Crafts

2020.12.10

環境に配慮した自給自足生活を送るためのタイニーハウス「Niu House」

Text by Toshinao Ruike

バルセロナのGreen Fab Labは、長閑な山の暮らしとエコロジーについての最新の研究が並行するユニークな場所だが、メイカーの世界でもエコロジーに関心のある人々の間でもそれほど有名なわけではない。地元の建築系大学院に運営されていて教育と研究により重点を置いているので、一般向けの広報にはそれほど力を入れていないということかもしれない。そんな“知る人ぞ知る”Green Fab Labを時折訪れて、IoTを活用した蜜蜂の巣箱などについて取り上げ、かれこれ5年ほどの月日が経った。


スマートデバイスが取り付けられた巣箱。以前は生息していなかったスズメバチに捕食され、昨冬蜜蜂が全滅してしまった

記事にした回数はそれほど多くないが、自分自身の楽しみのためにも定期的に様子を見に足を運んでいる。久しぶりに訪れても何も代わり映えしないこともあるが、「エコロジーや自給自足のために技術をどのように適用するか」というコンセプトが具現化され、逆に「ここまでしたの?」と変貌ぶりに驚くこともある。

今回は、エコロジーと自給自足に配慮して昨年夏に作られたタイニーハウス、Niu Houseを取り上げよう。

Green Fab Labの裏庭の木立の中に現れた、なんとも可愛らしい小さな家だ。太陽電池が屋根に付けられ、壁として貼り付けられた板が水を集めるようになっている。設計は3Dモデリングソフト、Grasshopperを使って6週間かけて行われた。

予算は200万円ほど。学校のプロジェクトなので、人件費は含まれていない。19名の建築を学ぶ学生たちが8週間かけて施工を行った。

外壁と木枠は地元の森から採取された木材が利用されている(内装のための合板は購入されたもの)。割と簡単な作りのように見えるが、実際レーザーカッターで切った板材が木枠にネジで止められているだけ。

そしてこの家は壁の板を伝い落ちる水を集められるようになっている。防水用の塗料を使っていないため、住宅としての寿命は3~5年ほどだという。

2階建てになっていて、1階は6畳ほどのスペースにバス・トイレ・キッチンが付き、2階は4畳ほどのベッドルームになっている。

1階には飲み水が供給されるキッチンにトイレも付いている。

階段を上がった2階はベッドルーム。

薪ストーブは付いている。しかし家自体が木製で耐火性も低く、弱点だらけではある。

基礎も礎石の上に立てられてるだけ。耐震性も低い。スペインだからまだいいが、地震の多い日本では、残念ながらすぐに家が傾いてしまうだろう。作ることが簡単、ということが耐久性とのトレードオフになってしまうこともある。デザインは素晴らしいのだが、私は童話「三匹のこぶた」に出てくる狼に簡単に壊された木の家を思い出した。

木材がどこからどのように伐採されたのか、そのプロセスが確認できる

レーザーで作成に携わった者の名前が記され、またトレイサビリティのため、木材がどのように採取されたかについて情報が得られるQRコードも板材に描かれている。実際に上のコードを画像から読み取ると、産地と木の種類、木に含有されていた炭素量の推計、さらに「葉っぱがお茶としても使える」といったトリビアまで、さまざまな情報が得られる。

電力は太陽電池から、水は雨水から、暖房は山に落ちている薪を使う。耐久性に優れているとはとても言い難いところが玉に瑕だが、自給自足とサステナビリティに最大限配慮しているのがポイントだ。

改良版タイニーハウス、VOXELと環境に配慮した森林管理

すでに改良が進められ第2弾のタイニーハウスも完成している。ロックダウンが6月に緩和された後、発表された改良版VOXELだ。

表面を焦がした焼板とCLTと呼ばれる繊維方向が直交するように積層接着された板材が利用され、釘や金物を使わずに木材に切り込みを入れて、組み木状につなぎ合わせたため、耐久性が向上しているという。

VOXELには全て近隣の森から伐採して調達した木材を用いた。また上のグラフ図のように、木材が使われた家の部位毎に、製作の過程で排出されあた二酸化炭素量(赤)と木材が伐採までに吸収した二酸化炭素の量(緑)が色分けされ表示される。また伐採した木の種類などのデータはスプレッドシートにまとめられ、伐採された場所はGoogle Earth上にピンで記録されている。

一度は伐採のため禿山になったこのValldauraの土地だが、今は森林資源の利用だけでなく、環境に配慮した管理が行われている。

切り出した木の断面はスプレーで色付けされている。これは伐採後、木材としてどこに使われるかを後から追跡しやすくするための工夫だ。

エコロジーや自給自足というテーマから活動の焦点がぶれないFab Lab


タイニーハウスの模型

Covid-19が流行して以降、「山奥に隠遁してソーシャルディスタンスを保ちたい」という向きもあるかと思うが、現在このGreen Fab Labは、山の中にいることを忘れてしまうほど都市での生活と遜色ない生活ができる快適な施設になっている。以前の古い家に少し手を加えただけで何もなかった頃の不便さが多少懐かしく思えるほどだ。

2014年頃にバルセロナでFab 10(世界中のFab Labメンバーが集まるカンファレンス)が開催された際に外部に公開され、日本も含め海外からも多くの人々が見学に訪れたころは、まだ苔や藻を使って発電を行う装置などいくつかのプロトタイプが置かれていただけで、研究施設としても、生活の拠点としてもほとんど整えられていなかった。当時インターネット接続も速度が十分でなく不安定だったため、ネットで調べ物をするために山を降りていたほどだった。

建物のかつて礼拝堂だった場所は会議室になり、厩舎だった空間にはCNCマシンなど機材が入り木材加工用のスペースになり、屋根裏には寝室が設けられた。生活に一通り必要なものも揃えられ、最近新設された大学院のコース、MAEBB:Master in Advanced Ecological Buildings and Biocities(エコ建築とバイオシティのための修士課程)の学生が常時住みながら研究するようになった。

近年のエコロジーに対する関心の高まりもあり、この施設に入って研究したいという学生は増えている。自然に囲まれた生活空間でのびのびと研究生活を送る、それだけでも十分魅力的だが、今日までこのGreen Fab Labが存続できたのは、「環境に負荷をかけず、オフグリッドで自律的な自給自足生活を行う」という目標に沿って、軸をぶらさず地道に研究や教育活動を継続してきたからだと思われる。

Green Fab Labも3Dプリンター、レーザーカッター、スマートデバイス、ドローン、ロボティクス、AIとここ数年のトレンドの技術を時々で導入してきたという点は他のFab Labやメイカースペースとあまり変わりない。しかし、その使い方はエコロジーに特化されていたので、他との差別化が目的だったわけではないと思うが、個性的なものづくりの場になった。

ヨーロッパでは「バイオハック」や「光学」や「教育」など特定の分野に特化して運営されるメイカースペースやFab Labが近年増えているが、DIYやものづくりを漠然と志向するのではなく、このGreen Fab Labのように最初からある程度テーマを絞った方がスペースの運営の方針がうまく立てられるのかもしれない。