イギリスで100万人の子どもに無償配布されたことで大きな話題を呼んだ(記事参照)、教育用マイコンボード「BBC micro:bit」(以下micro:bit)。英国放送協会(BBC)が主体となって開発したこのボードには、ボタンスイッチ、LED、加速度センサー、光センサー、地磁気センサー、温度センサー、BLEなどが搭載されており、これ1つでさまざまな動きを表現できる。また、ブラウザ上でブロックを組み合わるだけでプログラムを作れる開発環境も用意されており、子どもでもかんたんにプログラミングを習得することが可能だ。
micro:bitは8月のMaker Faire Tokyo 2017で正式に日本でも発表され、会場でも注目を集め、基調講演は多くの人でにぎわった。会場での先行販売分が即日完売するなど、大きな反響を呼んだ。
micro:bitの普及に努めるMicro:bit Educational Foundation(Micro:bit教育財団)は、2017年10月でちょうど設立から1年を迎えた。この1年の間に30か国以上でmicro:bitの販売を開始し、100近くのリセラーを携え、micro:bitは拡大を続けている。編集部では、財団CEOのZach Shelby氏に、今後のビジョンなどについて話を聞いた。
——ARMのIoT部門にいたあなたは、なぜ、micro:bitで「教育」という分野に関わろうと考えたのですか?
昔、自分でベンチャーをやっていたころは、業界のスピード感がかみあわず、オープンスタンダード化がなかなか進まないことにいらだちを感じていました。もっとスピード感が必要なのに、なかなか業界自体が変化していかず、新しいものが生み出せない。そうした状況の中で、「インターネットの世界ですべてをもっと早く変化させたい」と思うようになりました。
そこで、こうした(micro:bitのような)小さなデバイスに着目したのです。それからARMに移り、Internet of Things(IoT)の実現に心血を注ぎました。実際に私はその分野で成果を残すことができました。
振り返ってみると、子どものころの私はとてもラッキーでした。8歳のころ、1980年代半ばくらいでしたが、父親が持っていたコンピュータを私に使わせてくれて、エレクトロニクスに触れるチャンスがありました。そのころの経験がいまの自分につながっていますし、結果として仕事で成果をつくることができたと思っています。
そこで、次に何をしようかと考えたときに、業界に「お返し」をしたいと思うようになったのです。テクノロジーを通じて成功できるような機会を、いまの子どもたちにも提供したいと考えたわけです。すべての子どもたちに機会を提供するために一番適した場所は、やはり学校です。
Micro:bit Educational Foundation(Micro:bit教育財団)CEOのZach Shelby氏
——2016年、イギリスで100万人の生徒にmicro:bitを配布するという、インパクトあるプロジェクトを遂行したわけですが、実現にあたり苦心したことは何ですか。
イギリスでのプロジェクトにおいては、「エコシステム」をしっかり確立していくことが、もっとも重要な挑戦でした。「すべての子どもたちにComputational Thinking(計算論的思考)を身につけてもらいたい」と考える私たちのビジョンに向かって一緒に取り組んでもらえる協力者たちのエコシステムを、しっかり確立することに一番力を注ぎました。その成果として、7月に行った調査では、非常に肯定的な評価を得ることができました。micro:bitを学んだ90%近くの生徒が、思っていたよりもコーディングは難しいものではなかったと答え、85%の先生は、micro:bitによって生徒がICT/コンピュータサイエンスをより楽しいものだととらえることができている、と答えています。
(編注:エコシステム=複数の企業が開発や事業活動などでパートナーシップを組み、互いの技術や資本を生かしながら、開発業者・代理店・販売店・宣伝媒体、さらには消費者や社会を巻き込み、業界の枠や国境を超えて広く共存共栄していく仕組み)
すべての関係者が同じ方向を向いていることがきわめて重要です。パートナーであるマイクロソフト、ARM、BBC、そして政府の関係者すべてに同じ目的意識をもってもらう、そのようなエコシステムを確立することにもっとも苦心しました。
また、micro:bitをすべての子どもに配ることはできなかったので、最終的に7年生(year 7=日本の中学1年生にあたる)を選んだのですが、選ばれなかった学年の先生からは不満が出たりしました。micro:bitを扱う先生へはトレーニングを提供するのですが、そうしたトレーニングの機会を受けられる先生とそうでない先生が出てくるので。いずれにしろ、完璧にカバーすることは難しいですが、先生方に対してのトレーニングはもっと増やしていかなければならないと思っています。
——今後も、毎年7年生の子どもに同じ規模で配布していくことを考えているでしょうか?
それができたらよいのですが、答えはノーです。micro:bitは、1台のラップトップを買う価格でクラス全員に行きわたるくらい安価なものですから、大半の学校にとってはそこまで大きな負担にはならないと思います。教育ツールの1つとして導入を検討してもらう、イギリスの学校制度の中でのスタンスはそれでよいと思っています。今後私たちが寄付対象として焦点を当てているのは、貧しい地域にいる子どもたち、女子校、福祉施設などです。
これからは、micro:bitを通じて良いコミュニティをしっかり維持していくことが大事だと考えています。教師、ボランティア、Makerなど、しっかりmicro:bitに関わってもらう人を増やす、そのために私たちは教育カリキュラムを提供していく。そうした循環が大切です。
——あなたの夢は「将来すべての子どもたちが発明家になることだ」と、Maker Faire Tokyoの基調講演でも述べられていました。micro:bit財団の活動を通じて、どのような世界を実現したいと考えていますか?
