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2018.03.16

東芝にメイカースペースを作りたいからハッカソンにでまくったメイカーたちの未来 ― 「つくるラボ」メンバーインタビュー

Text by Yusuke Aoyama

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企業のなかで部活やサークルといったメイカー活動に取り組む人々に注目してきた本連載、今回は「つくるラボ」を取りあげる。つくるラボは、東芝グループの社員が中心となって結成されたメイカーサークルで、アクティブに活動しているのは20人程度だが、コミュニティには80人以上が参加している大きなグループだ。

Maker Faire Tokyoには2016から2年連続で出展しており、その作品はレポートでも取りあげたことがある。2016年にクラウドファンディングで商品化された、光で絵を描くオモチャの「wordee™」*1は、つくるラボのメンバーが東芝にプロトタイプを持ち込み、社内スタートアップ制度の支援を受けて開発したもの。また、つくるラボのメンバーは、多数のハッカソンやコンテストに参加して高い実績を上げており、2017年だけで20を越える賞を獲得している。

大手企業の社員でありながら、また一方でメイカーとして社外でアクティブに活動する彼ら彼女らは、実はもともと東芝社内である目的を実現するために集まったのだという。一体、つくるラボのメンバーは、東芝社内で何を実現しようとし、そしてなぜ社外で積極的に活動するようになったのか。

コアメンバーの衣斐秀聽さん(東芝デジタルソリューションズ RECAIUS事業推進室 兼 東芝 デザインセンター)、大村美央さん(東芝)、松留貴文さん(東芝デジタルソリューションズ)、石原愛子さん(東芝 デザインセンター)、石垣純一さん(富士フイルム デザインセンター)、小川博教さん(GROOVE X)に話しをうかがった。(文と写真:青山祐輔)

実績作りとブランディングのためハッカソンへ

「つくるラボ」は、東芝グループの社員を中心としたものづくりサークルだ。約6割が東芝グループの社員で、残りが東芝グループ以外からの参加となっている。特定の企業のメンバーが中心に発足したのサークル活動にしては、さまざまな企業のメンバーが多いことに気がつくだろう。彼らの素性は、もともと東芝グループ社員だったが他社へ転職したというケースもあるが、実は東芝グループのメンバーに誘われて参加したという人の方が多いという。

そうした東芝グループ以外のメンバーがつくるラボに入ったきっかけは、ハッカソンだ。つくるラボの活動の中心にはハッカソンへの参加があり、多い者では2017年だけで24件ものハッカソンに参加している。つくるラボ全体では30件近く、しかも単に参加しただけでなく、多くのハッカソンで高い評価を得ているのだ。

そのひとつが「撮るだけユーチューバー」という、AIを利用した動画の自動編集ソフト。2018年2月にソーシャルメディア上にて、このソフトのデモ映像が話題になったが、実はこの映像はヤフー!が主宰したハッカソン「Yahoo! JAPAN Hack Day 10th Anniv.」にて行なったプレゼンテーションを収録したもの。そして、つくるラボはこのハッカソンで、最優秀賞およびHappy Hacking賞(ネット中継の視聴者投票と参加者同士の相互投票で最多得票)のダブル受賞に輝いている。

つくるラボの代表で、この映像にも登場している衣斐秀聽(いび・ひでき)さんが、ハッカソンを梯子する理由を「ハッカソンやコンテスト等で賞を取って実績を作り、世間の評価を集めることで、僕らの活動がどれだけ有意義かを証明していくのが目的」と語ってくれた。

つくるラボの発端にさかのぼろう。2015年11月に、東芝社内で新規事業のアイデアを公募するプログラムが実施され、これに衣斐さんが同僚と3人で「オープンイノベーションを実現するメイカースペースの設置」を提案したのだ。しかし、残念ながら、この時には提案が通ることはなかった。その理由は「実績」だ。つまり、メイカースペースを置くことが、本当に東芝にとって有意義なことなのかその時点ではわからないから、自分たちでやってみてエビデンスを示せ、というわけだ。

この頃は、すでにリコーの「つくる~む」やソニーの「クリエイティブラウンジ」など、企業内にファブラボやメイカースペースが設置される例はいくつか登場しており、オープンイノベーションという言葉が注目を集め始めた時期だ。衣斐さん自身はデザイナーであり、またオープンイノベーションに以前から興味を持っており、個人的にハッカソンに参加してことがあった。そうした経験から「人と一緒にものを作り挙げる」ことの楽しさを知っており、さらに「社外の人たちとのコラボレーション」にも大きな可能性があることに気がついていたという。

「東芝のエンジニアやデザイナーが仕事以外でも活動して、ものづくりへのモチベーションを維持しながらスキルアップにもなるし、人材交流にもなる。それに、こうした活動自体が東芝のブランディングになるんじゃないかっていうことも考えた」(衣斐さん)

