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2020.11.17

「Maker Faire Tokyo」ストーリー — 数学好きな小学1年生のビジョンを大学生が形にしたボードゲーム「Museum of Mathematics」

Text by Junko Kuboki

数学が大好きな小学生と大学サークルがタッグを組んで製作した大型の立体ボードゲームが、「Museum of Mathematics」(Ryo×理科大Fabri.)だ。Maker Faire Tokyo2020に出展されて注目を集めた。

このゲームは、レーザーカッターでMDFを加工、複雑な構造に組み上げられている。進路はくねくねとつながって、全体はテーブルいっぱいに広がる。各パート(島)はフシギなかたち。刻まれた模様も呪文のような記号。観覧車があったり、ルーレットがあったり。ルーレットや車型のコマ、途中でもらえるカギは、3Dプリンターで作られている。

外観をパッと眺めただけでも、何やらヒミツや仕掛けが隠れていそうではないですか。いかにも面白そうで、Maker Faireでは子どもたちが順番待ち、次々にチャレンジしていたのも納得できる出来栄えだ。しかもこのゲーム、小学1年生のRyoくんのアイデアを元に作られているという。

そこで今回は、どんな経緯でゲームが作られていったのか、チームのみなさんに話を伺うこととなった。まずは、ゲームの各部をゲームの遊び方とともに見ていこう。

1) 「スタート島」からコマを進める

参加者が持つコマは車型(下)。車はスタート台からすべり降り、回したルーレット(上)の数字にしたがって段々になっているコマを進んでいく。コマもルーレットも3Dプリンター製で、ルーレットには「3.14159…」と円周率が刻まれている。

2) 2つ目の島は「Σと∫dxの島」

外側がΣの形、内側が∫dxの形の進路になっている島。止まったマス目で「数学クイズ」カードを引く。クイズに答えたら、またルーレット。島をクリアすると、カギが手に入る。

3) 3つ目の「観覧車の島」でゆらり遊覧

ギアを使った観覧車は、コマを載せてハンドルを回すとくるりと回転。一回転すると車がスロープをすべり降りていく。

4) 4つ目は「πと黄金比の島」

ここの段々のコマもルーレットで進めて、クイズに答えながら進む。この島は上から見るとπの形をしている。黄金比もデザインのモチーフに使われている。

5) 最後は「ゴール島」でお宝を

ここまでの4つの島で手に入れたカギを、+-×÷のカギ穴に差し込むと扉が開く。中にはお宝(シール)が入っていてゲットできる。島の周囲には、「πθρστ」など数学・化学・物理学で使われるギリシャ文字が刻まれている。

Ryoくんの夢を実現することが製作の原動力に

こんな風にたくさんのアイデアが盛り込まれたゲームは、どんなきっかけで作られたのだろう。はじまりは、まだ幼稚園児だったRyoくんの卒園スピーチだった。インターナショナルスクールの幼稚園に通っていたRyoくんには、「大きくなったら、Museum of Mathematicsを作りたい」という夢があった。卒園式は英語でスピーチするのが恒例で、「Museum of Mathematicsを作るにはお金がかかるから、そのためにぼくはお医者さんになりたい」と、Ryoくんはスピーチしたのだそうだ。

Ryoくんのお母さんの折原由枝さんによると、Ryoくんが数学に興味を持ち始めたのは2歳児だったころから。最初に足し算や引き算、次に掛け算、割り算。3歳になると数の単位や素数を知り、夢中になった。お気に入りのお出かけ施設も一般的なアミューズメント施設ではなく、「数学体験館」(東京理科大学近代科学資料館内・東京飯田橋)。気に入りすぎて、自分が「数学体験館(Museum of Mathematics)をもうひとつ作りたい」という夢ができたのだ。

一方、同じ幼稚園で保育士をしている岡野ともえさんは、ものづくりを趣味にしている。そんな岡野さんは、「将来、ぼくがMuseum of Mathematicsを作るときには装置作りを手伝って」とRyoくんに頼まれていた。「もちろんそれもいいけれど、今の数学への興味を伸ばしてあげたいし、今すぐできることがあるかもしれないと思っていたんです」

よくファブ施設を利用する岡野さんが、ファブラボ世田谷の講習に参加した際に出会ったのが、東京理科大の戸井公輝さんと伊山由利子さんだった。理科大の機械工学科1年生の戸井さんと伊山さんは、デジタルファブリケーション同好会、Fabri.を結成したばかり。「学部の1、2年生のうちは基礎や理論と学ぶことがたくさんでなかなか実践ができないんです。サークル活動を通じてものづくりのセンスを磨いていきたい、作る楽しさを忘れないようにしたいと、同好会を12月(2019年)に作ったところでした」。戸井さんは、同好会の5人で取り組むプロジェクトには何がよいかと、みんなで相談しているところだったのだ。

