2020.02.10
読者の声を取り入れて全面改訂! “回路観” を身に付けるための本、『Make: Electronics 第2版』は2月27日発売!「訳者あとがき」も公開
本書は「発見による学習(Learning by Discovery)」というプロセスを通じて学ぶ、新しい世代のためのエレクトロニクス入門書です。最初に実験または製作を行い、その後、理論を解説するという構成で、退屈になりがちな学習をより深く心に残る「体験」にします。本書で行う実験は「電気を舌で味わう」「電子部品の分解」「LEDを焼き切る」など。作例としては、侵入アラーム、反射速度計測タイマーなど、エレクトロニクスの重要な要素を理解するのに最適なものを取り上げました。また、本書では、ホビーとしてのエレクトロニクス(電子工作)を楽しむための実践的なアドバイスや、さまざまな法則や電子部品にまつわるコラムも収録。中・上級者でも楽しめます。第2版では、前の版への読者からのフィードバックを取り入れ、全面的にアップデート。新たにArduinoの解説が加わりました。
●書籍概要
Charles Platt 著、鴨澤 眞夫 訳
2020年02月27日 発売予定
B5変形判/336ページ/オールカラー
ISBN978-4-87311-897-0
定価3,520円
◎全国の有名書店、Amazon.co.jpにて予約受付中です。
◎目次など詳しい情報は、O’Reilly Japan – 『Make: Electronics 第2版』を参照してください。
●訳者あとがき
[第1版へのあとがき]
ある分野の体系を修めようとするなら、理論と実践の両方が必要だ。
分野によっては実践の割合が高い。スポーツや木工や写真、そして飛行機の操縦のように、経験時間が非常に重要になる分野がある。これらは主として、扱う対象が多くのことを語ってくれる分野である。触ってみなければ何もわからないし、実践することで確実に熟達していくことができる。
逆に理論の割合が高い分野もある。経済学のような分野は対象に直接触れることができず、形而上的に構成されている。だから検証済みの理論の組み合わせを机上で学んでいくことで習熟していくことができる。とはいうものの、多くの分野は実践に重きを置いている。人間は体験したことしか理解できない。理論は実践を体系付け、さらなる高みに上るための道具なのだ。理論を先に学ぶことがあるのは、それによって体験による学習の効率が上がるからだ。
エレクトロニクスは、この意味で特殊な分野だ。理論なしに実践することは可能ではあるが、そのようにすること、つまりキットをひたすら組み立てるとか、お手本の回路をコピーして動かしてみるだけでは、絶対に自分で何かを作り出せるようにはならない。それだけではない。理論をひたすら学んでいても、やはり何かを作り出せるようにはならないのだ。これは実際のデバイスのふるまい、特にデバイス同士を組み合わせたときの理解が難しいというのが第一の理由だが、カバーする分野が恐ろしく広いため、ある分野の理論だけを詳細に学習しても実用的な応用に結びつかないということもある。
カバーする分野の広さは、エレクトロニクスの独習を非常に困難なものにしている。素子のふるまいを説明する物性物理、回路の各部分での電気の状態を教えてくれるアナログ電子回路、論理動作を規定するデジタル電子回路の話だけでもそれぞれ1冊の分量になるほどなのに、電磁気学、プログラミング、音響学、その他諸々の、深入りしようとすればいくらでも深入りできる、学ぶことで作品の質が飛躍的に高まりそうな分野が背景に控えており、それぞれの優先順位がとても付けにくくなっているのだ。
優先順位の問題は、出版される書籍にすら反映されている。超初心者向けの、あまり実用につながらない総合的な入門書、わかっている人に向けた個々のトピックを掘り下げる解説書、授業の副読本として使う備忘録のような「教科書」ばかりなのだ。ウェブの情報も同様だ。このような状況では、独習するのは非常に難しいものがある。
また、これは日本特有の問題だが、日本人には“イントロダクション”が弱い、という非常に明らかな弱点がある。全体をまとめる概説をやらないために、個々のトピックが非常にバラバラに説明されてしまうのである。著者の能力は高く、細部は非常に強いのだが、それをまとめる考え方の説明が足りないのだ。「ここではXXの使い方を学びます」と書いてあっても、それを学ぶ意義が語られていないため、著者を信じて黙ってついて行く必要があったりする。意義を説くのは技術者らしくない、という考えがあるようだが、著者の能力を測ることができない初心者に、これを強要する傲慢さは許しがたい。このようなことから、本で独習するというアプローチが実用にならない場合は多い。エレクトロニクスのようにカバーする範囲の広い分野では、特に顕著だ。
それでは先人たちは、どうやってエレクトロニクスを学んだのだろう。先生に付くことによって、である。師匠が居れば、実際の回路を作るのに何が重要で何が重要でないかを教えてくれる。膨大な理論とデバイスの性質について、どれを詳細に知る必要があり、どれを軽く流してよいかを教えてくれる。理論と実践の狭間に大きなギャップがあれば、そのありかを教えてくれる。設計しやすいように回路を分割する方法を教えてくれる。どのツールが便利か、またそれを選ぶ基準はどこにあるかを教えてくれるのだ。授業で、研究室で、技術屋同士の会話の中で、それらは伝えられ、電子回路が「できる」人は、そのようにして作られていく。
