Fabrication

2012.09.28

オープンソースのヒーローはクローズドソースに走るのか?

Text by kanai

この記事(とこの続編[日本語訳も公開予定])は、3Dプリンターのオープンソースコミュニティで積極的に活躍しているRob Giseburtの意見記事だ。これは必ずしもMAKEの意見を代表するものではなく、MakerBotがこのほど下した決断や、将来下すかもしれない判断を安易に批判するものでもない。むしろ、オープンソースハードウェア、とくに3Dプリンターに起きた変化が意味することに関する論議を促すことを目的としている。 – Gareth Branwyn
民生用の3Dプリンター産業は、ここ数年で急速に発展してきた。これは、一部には、完全なオープンソース化を実行し、進んだ技術を無料公開する多くの業者によるところがあり、これが特許の束を武器に技術の人質を数十年間も抱えてきたゴリラのような巨大企業と対決するための土俵を、わずかに均してくれた。
しかしここへきて、ちょっとした異変が起きた。この土俵にTangibotという選手が現れたのだ。新しいプリンターを発表するわけでも、革新的な派生品を出すわけでもない。ただ、この業界の象徴的存在であるかの有名なプリンター、MakerBot Replicatorほぼそっくりそのままのクローンを出してきたのだ。最大の売りは、価格の安さだ。この価格の差は、アメリカではなく中国で作らせることで生み出そうとしているようだ。
これはコミュニティーから複雑な反応を得ることとなった。Kickstarterでクラウドファンドを募ろうとしていたことや、MakerBotという商標を何度も口に出していることがその原因の一部になっている。中国で作らせるというコンセプトに腹を立てる人もいる一方で、安いことを歓迎する声も多いのだ。
しかし、そのなかに事の本質を見ている人もいる。 「ハードウェア製造業者は、完全なオープンソース化で生き残れるのか?」という問題だ。
MakerBotのオープンソースのルーツは有名だ。RepRap研究財団の創設メンバー、Zach “Hoeken” SmithとAdam Mayer、そしてMakeの卒業生、Bre Pettisは、DIY 3Dプリントに特化したMakerBotを設立した。それはやがて、Makerムーブメントに多くの人を引き込むこととなる。今日、彼らの製品は完全なオープンソースハードウェア・ソフトウェアで構成され、エレクトロニクス部分はArduinoを中心に作られている。
Arduinoはオープンソースであるため、MakerBotのエレクトロニクス部のベースもArduinoを使うことができた。このことは、私を含むこのコミュニティに対して、MakerBotの成功はみんなの貢献によって導くものだということを示していた。MakerBotと、それに対するコミュニティの役割との関係は、RepRapプロジェクトから発展したものも含め、他のDIY 3Dプリンターのコミュニティにも密接な形で広がり、3Dプリンター開発の世界に、これまでに例のない革新的技術の自由な相互交換という環境をもたらした。その結果、誰でも簡単に手に入る材料で自作できる業務用品質のCNCデバイスの設計図が無料で公開されるようにもなった。
このように、無料で公開され、特許を持たない革新的技術は、それまでの数十年間、特許で固められ小売価格を何百倍にも吊り上げてきた業界の姿に変化をもたらした。本当の意味で、3Dプリンターは民主化され、デスクトップ製造とそこから派生するあらゆるものの発展を促したのだ。
しかし今回のクローン問題を受けて、MakerBotがオープンソースでなくなってしまったらどうなるかを心配する人たちもいる。solidsmackでJF Brandonはこう語っている。「もし(Tangibotの資金集めが)成功したら、MakerBotはオープンソースのポリシーを撤回してクローズドソースにしなければならなくなる。これはまったく残念なことだ。彼らは本当に自由なオープンソースの3Dプリンターで本気で頑張ってきた唯一の3Dプリンター企業だからだ」と。結局、Tangibot は50万ドルのゴールを達成できなかった。
ここで討論の議題を提起しよう。もしMakerBotがクローズドソースに切り替えてしまった場合、DIY 3DプリントとMakerコミュニティにどんな影響があるだろうか。同じ問題は、ArduinoやUltimakerや、その他多くのオープンソースハードウェアのメーカーにもそのまま当てはめて考えることができる。
Makerムーブメントに関わっているなかにも、クローズドソースの企業はいくつかある。そんなメーカーのブラックボックス化されたツールは、無料であったとしても、便利なツールとして使う以外にはなく、「リミックス」をしたり、中身の技術を覗くことはできない。改造を行おうとすれば、少なくとも法的に面倒な問題が持ち上がる。実際、彼らはクローズにすることで、そうした行為を予防しようとしているのだ。それらの企業は、「Makerのしきたり」には従っていない。ただその戸口でちょっとしたものを売る(または無料で配る)業者に過ぎない。自分たちの技術をコミュニティに公開しなくなれば、MakerBotもMakerのしきたりから外れてしまう。Makerコミュニティの本当のメンバーとは言えなくなってしまう。ただ私たちに、中を覗いたり、改造したり複製したりしないことを条件に道具を提供するだけの企業となるのだ。
