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2014.10.06

“放課後” の研究開発を促進する企業内メイカースペース「SAP Creative Lounge」─ソニー株式会社 田中章愛さんインタビュー(前編)

Text by tamura

8月上旬、品川のソニー本社ビル・ソニーシティの1階に「SAP Creative Lounge」がオープンした。このCreative Loungeは、入口がガラス張りになった明るいスペースで、デスクや黒板、そしてオシロスコープなどの電子工作用の機器、さらには3DプリンタやレーザーカッターなどのMakerおなじみの機材が並んでいる。大手企業というよりはベンチャー企業のオフィスにも見えるこのスペースは、ソニーの社員なら自由に利用でき、社内外の人間とミーティングを行ったり工作機械を使ったりと、まさしくメイカースペースだ。

このSAP Creative Loungeは、ソニーが新たなビジネスを作り出すためにスタートさせたプログラム「Sony Seed Acceleration Program」(通称、SAP)に基づくものだ。SAPは、平井一夫代表執行役社長 兼 CEOの直轄組織である新規事業創出部によって推進されている。

では、ソニーはCreative Loungeで、何をしようとしているのだろうか。Creative Lounge立ち上げの中心となった新規事業創出部に所属するエンジニア・田中章愛さんに、その目的と背景をうかがった。(写真・文:青山 祐輔)

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ソニー株式会社 新規事業創出部の田中章愛さん。SAP Creative Loungeの立ち上げの中心メンバーであり、個人でもMakersとして活躍している

新規事業創出のために社内にメイカースペースを開設

田中さんは、Creative Loungeを「アイデアを生む場」だと説明する。

「面白いことをやりたいけれど、まだアイデアがおぼろげな段階という人たちは社内に数多くいる。そういう人たちが一人で考え込むのではなく、様々な刺激とフィードバックが気軽に得られるように、勉強会やセミナー、社外の人と交流をはかるミートアップをやっていきたい。それによってアイデアをクリアにしていったり、全然違う分野の人と出会ったりすることでアイデアの実現手段を上手くマッチングできればいい」

「ファブラボのようなメイカースペースは一般向けで、オープンな市民のための工房ですが、ここは企業の中にあるので、どちらかというとより製品を作りたいプロフェッショナルな人たちに使ってもらいたいです。ファブラボはプロ向けではないというわけではないですが、ここにはアイデアを製品化したい人が集まって欲しい。(企業の中にあることで)ここからなら、すぐに製品化できるかもしれない」

つまり、SAP Creative Loungeは、ソニーの内部における「スタートアップのインキュベーション」のハブとなることを狙ったものというわけだ。

もうひとつ、田中さんがCreative Loungeで狙っているのが「社員の自主的な研究開発」が表に出てくることだ。メーカーでは、社員が就業後に自主的に行っていた研究開発が、しばしばヒット商品に繋がることがある。ソニーでは、こうした自主的な研究を「アングラ」「机の下」「草の根」「手弁当」などと言うそうだ。

「ソニーには、かつて『面白いものは上司に内緒で作れ』ということを言っていた役員もいます。ただ、最近は変化も早くなり、時代の風潮や時間的な制約もあって、自主的な研究開発がやりづらくなってきた。でも、昔からそういうところから尖った商品が出てきました。だから、胸を張ってそういう製品開発ができるように応援したい」

「こういうスペース(Creative Lounge)で放課後にも工作設備を自由に使えるようにすれば、自分の熱意と裁量で好きなように開発できます」

メイカースペースというと新しいイメージがあるが、そこで狙っているのは古き良き製造業にあった「良き習慣」の復権ともいえる。だが、社員がアイデアを生み出しても、会社がそれをすくい上げることができなければ意味がない。そこには、また別の施策が必要になってくる。

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明るくカジュアルな雰囲気のスペースは、ベンチャー企業のオフィスのようにも見える。塗装などの内装工事を社員自ら行った

