Fabrication

2019.01.18

Makerから始まったMakerフレンドリーなパーソナルモビリティ「WHILL Model CR」—白井一充さん・武井祐介さんインタビュー

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編集部から:この記事は、小林茂さん(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]産業文化研究センター 教授)に取材・執筆・撮影していただきました。


WHILLというメーカーを知っているだろうか? もし、名前だけを聞いて思い出せなかったとしても、その製品の特徴的な形状を見れば、読者の多くがどこかで目にしたことを思い出すだろう。街中で実物を見たことがあるという人も少なくないだろうし、もしかしたら、自分で持っているという人もいるかもしれない。WHILLの最初の製品「WHILL Model A」は2014年9月発表、その3年後の2017年4月により軽量で安価になった「WHILL Model C」が発表され、同年9月に発売されている。このモデルに関して、同年12月に発売されたのが研究開発モデル「WHILL Model CR」だ。Model CRに込められたメッセージや、その背後にあるMakerムーブメントの重なりについて、神奈川県横浜市のWHILL本社で白井一充さんと武井祐介さんに話を聞いた。


WHILL Model CRを前に、武井祐介さん(左)と白井一充さん(右)(撮影:小林茂)

WHILL Model CRのベースになっているWHILL Model Cとはどんなモデルだろうか?WHILL Model Cは、スタイリッシュな外観を持ち、わずか76cmという小さな最小回転半径を実現している。これを可能にしているのが、前輪に配置された2つの「オムニホイール」だ。オムニホイールとは、多数の小さな車輪を配置することにより、縦だけではなく横にも回る特別な車輪である。これ以外にも、簡単に分解して車などに載せて持ち運ぶこともできる、ジョイスティックで簡単にコントロールできる、スマートフォンアプリからコントロールできる(iOS版のみ対応)、といった特長がある。一般的な製品カテゴリとしては「電動車椅子」に分類されるが、WHILLでは、従来の電動車椅子という言葉で連想される範囲を超えた「パーソナルモビリティ」というカテゴリを提唱している。筆者も短時間試乗したが、ジョイスティックでのコントロールにはすぐに慣れることができたし、動いたときの安定感も含め、製品としての完成度の高さを実感できた。その感覚から、確かにこれは電動車椅子ではなく、搭乗可能なロボットと言ってよいのではないかと素直に思った。


WHILL Model C(提供:WHILL株式会社)

このModel Cをベースにした研究開発モデルがModel CRだ。速度、加減速値、エンコーダー情報、加速度センサー値、コントローラー入力情報、バッテリー情報といった本体の情報を取得できるだけでなく、外部機器から入力信号を送信することにより本体を制御することができる。これにより、自動走行、自動停止、衝突回避、移動支援、自律走行などの研究に活用できると位置付けている。


さまざまなセンサを搭載したWHILL Model CRをPCと接続している様子(提供:WHILL株式会社)

モビリティの研究をする場合、機器そのものが研究開発の対象になる場合も有るだろうが、それよりも上位のレイヤーで研究開発したいという人が多いだろう。そうした人々にとって、安全なモビリティで、高い自由度でコントロールできる製品の存在は大きい。このような製品を発売するに至った動機を、白井さんは次のように語ってくれた。

私も、創業者の一人で私の上司のCTOの福岡も、元々大学ではロボット屋だったんですが、その当時は意外といいモビリティがなかったんですよね。モビリティを作ることは研究じゃないのでそこには時間をかけられないんだけど、パッと使えるものがないな…という中で、こういうのが欲しいな、という思いは昔からありましたね。そうしたことがあり、特定の企業にだけ販売するのではなくて研究開発モデルという形で広く一般に発売しよう、ということになったんです。

このような想いが動機になっているため、Model CRはWHILLとのNDA(秘密保持契約)を結ぶ必要もなく購入できるし、ベースとなっている製品でコントロールできる範囲に関しては全てソフトウェアからコントロールできる。GitHubでは、プロトコルにくわえてArduinoとPythonのSDKが公開されているされているほか、コミュニティも用意されている。白井さんは「パーソナルモビリティのMbedとかArduinoみたいな形で、コミュニティが拡がって、みんながいろいろな使い方をする、ということが実現できたらいいかなと思ってます。」というビジョンを語ってくれた。まさに、2013年のカンファレンス「Maker Conference Tokyo 2013」のセッション「Makerフレンドリーな製品をつくる」で議論されたような特長を持つ、Makerフレンドリーな製品である。

