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2016.12.22

『Cooking for Geeks 第2版』著者、Jeff Potterさんインタビュー「キッチンで料理する際に大事なのは物理学と化学」

Text by editor

O’Reilly Japan – Cooking for Geeks 第2版』の発売を記念して、著者のJeff Potterさんのインタビューを掲載します。『Cooking for Geeks 第2版』は、12月24日発売です!

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2010年に出版された『Cooking for Geeks』初版の反響はどうでしたか?

読者の皆さんからの反響には恐縮するばかりです。当時は、数年後に私が日本に来てここでこうしてインタビューを受けることになるなんて、想像もしていませんでした。本当に信じられません。多くの人はとても親切で、料理について科学的に考えることを楽しく学んでもらえたように思います。またキッチンに入って自由に楽しく料理をするという、それまではできると思っていなかった経験をする手助けにもなったようです。私にとって、読者からの反響は素晴らしいものでした。

そもそも、どういうきっかけで『Cooking for Geeks』を書こうと思ったのですか? どんないきさつがあったのか、教えていただけますか?

時々「お腹が空いていたから」と答えることもありますが、もちろんそれは冗談です。私はスタートアップ企業で働いていたのですが、あまりうまく行っていませんでした。私はずっと食品に興味を持っていて、O’ReillyのFoo Camp East(訳注:O’Reilly Mediaが主催する招待制のイベント)で話す機会がありました。私が真空調理法などについて話したところ、それが本を書くことにつながったのです。それは私が食品について考えていることを他の人に伝えるチャンスでしたし、面白いと思いました。これはチャンスだと思ったのです。もちろん「はい」と答えました。そうなったら、もうやるしかありません。そんなことがあったのです。私はラッキーでした。

料理と科学の要素を組み合わせた本を書いたのはどうしてですか?

料理について科学的に考えることは、大きな意味があります。キッチンで料理する際に大事なのは、物理学と化学だからです。どんな科学にも、物事の仕組みを説明する科学的なモデルというものがあります。質問に一言で答えるとすれば、科学では結果を予測するための理論やモデルを持つことが大事だから、ということです。とても多くの人たちが、今までの方法をそのまま踏襲して料理を作っています。誰かが前にこうしたから、あなたもこうすべきだ、というわけです。しかし、モデルや科学を理解せずに伝統的なレシピに従っていれば、なぜそうするのかという理由を理解することはありません。ミスを修正することはできませんし、より良いものを作ることもできないのです。計算機科学では、問題をデバッグする場合、プログラムとそれに対する入力があれば、問題を修正でき、モデルを作ることができます。このプロセス全体が科学なのです。問題を予測してこのように考えるには、キッチンはあまりふさわしくない場所です。しかし科学を取り入れれば、うまく行くのです。

材料の選択、温度範囲、化学物質で遊ぶこと、たくさんのレシピ、さまざまな専門家へのインタビューなどが詰め込まれた1冊の本を書き上げるのはとても大変なことだと思います。どのようにしてやり遂げたのですか?

書くのは大変です。ベストセラー作家のスティーブン・キングは、書くことはボートをこぐことと同じで、最初はバスタブから始めなさいと言っています。湖や大海に漕ぎ出す前に、バスタブで始めるのです。必要なのはオールですが、手にしているのはティースプーンです。バスタブをティースプーンで漕ぎ渡るのは馬鹿げたことです。もちろんこれは例え話です。1回漕いだら、次もまた漕がなくてはいけません。それがどれほど大変なことなのか知っていたらよかったのにとは思いますが、私はその大変さを知らなかったのです。

書くことの大変さを説明する例え話がもうひとつあります。書くことはマラソンのようなものです。マラソンを完走しようと思えば、まず次の電柱まで走るのです。それならできるでしょう。そして次の電柱まで、さらに次まで、といった具合に走り続ければ、いつかはマラソンも終わります。そのようにすれば完走できるのです。450ページの本を書きあげるには、まず1ページを完成させ、そして次のページに取り掛かるのです。生まれつき書くのが上手な人もいますが、私は書くことが苦手です。ですから私は、プロの作家の人たちをものすごく尊敬しています。私は書き方を知らないのです。書くのは大変です。

調べ物やインタビューには、どれだけ時間をかけたのですか? 本全体を書き上げるには、どのくらいかかったのでしょうか?