そこで、メイカースペースの提案と並行して、一緒にものづくりに取り組む仲間を社内外から集めることを始めた。社内で組織横断的な集まりがあれば出かけて行き、サークルのアピールをし、社外でハッカソンに参加した時には、同じチームになった人たちに声を掛けた。こうして2016年4月頃には10人ほどのメンバーが集まり、その年のMaker Faire Tokyo 2016への申し込みが決まった。

その頃の話し合いを、副代表の大村さんが振り返る。

「どうやったらメイカースペースを作れるかって話し合いをやっていました。(中略)まずはMaker Faireに出て、その後ハッカソンに出て実績を作ろうっていうアイデアが出てきた。その一環で会社の外で認めてもらって、それで箔を付けようみたいな話しになった」(大村さん)

つまり、東芝の社内にいるメイカーたちが集まると、素晴らしい結果を生み出し、それは世間から高く評価される。その成果を持って、東芝にオープンイノベーションを持ち込もうという狙いだ。そして、つくるラボの2017年は、まさにハッカソンづくしの1年となったのだ。

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インタビューに参加いただいたつくるラボのメンバー。左から石原さん、石垣さん、松留さん、衣斐さん、小川さん、大村さん

年間30近いハッカソン参加で得たもの

ひとくちに「ハッカソンにたくさん出る」と言っても、それにどれだけの労力が必要となのか考えてみて欲しい。もともとハッカソンとは、ハック+マラソンから生まれた言葉の通り、基本的に長丁場のイベントだ。アイデア出しから企画のまとめ、そしてプロトタイピングを経て、プレゼンテーションを行なうという一連の流れを2~3日がかりで行なう。従って、徹夜することも珍しくない。

それにたくさん出ると言うことはかなりの労力を要するわけだ。しかも、それは仕事ではなく、あくまでもプライベートでの参加という立て前がある。つくるラボコアメンバーの松留さんは、2017年だけで24件ものハッカソンに出場した。

「僕は24回くらい。実は2017年の1月に初めてハッカソンに出た」と話す松留さんは、つくるラボのなかでは情報共有を担当する。その役割を端的に言えば、他のメンバーをハッカソンへ誘い出すこと。それ故、必然的にハッカソンへの参加数も多くなった。

「ハッカソンに出たくても、いわゆる大企業の人は「自分なんかが役に立つのかな」って思っている人が結構いたので、大丈夫ですよ、一緒に出ましょうって、外に連れ出しています」(松留さん)

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つくるラボ代表の衣斐秀聽(いび・ひでき)さん

そうやって数多く参加した理由は、前述の通り社内へのアピールのためもあるが、同時に社内外の仲間を増やすという目的もある。東芝グループ以外の企業に勤める小川さんもそんな風にして、ハッカソンで面識ができたのがきっかけで、つくるラボのメンバーとなった。

「2016年に東芝が主催したハッカソンがきっかけでした。それからしばらくブランクが空くんですが、気がついたら仲良くなっていた(笑)」(小川さん)

当初、小川さんは別のメーカーに勤めていたが、現在はロボット開発を手がけるスタートアップであるGROOVE Xに所属する。ハードウェア系のスタートアップということもあり、つくるラボのような活動やハッカソンとは親和性が高いのは納得できる。

「チームでエントリーするハッカソンの場合、気心の知れたメンバーで参加できると安心なので、そういうときは(つくるラボの存在が)すごくいいなって思います」「(興味があるハッカソンがあるときに)気軽に声を掛けられる。逆に、一緒に出ましょう、と声を掛けてもらったり」(小川さん)

もうひとり石垣さんの場合は、東芝内で釣り上げられたメンバーだ。現在は富士フイルムに所属しているが、以前は東芝で衣斐さんと同じチームだった。

「衣斐さんから一緒につくるラボをやらないかって声を掛けていただいた。その1カ月後に辞めて今は違う会社だけど、一緒に活動している」(石垣さん)

「彼は社会人になって1年目だったけど、すごくスキルが高くて目を付けていた(笑)。一緒に面白いことをやろうって誘って、ハッカソンに出た。一緒に作ってみないと、どんな適性があるのかお互いにわからないところがあって。他の人もそうだけど、一緒にハッカソンに出ると、急激に仲良くなれるし、信頼できる仲間になる」(衣斐さん)

もちろん、すべてのメンバーがハッカソンに参加しているわけじゃない。東芝でデザイナーを務める石原さんは、まだハッカソンには参加していない。

「つくるラボで作品を作ってコンテストには応募したんですが。でも、ハッカソンに参加したメンバーをちょっと手伝ったりしました」(石原さん)