岡野「理科大の学生さんですか? 理科大には『数学体験館』という施設がありますよね。あそこが大好きで、数学も大好きなRyoくんというお子さんがいて…」

戸井「実は僕らは12月にものづくり同好会を結成したばかりで…」

初対面の際、岡野さんと戸井さんの間では、こんな会話が交わされたようだ。すぐにFabri.とRyoくんはつながり、最初のプロジェクトのテーマが決まったFabri.は「数学をテーマにしてどんなおもちゃできるか」と考え始めた。Ryoくんは夢が実現できそうなことに喜びながら、同年代の友だちとは話せない数学の話ができるお兄さんとの会話を楽しむようになった。3月には、Ryoくんが描いた円周率ロボットや円周率ルーレット、観覧車や電車といった装置のアイデアスケッチがFabri.に送られた。


まだ幼稚園児だったRyoくんが描いたルーレット(左)とゲームのアイデアマップ(右)。どちらもタカラトミーの「人生ゲーム」にインスパイアされたものらしい

「ルーレットは、Ryoくんがハマっていた『人生ゲーム』からの連想してのスケッチだと思いました。それで、『人生ゲームみたいなものはどうですか?』とFabri.さんたちに提案しました」と、岡野さん。

Fabri.はそこからさらにアイデアを煮詰め、人生ゲームのようにルーレットでコマを進め、島を渡っていくボードゲームを製作することにした。島をΣやπのかたちにしたり、円周率や記号を飾りで見せたり、数学クイズを出題したりすることにしたのは、「どんなに小さくても高等数学のイメージにどこかで親しんでおいてもらいたいから」。

「ファブの知識はほとんどない状態からの手探りでした。ほとんどが独学状態です。でも、Ryoくんのアイデアを実現してあげるという目標が、僕らの原動力になっていきました」と、戸井さん。完成させる時期と発表の機会は、秋のMaker Faire Tokyoにするということも決まった。初夏から夏休みにかけては新型コロナの影響が大きく、対面しての連携活動はそうそうできなくなってしまった。それでも、Fabri.とRyoくん母子、岡野さんはオンラインでつながりながら相談をして、プロジェクトを少しずつ完成に近づけていった。

ゆかいに遊ぶ感覚で学ぶ体験は、誰にとっても意義深い

そして迎えた、Maker Faire Tokyo2020の当日。会場のブースには、おそろいのTシャツを着たRyoくん、お母さん、Fabri.のみなさんと岡野さんの姿があった。Tシャツは岡野さんが準備した、背面に円周率をプリントしたもの。数学でつながった絆を表現するユニフォームになっている。


Tシャツのプリントは1枚ずつ違い、みんなが並ぶと延々と連なる円周率の数字がつながるようになっている

戸井「当日は、Ryoくんと同じ、小学校低学年の子どもたちがずらっと並んで遊んでくれたのがうれしかったです。最初の算数クイズはRyoくん向けで高度に作りすぎていました。急きょ作り直して、2日目はやさしい問題にしました」

折原(母)「みんな前向きにクイズに取り組んでくれましたよね。2×3の掛け算をまだ知らなくても『2を3回足してみよう』などと工夫して、『掛け算ができた!』とうれしそうでした。算数や数学が大好きでなくてもわからなくても、みんなで楽しんでよい体験ができるゲーム、そういうものを作っていただいたと思います」

戸井「遊びながら学ぶのは、教科書などからの学びとはまったく違う方法なんだと僕らも実感しました。今回はその方法を一から考えることができました。僕らにとってもとても楽しい体験でした」

岡野「数学が得意な人って、数学について楽しそうに話しますよね。子どもたちにもぜひそうなってほしいです。それと、Maker Faireは、さまざまなジャンルの人が参加して夢中になって楽しんでいるのが面白いところ。子どもも大人も関係なく、いろんなかたちでいろんな人と接することができるのがいいんですよね。人との関わりが自分たちの世界を広げてくれること、Ryoくんをはじめ私たちも今回は経験できたようです」


事前に用意した数学クイズの問題は難しすぎた(上)。手加減した新バージョン(下)も簡単ではなさそうだけど、みんな楽しんでくれた!


RyoくんとFabri.のみなさん

「Museum of Mathematics」を作る夢を今回少しだけ叶えることができたRyoくん本人は、「ゲームを作ってもらえたのがすごくうれしいし、Maker Faireもすごく楽しかったし、また来年も出展したい」と、もう来年のMaker Faireに思いを馳せている。Ryo×理科大Fabri.は、「数学の楽しさを伝えたい。アイデアをかたちにしたい」という思いを縁にして、ひとつのプロジェクトをMaker Faireで「楽しい体験」に組み上げることができたようだ。