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2017.07.25

「メーカー」の「メイカー」がつくった新しいプラットフォーム「toio」—ソニー株式会社 田中章愛さんインタビュー

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編集部から:この記事は『Prototyping Lab 第2版』の著者、小林茂さん(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授)に取材・執筆していただきました。

2017年6月1日、5年の月日を経て開発された新しいトイ・プラットフォーム「toio」が東京おもちゃショー2017で発表された。超小型ロボットがテーブルの上を自在に動き回る姿は注目を集め、様々なメディアで報道された。さらに当日より、ソニーが運営するeコマースとクラウドファンディングを兼ねたサイト「First Flight」で始まった予約販売で数量限定の初回限定セットが即日完売するなど、大きな反響があった。このtoioがどのように生まれたのかについて、toioプロジェクトリーダーでハードウェアプロトタイプ担当の田中章愛さんにソニーの企業内メイカースペース「Creative Lounge」で話を聞いた。

※ ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」が運営する共創スペース。3Dプリンターや工作機器などが設置され、新規事業に向けたアイデアをその場で試作することができる。

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toioは実世界でのゲームという新しい体験をつくる

トイ・プラットフォーム「toio」は、モーター内蔵で動き回ることのできる「toio コア キューブ」以下「キューブ」とそれぞれのキューブの動きを制御するコントローラー「toio リング」以下「リング」、本体の「toio コンソール」以下「コンソール」により構成される。ゲームや遊びのシナリオやルール、音声などのデータが格納されたカートリッジをコンソールに挿入し、各ゲームタイトルごとに用意されたマットやキューブと組み合わせて、さまざまな遊びが楽しめる。

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toioで遊んでいる様子


toioのプロモーションビデオ

プロモーションビデオではキューブの自由自在な動きが印象的だ。これは、キューブに搭載されている絶対位置センサーでマット上の位置や方向などをリアルタイムかつ正確に検出することによって実現されている。これにより、天井にカメラを設置するなどの大げさな準備を必要とすることなく、遊びたいときにマットを拡げてその上にキューブを乗せるだけで、ゲームタイトルに合わせた自動制御や、個々のキューブの位置やキューブ同士の位置関係に合わせた動作が可能となっている。

超小型ロボットとしてtoioを見たときに大きな特徴になるのが、あえてキャラクター性を廃していることだ。同社が以前に発売していたAIBOやQRIO、ソフトバンクのPepperやシャープのロボホンはいずれも強いキャラクター性を備えている。それに対して、toioの場合にはキューブは幅と奥行きがそれぞれ約32mm、高さが20mm弱の直方体でそれ自体が存在をアピールするものではなく、先行予約販売6月末で終了のセットもすべてレゴブロックとのバンドルであった。あえて自在に拡張できる余白を残した理由とレゴを選んだ理由について田中さんに聞いた。

「今回、いかにこのロボット本体をシンプルにして、さらなる表現としての『遊び』を、お子さんは当然のことながら、クリエーターさんやコラボする企業さんに拡げてもらうか、ということを考えていました。まずはお子さん自身にこの遊びのキャラクター性とかストーリーを拡げてもらいたいので、一番キャラクターもたくさんあって、モジュールとしてもぴったり合うのはレゴだろう、ということで足かけ5年前からレゴ社にはずっと色んな形で相談していて、まずは日本から販売するということでレゴジャパンさんに手伝っていただいて、一緒にバンドルしてお届けする、ということができるようになりました」

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toioのもう1つの特徴が、あえてスマートフォンと連携せず専用のコントローラとカートリッジを採用している点だ。すでに公表されているように、キューブと本体はBluetooth Low Energyで通信する。であれば、スマートフォンと連携して動作するようにすれば、より低価格で提供できるようになるしダウンロードで容易にタイトルの提供やアップデートが可能になる。実は、最初の段階ではスマートフォンとの連携を前提に考えていたが、製品として開発していく過程で変更が加えられたと言う。

「毎週のようにユーザーテストをやって商品像を固めていく中で、当初のキューブだけが動き回るプラットフォームだと何なのかが伝わらないことがわかったんです。ゲームみたいな遊びができるよ、ということをお伝えしたかったんですけども、キューブだけだとゲームができるという印象があまり与えられないので、やっぱりコントローラーがあってコントロールできた方がいいよね、ということになったんです。そして、ゲームを提供するメディアに関しても実際に調査すると、親としては小学生のお子さんにスマホを貸しっぱなしにはしたくないというご意見をいただいたので昔ながらのカートリッジスタイルにしようということになりました。そういったことを、正式にプロジェクトが始まってから2ヶ月くらいで何十回かプロトタイプしながら煮詰めていきました」

このように、toioの開発においてはユーザーテストとプロトタイピングを繰り返すことが鍵となっていた。toioがどのように生まれ、つくられていったのかは本誌の読者が最も興味を持つところだろう。すでに数多くのインタビュー記事が公開されているが、それらの中ではあまり語られていないプロトタイピングのプロセスを中心に詳しく話を聞いた。

