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2018.10.16

レゴの町ビルンへ教育施設「レゴハウス」を訪ね、レゴと教育の関わりについて話を聞いた

Text by Toshinao Ruike

1年で最も日が長くなる夏至の日、私はデンマークのビルン(Billund)という町にいた。デンマークと言えば、大抵の人が思い浮かべるのは首都コペンハーゲンだが、そこから電車で2時間半ほど行ったところにあるこの町はあまり知られていない。なぜこの町で静かな休日を過ごすことを選んだかというと、ビルンは知る人ぞ知るレゴの町であるからだ。

ある日私は自分が住むバルセロナからビルンへのLCC(格安航空会社)の直行便があり、15ユーロという破格の値段のチケットを見つけた。北欧の白夜を体験してみたいと以前から思ってはいたが、「ビルン」という地名には全く馴染みがなかった。検索すると、レゴの本社があり、人口6,000人ほどの町の主要産業はレゴ。テーマパークのレゴランドや教育施設のレゴハウスがあり、ビルン空港も元々レゴ社が建設したものだという。

レゴの大ファンというわけでもないが、そんな独特な場所なら一度行ってみたい。昨年公開されたばかりの教育施設レゴハウスの広報に連絡するとレゴハウスが行っている学校向けプログラムのリーダーも取材に応じてくれるというので、今回はレゴとその教育プログラムについてレポートすることにした。

レゴの町、ビルン

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ビルンの近辺で教師をしている友人が空港まで車を出してくれて近辺を案内してくれたが、空港を出るとそこは一面の野原(画像右下)。クリスマス用のモミの木が栽培されている畑(画像左下)があったり、この辺りは産業らしい産業といえばレゴを別とすればほとんど農業ぐらいだという。離れのような場所で薄暗い一夜を過ごした(画像左上・右上)。前面には扉がなく開いていて、半ば屋外のようなスペースだが、北欧にはこういった場所を家の敷地に設けて旅人を泊める伝統があるのだという。

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翌日何もない野原の道を歩いて町に向かうと、町の入り口にレゴホテルへ案内するレゴ人形が立っていた(画像左)。レゴ社の事務所と思しき建物の窓際には日本人形のレゴが飾ってあった(画像右下)。ビルンを歩くのに時間はほとんど要らない。中心部にスーパーマーケットと銀行がひとつずつ、さらに何件か商店があるという程度の本当に小さな町だ。

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晴れたり曇ったり不安定な天気の中、レゴハウスに到着。入り口付近から階段状になった特に特徴のない現代風の建築だと思ったが、実は建物全体がレゴのように積み重なったユニークな構造になっている。(下の画像で入り口は右下)

空から見ないとわかりづらいが、各ゾーンが色分けされていて、それぞれのテーマを持ったスペースになっている。

携帯端末と連動したプレイゾーン

受付では名前を聞かれ、自分の名前と番号が印字されRFIDタグが印刷された紙のリストバンドを渡される。各ゾーンの端末でこのリストバンドをかざして、自分が作ったレゴ作品を撮影したり記録したりすることができる。リストバンドに書かれた番号をレゴハウスのアプリに入力して、後から訪れた日の作品を振り返ることもできる。

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入口から階段を上がっていくと、吹き抜けには「Tree of Creativity(創造性の樹)」と呼ばれるレゴで作られた大木がそびえ立っている。大木の枝葉に乗っかっている動物や家などを眺めながら上階へ。

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最上階にはレゴで組み立てられた巨大な恐竜。これだけの大きさだがワイヤーで吊り下げたりしているわけではなく、レゴだけで組み立てられている。

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また同じ階には「Masterpiece gallery」があり、世界中のレゴアーティストたちの作品が飾られている。続くレッドゾーンにはMinecraftのキャラクターやマリオなど、ゲームのキャラクターたちもしれっと入っていた。

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レゴによる流れ落ちる滝のような光景が圧巻のレッドゾーン。

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イエローゾーンの「キリンを作ろう」コーナー。黄色と黒のレゴによる組み合わせで作られたさまざまなキリンが展示されている。いざ自分でも作ってみると、なかなか思ったようにキリンらしいキリンにはならないもので、結果右下のような黄色い珍獣になった。かわいいけれどどうしてこうなった、と思いつつ端末で記念撮影。子どもなら自分の作ったレゴを撮影して残せることはうれしいかもしれない。

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こちらは「魚を作ろう」コーナー。まずレゴで魚を作って、端末で撮影。

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撮影された自分の魚は画像として取り込まれ、ディスプレイの海の中で魚が泳ぎ出す。