テクノロジーは社会のあらゆる場所に入り込んできています。世界は迅速に変化し続けており、すべての子どもがテクノロジーを使えるようになる必要があると考えています。将来、どんな職業に就こうとも——先生であっても、歯医者であっても、市役所の職員であっても、警察官であっても——あらゆる場所でテクノロジーを使うことが必須になり、テクノロジーを使って問題解決することが必須となるでしょう。
そのための手助けをしていきたいと考えます。お金をそんなにかけずに、先生や子どもたちにとっての完璧なソリューションをしっかり提供すること。それを、学校のカリキュラムの一部として取り込んでもらうこと。さらには、すべての国や地域で展開できること、パートナーを通じてローカライズしていくことが、私たちのビジョンです。
もちろんすべての国や地域で同じことが出来るわけではありません。恵まれない地域の学校や先生に対しては、スポンサーシッププログラムも用意しています。アフリカ、アジア、南米などで、貧しい地域を対象にmicro:bitを無償で提供しています。
Maker Faire Tokyo 2017でのmicro:bitの展示
——micro:bit以外にもRaspberry PiやArduinoなど、教育のためのツールがすでに存在していますが、その中でmicro:bitはどのような優位性を持っていますか?
それについては、答えはとてもシンプルです。Arduinoは、とても高いレベルのテクノロジーが詰め込まれていて、実情としては、学校以外の場所で、ホビーストやMakerなどに熱狂的に使われています。
Raspberry Piは、Linuxコンピュータです。キーボードやスクリーンを拡張してパワフルな使い方ができます。やはり多くはホビーストに使われています。私もRaspberry Piが大好きで、そのユーザーの1人ですが。
これらに比べると、micro:bitは圧倒的に「スターター」のためのものです。テクノロジーをこれから初めて学ぶ人、とくに、若い人たちがデジタルでいろいろなものを作り、学んでいくためにデザインされています。教育に非常に特化しています。
願わくば、micro:bitで学んだ子どもたちが、その後も継続的にテクノロジーに興味を持ち続け、Raspberry PiやArduinoなどにもチャレンジしていってほしいと思っています。つまりは、テクノロジーを学習する「旅」を続けていってほしいのです。
——マイクロソフトのMakeCodeエンジンを採用した開発環境「JavaScriptブロックエディタ—」は、非常に扱いやすく、子どもでも直感的に操作できるものになっていますね。
ソフトウェアだけでなく、全体を通したユーザーの体験が重要と考えています。ソフトウェアやサービスはもちろん重要ですが、そうしたものも体験の一部分です。新たにmicro:bitを学ぶユーザーが、ウェブページを開き、ブロックエディタ—を立ち上げ、先生たちがどのように教えていくのか。子どもたちが学んでいく体験の端から端までを考え、有効なものはどんどん取り入れています。
micro:bitをScratchに対応させたのも、そうした取り組みの1つです。子どもたちの心を自然に開かせるような、彼らが望む体験を取り込んでいくことが重要です。Scratchは子どもたちにとても人気がありますから、それをmicro:bitにも取り込んでいく。Minecraftもそうです。ブロックエディターから始め、だんだんJavaScriptやPythonなどに開発環境をレベルアップすることもできます。これもテクノロジーを学習する「旅」になります。
そうして、自分でどんどんいろんなものを「作れる!」という体験を子どもが積み重ねていってほしいと思います。
——アメリカ、カナダでのローンチを6月に行い、日本は8月にローンチとなりました。今後のワールドワイドでの展開について教えてください。
ヨーロッパではすでに広がっています。2017年の初めには、シンガポールでローンチを行いました。8月の日本に続いて、9月にインドでのローンチを発表しました。ほかにも、中国、香港、韓国、スリランカ、台湾など、近いうちに発表できる国がいくつかあると思います。
それぞれの国への展開もイギリスと同様、エコシステムの観点から考えなければなりません。リセラーももちろん大事ですが、教育のことをよく理解した非営利のパ—トナー(たとえばブリティッシュカウンセルのような)も、しっかり見出していくことが大事だと考えています。政府との関係も確立していく必要があります。それからボランティアも必要です。コミュニティを作っていく意味でも、またユーザーに満足してもらうためにも、ボランティアは重要です。各国語へのサポートが重要なのは言わずもがなです。それらすべてが組み合わさることで、micro:bitがその国でうまく浸透していくことができます。
micro:bitはとても草の根的で、さまざまな地域や場所から「ぜひ自分たちのところにもきてほしい」という要望をたくさん受けています。私たちは、なにか1つのパターンや形を押し付けるということはしません。私たちはそういうところにどんどん出向いて、エコシステムの確立に努めていきます。
書籍『micro:bitではじめるプログラミング』が、11月25日に発売されます。はじめてマイコンボードに触れる小学校高学年以上を対象に、ハードウェアの基本からプログラミングのしかた、さまざまな作品の作り方までをていねいに解説しています。親子で学ぶプログラミングとエレクトロニクスの入門書にぴったりの1冊です。くわしくはこちら。
O’Reilly Japan – micro:bitではじめるプログラミング —親子で学べるプログラミングとエレクトロニクス