メイカーはメイカームーブメントを活かしてアイデアを具現化する

田中さんはメイカーとしての活動でもよく知られた人物だ。Maker Faire Tokyoでもおなじみのサークル「品モノラボ」の発起人でもあり、世界最小クラスのArduino互換機「8pino」の設計者でもある。ソニーというメーカーの社員としては、新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」やそのメイカースペース「Creative Lounge」の立ち上げにも重要な役割を果たしている。toio公式サイトに掲載されているインタビューでは「toioプロジェクトリーダー/ハードウェアプロトタイプ」としてクレジットされている。まず、このクレジットに込められた想いを聞いた。

「ロボットのハードウェアの研究をずっとソニーに入ってから8年とか9年とかやっていて、その中でも研究用の開発としてのプロトタイピングを中心として業務を行ってきました。そのスキルを最大限に活かして、実際にリーダーとしてビジネスを組み立てるだけでなく、ものも実証する形でプロトタイプしてきたと思っています。現在進めている量産設計に関しては社内の専門チームのエキスパートが加わって一緒につくっているので、toioに関して自分が一番貢献した部分はリーダーの部分とプロトタイプの部分だなという意味でそのようにクレジットしています」

toioがソニーのプロジェクトとして正式にスタートしたのは2016年の6月だが、その原型は2013年5月のソニーCSLオープンハウスで発表された「ToyAlive」というプロジェクトだった(Japan Timesの記事)。toioチームにもメンバーとして参加しているAlexis Andreさんがコンセプトを担当し、田中さんがプロトタイプを担当した。田中さんたちはぜひ製品化を実現したいと考えたが、当時は製品として実現するための技術も、製品化するためのスキームもなかった。その後、社内の協力を得てCreative LoungeとSeed Acceleration Programを立ち上げた田中さんは、それらをフル活用して再度チャレンジした。

「このプロジェクト自体は去年の6月に正式に会社として始まったんですけど、その前にソニーの新規事業創出プログラム『SAP』のオーディションがあって、そのために放課後活動としてプロトタイプをCreative Loungeでつくってきました。Creative Loungeで3Dプリンターが使えることと、基板や部品が昔に比べすぐ手に入るようになったことで相当なスピードでプロトタイピングを繰り返せるようになってきているので、基板もメカもプロトタイプのハードウェアに関しては一人でできました」

確かに、田中さんのようなスキルを持ったメイカーであれば、基板やメカの部分に関しては一人でも進められただろう。しかしながら、toioを実現するのに不可欠な絶対位置センサーの開発にはそれなりの規模の投資が必要だったのではないか。その辺りをどのように進めたのかについても聞いた。

「オーディションに応募した段階では、製品で搭載している絶対位置センサーはまだなくて、キューブの裏側に赤外線LEDが付いていて、机の下に仕込んだカメラでトラッキングしていたんです。そのために大きな専用の机が必要なのでそのままでは製品にはならないものでしたが、UXはほぼ完成していてデモもできました。この段階で絶対位置センサーに関してはある程度目星は付いていたんですが、開発のためには投資が必要だったので、社内のオーディションに合格して投資してもらうまで、まずはUXの完成度を上げることに注力しました。プロジェクトとしてより確度を高くするために、UXとしてちゃんと価値あるものでお客さんが喜んでいるというファクトをCreative Loungeでのテストで確認できたので、それを基にオーディションに応募して、技術開発に対する投資をもらう、というプロセスを踏んできました」

このように、toioではCreative Loungeのようなメイカースペースを活用することで個人でもプロトタイピングできる部分と、投資が必要な技術開発の部分を分けて進めてきたのが大きな特徴だ。身近に利用できる技術でどこまでは実現できて、どこからは本格的な投資が必要になるのかを見極められたのは、メイカーとしての田中さんの活動があってのことだろう。

正式にプロジェクトとしてスタートした後も、引き続きCreative Loungeを活用して素速くプロトタイピングを繰り返しながら製品としての完成度を高めていった。その中で、プロトタイピングの繰り返しによって自分たちの思い込みをできるだけ排除することができたと言う。

「プロジェクトが始まる前の研究段階の頃は、そもそも自分たちが面白そうだからつくっていました。それがちゃんと子どもに受け入れられるのかというのは不安だったので、たくさんプロトタイプしながら子どもたちに遊んでもらう、それによって確信を深める、ということをやってきました。楽しく遊んでもらえるのが分かった後は、商品としてどう売るのか、どう伝わる商品像にするのかを探っていきました。大きかったのはコントローラーと本体をつくろうと判断したところです。大人視点だとスマホで遊んでも何の抵抗もないんですけど、お子さんがスマホに長時間かじりついているというのは親としては避けたいという意見があったり、子どもが自分のスマホを必ずしも持っているわけではないので親のものを貸さなければならない、といった実際のユーザーの環境がわかってきたことで、キューブ以外のところはかなり変化が起きました。自分たちの思い込みの部分をいかにちゃんと受け入れられる形にしていくかという部分は、やっぱりつくってみて、テストしてみて、ちゃんと声を聞いて、というところが重要でした」