それでは、独習は本当に不可能なのだろうか。体系立った知識をもとにした「回路観」を、書籍から学ぶことは不可能なのだろうか。実のところ、それに真っ向から応えたのが本書、『Make: Electronics』である。
この本では、読者に可変抵抗器やリレーを分解させ、LEDを焼損させる。電池を舐めさせ、ショートさせた上で、そこに流れた電流を計算してみせる。実際に手を汚した上で、その裏にある理論を実感的に解説するのだ。扱うトピックを現実的な範囲に限っていることもよい。1章はオームの法則をはじめとする電気一般、2章はスイッチング、3章は実製作上のノウハウと考え方、4章は555タイマーとロジック回路、5章は応用分野の紹介だ。
このようなスタイルと構成のおかげで、他で得られない体系的な基礎が身に付く。知識の優先順位が巧妙に考えられているのだ。そしてこの本を終えた後は、どの分野を掘るにしても自信を持って踏み出せるようになっている。米国ですでに「21世紀のエレクトロニクス入門書」との評価を得ているのだが、これは当然だとすら感じられる。
このような書籍が、このタイミングで出てくることは必然ではある。メディアアートやパーソナル・ファブリケーションの勃興は、大量のアマチュア回路技術者を生み、これからもたくさんの人が電子回路を学ぼうとしている。既存の学校やワークショップでは、すでに容量が不足しており、コストももっと安くなるべきなのだ。エレクトロニクスにも、優れた書籍による独習が可能になるべき時なのだ。
翻訳に当たっては、原文の平易な文体を崩さないことに気を配った。体系的な平明さ、非プロの知的な読者に理解しやすいことを重視した本であるため、一般的な電子回路用語とはどうしても相容れない表現もあったが、その場合は原文の様子を尊重しつつ、日本の用語に出会ったときにそれと判るようにした。みずからを電子回路のライトユーザーとしか考えていなかった人たちが、本書によって体系的な回路観を得て、これまでプロすら考えも付かなかったような作品群が現れることを訳者は確信している。
[第2版へのあとがき]
本書は2015年に出た『Make: Electronics Second Edition』の日本語版である。まずは訳出の遅れをお詫びする。いろいろと現代的にアップデートされ、大きく変わったように見える本書だが、特徴的な精神は変わっていない。著者言うところの「発見による学習」により、エレクトロニクスの基礎から一通りの応用知識までを、ひと繋がりの自分の知識として身に付けさせてくれる。
第2版で大きく変わった点は以下の通りである:
・マイクロコントローラにArduinoを使うようになった
これが一番目立つところだろう。初版ではPICAXEを使っていた。PICAXEは接続に特殊なUSBケーブルを必要とするものの、マイコン自体は高くなく手軽だ。主にチップとして販売されているという無駄の無さと、BASICによるトラブルの少ないプログラミング環境は、自己学習に向いていると思う。ただし英語の情報が読めれば、である。著者の方では、なるべくよく出回っていて消えそうにない、情報の多いものを使うという方針を採用したことにより、Arduinoに切り替えたようである。訳者はPICAXEが好きなので、すこし惜しくも感じたが、むしろ当然の選択だろう。
筆者のプログラミングスタイルが割に「ウォーターフォール」スタイルに偏っており、まずはかんたんに動かしてみる、というArduinoの「スケッチ」的なスタイルを踏襲しないのには注意が必要だ。電気一般については「まずはやってみろ」なのに、プログラミングについては妙におかたく「計画しろ」と言っているのは、ちょっと可笑しくもある。とはいえプログラミングでも発見的に「やってみてエラーを見て考える」は十分に可能だし、よく言われるようにプログラムは計画通りに動くわけではなく、書かれた通りに動くものなので、これは不可欠でもある。ここらはArduinoの本で補うのがおすすめである。
・囲み記事扱いだった「背景」「基礎」などが本文の章になった
これは電子書籍に対応した変更である。囲まれていた部分が本文同様の扱いになると、本文の分量が増えたように感じられ、読み切るのがすこししんどく思えるかもしれないので、どんどん飛ばして、あるいは箸休めのつもりで読んでほしい。
・ブレッドボードの写真がイラストになった
これはかなり明快になったと思う。
・点滅回路がPUTからトランジスタになった
・74LSシリーズのICをに使っていたのが74HCに統一された
・プラ工作がなくなった
これらは手に入りにくい部品の置き換えや、人気のなかった記事の差し替えによるものだ。逆に変わっていないのは、上述の哲学部分と基本構成だ。「1. 電気の基礎」→「2. スイッチング」→「3. 少し応用(ハンダ付けやプロジェクトの進め方)」→「4. チップと555タイマー」→「5. さらなる応用(電波、音、マイコン等)」のままである。訳者の大好きな555タイマーの解説など、さらに充実した部分もあるので、楽しく読んでもらえると嬉しい。
— 鴨澤眞夫