」
「こんな話は、製品をパッケージングするときには絶対にしません。しかし、私たちはそれをかならず組み込みます」
Arduinoの進出
シンプルな一般消費者向けの製品作りに集中することは、 Alexandraの経歴を知ると、ちょっと意外かもしれない。カナダに生まれ、ヨーロッパと中東で育った彼女は、クウェートの学校でデザインに出会った。
「すごいと思った。一生これを続けたいと思った。14歳で始めるには最高のものでした」と彼女は話す。
彼女はカナダに戻り、モントリオール大学でプロダクトデザインを専攻した。しかし卒業後、北アメリカは自分の居場所ではないと考え、イタリアへ渡り、Interaction Design Institute Ivrea(IDII)の修士課程に進んだ。その学校にいた短い間に(2001年から2005年)、第一線の学者、デザイナー、研究者に出会ったが、そのなかに、彼が仲間と開発中だった試作品の電子基板を見せてくれたMassimo Banziもいた。そのボードはArduinoと呼ばれていた。
卒業後は、1年間、アムステルダムで仕事をしてからロンドンに移り、IDIIで行っていたネットワーク化されたデバイスの研究に刺激されて会社を立ち上げた。Tinkerだ。デジタルとフィジカルの橋渡しをする技術の研究開発を行うスタジオで、広告代理店、大手技術系ブランド、小売り、文化系クライアントなどと仕事をしている。しかしその始まりは、2007年のはじめに、イギリスで初めてArduinoのワークショップを開いたことだ。彼らはイギリスで最初のArduinoの販売店にもなった。
「私は毎日、ハックニーのアパートでArduinoとシールドをパッキングしていました。笑っちゃうぐらい非効率にやっていました。角の文房具屋で高い封筒を買ってきて、IKEAの大きなバッグに品物を詰め込んで郵便局まで運びました。その当時はネットで送料の証紙を印刷することもできませんでした」
Makerの常として、客がデジタルとフィジカルの橋渡しをするデバイスの可能性を探る中、Arduinoの周りに仕事が育っていった。
「Arduinoは目的達成のための手段でした。この安い電子回路の可能性を理解すれば、アイデアを簡単に試作品化できることがわかり、それが会社の製品に発展する。ビジネスのそっち側の仕事は、いつだって最高に楽しい」
「Arduinoは、モノを素早く作れるようになる世界への踏み台だと、私は考えていました。本当のチャレンジは、Arduinoの後にあります。しかし私たちの場合、スタジオでの仕事は、それ以上のことを要求されませんでした」
「仕事はエキサイティングでしたが、経営はうまくいかず、2010年の12月、私たちはTinkerを閉じました」
アイデアを進める
Tinkerチームがばらばらになり、別のプロジェクトに関わっていたAlexandraは、IDII時代に開発していたランプの試作品に気持ちが戻っていった。
「BergがLittle Printerをやっているとか、Alice Taylor が Makielabをやっているという発表を聞いて、私はチクショウと思いました。自分は何をやっているんだって。Good Night Lampはずっと前から本気で取り組みたいプロジェクトだったからです。今こそそれをやるべきだと思いました。それに真剣に取り組んで、どうなるかを見届けるべきだって。そうしなければ、私は口先だけの人間になってしまう。私は違う。ダメになるか成功するまで、徹底的にやりたいタイプです。アイデアを寝かせておくのではなく、とことん突き詰めていきたいんです」
それが、CESの8,000ポンド(約120万円)の出展料を支払うことにつながった。7年越しの試作を10カ月の準備期間を経て、ラスベガスへ向かった。
まずは、製造しやすいように設計を見直すことから始めた。オリジナルデザインのモジュール化されたプラスティックのボディを製造しようとすると、ヨーロッパでは75,000ポンド(約1,100万円)かかる。そこで、家具デザイナーのTom Cecilに協力をあおぎ、アイデア、形状、材料を単純化した。
現在のデザインは、MDF合板1枚をCNCフライス盤で削り出し、内部の部品をぐるりと包むようにして組み立てるため、外側で接着する必要がない。
製造コストを下げようとする彼らは、そこから、何がいちばん大切なのかを考えるようになった。
「何を作る場合でも、他の人がそれに乗っかってくることを想定しなければなりません。どこに価値を結晶させるか、どうしたらコピーしにくくなるか。私たちの場合は、今のところ、それは製品そのものではありません。その周囲に構築しているソフトウェアのインフラと、ランプを接続する方法です」とAlexandraは語る。
彼らは投資家も探している。多くのハードウェアメーカーがそうであるように、彼らもKickstarterに挑戦したが、ゴールには届かなかった。だが、Alexandraは悲観していない。
