Electronics

2015.10.28

「教育の世界では技術が長持ちする。チップを生産する会社にとっては10年以上持続する可能性がある市場」David Cuartielles(Arduino教育ディレクター)インタビュー vol.01

Text by Toshinao Ruike

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Arduinoの教育ディレクターDavid Cuartiellesはスペインのマドリードとバルセロナの間に位置するアラゴン州サラゴサの出身で、スウェーデンのマルモに12年ほど在住している。Davidは今もArduinoの開発にコアスタッフとして携わりながら、教育プログラム「Arduino Verkstad」を監修するために故郷スペインとスウェーデンをたびたび行き来している(スペインではバルセロナ・マドリードの2都市に加えカスティーラ・ラ・マンチャ州、ドン・キホーテの舞台にもなった地方で行われている)。先日のMaker Faire Rome2015で発表されたGenuino101は、これから世界10,000校で展開される教育プログラムで用いられることも発表されている。またDavidはアーティスト・クリエイターとしての顔も持ち、スウェーデンのマルモ大学のデザイン学科でメディア・アートやIoTなどのテクノロジーを教えている。

前回の教育プログラムのレポートに続いて、今回から数回に分けてDavidに行ったインタビューを掲載する。一回目はArduinoの教育プログラムとヨーロッパのテクノロジー教育の事情について話を聞いた。

Arduinoの教育プログラムはどのくらいの期間やり続けているんですか?

David Cuartielles: 実際はかなり長くやっているけれど、オフィシャルには昨年からなんだ。ディレクターとしてスウェーデンのオフィスで4人の教育担当のスタッフと共に仕事をしていて、その中で自分はArduinoを専ら担当している。

Arduinoの4人の共同創業者は皆、大学で働いていて、以前は特に誰が教育について戦略を決める必要があるとは思っていなかったけれど、教育プログラムについては誰か一人が専念する必要があると思ったんだ。

将来的にはもっと教育プログラムを拡大するつもりなんですね?

David Cuartielles: うん。

先日の教員向けの講習会ではアシスタント1名とあなたが自分で直接教えていましたが、もしプログラムを拡張するならもっと多くの人が必要になりますよね。

David Cuartielles: その通り。この間やったのは実は3年間に渡って行われた試験的な授業の最後で、だから今授業のために何をするべきか理解できたという段階なんだ。自分が何をするべきかわかった上で、人を頼んでやってもらうことも可能になるからね。だから今回は自分でやったけど、スペイン全体でプログラムを行うことになっても、スペイン全体を僕が見ることは無理だ。これからは大部分はオンラインでサポートしながら、それぞれの地域のディストリビューターの主導でやってもらうことになると思う。

スペインではバルセロナとマドリードをUltra-Labという会社がサポートしているけれど、他の地域でもそういうパートナーになる会社を見つけたいと思っている。ちなみにカスティーラとスウェーデン、そしてエクアドルは完全に僕だけの仕切りでやっているけれど、バルセロナとマドリードもそれほど多いわけではないんだ。それぞれ100校以下で、生徒数も合わせて2,000人ぐらい。この数は大きいようでそれほど大きくもないんだ。今度中国で行う予備試験的なプログラムでは400校あるから、かなり大きなものになるね。

それぞれの地域のディストリビューターを使わなければ、スペインのマドリードやカタルーニャ全体だって全部の学校でプログラムを行おうと思ったら、とてもArduino一社だけでは賄いきれない。これからはディストリビューターになる外部の会社と協力しなければいけない。

あなた自身はスペインで教育を受けて、その後スウェーデンで働き始めたんですよね。

David Cuartielles: スペインで電気通信学を学んで、ドイツではコンピューターアーキテクチャーについて学んだ。その後スペインとドイツでそれぞれ1年働いて、スウェーデンに行った。

ということは、各国の教育事情の違いもわかっているんですよね。

David Cuartielles: そう。ドイツとスペインだと本当に教育も違うんだよね。例えばドイツで僕が行った学校では試験はまったく筆記はなく、コンピューターアーキテクチャーについて試験する際もすべて口頭による試験で、とても奇妙な感じだったんだ。スウェーデンも教育は違っていて、僕の大学の講義は最大30人ぐらいの学生だけど、スペインではいつも120人ぐらいで講義を受けていたんだ。スウェーデンの方が学生との距離が近くて、インタラクションが多いし、兄弟みたいな関係になれる。もし僕がもう一度学生をするなら、スウェーデンを選ぶな。

一般的にスウェーデンの方が教育は進んでいますものね。

David Cuartielles: いやいや、必ずしもそうではないよ。テクノロジー教育の中身に関して言えば、スペインの方が幅広い。電子回路について学ぶこともできれば、アンテナについて学ぶこともできるし、僕は鉄塔を建てる免許まで取った。こういうことはスペイン以外ではほとんどないんだ。それぞれ利点があるからそれを生かして勉強すればいいと思うけど、スウェーデンの教育課程でとても気に入っているのは、ばらばらに違う科目を1つの学期に同時進行で学ぶのではなくて、スウェーデンでは1科目を5週間ずつ学ぶ形だから1科目ずつに集中できることだ。

Arduinoの教育プログラム(前回の記事)は大学で行った教育を元に僕が中学・高校の学生と教員のためにデザインしたものだ。さっき言ったように大学では集中する形で1日4~5時間のクラスがあるけれど、高校では週3時間だけだから、そこを当然考慮してデザインしなければいけない。

