Crafts

2014.08.20

Stockholm MIDI HACKレポート(DIY MUSIC in Europe)

Text by guest

今回から3回連続でバルセロナ在住の音楽ライター、類家 利直さんにヨーロッパのDIY MUSICシーンについてレポートしていただきます。尚、原稿をいただいてから、編集部の都合で公開が遅れたことに関して筆者の類家様にお詫びを申し上げます。(MAKE日本語版編集部)

去る5月17日、18日ストックホルムで音楽ハッキング・イヴェントMIDI HACKが開催された。音楽系のハッカソンと言えばMusic Hack Dayが年中世界の主要都市で開催されているが、このMIDI HACKは「音楽系プロトコル(MIDI・OSC・CVなど)とデジタル・アナログ音楽制作のためのバックボーンを祝福する24時間ハッカソン」と謳われたイヴェントで、MIDIをイヴェント名に冠していることもあり、何かしらのプロトコルによって機器を繋いだ作品を作るという方向性で行われていた。

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イヴェントの性格をうまく伝えているビジュアルイメージ

会場となったのは、日本ではまだ準備中だが、音楽配信サービスとしては世界最大手であるSpotify本社。普段はカフェテリアとしてミーティングや休憩などに使われているスペースで、常設のステージがあり、各種ライヴやカンファレンスなどのイヴェントも時々行われているが、これまでほとんど内部向けのものでオープンなイヴェントは今回がほぼ初めてだという。

主催者の一人Rikard JönssonはSpotifyの開発チームの一員で、その傍ら音楽レーベルJömmerdosaを運営している。もう一人の主催者でメディアアーティストのSebastian HöglundはRikardと数年来の友人で、彼らが知っている音楽テクノロジー企業の担当者に声をかけたところ、Spotifyを始めとしてTeenage engineeringやClavia、Tranparent speakerといったストックホルムに拠点を置く企業の協賛を受けることができ、再生する楽曲の歌詞を表示するSpotifyプラグインで知られるイタリアのボローニャの企業Musixmatch、さらにベルリンに拠点を置くAbletonやNative Instrumentといった業界でも大き目の企業もスポンサーとして付けることに成功した。

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ハッカソン前に各スポンサー企業によるプレゼンテーションでは、太い腕に入れ墨の入った迫力のあるAbletonの開発者や、地元ストックホルムの腕白企業Teenage engineeringの面々もスポンサー兼審査員として参加。彼らもハックに参加し、スーパーファミコンのコントローラーとネズミの形をした張りぼてでできたコントローラーを作ろうとしていた(トラブル発生で途中断念)。そんな、やんちゃな彼らの会社は後ほど別記事にて。

たった2人の主催で驚くべきネットワークだが、「各企業の誰に連絡するべきかを知っていた」とRikardは語る。参加者は地元のスウェーデンから3.4割で、北欧に加えてドイツやイギリスからも多数訪れ、トルコ やエジプトやアメリカからも参加者がいたという。

「今、身体的なデバイスを作るためにMIDIがまた改めて必要になっている。そして、MIDIは今でも使われていてよくできた枯れた技術だからね。」とRikardはMIDI HACKを思いついた理由を語る。

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インターネットに出回っている回路図を参考にしながら、Sonyの古いドラムマシンDRP-3(90年代の代物)をばらしてブレッドボードに繋げる。

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トランペットにArduinoを使ったモーションセンサーを取り付け、演奏中比較的動きが大きいトランペット奏者の動きをエフェクトなどに反映させようと試みていたが、うまく動きを検出できず、最終的にはトランペットの音量で各種パラメーターを変えるものになっていた。コンピューターとの接続はOSC。

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ハッキングが始まった段階から注目を最も浴び、会場全体のアドレナリンを上昇させていた感があったこのMIDIコントローラーなどがたくさんつけられたこのギター状の楽器。ドイツで医療系のエンジニアリングを学ぶ大学生と友人のヴィジュアルアーティストによる3人組。アコースティックギター1台とMIDIキーボード一台を壊して合体させ、さらにレゴブロックをスイッチとして利用したり、筋肉の電位を検出するデバイスも取り付けたが、そちらは動かず。

そしてプレゼンテーションでは完璧にロケンローなエンディング。音が出る前から、Teenage Engineering社の開発リーダーも「今日一番これが面白いよね」と話していたが、楽器としてこなれたものを作れていなくても、こんな閃きを持てる若い人たちは大変貴重だ。最終的にプレゼンテーションではそれほどMIDIコントローラーとして特別な結果は出していなかったが、Clavia社から賞としてドラム・シンセサイザーとドラムパッドをもらい、「壊してまた何か作るんでしょ」と皆に言われていた。Nord Leadで知られるClaviaには個人的に硬派なシンセサイザー・メーカーとしてのイメージを持っていたが、こんなアイデアに賞をあげる柔軟さも持ち合わせていたのだ!

