Science

2013.11.29

市民探検(citizen explorers):新時代の探検家たち

Text by kanai

historic-engravings

18世紀から19世紀、専門課程の教育制度がなかった時代、ほとんどの科学研究はアマチュアによって行われていた。(画像提供:Royal Ontario Museum/Flickr

「前世紀、発見は基本的に物事を見つけ出すことでした。そして今世紀は、発見は基本的に物を作ることです」

2月のTEDカンファレンスでスチュアート・ブランドそのように語った。これは、ナショナルジオグラフィック協会が、初めての絶滅種再生の会合、つまりバイオテクノロジーを使って絶滅した動物を甦らせる研究を行っている科学者やエンジニアの集まりを主催したことに言及してのことだ。

発見の未来は作ることになるという、彼の発言は大胆なものだが、ブランドの主旨は、絶滅種再生がまもなく実現するというさらに大胆な話の中に埋もれてしまった。だが、「作る」という発言は、よく考えてみる価値がある。それは本当なのだろうか? それは「発見」にとってどんな意味があるのか? Makerにとってはどんな意味があるのだろうか?

本当の発見(Discovery) — 種を進化させるもの — は、一般的な文化の中ではあまり語られない。ついでに言えば、Maker同士の話の中にも出てこない。それはTwitterの検索バーの機能のひとつか、『シャークウィーク』を放映するテレビ局の名前でしかなく、大学の研究室やナショナルジオグラフィックに追いやられている。新発見や革新的な発明に関する記事を読んだとき以外、私たちのような一般人が立ち止まって考えるようなことではない。しかし、そろそろ考え始めてもいいときだ。

7月、OpenROVチームはカリフォルニア州ロングビーチのパシフィック水族館で開かれた Ocean Exploration 2020カンファレンスに参加した。カンファレンスというよりは、招待客だけのミーティングといった感じだった。集まったのは、連邦行政関係者、科学者、エンジニア、私的な財団や団体など、海洋探検の第一人者たちだ。 著名な探検家や影響力のある団体の紳士録とも言える。Sylvia Earle、Don Walsh、Google Oceanチーム、ScrippsとWoods Holeの研究者、そして、Eric Stackpoleと私、それにOpenROVの3人の仲間だ。

私たちのプレゼンテーションの順番は、初日の終わりごろに回ってきた。私たちは知っている限りのことを話した。ホールシティ洞窟の探検を目指していることや、プロジェクトの周囲で成長しているDIY海洋探索のネットワークのことなどだ。また、広範なMakerムーブメントのこと、さらにアマチュアである我々が、OpenCTDとRaspberry Piデータブイを海洋学の例に使って、いかにして、科学調査用ツールキットを作り変えたかについて話した。私たちは、それまで使ったことのない「市民探検(citizen explorers)」という言葉を(うっかり)使ってしまったのだが、聴衆はちょっとビックリしたようだった。彼らは、Makerがどんな人たちかをあまりよく知らない。みんながその可能性に気づいたのは、空港で撮影したEricとCollin Hoの写真が使われている最後のスライドを見たときだ。2人の男と、機内持込ケースに収まった3台のROVの写真だ。

photo-35

彼らは、市民探検の拡大しつつある可能性を、重要な発展だと理解し、その概念を、NOAAのNational Agenda for Ocean Explorationに盛り込むことに決めた。インターネットを介して協力者たちがデータの分類や調査プロジェクトで貢献してくれるという考え方を、科学者や研究者たちは気に入ったようだ。それが彼らなりの解釈なのだが、彼らを責めることはできない。長年、「市民科学(citizen science)」はそのように説明されてきたからだ。ここに、Champions of Changeの授賞式で語られた、ホワイトハウスによる「市民科学」のもっとも新しい解釈を紹介しておこう。

毎日、全国で、「市民科学者」として知られる一般のアメリカ人たちが、気象現象や渡り鳥の観察から、異なる高度での花の開花時期といった幅広いデータの収集、分析、発表を行い、科学、技術、工学、数学(STEM)の分野に大きく貢献しています。

