2018.08.16
Maker Faire Tokyo 2018レポート #7:特別講演「テクノロジーの“辺境”—「枯れた技術の水平思考」をレンズとして」
編集部から:この記事は、Maker Faire Tokyo 2018において、8月4日に行われた小林茂さん(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授)の特別講演「テクノロジーの“辺境”—「枯れた技術の水平思考」をレンズとして」を小林さんご自身にウェブサイト掲載用に再構成していただきました。
Maker Faire Tokyoの10年
日本におけるMakerムーブメントの祭典は、2008年4月20日に東京のインターナショナルスクールで開催された日本ローカルの手作りイベント「Make: Tokyo Meeting」から始まりました。小学校の体育館と運動場を会場とし、約30組の出展者と約600名の来場者という小規模からスタートしたこのイベントは、回を重ねるごとに成長し、2012年にグローバルなイベント「Maker Faire Tokyo」となりました。約10年後の2018年8月4日と5日に開催されたMaker Faire Tokyoは、大規模な展示会を開催する施設「東京ビックサイト」を会場とし、600組以上の出展者が参加する大きなイベントとなりました。こうして、この10年間でイベントの規模は大幅に拡大しましたが、Makerムーブメントの祭典という精神は不変で、地に足の着いたイベントとして着実に浸透しています。
一体、Maker Faireでは何が起きているのでしょうか? まず、Maker Faireに来場した人々は、出展者であるメイカー(作り手)たちが展示しているものに触れます。「これはなんだろう?」という知的好奇心が心の中に生まれると、自然に「これはどうやってつくっているんだろう?」とか「なぜつくったんだろう?」といった疑問が生まれ、来場者と出展者の間で対話が始まります。その対話を通じて、来場者の中に眠っていたメイカーとしての精神が覚醒し、来場者だった人はユーザーからメイカーへと変わります。こうしたことが次々と起きるのがMaker Faireなのです。
Maker Faireに展示されているものをみると、単なる遊びのように思えてしまうかもしれません。しかしながら、遊びとは実はイノベーションには欠かせない要素なのです。スティーブン・ジョンソンは、2017年に発売されてベストセラーとなった『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語―新・人類進化史』において、コンピュータ、ゴム、保険業といったイノベーションが、元々は気晴らしのための遊びから生まれ、さまざまな人々の手を経て現在の社会に欠かせないイノベーションとなったことを紹介し、次のように述べています。
遊びではしょっちゅうルールを破って新しい慣習を試すので、そこからさまざまなイノベーションが芽を出し、最終的に、はるかにしっかりした重要な形へと発展する。〔…〕次に何が来るのかを解明しようとするなら、たいていは遊びの周辺を探ったほうがいい。つまり、新しい楽しみ方を考え出す人間の趣味、好奇心、サブカルチャーである。〔…〕人々が最高に楽しんでいる場所では、必ず未来が見つかる。〔スティーブン・ジョンソン(著)、大田直子(訳)『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語—新・人類進化史』朝日新聞出版(2017年、Kindle版)Kindleの位置307〜315より〕
スティーブン・ジョンソンが述べた「人々が最高に楽しんでいる場所」とは、まさにMaker Faireのことではないでしょうか(参考:スティーブン・ジョンソン「音楽がもたらしたコンピューターの発明」TED Studio)。
『MAKERS』ムーブメントにおける期待と現実
Makerムーブメントと関連して関連してこの10年間に起きたことに『MAKERS』ムーブメントがあります。『ロングテール』や『フリー』の著者として知られ、雑誌「Wired」の編集長であったChris Andersonが出版した『MAKERS』(2012)は、同時期に起きつつあった3Dプリンターへの注目と相まって大きなムーブメントを起こしました。この本の中でAndersonは、射出成形のような大量生産で培われた製造方法に加えて、多様性、複雑さ、柔軟性を実現するのに追加のコストがほとんどかからないデジタルファブリケーションという選択肢を持てることが重要であると指摘しました。その上で、デジタルファブリケーションを利用できる時代にメイカームーブメントが 起きることで、ハードウェアのスタートアップが次々と生まれ、産業を変質させていく可能性があり、もしこうしたことが実際に起きれば第3の産業革命になる、と主張したのです。この本が出版された頃には、そのように期待させる雰囲気があったのです。
