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2016.10.28

「Scratch Conference 2016」を終えて — パパート氏の構築主義は世界中へ浸透している:阿部和広さんインタビュー(前編)

Text by Noriko Matsushita

2016年8月4~6日、教育用プログラミング環境Scratchの国際会議「Scratch@MIT Conference 2016」が米ボストンのMITメディアラボで開催された。本イベントに参加された青山学院大学客員教授の阿部和広さんに、Scratchの現在と未来、日本におけるプログラミング教育の課題について、話を聞いた。(構成:松下典子、Scratch@MIT Conference 2016の写真提供:阿部和広さん)後編はこちら

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メディアラボにおけるScratch Conferenceの開催は2年に1度で、世界最大規模のものとなる。今回は、プログラミング教育に関する研究者や学校の先生を中心に、約400人が参加。そのうちの半数以上が米国外からの参加で、また初参加の方も半数近くを占める。これは最近のScratchの盛り上がりぶりを反映したものといえるだろう。

Scratch Conferenceは、キーノート、プレゼンテーション、パネルディスカッション、ポスター発表、イグナイトトーク(5分間の短いプレゼンテーション)などで構成されている。初日に行われたミッチェル・レズニック教授のキーノートでは、Scratchの登録ユーザーが約1,300万人に増えたこと、世界各国で開催されているScratchのお祭り「Scratch Day」の様子が伝えられた。

Scratchが子どもたちの表現手段のひとつに

Scratchのコミュニティは世界中に広がり、子どもたちからも「Scratchに出会って僕の人生が変わった!」などという数多くのメッセージが届いているそうだ。その例として、世界中のユーザーと分担しながらアニメーション作品「Color Divide RPG」シリーズを制作しているタリン・バゼル氏が登壇。制作過程や世界的なコラボレーションの様子を熱く語ってくれた。彼女はもともと引っ込み思案で、内向的な子どもだったが、Scratchを通じて世界中のユーザーと交流したことで、世界が広がり、性格もオープンになったという。プログラミングは子どもにとって、ひとつの表現の場となる。作品のクオリティも非常に高い。分業することで大きな作品が作れるのもコミュニティならではの魅力だ。

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パパートの構築主義は確実に引き継がれ、世界中へ広がっている

当初、初日後半には次世代Scratchが紹介される予定だったが、7月31日に亡くなられた、MIT名誉教授シーモア・パパート氏の死を受けて、パパート氏の功績を紹介する内容に変更された。パパート氏は、子どもは具体的なものづくりを通して知的な枠組みを構築するという「構築主義」を提唱し、子どもを対象にした初めてのプログラミング言語「LOGO」を開発したことで知られ、パパート氏の後継者であるミッシェル・レズニック氏は、“Scratchの祖父”と呼んでいる。実際に、Scratchにはパパートの考え方やアイデアが多く取り入れられている。パパート氏の精神は、Scratchを通じて確実に世界中へ広がってきており、これからも広めていきたい。

拡張機能や派生バージョンで広がるScratchワールド

今回、特徴的だったのは、30~40分のまとまった時間のセッションが少なく、パネルやポスター発表、数分間のイグナイトトーク、参加者が実際に手を動かすワークショップが多かったこと。これは発表者が急増したのが理由だろう。ポスター発表の会場も従来の1フロアから2フロア、さらには2日に分けての開催となった。あるワークショップでは、カリフォルニア大学バークレー校などが開発しているScratchの派生バージョン『Snap! 』を3D拡張した『Beetle Blocks』が紹介されていた。Beetle Blocksでは画面でプログラムした立体物を最終的に3Dプリンターに出せる。バーチャルとリアルがつながる面白いアイデアだ。機会があれば、日本でもやってみたい。

Scratchの元リードプログラマーで、現在はアラン・ケイが主宰する研究グループ(HARC、Y Combinator Research)に戻っているジョン・マロニー氏は、Scratchからインスパイアされた汎用のブロックプログラミング言語「GP(General Purpose)」の開発に取り組んでいる。Scratchは、「low-floor(低い床:誰でも始められる)」「high-ceiling(高い天井:高度な機能)」「wide-walls(広い壁:多様性のためのサポート)」がテーマだが、この「ceiling(天井)」をもっと高くして、CやRuby、Javaに相当するポテンシャルをもったプログラミング言語に変えていこう、というプロジェクトだ。