おもちゃのレゴを使ったフィジカルなシーケンサーを作ったのは、今回のスポンサーでもあるNative instruments社のプロトタイプ制作チーム。下からライトで照らされたほぼ透明なパネルを土台として、その上にピアノロール編集画面のようにレゴを配置して、下からカメラで読み取り、シーケンスのデータを同社のサンプラーMaschineに流し込み、リアルタイムでビートを作っていく。アイデアと完成度から言って今回一番のハックだったと言える。プロ中のプロである彼らも今回はものすごく楽しんでいたようで、ハッキング中は「ガハハッ、ガハハッ」と会場でも一際豪快に笑い、余裕を持って無事作り終えた後のチームリーダーの満足げな顔が忘れられない。バイキングの末裔で文化的にも割と近いと思われるスウェーデン人たちも「僕たちとは違うんだよね」とクールに微笑んでいた。

会場でトイレに行こうとすると、トイレのドアの前をふさいでいたのがこのハック。大きすぎて普通に会場で作業できなかったらしい。無線で接続可能なジャイロセンサーをキューブ型の風船に取り付けて、再生するリズムパターンを切り替える。地元ストックホルムのサウンド・アーティストHåkan Lidbo氏。回してるうちにビデオの最後の方で、トイレの前の消火栓に引っかかって風船が破れ、結局プレゼンテーション本番では筆者が撮影した上のビデオをそのまま使っていた。遊園地とか公共の大きな空間でやったら楽しいだろうと話していた。

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同じくストックホルムのライヴ・エレクトロニクスのアーティスト・ユニットNoisebudのハック。蜘蛛の巣上に張り巡らした針金がコントローラーで、中心から伸びていくそれぞれの方向毎に各種パラメーターをアサインできる。ミュージシャンのハックはエンジニアに比べると、インベンションよりもパフォーマンスでの実用性に方向が向いていることが多く、興味深い。

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段ボール紙と電導性のホイルを貼り付けて作ったフィンガー・スタイラス・シンセサイザー。ただ音程をコントロールするだけならあまり驚きはないが、コントロールしようとしているのがグラニュラー・シンセサイザーで、グレイン(分割された音)の細かさやバラつきをコントロールするという点が非常に興味深かった。

音楽テクノロジーで知られるロンドンのクイーン・メリー大学の研究者Ben Benglerのハック。学術的な衒学趣味ではなく、音作りにきちんと向かい合っていた。

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落ちてくる水を金属の板で受け止め、センサーがそれを検出して音を奏でる装置。日本にも水琴窟のような古典的なインスタレーションがあるが、それの現代版として近いものがあるように感じた。ボトルのキャップを調節することで水滴が落ちる間隔を調節できる。

筋肉の電位変化を検出して、CVコントロール信号をKorgのMonotronに送るハック。回路図がオープンにされているMonotronならではか。

地元ストックホルムの若者たちが集まって作ったGoat beatbox。スマートフォンを使って合奏とビートメーキングを行うツール。ハック中もとても仲の良い友人が合宿しているような雰囲気で、一緒に音楽を楽しむツールを作ろうとしたのは自然な流れだったようだ。ヤギがフィーチャーされたのは、同じスウェーデンの会社によるGoat simulatorの影響か。

ピッチ検出とフレーズ認識によって歌声に合わせてAbleton Liveの各クリップをトリガーするMax For Live用のデバイスLook mum no hands。歌声に合わせて自然にビートを再生したり、ディレイなどのエフェクトをかけたりすることができていた。例えばJamie LidellであったりBeardymanのように手元で機材を操作してリアルタイムに声やビートを重ねてパフォーマンスすることが得意なアーティストがいるが、そういったことに熟達せずとも、あらかじめセッティングしておけば手を動かさずにそういったことができることがこのハックの新しい点。Abletonから賞をもらっていた。

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ターンテーブルの上で銀のボールを回転させて、そのカメラで読み取ったイメージで音をシンセシスさせる作品。ターンテーブルのスクラッチから発想を得て、同様にヴィジュアルの情報からスクラッチができないかと考えたそうだ。

これらの他にも、カメラからのイメージで波形を抽出するソフトウェア、MIDIによる照明コントロール、Googleスプレッドシート使ったシーケンサー、ゲームコントローラーを使ったハック等々紹介するときりがないほどユニークなアイデアが多数あった。

今回沢山の面白いハッキングが行われたこと自体とてもよいことだが、「何をやっているの」とハッキング中も質問できるような友好的なムードがあり(これがないところも多い)、また知らない者同士でも歓談できるような和やかな雰囲気で終始行われていたため、「今回はベストのハッカソンだったよね」という声がよく聞かれた。国際的に有名な企業で働く開発のプロフェッショナルやアカデミックな研究者もいれば、音楽に関係ないバックグラウンドのエンジニアもアーティストも専門自体が違う学生達もみんな混ざり合っていて、それぞれがイヴェントを盛り立てる役をしていた点もまた非常に心地良く素晴らしいものだと感じられた。本当に敷居が低く、取材していても逆に「あなたもハッキングに参加したらどうか」と言われ、ラップトップは持ってきていたので、どうしようか考えたぐらいだ。

今回これだけ幅の広い層が集まったのは、Spotifyの名前が大きかったということもあるだろうし、またあまり知られていないがストックホルムという場所が音楽テクノロジーにとって重要な人材が集まっているという要素も大きかったのではないかと思う。ストックホルムの他にない空気感として、会社の枠を超えて「みんなで作っている」感があり、そういった協力関係もこの土地には程よくあるようだ。今回MIDI HACKの後に、Teenage engineering社とClavia社を訪問する機会を与えられた。次回の記事でこれらの会社について取り上げたいと思う。

─ 類家 利直