基本的に、単なるデータマニアの集まりということだろうか。ぜんぜん違う。ZooniverseCornell Lab of OrnithologyFolditREEF Fish Countsなどといったプロジェクトの多くは、素晴らしい仕事をしている。データ集めという考え方は、悲しいことに、現実に起きていることのほんの一部しか見ていない。言うまでもなく、それの現実的な可能性も見ていない。

こうした、市民科学に対する古い概念は、3つの理由からアップグレードする必要があると私は考える。ひとつはイノベーションの問題だ。ホワイトハウスを始めとする多くの人たちが持っている今の解釈では、「一般のアメリカ人」が、科学の進歩に貢献したいと考え、研究プロジェクトに義務感を持って協力しているといった印象を与える。それは違う。たしかに、協力者を利用するという場合もある。しかし、そんなことが参加の動機にはならない。もっと簡単なことだ。そしてもっと人間的なことだ。それは好奇心だ。

screen-shot-2013-10-27-at-3-02-54-pm

科学には好奇心が必要だ。しかし、好奇心は必ずしも科学を必要としない。好奇心は科学につながる。しかし、かならずそうなるとも限らない。そこが重要な定義だと思う。直感に従うのがいい。物の仕組みを不思議に思うことだ。痒いところをかくことだ。よく見ることだ。それが探検の本質だ。何が見つかるかを知らずに探すことだ。

screen-shot-2013-10-27-at-3-03-23-pm

一般的な市民科学の理解が不十分であるふたつめの理由は、ツールに関係していることだ。ポリネシア人のアウトリガー付き帆船から、アポロ計画で使われたロケットまで、常に技術が物事を可能にしてきた。技術は継続的に境界線を押し広げている。火星探査車のキュリオシティやジェームズ・キャメロンのDeepsea Challengerのようなツールを見れば、それらが限界を広げている様子がよくわかる。これらは人類の知識の崖っぷちにいるのだ。しかしその一方で、技術は遍在することで、地味な形で限界を広げている。私たちは、今まさに、そこにいる。

例として、このガレージ(下の写真)の話をしよう。これは私たちが使っていたガレージだ。ここでEricが最初の水中ロボットのプロトタイプを作り始めた。OpenROVという名前すらないころだ。普通の男と、海底の洞窟に失われた財宝が眠っているという話と、それに感化されて「自分たちでやってみよう」と言いす人間がいただけだ。Techshopのツールと協力者たちのコミュニティに支えられて、夢に命が吹き込まれ、何より大切なことに、素朴な好奇心が満たされた。資金不足と高価な業務用機材が使えないという制約は、新しい道を切り開いてくれた。とは言え、前人未踏の領域というわけではない。私たちは他の人が通った道を辿ったのだ。そのひとつが、Chris Andersonと彼のDIY Dronesのネットワークだ。ガレージで活動していた熱心なマニアのグループが、UAV(無人飛行機)という、それまでは手に入れることが難しかった技術を、自分たちで作れることを実証したのだ。

しかし、もっと身近なところにインスピレーションがあった。ずっと近いところ、自分たちのガレージの中にだ。OpenROVを立ち上げる1年前、Robbie Schingler、Will Marshall、Chris Boshuizenの仲良し3人組みが、スマートフォンなどの民生機器の性能を向上させて同時にコストを下げること、そして、それを高性能な小型人工衛星に利用することに挑戦し出した。結果としてそれは大きく成長した。Planet Labsという彼らのアイデアは、すぐに郊外のガレージでは収まりきれなくなったのだ(おかげで、我々のスペースをガレージのなかで広げることができた)。

screen-shot-2013-10-27-at-9-22-43-am

Planet Labs(上の写真:Robbie Schingler提供)は、Cupertinoガレージに収まりきれなくなった。彼らがガレージを出たことでOpenROVのスペースができた(写真下)。