初版を書き上げるには、週に7日、1日に12時間から15時間書き続けて9か月ほどかかりました。夕食はテストの場でした。インタビューは2009年の11月に、書くのを中断して行いました。プロの作家の人たちが執筆するのは、1日に8時間、週に5日だそうです。この本を書くために、持てる時間のほぼすべてをつぎ込みました。

第2版にかかったのは4~5か月です。1日に4時間から6時間書きました。新しく書いたのは150ページほどです。3分の1は新規で、3分の2は書き直しました。初版と比べれば、半分の労力です。

本を完成させるのに何が一番大変だったか、教えていただけますか? 何か特別なエピソードはありましたか?

初版については、私は食品科学の専門家ではありません。私にはそのような経験がないのです。それはプラスでもありマイナスでもあり、弱みでもあり強みでもあったと思います。難しかった点は、自分の疑問にどうやって答えればよいかわからなかったことです。なぜお茶の風味が変わるのかという疑問を持ったとしましょう。一般の人にもわかってもらえるように、調査をする必要があります。例えば、砂糖のカラメル化について調べる場合には、砂糖ではなく、ショ糖を調べる必要があります。コーヒーや紅茶に入れる砂糖の主成分はショ糖だからです。研究論文には、砂糖という言葉は使われません。そもそも用語が違うのです。私の強みは、多くの人と同じような疑問を私が持っていることです。私が理解できなかったとすれば、他の人もたぶん理解できません。専門家ならわかっていることでも、一般人がわかっているとは限らないのです。私は疑問にどう答えればよいかわかっていませんでした。しかし私が感じる疑問と同じものを、多くの人も感じているのです。

どの項目が一番好きですか? どのレシピが一番気に入っていますか?

初版では、嗅覚と味覚のセクションが一番好きですね。嗅覚と味覚について取り上げている料理本はほとんどありません。これは魅力的な話題です。第2版では、このセクションは初版と比べて倍の分量になりました。他にこの分野を取り上げた本がなかったからです。

私が一番好きなレシピは、「ポートワイン入りチョコレートケーキ」です。チョコレートは魅力的です。最初に抱いた疑問は、なぜチョコレートをテンパリングするのか、というものでした。それを理解するためのパラグラフを書き上げたのですが、また疑問が生じました。調べてもなかなか答えがわからないこともあります。悪戦苦闘して、やっと答えを見つけても、すぐに次の疑問がまた生じます。チョコレートについては、その構造や事実を知る必要がありました。しかし、テンパリングを違った方法で行うことから、数多くの疑問が生じてくるのです。

疑問に答えが見つからなければ、誰かに聞いたりもしますよね。内容によって、インターネットで検索して見つかることもあれば、人に聞いたほうがいいこともあります。

キッチンでの仕事以外では、スタートアップ企業を手伝っているとプロフィールに書いてありましたね。今までにどんなことをしてきたか、教えていただけますか?

大学を卒業した後、科学博物館と協力して展示物を作る小さな会社で働きました。その後、コンペやシミュレーションのコンサルティングをする会社で働き、消費者向けのウェブサイトを作ったり、携帯電話アプリケーションの会社で働いたりもしました。今の私は、スタートアップ企業とはちょっと距離を置いていて、第2版のために少し休みを取ったりしています。またスタートアップで働く機会があるかどうかはわかりません。2011年から2015年まで私はスタートアップ企業で働いていましたが、2015年に解雇されました。そこで第2版に取り掛かったわけです。私は才能のある人間ではないので、会社で働きながら同時に本を書いたりはできないんです。

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なぜ第2版を出版しようと考えたのですか?

