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2022.08.04

東芝の共創スペース「Creative Circuit」を生み出したメイカーたちの奮闘と野望 ― 株式会社東芝 担当者インタビュー

Text by Yusuke Aoyama

Creative Circuitから生まれた数々の製作物

東芝は2021年2月15日、川崎のコミュニティセンター内に共創のための拠点「Creative Circuit」を開設した。Creative Circuitは、合計すると約500平方メートルになる3つの部屋で構成され、「オンライン・オフラインを融合させた共創・協働スペースや、創造的コラボレーションを生み出す環境、アイデアを素早く具現化できるメイカースペース」(同社プレスリリースより)という役割をそれぞれ担っている。

このCreative Circuitの開設の中心的役割を果たしたのが、同社CPSxデザイン部共創推進担当の衣斐秀聽さんだ。衣斐さんは、東芝社員が中心となって設立されたメイカーグループ「つくるラボ」のコアメンバーでもあり、Maker Faire Tokyoにも出展した経験を持つ(参考:東芝にメイカースペースを作りたいからハッカソンにでまくったメイカーたちの未来 ― 「つくるラボ」メンバーインタビュー )。

前回のインタビュー時(2018年1月実施)に衣斐さんが話したように、もともとつくるラボ自体が東芝社内にメイカースペースを設置することを目的に結成された側面がある。そして、メイカーとメイカー活動、そしてオープンイノベーションが東芝にとって有意義であることを示すべく、数々のイベントやコンテスト、ハッカソンに、年間で30件前後という驚異的なペースで参加し、実績を積み重ねていた。そこからの約3年間で、見事にCreative Circuitの開設にまでたどり着いた、その経緯について衣斐さんと、同じくCPSxデザイン部デザイン共創推進担当でつくるラボメンバーの安達浩祐さんにお話を伺った。(文と写真 青山祐輔)

川崎オフィスの一等地を占める大きな共創のための空間と設備

Creative Circuitは、最も大きなスペースでイベントやギャラリー展示、ディスカッションやグループワークなどの利用を想定した「共創スタジオK1」、限られたメンバーでの集中的なディスカッションを想定した小ぶりな「共創スタジオK2」、3Dプリンターやレーザーカッター、射出成形機などのデジタル工作機械を備えアイデアを素早くカタチするための「メイカースペースKM1」からなっている。

設置されているスマートコミュニティセンターは、JR川崎駅前にあり東芝のグループ会社を含む社会インフラ部門やクラウドソリューション部門などの従業員約7,800名が働く、一大拠点。Creative Circuitは、その来客用受付の目の前に設置されており、残念ながら昨今のコロナ禍という情勢のため来客用受付が閉鎖されているが、本来なら非常に目立つ一等地に位置している。

「スマートコミュニティセンターは我々のビジネスの中心になっていて、そのエントランス前という好立地に作りました。ビジネスのための共同活動を推進することがコンセプトになっています」(衣斐さん)

「広ければ広いほど、いろんな使い方ができる。僕らはハッカソンができる会場にしたかったので、80人くらいは入るようにしたかった。本当は300人くらいが理想だけど、管理やコストの問題から、この大きさになりました」(衣斐さん)


来客用のロビーから見たCreative CircuitのスタジオK1。なお来客用ロビーはコロナ感染拡大防止のため閉鎖されている(2022年7月時点)

東芝ではCreative Circuitを、オープンイノベーションの推進の人材育成であったり、外部とのコラボレーションであったり、開発や創作のために手を動かしたりするためのプラットフォームとして活用して行くという。そのため、Creative Circuitは東芝グループの社員なら、だれでも利用することができる。