大企業の中にスタートアップの精神を取り入れる

大企業はどうしても動きが遅くなりがちだ。田中さんも、ソニーにおいてロボットの商品化に携わっていたが、思うように開発を進められなかった。

「企業の中にいると普通は研究所から製造販売までがすごく遠い。だから、できるだけ早い段階からフィードバックを細かく回せるような、新しいプロセスを作った」

こうして始まったのが新規事業オーディションだ。このオーディションは年4回開催され、製品だけでなく事業のアイデアも受け付けている。

「以前から部署ごとのコンテストはありましたが、当然ながらその部署で製品化しやすいアイデアが採択されやすいです。このオーディションは部署の枠を超えるようなアイデアも含めて新しく次の時代に作るべきものを提案できる場を作ろうということで始まっており、部署や子会社とか関係なく誰でも提案できます」

第1回のオーディションは6月に開催され、200件近くもの応募があった。そしてその中から数チームが見事に通過。詳しい内容は現時点では述べられないとのことだが、コンシューマ向けプロダクトやB2B向けのソリューションビジネスが採択されたという。通過した中には勤務年数の浅い若手社員のみによるチームもあったという。

「合格すると3ヶ月間、プロジェクト化されます。逆に言うと3カ月しかない。少額の予算で人数も5人までで、まずは必要最小限の形で開発して本当にニーズがあるかどうかや実現性を確かめます。成果があれば、さらに3カ月延長するか、もしくはいきなり事業化や量産化に入ります」

しかしオーディションを開けば、それですぐにアイデアが集まるというわけではない。それ以前に、社員が新しいアイデアを生み出すことに積極的でなければならないのだ。そうした空気を作るために、Creative Loungeが設置されたのだ。

「何でもいいから考えてください、と言うだけでは無責任だと思ったので、そこを刺激したかった。さらに、社員同士がやっていることを見える化することで、似たようなことを考えている人同士が繋がってチームができたり、違う目線で似たような方向を深掘りしたりできる。3カ月に一度のオーディションでしか出会えないのでは足りないから、常日頃そういうシナジーが起きるようにしたかった」

オーディションは、まだ1回しか実施されておらず、取材時はちょうど第2回の準備を行っているところだ。しかし、もうすでに社内には効果が現れているという。

「やっぱりかなり変わってきました。自由にアイデアを考えて良いんだって空気になりました。密かにアイデアを温めていた人がいっぱいいて、その人たちが満を持して応募してくれたから、200件弱も集まったんだと思います」

SAPによる新規事業を実際に私たちが目にするのは、もう少し先になるだろう。だが、こうした取り組みの成果は、すでに社内の空気の変化として現れており、それこそがイノベーションを生み出す企業の活力に繋がるものだ。

田中さんが、ソニーに取り入れたMakerやスタートアップの精神は、社外での個人的な活動から学んできたものだという。そこで後編では、そうした田中さんのMakerとしての活動にスポットを当ててお話をうかがった。

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スペースはゆったりしており、100人規模のイベントもできるほど。置いてあるデスクやイスは、家具メーカーのプロトタイプを譲り受けたものや社員からの寄付

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3Dプリンタは写真の積層型のほか、工業用の光造形樹脂タイプもある。他にはレーザーカッター、オシロスコープなども。今後は電子部品のストックやサンプルなども置く予定

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入口の自動ドアにあるロゴマークは、社内のデザイナーが製作したもの。現在は社員のみ利用可能だが、今後は社員の紹介があれば社外の人間も利用できるようにする予定

(後編はこちら

編集部から:makezine.jpでは、これまでMaker Pro Jpシリーズとして、主にハードウェアスタートアップの方々を紹介してきました。しかし、日本では既存の企業のなかでMakerとしてのマインドを持ち、活動されている方も多数存在します。今後は、そういった方々にもお話を伺っていきたいと考えています。お楽しみに!