2012年5月19日、ハードウェアスタートアップ「Pebble Technology」は、クラウドファンディングのプラットフォーム「Kickstarter」で実行したスマートウォッチ「Pebble Watch」のプロジェクトで、68,929 人の支援者から$10,266,845(8億円強)を集めることに成功しました(Kickstarterのプロジェクトページ)。このPebble Technologyは、Apple Watchの発売の約一ヶ月前となる2015年3月28日、再び78,471人の支援者から$20,338,986(25億円弱)を集めることに成功しました(Kickstarterのプロジェクトページ)。こうした状況下の2015年11月7日に「オープンイノベーション」をテーマに開催したカンファレンス「MakerCon Tokyo 2015」では、メイカーにとってのオープンイノベーションの在り方についていくつかのモデルをあげ、議論しました。その中の一つが「オープンチャンネル」で、半導体メーカーやモジュールメーカー、あるいは商社といった企業が個々のメーカーに対して多品種少量のチャンネルを開くというモデルです。このセッション(セッションC「半導体メーカーと商社の立場から、メイカー、ハードウェア、そしてサービスの生態系を考える」)に登壇した半導体メーカー「Nordic Semiconductor」の山崎光男さんは、半導体メーカーとしては小ロット生産は難しいという立場を示しつつも、「次のFitbitを日本から出したい。」という希望を語りました。このイベントの翌年となる2016年6月30日、Pebble Technologyは66,673人の支援者より$12,779,843(13億円強)を集めることに成功し、3回連続でクラウドファンディングでの大規模な資金調達を成立させました(Kickstarterのプロジェクトページ)。このように、ハードウェアスタートアップが世界を大きく変えるかのように思えました。
しかしながら、この2016年後半より、かつては成功事例とみられていた企業が次々と失速するということがおきました。まず、10月には『MAKERS』の著者Chris Andersonの3D RoboticsがDJIなどとの競争に敗れ、一般向け市場から撤退すると報じられました(Forbesの記事)。また、12月にはかつてメイカームーブメントのヒーローだったMakerBotをはじめとする3Dプリンター企業が失速していると報じられました(Wiredの記事)。さらに同じく12月には、連続3回の大規模なクラウドファンディングを成功させたPebble Technologyが事業をFitBitに売却し、クラウドファンディングでのプロジェクトをキャンセルすると発表しました(Facebookページに掲載された記事)。2012年頃の期待は、主要なプレーヤーはハードウェアスタートアップとなり、主要なイノベーションのモデルは破壊的なものとなり、ロングテールの合計で大企業に匹敵するものになる、というものでした。しかしながら現実は、主要なプレイヤーは既存の大企業のままで、主要なイノベーションのモデルは持続的なままで、メイカーの経済規模はゼロとまでは言わないものの周縁に留まっている、というものでした。このように見てくると、一時期は産業界からも大きく期待されたメイカームーブメントは、あくまで主流(メインストリーム)ではなく“辺境”(フロンティア)に留まっていると言わざるを得ません。
ところが、年ごとに約1.5倍の成長を続けるMaker Faire Tokyoを見る限り、少なくともこの日本においてはMakerムーブメントは拡がり続けています。これはなぜなのでしょうか? ここまでで見てきたように、メイカーは個人で、瞬発力があり、ほとんど制約なく自由に活動できます。メイカーたちの活動により、新たな視点や多様性が社会にもたらされます。一方で、メイカーだけでは経済的な規模がありません。これに対して、メーカーは組織であり、持久力があり、さまざまな制約がある中で製品やサービスを世の中に送り出しています。これにより、経済効果や国際的な競争力が生まれますが、これだけでは十分ではありません。1つの産業に依存するあまり、後に破綻した例を紹介したいと思います。
1900年頃、自動車メーカーのフォードを中心に自動車産業が興ったデトロイトは、後にGMやクライスラーが加わり、半数の人々が自動車産業に関わるまでになりました。しかしながら、全盛期には180万人の人口を誇り、映画をはじめとする当時のアメリカにおける娯楽が最も発展した都市であったデトロイトは、その後の国際的競争力の低下などにより産業が衰退し、人口も減少を続け、2013年にはついに財政破綻しました。デトロイトの衰退については、さまざまなメディアの報道で目にしたことのある方も多いでしょう。