とあるハッカソンにて、石原さんは参加していなかったのに急遽会場に呼びされ、プレゼンテーションに利用するための写真のモデル役を引き受けたことがある。そうしたムチャ振りも、つくるラボのメンバーがお互いに信頼し、親密なコミュニティを作っているからだ。

「会社のなかでは基本的にデザイナーで集まった組織にいるから、エンジニアと隣に座って作業するとか、一緒にものを作る機会があまりない。それを求めてつくラボに入ったのかな」(石原さん)

そんな石原さんの2018年の目標は、ハッカソンへの初参加だ。

「チームで進める楽しさを知った。あと、デザイナーだけではできないことがいっぱいあるんだなってこともわかった。本当に、小さい一歩ですけど」(石原さん)

ハッカソンへの参加は、かなりの労力をともなう。しかし、その一方で仲間とのものづくりはとても楽しく、またいろいろな発見がある。最初は、東芝内にメイカースペースを設置するため、オープンイノベーションの実績作りが目的だった。

しかし、つくるラボのハッカソンへの参加は、当初の目的をを越えた成果を生み出しており、それは単にメンバー集めや社内へのアピールだけに止まっていないという。

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つくるラボの活動活性化のために企画されたものが、社内スタートアップ制度の支援を受けて製品化された、光で画や文字を描けるオモチャ「wordee™」。2016年にクラウドファンディングを経て商品化された

コミュニティとして成長した1年間

東芝内にメイカースペースを作る、という目的から始まったつくるラボだが、当初の思惑を越えて、メイカー活動が好きな人たちのためのコミュニティとして着実に存在感を高めている。それには、ハッカソンというかなりの労力をともなうイベントへの参加が、大きな意味をなしている。

ハッカソンは、数日がかりで、時には徹夜もともなう。しかし、つくるラボのメンバーは、そこで高い評価を得ている。また、ハッカソンだけでなく、コンテストやMaker Faire Tokyoなどにも参加している。こうした活動において、労力を厭うことなく続けたことで、メンバー集めや実績作りだけではない効果も生まれた。

「テーマパークの開発を手がけるスモールワールズさんとか、機械加工や試作品製造を行なうスワニーさん、3Dプリンターメーカーのストラタシスさんなど、メイカー活動に理解のあるいくつかの企業にサポートしていだいています。打ち合わせとかワークショップとか勉強会とか、スペースが必要なときに使わせてもらっています」

つくるラボは、実のところ東芝のサークル制度などを利用したものではなく、単なる有志の集まりという位置付け。したがって、東芝社内で自由に使えるスペースなどをもってない。そこで、ハッカソンの主催や後援企業であったり、イベント会場で偶然声を掛けられたり、そのきっかけは色々だが外部の企業がスペースを提供してくれているという。

なかには、3Dプリンターやレーザーカッターといった加工機械を利用させてくれたり、また、実際の業務に用いる機材などでハッカソンの制作物の加工を手伝ってくれる企業まである。実は、今回の取材も支援企業のひとつであるスモールワールズが使用する、巨大な倉庫の一角を借りて行なわれたもの。

「スモールワールズさんに場所を借りて、つくるラボのメンバーに向けてワークショップをやりました。あまりアクティブじゃないメンバーにも、何かをするきっかけになればと思って」(大村さん)

「土日父親がハッカソンで不在というのに、同意を得るのが難しい場合もあるので、子どもと一緒に参加するワークショップがやれるといいなと思って。最終的には、(つくるラボの)外にも向けてできたら良いですね」(松留さん)

「一緒にハッカソンにも出てくれた会社もあります。スワニーさんと一緒のときは、彼らのおかげで成果物の加工のレベルが非常に高く、おかげで最高得点を取ることができました」(衣斐さん)

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つくるラボの活動拠点は、協力企業のスモールワールズのオフィスに使う倉庫の一角(提供:つくるラボ)

こうして、ハッカソンに参加し続けることで、新たなメンバーを増やしたり、外部企業からの支援を得たりしてきた結果、つくるラボの活動目的も変化しつつあるという。

「(実績作りという)大義名分で出まくっていたんですけど、なんか目的が変わってきている感じはあります」(衣斐さん)

当初、つくるラボは、東芝社内にオープンイノベーションのためのスペースを設けること、そしてそのための実績作りとしてハッカソン等に参加し、さらには東芝のブランディングを目指していた。しかし、この濃密な1年にわたる活動を経て、目的が変化しつつあるという。

「これだけ東芝じゃない人たちもいるなか、いろんなメンバーが集まれるコミュニティとして成長している。東芝に頼らなくてもちゃんと活動できるところになってきたのかな。なので、『つくるラボ』のこれからをどうしようかな、というのは考えなきゃいけない」(衣斐さん)

