Electronics

2014.07.28

iPhone/iPadから家電を操作する「IRKit」— ウェブサービスを作る感覚でハードウェアを作る(Maker Pro Jp)

Text by guest

電子工作に苦手意識のあったソフトウェアエンジニアが、“赤外線デバイスのベースステーション”をどうして作ったのか?—「IRKit」の大塚雅和氏に話を聞いた。

デバイスは赤外線の信号を出すだけの箱

IRKitの実物を持ってみると、おもいのほか軽い。もっともデバイス側は、wifi経由でサーバから中継されたコマンドを赤外線通信でターゲットの家電に送るだけ。リモコンとして、ユーザーの命令を受け取るのはIRKitのリモコンアプリだ。デバイスと同じwifiネットワークにいなくても、インターネットサーバを経由することで遠隔操作が可能となっている。

デバイスとアプリの組み合わせで、体験として、外出先からテレビやエアコンのオン/オフを操作することであったり、家の中でもテレビのリモコンのボタンが多過ぎる場合など、必要な機能(ボタン)だけをiPhoneアプリ上においてリモコンの代わりにするなど、快適な家電操作を提供する。

デフォルトのリモコンアプリはシンプルに操作することを目的としたものだが、iOSアプリ開発用のSDKが提供されているので、多少のiOSアプリ開発の知見があれば自由にアプリを開発できる。現在、位置情報をトリガーに赤外線コマンドを送信できるアプリやシンプルなデフォルトのアプリでは足りない機能を補うものなど、3つのIRKit対応アプリが出ている。位置情報を使って、外出先から自分の状態にあわせてエアコンなどの家電をコントロールしたいというのは多くの人が持つニーズの1つだ。赤外線の信号を出すだけの箱(デバイス)を受け皿(ベースステーション)として、家電を操作するリモコンという新しいジャンルのアプリが誕生している。

また、IRKitデバイスはArduino派生のデバイスなので、未使用のピンを使ってセンサ類を追加し、よりリッチな、あるいはカスタマイズしたリモコンにできる。Arduinoの拡張性を楽しめるというのも大きな特徴。たとえば、IRKitデバイスのLEDの光り方を変えたければ、Arduino IDEを使ってスケッチを書けばOKだ。

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IRKitとリモコンアプリ

「作る人を増やす」理念とエコシステムヘの広がり

大塚さんが前職のカヤック時代に開発した有名なウェブサービスに「wonderfl」がある。ご存知のように、これはブラウザ上でリアルタイムにActionScriptが実行できるというもので、ユーザーは投稿されたコードを実行し参照し、さらにコードをfork(改変)できる。ユーザーとともに大きなコミュニティを作り上げたサービスだ。このwonderflを作った大塚さんが、今度は、どうして「IRKit」を作ろうとしたのだろうか?

デバイスを作りたいというのは、入社から5、6年経って自分の技術者としての「飽き」とヒットしやすいアイデアの種としていままであまりやられていないところにいこうというのがあったという。「ただ、カヤックではデバイスを作っていなかったし、人ともつながっていなかったので、どうすればいいかわからないまま悶々と踏み出さずにいたんです」(大塚さん)。アイデアとして、誰もが不満に思っていることにリモコンがあると思っていた大塚さんだが、ハードウェアへの苦手意識もあってなかなか進めずにいた。Arduinoやmbedなど、ツールキットはたくさんあるが、そのツールキットを使って何か新しいものをゼロから作ろうというのは、実はとてもパワーがいる。

しかし、この経験がIRKit開発につながる。自分と同じように電子工作への苦手意識があって、踏み出せずにいる人たちの助けになるような何かを作りたい。それはツールキットのような何でもできるベースではなくて、wonderflみたいに完成品が楽しめて、そのソースコードが見れる、というものがより作る人を増やすきっかけになるんじゃないかと。何かをゼロから作り出すというのは敷居が高いが、「1」があって、それが自分の目的に完璧にフィットしていないときに少しいじることでやりたいことを実現するということのほうが踏み出しやすい。ツールキットという状態だと踏み出しにくい人たちでも、完成品をいじるということで敷居が下がる。

「いまも『作る人を増やす』というカヤックの理念がすごく好きです」と大塚さんは言う。ものづくりをするということは、少なくともその間は何か相手のことを思いやりながらということになる。そういう人が増えるというのは、世の中にとっていいことだと。何かしら作る人のためのサービスや作る人が増えるような仕組みをもったプロダクトを作ろうという気持ちがあるのだという。