第2版を書いたのには、いろいろと理由があります。

ひとつは、2015年で初版発行から5年たったことです。最初はO’Reillyの編集者が、新しい章を書き加えて多少の修正をしてはどうかと言ってきました。それに対して私は、全面的に改版したほうがいいと答えたんです。時期もちょうどよかったし、O’Reillyも乗り気でした。それが第2版を書いたひとつの理由です。

クリエイターにとって改版作業は自分の仕事を見つめ直すめったにない機会ですし、時間をかけて数多くのアーティストや面白いミュージシャンや作家など、それまで知らなかったようなさまざまな人たちと知り合って知識を深めることもできます。時間があるということは、それまで知らなかった場所に行けるということです。初版が出た後、もっと改善できる部分があると感じました。例えば、読者からのフィードバックにより、第2版では科学的な説明の役に立つレシピが100も増えています。味覚や嗅覚の働きについて議論して、実際にコンピューターモデルを作ることもできました。コンピューターにレシピを作り出すことができるのでしょうか? IBMのシェフ・ワトソンには、それができます。そこからレシピや本も生まれました。レシピといえば、1時間かけて作るフレンチオニオンスープは電子レンジを使って作ります。なかなかの出来ばえです。

500ポンドのドーナツの作り方は、テレビ番組から生まれたものです。もっと小さな通常のサイズのレシピもあります。何か要望があった場合、イエスと言わなくてはならないこともあるのです。

数多くの新しいレシピを取り込んで、第2版が完成しました。ここ5年間で、食品の理解に役立つ研究や進歩が数多く行われています。新しいアイディアを取り込んで、この本をアップデートするチャンスでした。また初版にはアルコール飲料のレシピがありますが、高校生にはふさわしくありません。ですから第2版では削除しました。

第2版でお勧めの話題やインタビューの記事があれば、教えていただきますか?

第2版では、初版にはなかった何人かのシェフのインタビューが含まれています。英語圏の料理の世界で非常に尊敬されている2人のシェフ、ジャック・ぺパンとジュリア・チャイルドは数多くのプロジェクトに共同で参加しています。また、私は非常に有名な教育者であるブリジット・ランカスターに会うこともできました。彼女は、20年以上米国のPBSで放送されているテレビ番組「America’s Test Kitchen」のテレビ、ラジオ、そしてメディアの責任編集者ですし、視聴者に料理の仕方を教える2人のシェフの1人です。このインタビューは、私にとって非常に特別なものでした。私はとてもラッキーです。

日本の読者に、特にメッセージがあればお願いします。

日本は素晴らしいところです。さまざまな料理や食品を探検しました。特に感銘を受けたのは日本料理です。[西洋料理とは]重点の置き方が違いますし、調理方法も違いますし、盛り付け(プレゼンテーション)が非常に重視され、うま味が強調されています。

デザートに関して言えば、あまり甘くないものが多いですが、ホイップクリームの乗ったフレンチトーストみたいなものもあります。伝統的な日本のスイーツは、ゼリーのようなものです(ちょっと言い方は正しくないかもしれません)。違いは多分、使う原材料とプレゼンテーションにあるのでしょう。私が素晴らしいと思ったのは、物理学と化学が普遍的だということです。使う食材が違ったり、食生活で何に重点を置くかは違ったりもするでしょう。作り方の違いから、自分の文化を人に示したり、誰か別の人の文化を学んだりすることもできます。この本は私の経験から書かれたものですが、それでも私が言いたいのは、科学は誰にでも、どんな文化にも当てはまるということです。科学的なモデルに基づいて考えることは、どうやって教えてよいかわからない場合であっても、結果を改善するために役立ちます。例えば、より良いプレゼンテーションをするために、感覚作用について知りたいとしましょう。私にはプレゼンテーションを改善する方法を教えることはできないでしょうが、プレゼンテーションを改善するためのテスト手法を教えることはできます。ですから、私にとって料理の盛り付けを見ることはとても楽しかったと言えると思います。ここ2・3日で、店頭でのプレゼンテーションから得られた私の喜びを、うまく説明することはできません。それは素晴らしいものでした。ありがとうございます。(取材:オライリー・ジャパン、翻訳:水原 文、2015年12月収録)

書籍情報ページ:O’Reilly Japan – Cooking for Geeks 第2版