実は、今回お話を伺ったお二人のうち、武井さんはMaker Faire Tokyoへの出展経験を持っている。2012年12月に日本科学未来館で開催されたMaker Faire Tokyo 2012に「Funny Gadget Factory」名義で参加して「Palletizer」などの作品を展示したほか、最近では和田永さんのプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス」にも参加している。武井さん自身が正式にWHILLに参加したのは2017年秋だが、実は前職の頃、WHILLの設立前から関わっていた(WHILL設立の頃のエピソードはウェブサイトに掲載されている)。2009年当時の拠点だった東京都町田市の小さなアパートには、土日はほぼ全て、平日は少ないときで週一回、多いときはほぼ毎日通い、コンセプトプロトタイプをつくることに参加していたという。手を動かして何かをつくることが楽しくて参加していた武井さんは、2011年に東京モーターショーで発表し、多くの人々からフィードバックを受ける中で自分のマインドが変化した、と当時を振り返った。

WHILLは、最初から自社の製品を電動車椅子ではなくパーソナルモビリティだと位置付けてきた。車椅子ユーザーには、直面する悪路、段差など物理的なハードルと、「車椅子に乗っている人」として周囲から見られる心理的なバリアの2つがある。「デザインとテクノロジーの力があればそれが超えられる。」そう考えた創業メンバーは、誰もが乗りたくなる、革新的な一人乗りの乗り物「パーソナルモビリティ」を自分たちで作ろうと決心したという。Model CRは、このパーソナルモビリティという概念が広める新たなチャンネルになるのではないか、という期待を白井さんは語ってくれた。

よくよく考えたら、電動車椅子とロボットって、技術的な面では境目ってないんですよね。後は乗る人がどういう使い方をしているか、されているか、というイメージの問題なんです。Model CRがロボットとして色んな人に広まって、そこからベースアップしていって、世の中に今のWHILL Model Cとは違うような出方をすれば、元の電動車椅子として使っている人にもイメージとしてはプラスになるんじゃないか、そういう風になったらいいな、と思ってますね。

WHILLの設立前を知る武井さんは、2011年のモーターショーの時点ではまだモックアップで、未来における在り方を提案しただけだったのが、約7年を経て実際に世の中に広まったことを「こうなったらいいな、とは思っていたけど、まさかなるとは思っていなかったっていうような未来で、奇跡的だと思っている」と語ってくれた。人々の電動車椅子に対する認識の転換を成し遂げたWHILLをベースにして、さらに次の展開が起きるかも知れない。2018年9月にModel CRを題材にした2日間のハッカソンを開催し、参加者たちが短期間でWHILLを使いこなし、普段WHILLを作っているメンバーでは思いつかないような使い方をした経験から、白井さんは、CRがきっかけでまた新しい見せ方やパーソナルモビリティの新しい一面を開拓していけるのではないか、という可能性を感じているという。

自身がMakerとしての経験も持つ武井さんは、最後に読者へのメッセージとして、次のように語ってくれた。

もともとこのWHILL自体が、Makeみたいな活動から始まっているんです。もし当時のMakerとしての私がCRを知ったら、きっと欲しがると思うんですよね。ちょっと高いな?とは言うかも知れないですけど(笑)。CRは、MakerにとってArduinoやRasPiと同じような、新しいハードウェアとして興味を持って使って欲しいし、それがあえて従来で言うところの車椅子なんだ、ということも認識してもらいたいんです。別に先輩面するわけじゃないんですけど、Makeの活動から生まれたWHILLの私たちが、今度はCRでMakerのみなさんに「どうぞ」って恩返ししたいと思っています。これで誰かがCRを使って、仲間と一緒にセンサーや自動走行のアルゴリズムを開発したり、または全く新しい乗り物を生み出してくれたら、私たちも嬉しく思いますね。

Model CRの価格はまだ個人で気軽に購入するというレベルではないかも知れないが、短期間でのレンタルプランも用意されている。2019年1月8日から開催された世界最大級の家電・エレクトロニクス技術展示会「Consumer Electronics Show 2019」では2020年の実用化を目指した歩道領域のための自動運転システムの発表もあり、ますます注目が高まっているWHILL。今後、Maker Faireのような場でより多くのMakerが触れ、次々と新しい挑戦が生まれていくような展開に期待したい。


CESにおける自動運転システムのデモの様子(提供:WHILL株式会社)


(撮影:小林茂)

編集部追記(1/22):WHILLは、Maker Faire Kyotoへの出展が決まりました。関西でWHILLのパーソナルモビリティを体験したい方はぜひお越しください!