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2018.07.06

Young Maker ベイエリア遠征チャレンジ ― 慶応大学Fab Nurseチームがメイカーの “聖地” で感じたこと

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編集部から:株式会社オライリー・ジャパンのMaker Faire Tokyoチームでは、若い世代の方に、国際的なイベント出展で自ら作品を発表する経験を通じて、ものづくりや科学技術、国際交流に対する視野を広げてもらうことを目的に、世界最大のメイカーの祭典「Maker Faire Bay Area」へ出展する学生をサポートするプログラム「Young Maker ベイエリア遠征チャレンジ」を実施しました(概要はこちら)。今回、出展チームとして選考された慶應義塾大学Fab Nurseチームの淺野義弘さんに、その経験を寄稿していただきました。

ものづくり・DIYを扱う世界最大級のお祭り、Maker Faire Bay Area 2018。私たち慶應義塾大学Fab Nurseチームは、Maker Faire Tokyoに出展した日本の学生チームへの支援プログラムであるYoung Makerベイエリア遠征チャレンジの代表として、この大舞台にプロジェクトを出展することになりました。何もかもが日本と異なる環境で、私たちはどんな展示をしていたのか、そこで得られたものは何なのか。学生として感じたことをお伝えしたいと思います。

Bay Areaはこんな感じ!

まずはBay Areaの雰囲気をお伝えするため、映像を作ってみました。

広さと開放的な雰囲気が伝わっていれば幸いです。会場はサンフランシスコ州のサンマテオ・イベントセンター。約19,000平方メートルの広さに、800を越える団体が出展しています。とても一日ではすべてを見ることができない規模であり、屋外を自由に動き回るような展示が多いことも特徴的です。「Education」「Dark Room」など個性豊かな全9エリアのうち、私たちは、「Maker Expo」というゾーンで展示を行いました。

ものづくりとケアを結ぶ ― Fab Nurse Projectとは

筆者は慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で、デジタルファブリケーション技術の開発とその社会実践を専門とする田中浩也研究室に所属しています。同じくSFCに設置された看護医療学部で、ヘルスケア情報学を専門とする宮川祥子准教授とのコラボレーションとして始まったのがFab Nurse Projectです。ものづくりと看護、一見あまり関係なさそうなふたつの分野ですが、実はとても親和性の高い組み合わせだと私たちは考えています。

高齢化の進む日本では、2025年には病院でのケアが受けられない「看取り難民」が約40万人に到達すると予測されています。病院のみならず、施設や各家庭においてケアを必要とする人の数が増えるなか、住空間をかたちづくる数々の「もの」たちは、今まで以上に生活の質を左右するようになると考えられます。より個別できめ細やかになっていくケアの現場を、デジタルファブリケーションによる少量多品種なものづくりで支えることができるのではないか。そうした考えから、2015年の夏ごろにFab Nurse Projectがスタートしました。

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実際にはどのようなものが作られているのでしょうか。左の写真は、手の麻痺によってつまむ動作や握る動作ができない方が、ペンに筆圧をかけて文字を書くための自助具です(製作:吉岡純希)。右の写真は、うがいをする際に利用する容器「ガーグルベイスン」を柔らかい素材で3Dプリントしたものです。利用者の3Dスキャンデータから形状を作ることで、ぴったり顔にフィットして快適に利用することができます(製作:若杉亮介)。

これらのプロダクトに共通しているのは、実際の看護現場での困りごとが開発のきっかけになってるということ。ペンホルダーは訪問看護の利用者と看護師の日常的なコミュニケーションのなかで生まれたアイディアであり、フレキシブルガーグルベイスンは医療従事者を対象としたワークショップで考案されたアイディアです。デザイナーやエンジニアと医療従事者がコラボレーションすることで、現場で役立つ・細かなニーズに対応したプロダクトを作ることが可能になっています。詳しくはプロジェクトのウェブサイトをご覧ください。

仲間を増やすために ― Maker Faire Tokyoへの出展

こうした説明を見ると、とても真面目なプロジェクトなのだと感じる方が多いと思います。もちろん、私たちも有意義で価値のあるプロジェクトだと信じていますが、そうした一方で、なんというか、誤解を恐れず言えば、参加するメンバーはこの活動を「楽しんでいる」側面があります。

筆者自身は障害や福祉のフィールドで3Dプリンターが利用されていることに感銘を受けてプロジェクトに参加しましたが、自分の培ったスキルで喜んでくれる人がいることがとてもうれしく感じました。また、現場からのニーズに応えるため、柔らかい3Dプリント素材を使ってみたり、他者の利用に耐えるクオリティのものを作るため、試行錯誤したりしてるうちに、自分自身のパーソナルな創作意欲も刺激されていることに気が付きました。

お互いがあまり知らない領域同士だからこそ、日々の活動はとても新鮮・刺激的で、互いに関心を持ちながら、技術や知識の共有を行ってきました。触ることのできる「モノ」があるおかげで、コミュニケーションが円滑になっていたという側面もあるでしょう。活動の中で生まれたプロダクトの数が増え、メンバー同士の理解も深まってきた折、ものづくりを楽しむMakerたちのお祭りであるMaker Faireへの出展の話題が出てきたのも、とても自然な流れでした。