screen-shot-2013-10-28-at-8-06-23-am

拡大する製造作業のための箱を開いているところ。

話を現在に進めよう。この3つのグループは、首の骨が折れるほどの速度で突っ走っている。私たちは、もっとも高性能でエキサイティングなROV「OpenROV v2.5」を発売した。Chrisと3D Roboticsは事業を立ち上げ、完全自動の完成品クアドコプター「Iris」を発売した。Planet Labsは2つの衛星の打ち上げに成功し、今年の末には、最大数の地球観測衛星を打ち上げる予定だ。これらのグループでは、「もし、そうできたらいいよね……」から「うん、これはあれに使えるよ……」といった具合に、会話が大きく変化した。

使い道の可能性を記録したリストはどんどん長くなっている。我々みんなのものだ。

planetlabs-01-m

img_2682

だがそれは、現に起きていることのほんの一部だ。私がこの地球の片隅で見ている範囲のことに過ぎない。実際はもっとずっと大きなものだ。Dale DoughertyはMAKE最新号の紹介でいいことを言っている。マイクロコントローラーと超小型のLinuxコンピューターのエコシステムが、素晴らしき新世界の組み立て玩具になるというのだ。

「1980年代にByte誌が追っていたホビイスト革命は、コンピュータを日常生活にもたらし、今日、コンピュータはアプリケーションを使うための道具になった。革命は完全に一周し、ネットワーク化されたコンピュータは、かつてメインフレームがそうであったように、雲になった。コンピュータは霧の中に隠れてしまった」

霧の中に隠れた。さらに今は、空に、海に、外宇宙に隠れてる。Maker(と彼らがつながっているデバイス)は、ガレージから飛び出して、現実世界や自然界に入り込んだ。もちろん、こうなることは明確に予想されていたわけではない。何年も前から、「モノのインターネット」のことは話されてきた。しかし、産業界のインターネットはいつだって、つながった同士が静かに会話するというビジョンを作り上げてきた。人の手を必要としない温度調節器、自分で水やりをする植物、その日の天気を教えてくれるトースターといった具合だ。すべては利便性(自動化、見栄えの良さ)を追求したものだ。モノのインターネットは、この好奇心の黄金時代の案内役になるはずなのに、少なくとも私には、それが見えてこなかった。私のような技術オンチも含め、誰もが可能性の縁に立っているのが今の時代だ。新しい冒険、身の回りの世界への新しい疑問の塊、それらはみな同類のはずなのに、インターネットでつながれていなかった。

好奇心のための好奇心。許可も予約もいらない。そこで、「市民科学」を再考すべき第三の理由になる。それは、論文を読んだり、国立科学財団の助成金を申し込んだり、会議を開いたりといった、今の科学界での仕事にうまく組み入れようという話ではない。もっと基本的なことだ。疑問を抱いたら、ツールを作って答を見つけ出す。イルカが操作するロボットのようなものを我々も作らないといけないのか? そうではない。面白くて、学ぶ価値があって、その結果をみんなに知らせること? それだ! 国立科学財団は、その手のプロジェクトには関与しない。だからって躊躇することはない。自分の意志の力でやればいいのだ。なぜなら、それが可能だからだ。

ここで、倫理的な問題が沸き上がってくる。それには答えねばならない。私たちはOpenROVを使って、ミノカサゴのフロリダへの侵出を防ぐべきなのだろうか? ドローンを使ったときの周囲の人たちのプライバシーの境界線をどこに置くべきなのか? できることが多くなれば、それだけ自分自身を律する必要性も出てくる。