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私たちのポスター発表では、日本の合同会社ソフトウメヤがScratch 1.4をiPadに移植した「Pyonkee」のデモを行った。現在MITでもタブレット版Scratchを開発中だが、もう少し時間がかかりそうなので、その期間を埋めるものとして提案した。Pyonkeeの特徴は、iPadに内蔵されている加速度センサーなどが使えることと、Scratch遠隔センサープロトコルを介してネットでつながることだ。複数のデバイスのPyonkeeやScratch 1.4を混在させて、変数を共有したり、イベントのトリガーを送信したりできる。例えば、ある子どもの作品でボールが画面の端まで転がると、隣の子どもがボールを受け取ってつないでいく、といったことができる。Scratch 1.4が動作するRaspberry PiやWindows PC、Macの間でもデータのやりとりが可能だ。そのほか、スイッチサイエンスのPicoBoard互換機であるnekoboardのセンサー値をWiFiを経由してiPadで取得するデモなどを行った。特に、指によるタッチを電子的にエミュレートするリレータッチボードをRaspberry Pi 3のGPIOにつなぎ、Pyonkeeのプログラムで制御してiPhoneの画面を自動的にタップすることで「クッキークリッカー」を叩き続けるデモは来場者に大ウケだった。

2日目のセッションでは、林氏が中心となり、ビューポイントテクノロジーとヱンガワシステムズが開発中のWi-Fi接続に対応したセンサーボードを紹介。Scratch 1.4の遠隔センサープロトコルを使えば、センサーとScratchをワイヤレスで接続できる。ルーター機能もあり、1台をつなげば複数のクライアント間でのデータ共有も可能だ。

各国の参加者が意見を交わし、知り合うための工夫

初日の夜は、パパート氏の追悼の会が開かれた。縁のある方が集い、過去の映像を鑑賞しつつ、お互いに語り合い、氏を偲んだ。各テーブルには、パパートさんの言葉を書いたメモが用意されており、各自がその中から気に入った言葉を選び、ディスカッションをする。

この会に限らず、いろいろな国の方が参加したので、お互いに会話をして、知り合うための工夫が随所に設けられていた。各セッションの間の休憩は、30分~1時間とたっぷり設けられ、参加者同士が交流することができる。セレモニー的なものも少なく、自主性に任せているのも特徴的だ。逆に言えば、イベントの参加者は、常に参加し続けることが要求される。日本でのイベントは登壇者の話を聴くだけの受け身な姿勢のものが多いが、みんなが対等に参加し、意見を述べ合うスタイルだ。参加者は、少しでも多くのことを吸収しようと誰もが真剣だ。Q&Aも終了時間が過ぎるほどに質問が殺到する。これは、海外のカンファレンスに参加するたびに思うことだが、積極性がすばらしい。

“モノをつくりながら学ぶ”ことが浸透している

今回のScratch Conferenceでは細かい技術的な話は少なく、どうすれば子どもたちの学びを促せるのか、そのための多様な道筋や多様な形(Many Paths, Many Styles)を探ることがテーマになっていた。欧米におけるプログラミング教育は、コンピューターサイエンスを学ぶための基礎という面があるが、それを押し出すよりも、パパート氏が提唱した“つくりながら学ぶ”という原点回帰的な内容が多かったと思う。

また、いくつかのワークショップを見て感じたのは、必ずしも欧米が進んでいる、というわけではない、ということ。日本でも全国各地でNPOやボランティアを中心としたCoderDojoなどの活動が盛んになってきており、従来の一斉授業のスタイルから、児童・生徒主体の形に変わってきている。構築主義の考え方という思想も徐々に浸透しているように感じる。ややもすれば、プログラミング教育は、アプリケーションを作るための勉強、職業訓練的なものになりがちだが、表現手段のひとつとしてのプログラミング、メイキング、ティンカリングが行われているのがうれしい。もちろん、欧米でも行われているが、個々の実践例をみれば、日本も負けていない。この方向性がさらに広がっていくように、今後も活動を進めていきたい。

(取材協力:株式会社アフレル、レゴジャパン株式会社)