また、スペースの設計自体にも、さまざまな工夫が凝らされている。スタジオK1は、広い大部屋で、廊下やロビーに面した壁の大半がガラス張りで、高い天井と相まって非常に開放的な空間だ。その空間にあえてパーテーションで壁を作り、簡単には部屋全体が見通せないようにし、床も場所によって高さを変えることによって、「非日常感を演出」している。それは、「組織や立場といった固定化した関係性から離れて、創造的な対話をすることができるように」(衣斐さん)するためだ。

「(普通のオフィスのような)硬質な空間から、アイデア発想しやすい非日常的な環境にするためにも、色々な種類の什器を揃えたい。一方で、オモチャ箱をひっくり返したみたいな感じになってしまわず、ちゃんとビジネスに対して議論ができるように、什器のトーンは落ち着いた雰囲気で揃えていった」(衣斐さん)

そんな風に、「創造のための自由さ」を生み出すため、テーブルや椅子も一般的なオフィスや会議室向けだけではなく、円形や多角形のデスクや、普通には座れない変わった形のスツールなども置いてある。

「社長の島田(現・代表執行役社長CEO)が社長就任する前(当時は執行役上席常務)に、ここを案内したんですが、島田さんの前でこんな風にスツールに座ったら(通常とは逆に背もたれ側を向いた砕けた感じの座り方)、ちょっと周りがざわついていました(笑)。役職に関係なく、距離感を詰めて話しやすい雰囲気が出せることを実演しようと思ってあえてやりました」(衣斐さん)


スタジオK1の全景。低いパーテーションの向こうにも通路や打合せスペースなどがあり、全体はかなり広い空間


好きな座り方ができるスツールや持ち運べるホワイトボード、全体のカラートーンなど工夫が凝らされた空間になっている

スタジオK1では、これまでにミーティングスペースとしての利用の他に、社内向けのイベントや共創人材育成のための社内研修の会場としても活用されている。

「『共創&デジタル人財Boost Program』という、アイデアソンとかハッカソンを混ぜたプログラムを社内で展開しています。社外のワークショップやハッカソンにたくさん参加して、自分とは違う分野の人とモノ作りすることで、共創や協働の力がすごく上がると思った。その一連を体験できるプログラムとしてパッケージにしました。本当は24日間だったんですが、さすがに無理そうな感じだったんで12日間にしました(笑)。そこから何度かプログラムを回して、最終的には6日間コースになりました」(衣斐さん)

オープンと自由を強く押し出したスタジオK1に対して、1/3程度のサイズのスタジオK2は、集中することに狙いをおいている。こちらは窓が少なく、壁面が多い代わりに、その壁がすべてホワイトボードになっており、手近な場所にマーカーで自由に書いたり消したりできる。扉を閉めブラインドを下ろせば外部からの視線が遮断されるので、秘匿性の高いテーマでのディスカッションも行える。


クローズドな議論もできるスタジオK2。K1の1/3程度の広さだが、四隅は緩やかなカーブのため広がりを感じさせる

ミーティングのためのスペースを2つ設けたのは、Creative Circuitのプロトタイプ的な位置づけで2018年10月から2021年1月まで開設していた「共創スタジオK416」での経験が強く反映された結果だという。

「K416をやっていて、いろんな要望があったんですね。もっと広い空間でオープンにやりたいという声もあれば、外から丸見えだとやりづらいし、声も漏れないで欲しいという要望もあったので、クローズドな部屋も必須だということで作りました」(衣斐さん)

「K416は常に7割を越える利用があり、取りたいところが予約できないみたいな状況だったので、部屋を増やすことは必要だなということで、2つの部屋にしました」(衣斐さん)

K416は、通常の会議室のひとつを、共創のためのスペースへと転用したもの。壁面をホワイトボードにしたり、プロジェクターを天井から吊り下げ設置したりし、ブレインストーミングやグループワークなどによるアイデア創出、共創に特化したスペースとして設置。これも衣斐さん達が中心となって運営したもので、このK416をメイカースペース、共創空間のプロトタイプとして運営し、その実績がCreative Circuitの設置につながった。

