オランダで人気の科学雑誌、KIJKから、いくつかの物や動物の断面図を作ってほしいとの依頼があった。動物は好きに選んでいいとのことだったが、その候補の中にタコがあった。私にはアート作品をコピーする習慣がなく、手頃な写真素材をインターネットで探すこともできなかったので、近く(オランダ中部)の漁村ウルクへ車を走らせた。
私はまず競りに立ち会い、完全体のタコはないかと尋ねてみた。しかしそこでわかったのは、タコは定置網漁なので、競りにかけられるのは2週間に一度ということだった。その場合もかならずワタが抜かれてしまうので、完全なタコを特別に注文しておかなければならないのだ。私は、名前と電話番号を競りの担当者に渡して、いったん家に帰り、インターネットでタコを宣伝している水産企業を探すことにした。そのうちの1社が私に協力してくれた。結局、注文してから1カ月半後、2匹のタコがイタリアからウルクに届いた。
解剖
タコは、上に保冷剤を載せて、発泡スチロールの箱に入れられてきた。とてもいい匂いとは言えないが、見る限りでは十分に新鮮で完全だった。2匹のタコがひとつの箱に入っている状態は、ちょっとしたパズルだ。片方がどこから始まってどこで終わっているか、見てもわからないからだ。私は大きい方を取り出して、洗うために流しへ運んだ。
キッチンでタコの解剖というのは、ちょっと気味の悪いものだったが、タコは食べ物だし、キッチンは照明の具合もいいし、隅々までよく見えた。
私は最初から細かいところを写真に収めていった。まずは、写実的なタコが描けるように外側を撮った。そこで発見したのは、足はとても長く、先端がとても細いということだ。水管は体の中央にあり、ひらひらの煙突のようだ。これは靱帯でつながっている。このタコは死んでいるのだが、裏側の皮膚にはいろいろな色の点による美しい模様が現れていた。
私はタコの体を開き、系統的にすべての器官や構造体を識別した。”octopus anatomy”(タコ 解剖)と検索すると、タコの内部構造を解説したイラストがたくさん見られる。だが残念なことに、解剖の結果が正しく反映されていない。なぜなら、私が見たものはアート作品になっていて、わかりやすく描かれたパーツが、美しく、きっちり対称形に整理されて描かれていたからだ。
タコの体をばらばらにするのは可哀想だったが、もちろん、私は解体を実行した。そして、私が作ろうとしてる3Dモデルの参考になるように、すべてをいろいろな角度から撮影した。完全に細かい部分までモデリングするのは不可能だとわかっていたが、できるだけ完璧なものを作りたい。そのとき、詳細な解剖モデルのライブラリーを作るという夢を密かに抱いていた。それは今も変わらない。
タコの器官のなかで、脳とくちばしと口球(消化器官の一部)と肝臓の働きをする大きな腺だけがしっかりとした形があることがわかった。私は腺を切り開いて中を調べてみたが、中も均一なものが詰まっていた。くちばしのパーツは感触が鱗のようで、頭蓋は軟骨のようだった。
先に解剖した大きいほうのタコは雄であることがわかった。解剖には数時間かかったので、小さいほうには手を付けなかった。それに、死んだタコの匂いには長時間堪えられない。
モデリング
私はタコをZBrushでモデリングした。ZBrushは、有機的モデルによく使用されるデジタル粘土プログラムだ。私はこれを多用している。大好きなアプリケーションだ。解剖を始める前に、私はZBrushでタコをモデリングしておいたのだが、それは今回の目的に合わないことがわかった。そこで、新しいデジタルモデルを作り直すことにした。その手順は次のとおりだ。
モデルはA3サイズの縦置きで印刷されるので、広い作業スペースが必要だった。作品は詳細で、自分らしいものにしたかった。私はいつも、自分の作品だとわかるように工夫をしている。私は、紙面を窓に見立てた。タコは外側からそこに貼り付いている状態だ。そうすれば、くちばしや吸盤もよく見える。タコは、当然のことながら窓ガラスのこちら側に来ようとする。なので、足はこちら側に伸びて、水をしたたらせている。アニメーションまでは作れなかったので、モデルは最初から正しいポーズを取っていなければならない。
タコの最初のフェーズ。タコをガラスに張り付かせたところ。画像中央をクリックするとSketchfabモデルがアクティベートされて、ドラッグで回転できるようになります。
第二フェーズ。足を生きているようにして、眼窩を作った。
ZBrushでの製作方法には、いろいろな始め方がある。私は拡張可能な球体、Zsphereからスタートした。それを使えば簡単にラフな形状が作れるのだ。私はその球体を、できるだけ頭の中のイメージに近い位置に置き、スキンして、変形を行った。ZBrushの中での変形は、基本的には現実の粘土細工と同じ彫刻だ。いちばん難しかったのは足の吸盤だ。すでにポーズを決めたモデルで作業しているので、対称形を同時に作ることができず、それぞれの足を個別に作業しなければならなかった。完成までには数日かかったが、1年経った今、気が変わった。もっと細かくしようと、ZBrushとSculptrisの間を行ったり来たりしながら作業を進めた。そしてある時点で、モデルは巨大化して、もうこれ以上Sculptrisでは作業できないところまできた。
全体的に満足のいくモデルになったとき、テクスチャを貼り付けた。それはおもに、私が解体したタコの写真を元に作ったものだ。しかし、実際のタコよりも暗い色にした。ZBrushでは、モデルにペイントしたり、自作のテクスチャを貼り付けることができるのがありがたい。
内臓
もし、もう一度このモデリングを行うとしたら、やり方を変えるだろう。とくに、内臓だ。先に外側を作ってから内臓を作り始めたので、あれこれ問題が起きた。タコは大変に柔軟な動物だが、柔軟でない器官もある。たとえば食道の長さは、あまり変化しない。そのため、完成した内臓部分を、すでに細部まで仕上げてペイントまで行った外側モデルの中に収めるとき、うまく入らない部分が出てきた。内臓は非常に美しくできていたので、私は外側を変更することにした。おもに、くちばしが飛び出る位置の変更だ。完成したイラストをよく見ると、調整のあとがわかる。
同じ内臓の3D版。
完成モデル。タコの体内に内臓部分が収まっている。
Photoshopの作業
タコの各部がよく見えるように、何度かレンダリングを行い、その都度、必要に応じて修正した。そして、Photoshopの作業に移った。そこで、内臓と他のものを区別できるようにレイヤースタイルを使いつつ、いろいろなものを合成した。私はレイヤースタイルのライブラリーを持っている。そのなかに、水滴を描くときのためのものがある。それを使って、タコの足が濡れている様子を描き加えた。
次はナイルクロコダイル
現在、私はこれとよく似た、しかしずっとエキサイティングな作品に取りかかっている。ナイルクロコダイルだ。ロンドンの王立獣医科大学生物力学部教授、John Hutchinsonが、この動物と、作業スペースと、作業を手伝ってくれる専門家チームを提供してくれた。詳しくは私のウェブサイト、The Ultimate Croc Anatomyを見てほしい。または、ここで私の次のブログ記事を読んでほしい。
– Mieke Roth
[原文]