この大塚さんの狙いは徐々に広がり、IRKitを利用するためのエコシステム的なものができつつある。前述のように、IRKitはデバイスだけを売っているわけではない。インターネットサーバのAPI、iOSアプリ用のSDKも含めて提供している。この公開されたIRKitのサーバAPIをラップしたクライアントのライブラリがRubyやJavaScript、Python、Goなどで有志により開発されている。

IRKitを家電として製作し、販売する

IRkitデバイスにはArduino leonardoと同じマイコンが使われている。Arduinoをベースに、最初は、Bluetooth対応だった。山口のMini Maker Faireに出したのはこのBluetooth版。ただ、やはり外出先から操作したいというの要望が大きいということがわかり、wifiに切り替えた。自分用に1つ完成するが、それでは電子工作事例をブログに書いているのと同じ。広くみんなが電子工作の敷居を乗り越えるためのベースになるものにしたいということがあって、量産を目指すことになる。ちなみに、大塚さんは2013年9月末にカヤックを退社し、カヤックの中で開発が進んでいた部分を買い取って個人のプロジェクトにしたという。

IRKitデバイスの樹脂の筐体は株式会社ミヨシさん、また基板の製造・実装は岐阜県の久田見製作所で製作している。株式会社ミヨシさんはRAPIROの金型製造担当も担当している。こうした工場の方とつながれたのも大きかったという。ミヨシさんとはEngadgetさんのワークショップで、久田見製作所さんとは知人のつながりだった。「最初は100台売れたらいいなという感じで話していたんですが、その規模の間は、彼らにとってはたいしたお金にならない。というか、小さな話なんですよね。でも一緒に、もっとたくさん売れるようにしようということを考えてくれたりする。もっとこうしたらいいとか一緒に考えてくれる。チームみたいな意識が持てたのがうれしかったです」(大塚さん)。

ただ、これまでソフトウェア開発の経験しかなかった大塚さんにとって、ハードウェアの開発はわからないことだらけだった。100個の部品の調達先だったり、3Dプリンタ出力の造形と金型の違いだったり。3Dプリンタの造形方式は下から樹脂を積み上げていくものだが、金型で樹脂を固める場合は抜き勾配などを考える必要がある。また穴の作り方によっては金型の組み合わせが複雑になったりする。また、基板製作に伴う検査が、最初のうちはなかなかうまくいかなかったという。経験がないと検査の必要性があまり認識できないかもしれない。回路図とファームを書いて、製作したものをサンプルにあとは部品を工場に渡せばいいと。しかし工場の人は、それがどういうふうに動作するものか正確には知らない。そのため、基板が正常に動いているかどうか検査することは必須なのだ。IRKitの場合、大塚さんが検査プログラムを書いて、その検査工程が起動に乗るまで何度か調整が必要だったという。

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IRKitの基板の検査機v1はArduinoとレーザーカッターを使って制作(以下の写真提供は大塚さん)

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3Dプリンタを使って穴の位置や上下パーツの組み合わせを確認

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樹脂製のケースは株式会社ミヨシが射出成形法で製造する

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岐阜の久田見製作所にて。朝日を浴びる、IRKitの最初のロットの基板

個人という立場でハードを試作・製作してきた大塚さんに、気になるコストの部分を聞いてみた。意外にも、1000個作るのはたいへんだけど、100個はそうでもないという。「一番高いのは樹脂のための金型で、それでもこれくらいのものであれば100万円はいかない。最初の100台にトータルで100万円くらい」とのこと。

もっともプロトタイプなら、香港や深圳の工場なりに依頼すれば、時間をかければより安く基板が作れるようになっている。部品購入のノウハウ、3D出力モデル→金型のノウハウも、前述のミヨシさんはセミナーなど開催しているし、プロトラブズというオンライン見積りができるところもある。事例も増え、個人や小さなチームでもこういったデバイスが確実に作りやすくなってきている。

カヤック時代に新しいウェブサービスやアプリを実験的にいろいろ作ってきた大塚さん、「同じ感じで実験的に100台売ってみて、うまくいったら1000台作るとか、そういう流れは増えるんじゃないか」という。これからやってみたいと思っている人には「まずやってみなよと言いたい」と。困っていると助けてくれる人は多い。ウェブサービスやアプリは困ったらつぶやけばいいけれど、それよりは人が助けてくれる、と。

今後の展開としては、アメリカでの販売に向け、いまFCCの認証について調べているところ。プロダクトとしては、リモコンとウェブの仲介役というは機能は完成されていると思うので、クライアントを充実させたいという。クライアント、アプリがさらに充実していけば、HTTPにアクセスできるクライアントから何でも赤外線信号が送れるという、その可能性はもっと広がるはずだ。

— 大内 孝子