つくるラボのメンバーはそれぞれ、エンジニアやデザイナー、クリエイターとして何か作りたいというモチベーションがあり、それを満たすためのつくるラボだった。さらに、そのためには東芝の中にメイカースペースが必要だと考えていたが、衣斐さんは「なくても面白いものはつくれるようになっちゃった」と本音を漏らす。

つくるラボが2018年に目指す2つの方向性

企業としての東芝は今、厳しい状況に置かれているのは周知の通り。そうした環境のなかで、社員としてだけでなく、エンジニアやクリエイターとして、自分が置かれた環境のなかで何を行なうべきか。もちろん、個人として違う会社を選ぶことは、決して咎められるものではない。一方で、そこに残り、何かできることに取り組むのも、ひとつの選択だ。

「今、会社の状況が厳しいので、(オープンイノベーションを実現するメイカースペースを)作ることが難しいのはわかるんだけど、採用活動とかそういう宣伝活動にすごくなると思うんですね。『こういう人がいるなら一緒にやりたい』って思ってくれる学生さんはいるはず。それに、会社が分社化すると、グループとしては一緒だけど、やっぱり垣根は出てきちゃう。そういうなかで、つながりの一つになればいいなと私は思っているんですよね」(大村さん)

つくるラボのこれからの活動について、正直に言えば揺れていることは否めないだろう。東芝にオープンイノベーションを持ち込むため、またメイカーが活躍する企業というブランディングのために、ハッカソンなどの外部での積極的な活動を続けてきた。

しかし、その活動の結果、社外からの参加者を得たり、さまざまな企業からの支援を得たりし、所属企業とは関係なく、ひとつのメイカーコミュニティとして活動し続けるだけの基盤を得ようとしている。

「企業に所属しているってのもあって、サイドビジネスになるのは困るのもあるんですけど、(作ったものを)すごくリリースしたくなる衝動に駆られているんですね。特に、この『撮るだけユーチューバー』は、本当にニーズも確実にありそうなので、ちゃんと着地させたい。他にもリリースしようと思えばできるところまで来ているものがある」(衣斐さん)

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ROHM OPEN HACK CHALLENGE 2017グランプリ作品「ダンナダッシュ」。ハッカソンで生まれたアプリ(東芝デジタルソリューションズのAIである「RECAIUS™」*2が使われている)を、IoTデバイスに進化させた作品

コミュニティを維持するために、成果物から何らかの対価を経て、持続的な活動とする。それは趣味のコミュニティとしては理想的なエコシステムだろう。そして、つくるラボにはそれができるだけの人材と実績がある。

だが、つくるラボの中心メンバーが東芝グループに所属しているということが、コミュニティの活動の後押しになっている面もある。例えば、支援している企業も「東芝の社員なら会議室を貸しても大丈夫だろう」と考えている部分は少なからずあるだろう。それだけ、東芝の名前は大きいものだ。そして、そのメリットは、つくるラボに参加する東芝グループ社員だけでなく、社外のメンバーにももたらされているのは間違いない。

「(つくるラボでできた)つながりは、個人であれ、社内であれ、社外であれ、つくラボの中だけでのものじゃない。(中略)こういう活動をやっていること自体が会社にとってメリットがあると思います」(衣斐さん)

そのためにも2018年は、改めて東芝内での動きが大切になってくる。すでに社内でも話はしており、オープンイノベーションを実現するメイカースペースの設置に対する検討が始まっているという。そこには、他社における類似の取り組みや、世界的なオープンイノベーションへの指向に加え、つくるラボの存在が少なくない役割を果たしている。

リーダーの衣斐さんも「この動きは加速していって、社内でちゃんと着地できるようにやっていきます」と、そこには強い意志を見せている。

「実現性がいまいちわからないというのが、正直なところなんですけど。でも、社長にも、アプローチしたいという意気込みはあります」(衣斐さん)

「ハッカソンに出る数をちょっと減らして、良いプロダクトを外に出していく方向。クラウドファンディングを検討したり、他の企業さんとコラボしたりを検討しながらですね」(大村さん)

2017年のつくるラボは、当初の目標だったハッカソンでの実績づくりを確実に達成したといえるだろう。だが、2018年はその活動の方向を変え、プロダクトという形で外部へのアプローチ、そして東芝内のメイカースペース実現という、2つを目指す。そうした新たな場所、新たな取り組みで、きっとまたつくるラボの名前を目にすることができるのを楽しみに待ちたい。

*1:東芝デジタルソリューションズ株式会社は、オープンイノベーションの取り組みの一環で、光で絵や文字を描く技術と、「RECAIUS™」の音声合成技術をスタートアップ企業JellyWare株式会社に提供。JellyWare は本技術を活用して「wordee™」*2を開発し、販売中。
*2:RECAIUS、wordeeは、東芝デジタルソリューションズ株式会社の登録商標または商標。