このデトロイトにおいて、2010年からMaker Faireが開催されているのをご存じでしょうか? Maker Faire Detroitの会場となるThe Henry Fordミュージアムは、アメリカにおけるイノベーションの歴史を集めた施設で、自動車に限らず蒸気機関車、発電機、家電製品などが展示されているのにくわえて、ライト兄弟やエジソンのラボや工場が広大な土地に移築され、当時の雰囲気を再現しています。そうした環境において、自動車産業の街といわれたデトロイトから、次世代のイノベーションを担うような人々を育むための土壌となるべくMaker Faire Detroitは開催されているのです(2018年7月末に開催されたMaker Faire Detroitの様子)。私たちの生きる社会は、メイカーだけでは成立しませんし、メーカーによる産業だけでも成立しません。メイカーとメーカー、この2つが融合することによりはじめて、イノベーションが継続的に生まれる寛容で活発な風土が生まれるのです。
このような図で考えるとき、一般的にはメイカーとメーカーを別のものとして切り離してしまいがちです。しかしながら、Make:ブログでITジャーナリストの青山祐輔さんが連載している「企業内メイカー」で紹介されているように、メーカーの中においてメイカーとして活動している人々も数多くいるのです。こうした人々の活動はメーカーを活性化させます。また、Maker Faireのような場において、ものをつくっている人たちが何を考え、どのようにして創り出しているのかを知れば、同じようにものをつくるメーカーに対するリスペクトも生まれ、新しいチャレンジに寛容な社会とつながっていくことが期待できます。メイカーとメーカーの協働、あるいは両方を兼ね備えた人々の活動が鍵となるのです。
枯れた技術の水平思考
こうした時代におけるイノベーションの機会を捉えるレンズとして「枯れた技術の水平思考」という考え方を紹介したいと思います。世界的に知られる企業「任天堂」は、かつては花札やトランプを製造する京都の一企業でした。任天堂が「世界の任天堂」となっていく段階において大きく貢献をした一人が横井軍平さんという方で、「枯れた技術の水平思考」はこの方が提唱した考え方です。横井さんは次のように述べています。
私がいつも言うのは、「その技術が枯れるのを待つ」ということです。つまり、技術が普及すると、どんどん値段が下がってきます。そこが狙い目です。例えば、ゲーム&ウオッチというのは、5年早く出そうとしたら10万円の機械になってしまった。電卓がそれくらいしていたわけです。それが量産効果でどんどん安くなって3800円になった。それでヒットしたわけです。これを私は「枯れた技術の水平思考」と呼んでいます。つまり、枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイデアというものは出てくるのではないか。〔横井 軍平、牧野 武文(インタビュー・構成)『横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力』筑摩書房(2015年)210~211頁より〕
横井さんは京都から東京に出張で行く新幹線の中で、サラリーマン風の人がポケットから電卓を取り出してパチパチとボタンを押しながら暇つぶしをしている様子を目にしました。そこから、電卓で使われていた技術を水平思考して携帯型ゲーム機というアイデアを思いつき、そのアイデアを基に製品として開発を進めました。1980年に発売された携帯型ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」は4,000万個以上を販売する大ヒットとなりました。その9年後となる1989年、今度はポータブルテレビのために開発された液晶テレビの技術を水平思考し、携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」が発売され、こちらも1億個以上を販売する大ヒットとなりました。この当時の様子については、任天堂の前社長である岩田聡さんによる当日の開発者たちへのインタビュー記事が任天堂のウェブサイトで公開されています。この記事には「開発者が何でもやる時代」「麦球を使って試作機を“工作”」といった見出しが入っていることからもわかるように、メイカーのみなさんにとっては非常に興味深い記事だと思いますので、ぜひ読んでください。