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toioのプロトタイプ。上段のリングは左から右に、下段のキューブは右から左に進んでいった

メイカースペースは新たな企業文化をつくる

以前に取材した「ambie」も含めCreative Loungeを活用した実例が増えてきたことにより、Creative Loungeの利用がさらに増えているのに加えて、同様のメイカースペースが社内に展開されていると言う。

「Creative Loungeの利用はさらに増えています。3Dプリンターの講習を受ける人もかなり増えて、エンジニアだけではなくいろんな職種の人が気軽に使えるようになってきています。さらに、ここをモデルケースとした場所が徐々に社内に増えてきているんです。ヘビーに使う人はそれぞれの部署のメイカースペースを使うようになってきているので、ここは交流の場所としての役割と、機材の種類が一番多いので他ではできないところをカバーしていく、という役割を担うようになっています」

toioの開発プロセスを詳しく聞いてあらためて感じたのは、スタートアップの良さと大企業の良さがほどよくブレンドされていることだ。一般的に、大企業において新規事業を進めるのは難しいと言われている。これは、新規事業の規模は大企業における既存事業の規模と比較すると非常に小さく、かつ、成功するか失敗するかを過去の経験から判断することができない。このため、非常に多くのプロジェクトが闇に消えていくと言われている。これに対して、そうしたしがらみのないスタートアップは事業規模が見えなくとも始めることができる。ただし、コンセプトプロトタイプまでは素速く進められても、その後の量産設計や製造、流通で失敗した例は非常に多い。ソニーのSAPの場合は、コンセプトプロトタイプまでは放課後活動として最小限のコストで進め、実際に見たり、触れたり、感じたりできるようになった段階でその先の開発に進めるかどうかを判断し、合格となった場合には量産のスペシャリストも加わって進めるという体制になっている。これにより、スタートアップの良さと大企業の良さを上手く融合させたものになっている。筆者の視点からは、Creative LoungeとSAPはかつてスタートアップだったソニーという企業が一旦は失いかけた文化を再定義しつつあるように見えた。その辺りを田中さんはどのように感じているのだろうか。

「Creative Loungeは結構いろいろな影響を与えたと思っています。ambieもそうですし、他にもSAPに採択されたプロジェクトの多くでCreative Loungeを使ってます。それによって『こういう作り方自体がそもそもアリだよね』という肯定感が全体的に生まれているし、『アイデアをまとめてプレゼンして予算をもらってから始めるのでなく、まずはつくって試してみよう』という文化が根付いてきた、ということはあると思います。これは、明文化されていなかっただけで元々ソニーが持っていたものなのですが、それを明文化してプロセスとして会社に作り込んだというところは大きいかなと思います。それによって、頭の中やPowerPointの中で消えてしまったアイデアがちゃんと表に出てくるようになっていますし、プロトタイプを見て全然違う評価をくれる人も増えたと感じています」

メーカーのメイカーによるさらなる展開がとても楽しみだ。

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今回の取材時のCreative Loungeの様子。以前は工作機械を使用するスペースとコワーキングスペースが一体化していたのが分離されている。これで完成というわけではなく、さらに使いやすいスペースにすべく近日中に再度変更する予定だとのこと。

おわりに

これまでに紹介してきたようにtoioはそのプロセスまで含めて非常に興味深いプラットフォームだが、この記事を読んでいる読者の方であれば自分でも「ハック」したいと思うのが当然だろう。開発者向けのキットに関してはこれまでにはほとんど情報が出てこなかったが、着々と準備は進められているようだ。この点に関して田中さんから最後に読者に向けてのメッセージをいただいた。

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「自分たち自身がメイカーコミュニティーで助けられ楽しんでここまで来ているので、メイカーの方々にも楽しんでいただいて、将来的には子どもに遊んでいただけるタイトルを一緒に開発できたらなという想いがありますので、自由に開発できる環境は準備したいと思っています。Maker Faire Tokyoで何かしらを展示する予定なのでぜひご覧ください」

いよいよ開催が迫ったMaker Faire Tokyo 2017では、toioの実機に触れられるだけでなく、メイカーに向けての新しい発表が行われる現場に立ち会うことができそうだ。筆者自身、この取材の前にウェブサイトの動画を見てぜひ欲しいと思ったので個人的に予約はしていたが、実物を見ると想像以上に面白いプラットフォームであることを実感できた。この記事を読んでtoioに興味を持った方は、ぜひMaker Faire Tokyoでのtoioブースを訪れて実物を見て、体験して、話してみてはいかがだろうか。

Maker Faire Tokyo 2017のtoioの出展情報