日本ではデジタルファブリケーションやプログラミングに関する教育は、工業系の学校を別とすると各学校で先生が個別に行っているケースがほとんどで、まだ他の国のように過程の中にきちんと組み込まれて多くの学校で行われているわけではないんです。日本はもちろんテクノロジーの発達した国ではあるのですが、スウェーデンやスペインの方がこういった教育に関しては先に進んでいると思います。

David Cuartielles: それはどこの国がのテクノロジーに関して進んでいるかというより、考え方が進んでいるかどうかという問題じゃないかな? 例えば教師に関していえば、スペインの教員の方がスウェーデンと比べると積極的にテクノロジーを理解しようとする。スウェーデンの教師はどちらかと言うと慎重に身構えていて、政治家の方がむしろ教師よりもCTC(Creative Technologies in the Classroom)教育については積極的なんだ。

スウェーデンと言えば、あまり大きな国ではありませんが、ゲーム会社などクリエイティブな方面の会社は多いですよね。昨年はストックホルムの音楽テクノロジー企業を特集した記事も書いたんですよ。

David Cuartielles: 僕の学校に通っている学生も卒業後そういった方面の産業で働いているね。国民の多くがテクノロジーのアーリー・アダプターでブロードバンドの普及率もかなり高い。スウェーデンは人口が900万人ほどだけど、国土自体は大きくて人が住んでいる場所が散らばっているので、デジタル技術はコミュニケーションの上で重要なんだ。

Arduinoの教育プロジェクトやスウェーデンの大学、一つの場所に留まらず色んな場所で働くメリットはなんですか?

David Cuartielles: まず一つ挙げるとすれば、昨年スウェーデンでエンジニア・プライス・オブ・ジ・イヤーという賞をもらったことかな。もちろん大学で働いていることはとても重要なことで、学校のシステムがどのように動いているかどうかわかるし、教育ディレクターとして働く上でも役立っている。一方でArduinoでもまだ開発に携わっているから、もちろんメカニズムに関して理解している。片足をビジネス、もう片方の足を教育に突っ込んでいるから両方を素早くリンクできるんだ。

最近大学では、IoTと人々についての研究を整えているんだ。様々な層の人々をテクノロジーに結び付けて、彼らの生活に与える影響について調べている。例えば職人とか学位なんかは持っていないような人たち、都市から50km離れたところに住んでいるメキシコ人たち、社会から疎外されてしまっているような人たちを織り交ぜてね。

僕は実は電子工学科ではなくてデザイン学科の講師なんだけど、スウェーデンのデザインは伝統的にユーザーを中心に据えてデザインする。一対一でユーザーと向かい合うシンプルなプロセスになるんだけれど、僕の考えではもっと大きなサイズの違う集団、例えば1,000人単位のユーザーと向き合って仕事をするためには、一対一で向かい合うだけでは得られないメソッドがあると思っているんだ。1,000人のユーザーと向かい合うためにはその予備研究を行ってメソッドを開発しなければいけない。例えば教育プロジェクトにおいても予備研究でまず教員に教えて、最終的に1,000人の生徒を教えなければいけないとしたら、それより一桁少ない100人の教師に教えなければいけない。

僕が現在やっていることは、どれだけ多くの人と仕事ができるか、またどのようにその評価を行うか、ということをデザインを含めて様々な事例に適用して考えるということなんだ。

デザインのための教育機関で働いていて、スペインで教員たちに教えるということはかなり違うことだと思うのですが。

David Cuartielles: うーん、君がどれだけデザインのことを知っているのかわからないけれど、デザインは国やその伝統によって随分違う。個人的には異なる伝統には異なる長所があると思う。もちろん誰もが思い浮かべるスウェーデンの工業デザインのイメージというものがあると思うけれど、スウェーデンとスペインはメンタルな枠組みが大分異なっていて、例えばスウェーデンはソフトウェア・デザインに関して優れている。これは、ユーザーのニーズをよく分析して、それを製品開発に取り入れて、よく議論しているから。例えばスペインの修士課程の学校に行って驚くのは、学生たちがユーザーをインタビューするという発想がまったくないということ。これは僕にとって基本中の基本で、その次に製品の分析がある。

また、教育の世界はビジネスの視点で見ると面倒くさいところがあって、テクノロジーの世界とは違う独自のリズムで動いているんだ。教育はまるでタイムマシンのようなところがあって、Arduino Unoで搭載していたマイクロチップは既に時代遅れになっているけど、教育の世界ではまだ使われている。毎年新しいものを使うということではなくて、教育の世界では同じ技術が5年、10年と使われ続けることも珍しくないので、一つの技術が長持ちする。またマイクロチップを生産する会社にとっては10年以上持続する可能性がある市場でもあるということなんだよ。

通常テクノロジーの新陳代謝は本当に速いですからね

David Cuartielles: そう。でも、教育は違う。テクノロジーのスピードが時速10kmなら教育のスピードは時速1kmみたいなものなんだよね。同じテクノロジーが長く使われるから、そこでもオープンソースが重要になってくる。ヨーロッパの組織の政治家や教育者はオープンソースのツールが教育の基礎で果たす役割の重要性に気付いていて、仮にベンダーがいなくなった後でも、オープンソースだから公開されている情報からそれに合わせて同じものを作ることができるという点を彼らは理解しているんだ。一つのプロバイダーに依存するのではなくて、同じかあるいは似たような技術を持ったプロバイダーが沢山いるから、それを作ってくれる誰かを探せば教育モデルは継続できるというわけだ。

<次回に続く>