さて、この枯れた技術の水平思考という考え方をメイカーの視点から見てみましょう。ゲーム&ウオッチやゲームボーイといった製品は、実際には開発や製造に大きな投資が必要であり、個人で簡単に同じことをすることはできません。しかしながら私は、メイカーの活動とは本質的に枯れた技術の水平思考であると思います。Maker Faireに参加した方には分かるように、そこには最先端の技術はほとんどありません。その代わりに、枯れた技術を手にして水平思考し、具現化した多様な作品が何百と展示されています。素材や部品そのものを開発し、製造するのは大きな投資が必要で、個人ではなかなか手が出せません。しかしながら、部品を組み合わせ、水平思考して自分(たち)が欲しいと思うものを具現化することは、今や容易になりました。
メイカーの視点から見たときの枯れた技術にはいくつか条件があると思います。第1は勝手に使えることです。分厚い契約書や高価な契約金がないと使えないのではだめで、何の断りも用途に関する制約もなく自由に使えるということが重要です。第2は手軽に入手できることです。第3はスケールできるということです。何かをつくるというとき、最初は1個から始まります。次に、自分の周りの友達がそれを欲しいと言えばすぐに10個になるでしょう。さらに、Maker Faireで販売してみようと思えば、100個くらいが必要になります。さらに、そこで評判になったことを受けてオンラインで販売してみようとなれば、1000個くらいの数が必要になります。こうしたスケールに対応することが必要です。こうした条件を満たすツールキットは次々と登場しています。
ビジュアルなプログラミング環境「Processing」が2001年に登場すると、それをハードウェアに展開した「Arduino」が2005年に、Arduinoを参考にもっと高性能なマイコンで利用できるようにした「Mbed」が2009年に登場します。続けて、多くの人々がプログラミングを学べるよう、スマートフォン用に開発された部品で構成されPCに匹敵する能力を持つ「Raspberry Pi」が2012年に登場、同じくスマートフォン用の部品で構成され無線機能を持つ「micro:bit」が2015年に登場します。その後も、Googleが内部で使用していた機械学習のフレームワーク「TensorFlow」が同じく2015年に登場するなど、毎年のようにさまざまなツールキットが登場しています。
こうしたものを活用することによって、何か自分が必要だと思ったものを具現化することが可能になっています。例えば、workpileの小池誠さんがつくったディープラーニングによる画像認識できゅうりを選別する「きゅうり選別機」は、ハードウェア部分はRaspberry PiとArduino Micro、ソフトウェア部分はTensorFlow、OpenCV、Djangoなどでつくられています。また、文字を読むことが困難な人を読み上げることでサポートするスマートグラス「OTON GLASS」は、ハードウェア部分はRaspberry PiとRaspberry Pi用カメラモジュール、ソフトウェアはGoogle Cloud Vision API(画像認識)、Google Translation API(機械翻訳)、Amazon Polly(テキストから音声への変換)といったウェブサービスなどから構成されています。このように、さまざまなツールキットを活用することにより、枯れた技術を水平思考し、自分の目的に応じたさまざまなアイデアを具現化し、世の中に送り出すことができるようになってきているのです。
くわえて、枯れた技術の水平思考でつくったものを事業化したいと思ったら、Maker Faireのような環境があることにより非常に低いリスクでイノベーション創出に挑戦できるようになっています。Maker Faireで何かを販売する場合、その相手となる人々は同じように自身でも何かをつくっているメイカーか、あるいはそうした人々の活動に興味を持つ来場者です。そのため、何か問題があっても、それを手にした人々は自分でその問題を解決してしまうかもしれませんし、多少のことには寛容です。これは、訴訟や評判など、さまざまなリスクを背負い、かつ、法規制や商習慣など数多くの制約の中で市場に製品を送り出さなければならないメーカーとは大きく異なります。Maker Faireのような環境があることにより、メイカーであれば比較的安全に新しい挑戦を次々とできるのです。
これまでに見てきたように、メイカーの活動はテクノロジーの“辺境”における「枯れた技術の水平思考」です。また、さまざまなツールキットとMaker Faireの様な環境があることにより、枯れた技術を水平思考し、非常に低いリスクでイノベーション創出に挑戦できるようになりました。メーカーとメイカーが協働することにより、イノベーションが継続的に生まれる風土を醸成できるのです。今日から開催されるMaker Faire Tokyo 2018に続いて、約4ヶ月後にはローカル版のOgaki Mini Maker Faireも開催されます。ぜひ、Makerムーブメントを楽しみましょう。