Electronics

2014.09.24

真の「道具」としてのLSI・半導体 ─ なぜ “LチカLSI” を作ったのか

Text by tamura

先日、makezineの「Lチカ専用LSIを作ってみた」にて紹介した “LチカLSI” をなぜつくったのか、そしてMakerにとっての意味を作者の秋田純一さん(金沢大学)に寄稿していただきました。

LEDを点滅させる「Lチカ(LEDチカチカ)」といえば、Arduinoなどのマイコンのはじめの一歩の定番です。例えばArduinoだとサンプルスケッチ「Blink」でLチカができます。マイコンが登場する前は、発振回路を使ってLチカをするのが定番で、無安定マルチバイブレータや定番のタイマIC「555」などの方法がありました。

電子部品としてのマイコンやICはシリコンを原料とする半導体製品であるわけですが、産業としての半導体は「ムーアの法則」によって進む方向が決定づけられてきました。これは、簡単に言うと、「ICを構成するトランジスタ(MOSFET)を、がんばって小さく作ると、いいことがたくさんある」というものです。この明確な指針によって、半導体産業は「トランジスタを小さく作る」方向に進化してきました。それに伴って、コンピュータが高性能になり、小型になり、価格が下がり、さらには身の回りのほぼあらゆるすべての電子機器に使われるようになったのはご存知の通りです。

このムーアの法則の効能の一つである「低価格化」には、「半導体やコンピュータの使われ方」そのものを変質させてきたという側面があります。例えばさきほどのLチカを、例えばパソコンにLEDをつないでつくるのは、さすがに「もったいない」と思えます。しかし、1個100円程度のワンチップマイコンならば、中で行っていること、つまりコンピュータの使い方としては同じでも、「もったいない」とは思えないでしょう。実際、「555」を使った発振回路でのLチカとマイコンでのLチカを比べても、見かけ上はほとんど変わらない、むしろマイコンの方が部品数も少ないし高機能にできます(図1)。つまり「ムーアの法則の恩恵でコンピュータが低価格になったことが、コンピュータの使い方そのものを広げた」とみることができます。

LC_Make_Fig1a

LC_Make_Fig1b

図1:Lチカのパラダイム

技術の進歩には、進化と普及の両方があります。「技術の進歩」が世の中を変えてきたことはもちろんですが、「技術の普及」も、これまでにもいろいろな分野でいろいろな影響を及ぼしてきました。例えば動画編集は、かつては映画監督しかできなかった「特権」でしたが、いまではPCでフリーウェアの動画編集ソフトを使って誰でも楽しむことができます。他に、例えばプリント基板の設計についても、かつてはCADも高価で、製造(特にイニシャルコスト)も高価で、とてもアマチュアが手を出せるものではありませんでしたが、最近はフリーウェアのCADや、P板.comなどの小ロット製造サービスが現れ、アマチュアでもお小遣いの範囲でプリント基板をつくることができるようになりました。このように「技術の普及」が、私たちMakerに与えた恩恵と影響は計り知れません。レーザーカッターや3Dプリンタなどの工作機械もしかりです。

さて、マイコンやICの中身の半導体技術は、どうでしょうか。ムーアの法則による「技術の進歩」の恩恵はもちろんですが、半導体技術そのものの「技術の普及」はどうでしょうか。半導体やICを「設計してつくる」ことは、さすがにマイコンを使うように「誰でもお手軽に」というわけにはいきません。大学や高専だったら東京大学VDECを利用したIC設計の教育研究ができるのですが、費用もそれなりにかかりますし、ちゃんと動くICを設計するためのノウハウも多く、さすがに「誰でもお手軽に」というわけにはいきません。しかしこれまでの他の「技術の普及」とその影響を見るにつけ、「半導体やICを設計してつくる」ことが「誰でもお手軽に」できるようになったら、私たちMakerや、さらには産業構造そのものを大きく進歩させるに違いありません。