「うまくいきませんでした。でも、あまり気にしていません。お金を出してくれるという人たち500人ほどと出会えたからです。彼らは、私たちの仕事をとても気に入ってくれています。すごく熱狂的です。2日後に、私たちはショップを開店しました。そこで予約注文をとり、Kickstarterで後援してくれた人たちには10パーセントの割り引きをしました。Kickstarterに10パーセントを支払わなくてよくなったからです。私たちは、そこを大切にとらえて、他に出資してくれるところを探すことにしたのです」
もちろん、出資は限られる。出資家たちがまだ 、IoTが金になると確信していないこともある。ハードウェアへの出資モデルが、ソフトウェアやウェブサービスの場合と異なることも問題だ。さらに、オープンなMaker文化から出てきたハードウェア系の新興企業にとっては、デザインと知的財産の保護という問題もある。
「今はこう考えるでしょう。特許取得費用15,000ポンド(約230万円)が貯まったから、ずっと誰にも言わずに進めてきたアイデアで事業を立ち上げよう。頭おかしいんじゃないの? 私はGood Night Lampの特許を取っていません。なので、15,000ポンドを用意しなければならないのかどうか真剣に考えています。投資コミュニティはそこに価値を求めるからです」
「これは、Arduinoをいじっていても誰も教えてくれないことです。でも、考えておかないといけません」
Alexandraはマスマーケット製品を中心にビジネスを構築しようとしているが、Makerカルチャーのオープンな世界と、(ほぼ)閉鎖的な商業製品開発の世界という2つの世界の衝突が、ひとつの世界からもうひとつの世界へ乗り出そうという野望を持つMakerを悩ませる。
「最初に聞かれることは、完全に反ホビイストな事柄です。『特許は持っていますか?』みたいな。『もちろん、特許なんて持ってません。Arduinoと4つのLEDだけですが、どういうことでしょう?』」
「そうした話し合いになります。いわゆる物理的なデジタル著作権管理の世界です。どうしてもそうなります。それは、私たちがすでに離れてしまった世界のために作られたものだからです。為政者の目はそこに向いています。IoT関係の話をするとき、Makerコミュニティの話をするとき、起業家たちに自分のアイデアを信じて突き進めと背中を押すとき、特許は製品の価値を測るものとして妥当なのだろうか」
Good Night Lampのような、どの製品カテゴリーにも属さない新しい製品の場合、小売りもまたひとつの挑戦だ。
「Good Night Lampは照明器具なのか、ガジェットなのか? デパートに置くとしたら、照明売り場かコンピューターの隣か?」とAlexandraは尋ねる。
しかし、小売りの状況も変わっている。そこにチャンスもある。
「本当のシフトが起きています。大通りの大きな店が人々を惹きつけられなくなったため、こうした製品の売り方さえわかれば、伝統的な小売りの空間にも私たちが入り込んでインパクトを与えられる機会ができました」と彼女は語る。
開拓者たち
Makerムーブメントは開拓者たち、つまり、最初にアクセス可能なプロトタイプと製作ツールを開発した人たちのコミュニティによって実現した。彼らは、コミュニティのハッカースペースをオープンにして、人々がそこに集まり、仲間同士で作業をし学び合うことが素晴らしいと考えている。そこには、Makerのための雑誌を作ったら面白いだろうなと考える人もいる。
個人的なプロジェクトを行うホビイストのムーブメントの成長も応援するそうした開拓者たちは、Makerたちが商業的な市場に進出するための道も切り開いてくれた。
Alexandraも開拓者のひとりだ。大量生産の方法、出資者の探し方、知的所有権の保護、ひとつ限りのプロトタイプから製品に移行する方法など、Makerたちがこの道を進むうえで直面するチャレンジを発見し、取り組んできた。なにより、情熱を絶やさない忍耐力を持っている。
2013年現在、どれだけの道が切り開かれたかを明言するのは難しい。今はいわば、木を見て森が見えない状態だ。しかし、とても多くの人がこの道について語り合っていることに興奮を覚える。将来のある時点から振り返ったときに、Alexandraたちが作ってくれた道がはっきり見えているに違いないと楽観している。Makerムーブメントを支えてきた道は、イノベーションと創造性の推進力となるだろう。
Good Night Lampの詳細について、またはAlexandra自身については、彼女のウェブサイトかTwitterを見てください。
Andrew Sleigh:イギリスのブリントンでテクノロジーに関する考察、執筆、講演などを行っている。Twitterでも発信している。ものも作る。商業的に売り出されているものはないが、彼のブログで公開されている。
– Andrew Sleigh
[原文]