この問題をいちばん大きく感じているのは、DIYバイオのコミュニティのMakerたちだろう。わかりやすい例として、KickstarterのGlowing Plant projectがある。合成生物学的な新しい技術を使って光る植物を作るというプロジェトだが、484,013ドル以上の募金を獲得した。彼らはKickstarterでの支援者たちに、この遺伝子組み替え生物を配ることにしているのだが、それが一部の活動家の反対に遭っている。Kickstarterは、そのサイトを通じて遺伝子組み替え生物を配布することに対してなんらかの規制を設けるかどうか、面倒な判断を迫られた(結局、彼らは、謝礼としての遺伝子組み換え生物の配布禁止を打ちだした)。しかし、一歩下がって見てみると(遺伝子組み換え問題に関する個人的信条も横に置いて)、これには実に大きな意味がある。BioCuriousというコミュニティ研究室で研究していたわずか3人のチームが、遺伝子組み換え生物の開発と配布に関して、社会的な議論を巻き起こしたからだ。議論は大いに結構なことだ。

生物情報学者でCounter Culture Labsの共同創設者、Patrik D’Haeseleerは、BioCoder誌最新号で、光る植物プロジェクトに関して、とてもいいことを書いている。

遺伝子銃技術を使えば、非食用植物に関する米国農務省の規制をすり抜けられるという考えに、植物工学畑の巨大なゴリラが目を付けた。モンサントは、Scotts Miracle-Groと共同でブルーグラス種(バンジョーの種類ではなく芝生の種類)を開発していた。彼らの大好きな除草剤、グリホサート(ラウンドアップ)への耐性を持たせたのだ。犬ではあるまいし、芝生を食べる人間はいないので、芝生は農務省の規制の対象外だ。彼らは、我らの友だち、アグロバクテリウムではなく、遺伝子銃を使用したため、植物病原体に関する農務省の規制には引っ掛からなかった。Scottsとモンサントは、遺伝子組み換え生物に関する規制の大きな抜け穴を発見して、小躍りしながらそこを通り抜けていったのだ! 断っておくが、彼らを見逃してはいけないという声はたくさんあった。結果として、彼らのブルーグラスが交配する可能性のある草がたくさんあり、除草剤に耐性のある遺伝子を挿入したことで、それらの草は、環境中にラウンドアップが残っている場所で格段に有利に繁殖できるようになる。しかし、農務省は、そのブルーグラスは農作物へ悪影響をもたらすことはないと判断して、彼らは見逃されてしまった。それでおしまいだ。

では、ラウンドアップ対応のブルーグラスと、かわいい光る植物を比較してみよう。そもそもシロイヌナズナは頑丈な植物ではない。しかも自殖性のため、より活力のある植物との交配はしにくい(そこが芝生と違う)。さらに、除草剤への耐性を付けて環境に順応しやすくするのではなく、染色体に組み込んだ遺伝子は、光らせるための小さなエネルギーを生み出すものだ。自然界に棲息する遺伝子組み換えをしていない従兄弟たちと比べて、ほんのちょっと悪いだけだ。それ以外は(モンサントが巨大企業であり何千人もの弁護士を雇っていることも除けば)、この2つは大変によく似ている。

だけど、やっぱりぜんぜん似ていない。Glowing Plantプロジェクトの連中は多国籍企業ではないし、全米科学アカデミーでもない。ハーバードやMITの研究者でもない。Kickstarterを利用した、3人のただの男たちだ。データをすべて公開し、その過程でみんなに議論を呼びかけている。誰にでも手に入る(またはもうすぐ手に入るようになる)道具を使っている。

私に言わせてもらえれば、これはホワイトハウスが定義した「市民科学」とはまったく異なるものだ。既存の研究にデータを提供する以上のものがある。まったくの新分野なのだ。本物の市民探検だ。ホワイトハウスは、そのChampions of Changeブログにこう書いている。

市民科学とも呼ばれる、大衆の科学研究への参加は、新しい現象ではありません。18世紀から19世紀、専門課程の教育制度が確立される前の時代、ほとんどの科学研究はアマチュアの人々によって行われていたのです。

それは正しい。何人かのプロがいる領域に好奇心を閉じ込めるという考えは、ごく最近のものだ。私たちは、長く続いてきた好奇心による探検の先端にいる。Makerは、市民探検の新しい時代を先導するのだ。

– David Lang

訳者から:『Zero to Maker』と『コルテスの海からのブログ』を書いている David Langの記事です。

原文