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地階はレゴの歴史を辿るミュージアム。最初の金型やこれまでのパッケージ製品などの展示を見ることができ、また子ども向けの玩具を作る会社として始まったレゴの歴史を説明した動画が映写されていた(YouTube上でも見ることができる。)上階は基本的に子どもたちのためのプレイエリアになっているが、このスペースだけは大人向けでこれまでのレゴ社の足跡をたどることができる。

レゴハウス見学最後にお土産として渡される6ピースのレゴとカード。カードには自分のユニークなレゴな組み合わせが示されている。915,103,765通りの組み合わせがあるが、これが私に割り振られた組み合わせ。後からアプリで参照するためのコードも印刷されている。

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こちらはレゴハウスの事務所の入り口にあったスタッフ一覧。スタッフはそれぞれのレゴを持っていて、名刺と一緒に自分の名前と連絡先が書かれた自分のレゴを渡す。

私もレゴハウスの広報担当、Trineさんから彼女のレゴを2ついただいた。

「遊びを通して学ぶこと」を重視する学校向けプログラム

Trine(右)と学校向けプログラムのリーダーAmer Mahmutovic(中央)。モーターで回転するレゴのアームの先にペンを付けて、模様を描きながら回転する様子を示し、こういった遊びをエンジニア的な考え方につなげられる可能性について説明してくれた。何度も会話の中で「プレイ」という言葉が出ていたが、レゴでは「“遊び(プレイ)”を通じて学習する」ということを重視している。レゴハウス各所にいるスタッフも、遊びをファシリテートする役割を担う「プレイ・エージェント」と呼んでいる。プレイ・エージェントの役割はあくまで子どもたちの遊びを促すことで、何かを教えるという教育者としての関係性を帯びたものではない。またスタッフのほとんどは学校教育に関する専門的なバックグラウンドを持っていないという。

タブレットといった携帯端末やテクノロジーが生活の中で身近になった現在、子どもたちや学びにどんな変化があると思うか尋ねてみたところ、「我々はスマホやタブレットを活用してさらに子どもたちの遊びや学びをより良く促進させることができるという風に考えている」と語っていた。

また学校と連携しているということは、デンマークの教育システムに寄り添う形で行っているのかという質問をしたところ、意外で逆に興味深い答えが返ってきた。「既にレゴハウスで実践を重ねていて、ここでは既存の教育の枠組みではできないような違う取り組みをしている」

まだレゴハウス自体できて1年半ほど。現在は近隣の市町村の学校をレゴハウスに呼んでプログラムを行っているが、この学校向けプログラムも始まったばかりでまだ長く行われているわけではない。学校は学校、レゴはレゴでやるべきことをやればいい。自信を持ってそう答えるその姿にある種の清々しさを感じた。

日本で教育について議論する際、(特に学校教育の世界では)文科省の定めた学習指導要領にどのように寄り添うか考えなければいけないと言われるが、そういったアプローチは教育学を専門にして学んでいない者には大変取っ付きにくい。例えば、2020年から始まるプログラミング教育の必修化には、教育の専門家ではない各地のエンジニアやメイカーたちに学校が協力を仰がなければいけない場面も多々あると思われるが、おそらく戸惑う場面も多いだろう。日本のプログラミング教育やものづくり教育も「何が教育的によいか実践を通して検証しながらやる」という姿勢で各地域の有志が進めていったらよいのではないか、レゴハウスの取り組み方を見てそう思った。

教育に対する考え方がそもそも違うデンマークの社会

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今回デンマークの旅で訪ねた子どものいる家は、たいていどこに行ってもレゴがあった。ビルンで泊めてもらったメイカーで教師をしている友人の家のガレージにもメイカースペースが設けてられていて、その横には大きな電車のレゴのセットが組まれていた。レゴは全世界で最も有名な知育玩具の一つだが、特に北欧の家庭では広く受け入れられていると言っていい。

近年デンマークの教育はフォルケホイスコーレという、17歳半以上を対象とした私立の教育機関で注目されている。試験や成績評価もなく、学位や単位が取れる国のカリキュラムに寄り添った公式な教育ではないが、受けたい教育を受けるという考え方がデンマーク社会には一般に浸透しているようだ。プログラミングに限らず、教育を必修化して子どもが皆、同質の教育を受けられるようにする努力も必要だとは思うが、公式の教育ではなくともレゴハウスのように自然に遊びを学びにつなげられるような場所が社会の中に増えていったらいいのに、そのようなことも今回のデンマーク滞在で感じた。