MFT

「看護分野でのものづくりを発信し、関わる人を増やしたい」という目標を持って参加したMaker Faire Tokyo 2017。DIYの本流とは少し離れた領域なので、他の参加者が興味を持ってくれるか不安でしたが、想像以上に色々な人がブースに訪れてくれました。展示物に触れて楽しんでもらうだけではなく、医療現場のニーズから生まれた素材や柔軟性などの技術についての話も盛り上がりました。3Dプリント品が医療現場で使える可能性や、活動の背景にある医療の課題にも関心を持ってもらうことができ、楽しさと有用性の両面を伝えることができたのではないかと思います。

初めての出展で外部からの評価にも手ごたえを感じていた折、たまたま「Young Makerベイエリア遠征チャレンジ」の記事を見つけました。かねてよりBay Areaの雰囲気に憧れていた筆者がメンバーに情報を共有すると、全員一致で「参加したい!」と反応が返ってきたため、申し込んでみることに決めました。もちろん不安もありましたが、「Make:」の本場の雰囲気を味わい、挑戦してみたいという気持ちの方が大きく勝っていました。

Bay Areaは多様性のかたまり

その後、幸いなことに採択していただき、Maker Faire Bay Areaに出展することが決まりました。冒頭の映像のような巨大な会場のなか、Fab Nurse Projectの展示が始まります。会場の広さに戸惑いつつ、日本で準備した展示物や英語版のキャプションを並べていきます。ブースの区切りが金網というところにアメリカらしさを感じました。

BayArea

いざイベントが始まると、まずは来場者の多様さに驚かされました。Bay AreaのMaker Faireは、地域のイベントとして捉えられている側面が強いようで、ものづくり系の人だけではなく、さまざまな職種・年齢の人が訪れます。家族での参加も非常に多く、自分や家族のケアと関連させて「こんなものがあると良いね」とアイディアを交換したり、時には看護師や医師などの医療関係者から直接意見を聞いたりすることもできました。

また、当たり前ですが、説明は英語で行う必要があります。日本語では何度も繰り返ししてきた説明であっても、英語だとどんな表現になるのか改めて考えなくてはなりません。無数の展示の中で興味を持ってもらうためにも、まずはスパッとワンフレーズで言い切る必要があり、自分たちの活動の本質を考える機会となりました。

日本では見られなかった傾向として、「これは売り物なの?」という質問が多かったことが印象に残っています。シリコンバレーのお隣という土地柄が影響しているのでしょうか。実際のところ、現状ではあくまで学内プロジェクトとして有用性を検証している段階です。すぐに事業化するかしないかはさておき、この活動を社会に落とし込んでいくためにはどうすれば良いのか? という大きな問いを投げかけられたように感じました。

世界で広がるアシスティブテクノロジー

Bay Areaには世界各国からMakerが集まっています。「Health」というカテゴリの展示では、Fab Nurseと似た取り組みを見ることができました。

enabletech

EnableTech: Engineering for Accessibility

EnableTechはバークレー大学工学部の活動です。車椅子のユーザーである学生が始めた自主的な取り組みということですが、工学部ゆえの高度な技術力を生かしたガジェットが印象的でした。エンジニアや障害の当事者を集めたハッカソンなども開催しており、学生だけで行っているとは思えないアクティブさがとても刺激になりました。

Makers Making Change

Makers Making Changeは所属を問わない個人Makerによって構成されるコミュニティです。手足の代わりに口でマウスを動かせるデバイスや、片手で爪切りをするための3Dプリント製ガジェットなど、多くのプロダクトを作成・展示していました。特筆すべきは、こうしたプロダクトの制作方法をウェブで説明書として公開していること。同じような困りごとを持った人に情報を提供し、物理的に離れた土地でのコラボレーションを可能にしています。

ジャンルが近い他団体の活動を知ることは、相対的にFab Nurse Projectの特徴を考えることにもつながりました。企業と提携した最先端の研究開発や、専門性が求められるが収益化しづらい安全性の検討などは、大学をベースとして活動する私たちだからこそ、取り組めるテーマなのだと気づかされました。世界を舞台に、同じような活動をする人々と出会うことで、自分たちの活動が相対化されるのは、行かなければ体験できなかったことだと思います。幾多のMakerによるプロジェクトの中で、自分たちが取るべき姿勢を見つけていくのに大いに役立ちました。

誇りの持てる楽しさへ

自分たちが取り組む課題の見聞が広まり、深めるべき目標も見えてきたのは遠征チャレンジの大きな収穫でした。でも、それと同じくらい、多くの人との交流を通じてものづくりの楽しさを再認識することができたと感じています。看護医療学部で学びながらものづくりに取り組む、頼れるメンバーの一人である渡邊静佳さんの感想で締めくくりたいと思います。

「私たちのプロジェクトは関わる人が多い中で、実用のためにたくさんのことを考慮していかなければならないけど、そもそもものづくりって作るのが楽しくて、その楽しさが見る人・使う人にも伝わって、いつのまにか作る人が増えてワクワクの輪が広がる、みたいなごく単純なことだったな!ということを思い出しました。

医療の分野にいるとユーザー(患者)はあまり笑顔でいることがないけれど、そんな人たちに少しでも笑顔・前向きな気持ちでいてもらえるための活動なのかもしれないと思えました。だから私も「こんなもの作ったんだ! すごいでしょ!」って胸を張って言える、もちろん人のためになるけれど、なにより自分が作ってて楽しいと思えるような、「作り手も楽しい・使い手も楽しい」活動を続けていきたいです」