部分的なオープンソース化というのもまた難しい。法的に慎重に策を講じることで、クローズドソースのプロジェクトにオープンソースのものを採り入れることはできるが、革新的技術を世界に公開するという社外に向けた企業倫理を持ちつつ、鍵となるテクノロジーを手の中に収めておくのは困難だ。PCの世界では、多くの企業がそれを何度も証明している。自社のオペレーティングシステムに大量のオープンソースソフトウェアを使っていることが明白であっても、特許に守られた知的所有権のレイヤーで覆ってしまうことは誰にも阻止できない。そうしておいて、競争相手と大きな訴訟合戦を繰り広げるのだ。
別のアプローチとしては、すでに古くなったものや十分に儲けたものだけをオープンにするという方法だが、これは、ブラックボックス製品を売るのとほとんど変わりがない。本当に使おうとする側にすれば、完全なクローズドソース製品よりもオープンであるとは言いがたい。特許が切れるのを待つより非現実的だ。少なくとも、特許を取得した時点で設計は公開されるのだ。その製品寿命が終わるまでクローズであった製品など、考古学的な価値しか残っていない。そこに価値を見いだそうとするのは、ガラクタ箱に頭から突っ込むようなものだ。
ある程度まで成長した企業にはプレッシャーがかかる。利益の最大化をはかろうとすれば、競争相手を抑え込む、または排除するためにあらゆる手段を尽くさなければならない。MakerBotのように共有の文化から生まれて、土俵を均してきた企業でも、このプレッシャーから逃れることはできない。彼らも従業員を抱えている。献身的に民主化を進めようとする企業倫理を掲げていても、従業員が生活していくための給料は払わなければいけない。我々が期待を寄せるのは、CEO、共同創設者、そしてMakerのヒーロー、Bre Pettisが、目先のことに捕らわれず、将来を見据える長い目を持って、そのプレッシャーをはね除けてくれることだ。
競争は避けられない。たとえ、サプライチェーンの大物に、あなたの設計をもとにした製品のクローンを作られてしまった場合でも、HPのような巨大企業が弁護士を差し向け特許を振りかざしてきた場合でも関係ない。アイデアを盗まれるときは盗まれる。クローズでいくと決めたとしても、その技術を何十年間も人質にとっている企業との間で特許をめぐる訴訟という辛い戦いを強いられる。それに勝ち抜くには、技術者と同じぐらい弁護士を雇わなければならない。
しかし反対に、オープンソースの道を選んだ場合は、それでも弁護士の手は借りることになるが、少なくとも法律は、その技術から生まれるあらゆる派生製品の味方であり、その技術を使うことはフェアなゲームとされる。Makeの上級編集者、Phillip Torroneは、TangibotがReplicatorのクローンを作ったことに関して、Wired誌でこう語っている。「オープンソースやオープンソースハードウェア(OSHW)をコピーしたり『クローン』を作ることは、単に許されるというだけでなく、むしろ歓迎されることだ。OSHWのゴールは、優れたデザインを共有することに止まらない。むしろ、共有することにより、世界に付加価値を加えようという意欲を与え、改良を進めさせることにある」
Arduinoのクローンは無数にある。そのほとんどはコミュニティに付加価値を与えていることで受け入れられている。そこにあるルールは、Arduinoのフリをしてはいけないということと、トレードマークを無断で使ってはいけないということだ。当然、この約束を破る者もいるが、Arduinoの売り上げに影響するほどの規模ではない。
MakerBotは、見てわかるとおり、もっと複雑な製品を作っている。サプライチェーンや技術サポートなどの間接経費もそれなりに大きい。当然、競争力と利益を維持する必要がある。つまり、競争相手よりも上を行くための研究開発を続けて、従業員の生活を支える給料を支払っていかなければならないのだ。この非常にリアルな問題を解決する答は単純ではない。
とは言え、クローズドソースにして、特許とライセンスを使用するようにしても、企業は競争から離れることはできない。むしろオープンにすることで、競争を別の形へ変化させることができる。今ある競争の形とは、技術をオープンにしてコミュニティ主導の技術革新を促すといった倫理観を持たない、ひたすら利潤追求のための競争だ。
結局のところ、MakerBotがターゲットとする市場は、他のオープンソースハードウェア企業も同様だが、Maker全体だ。3Dプリンターに興味のある人たちだけではない。アーティスト、工業デザイナー、エンジニア、高校教師、生物学教授、電気技師、建築家などなど、あらゆる分野のMakerだ。Makerはブラックボックスを好まない。中を覗いて構造を調べたいと思ったときに、自由に調べられるものを求める。それは、Massimo Banziが言うように、痒いところに手が届き、あらゆる問題を解決してくれて、コミュニティを拡大してくれるものなのだ。
– Rob Giseburt
原文