そのような思いから、「お手軽にICをつくること」の実例を示したいと考え、Lチカ専用のLSIを設計して、2種類のLチカをやってみました。それぞれ、Lチカ専用の回路をレイアウト(LSI製造用のマスク)のレベルから設計して、LSIを製造してくれる試作サービスを使って製造してもらい、それを基板に実装してLチカをやっています。その過程は動画で公開しています。

LC_Make_Fig2a

LC_Make_Fig2b

図2:Lチカ専用LSIのチップ写真とそれを実装した基板

1つ目は、図3のように、まさにLチカのみの回路です。回路の動作原理はとても簡単で、まず1001個のインバータ(NOTゲート)をリング状に接続した回路(リングオシレータ)で方形波を生成します。そしてTフリップフロップを多段につないだ分周回路で約2Hzの方形波を生成し、それをLEDを駆動できる電流駆動能力をもつ出力バッファにつないで、LEDを点滅させています。それ以外の機能はありません。その様子は動画にまとめています。

LC_Make_Fig3a

LC_Make_Fig3b

図3:センサつきLチカ専用LSIのチップ写真とそれを実装した基板

ニコニコ動画

この動画には、いろいろなコメントをいただきました。その中でも多かったのが「わざわざLSIをつくらなくても……」「マイコンやFPGAでいいよ」というものでした。ごもっともです。しかし、自分でLSIを作るからこそできること、作らないとできないこと、もあります。例えばセンサの機能は半導体技術と整合性が高いものですが、これを回路と同一チップ上に集積することは、まさに自分でLSIをつくるからこそできること、といえます。そこで、それを実証するために、またさらに「誰でもLSIを設計してつくれる」ことを目指して、市販の高価なCADツールを使わず、誰でも利用できる設備を使って「センサ機能つきLチカ専用LSI」をつくってみました。タッチセンサと光センサの機能をLチカ回路と同一チップに集積し、設計にはフリーウェアの描画ツール「Inkscape」を使っています。


ニコニコ動画

そんなもったいないことを……マイコンを使えばできることを、わざわざ専用LSIを作ってまで……と思われる方も多いかと思います。でも、半導体は、本来は、作りたいものを実現するための「手段」のはずです。それが、LSIの技術が進歩していった結果、とても私たちMakerは「LSIのユーザー・消費者」として恩恵を受けつつも、それ自体を「いじる・つくる」ことには手が出せない、遠い世界のものになってしまいました。もちろんそのように高度に進化したLSIのおかげで、情報技術がここまで進歩して、現代社会を支えているのは事実です。でも、だからこそ、LSIという「道具」を、ものをつくる人たち、私たちMakerの手に取り戻すことは、「夢」を実現するための可能な手段を広げることで、大切なことだと考えています。もちろんいまは、そのような「LSIという道具をみんなの手に取り戻す」ためには、足りないものがたくさんあります。LSI設計のためのCADソフトはとても高価で、とてもアマチュアが使えるものではありません。またLSIを製造する試作サービスも先端技術すぎて、とてもアマチュアが使えるものではありません。もちろんLSIを道具として夢を実現する「仲間(コミュニティ)」も、まだまだ足りません。でも少しずつ、それらを解決して、「LSIという道具をみんなの手に取り戻して、夢を実現する」ことができる世の中を目指して行きたいと思いますし、小ロットLSI製造装置「ミニマルファブ」のような動きも出てきています。個人でLSIを設計してつくるための情報共有・情報交換のためのサイトを仮に立ち上げていますので、ご興味のある方はご覧ください。近いうちに有志で相乗りLSI設計・試作をやりたいと思います。

http://ifdl.ec.t.kanazawa-u.ac.jp/make_lsi/

これらのLチカLSIは、Maker Faire Tokyo 2014に出展する予定です。興味のある方はぜひ会場でご覧いただき、意見交換などをさせていただけると嬉しいです。

─ 秋田 純一