共創スペースK416は、前回のつくるラボのインタビューから9カ月後に設置されている。当時は、東芝社内でオープンイノベーションを実現するメイカースペースの設置に対する検討が始まっていた段階だといい、そこからプロトタイプのK416の設置を経て、さらにその2年後にはCreative Circuitが実現したことになる。こうして時系列だけで見ると、非常に順調かつ計画的に事を進めてきたように見えるが、実際には挫折の連続だったという。


メイカースペースKM1はと、そこで生み出されたプロダクト。部屋は小さいが射出成形機やレーザーカッターなどの工作機械が揃っている

いくつもの挫折を仲間と越え、紆余曲折の果てに実を結んだ

2021年2月にスタートしたCreative Circuitだが、衣斐さんが社内でメイカースペースの設置を始めて提案したのは、そこからさかのぼること5年3カ月前になる2015年11月のことだ。

「2015年に新規事業のアイデアを募集して事業化を目指す社内プログラムに、メイカースペースを立ち上げたい、と応募したんです。でも、それは新規事業ではないため、そのプログラムに乗ることはできなかったんです」(衣斐さん)

そこで「メイカー活動の実績作り」のため2016年につくるラボを結成して、社内外でメイカー活動とその啓発に取り組み始め、その裏では事業計画を作り、公式・非公式に「偉い人に提案」を繰り返していたという。その過程で、社外における評価が、社内の空気を変えることを感じたのだという。

「社外のハッカソンで賞を取ったり、コンテストで賞を取ったりを役員にご覧いただいたら、『うちの社員はこんな社外の賞を取れるんだ』という空気になった。それで、賞取りをしようとなった」(衣斐さん)

この辺りの経緯は、前回のインタビューでも語っていただいた。しかし、こうした取り組みの裏では、幾度も挫折を繰り返していたという。2017年には、グループ会社のひとつの支援の元でメイカースペースを設置する話が進んだが、社内規約に抵触する恐れがあるとの指摘があったため、予算や機材の確保が進んでいたにもかかわらず、立ち消えになったことがある。

「(この頃は)確かにちょっと期待していない自分がいた気がします。どうせダメになるだろうなって」(衣斐さん)

一方で、個人のメイカーとしての活動は、制作のために土日でも会議室を貸してくれたグループ会社や、社外の人間に対してメイカースペースを利用させてくれた企業の存在、そしてつくるラボでの仲間たちとの取り組みによって、いっそう活発になり、ハッカソンなどで入賞することによって評価もされていた。2018年1月のインタビュー時、「(社内にメイカースペースが)なくても面白いものはつくれるようになっちゃった」と語っており、衣斐さん自身も内面では揺れていたのは確かだろう。

当時は東芝全体が経営問題で揺れていた時期でもあり、いろんな話が浮かんでは消えて言ったという。ただし、そこで衣斐さんは、立ち止まらなかった。

「負けず嫌いなので、やり始めたところを引くのが苦手っていうのはあるかもしれませんね(笑)。あきらめることは、なかなかできないですね」(衣斐さん)


東芝CPSxデザイン部デザイン開発部でCreative Circuit担当の衣斐秀聽さんは、メイカーサークル「つくるラボ」の立ち上げメンバー。KM1利用者であり、つくるラボのメンバーでもある鎌田啓輔さんの作った「感情を誇張するメガネ」を着用し、ほっぺたが赤くなっている

東芝CPSxデザイン部共創推進担当の安達浩祐さん
東芝CPSxデザイン部デザイン開発部でCreative Circuit担当の安達浩祐さん。4月に異動するまでは、つくるラボのメンバーとして非公式にCreative Circuitを手伝っていた

そして、もうひとつ大きいのが、安達さんを始めとする「つくるラボ」の仲間の存在だ。「仲間の力って大きい」と衣斐さんも繰り返し言う。そして、再びメイカースペース開設に向けた流れが動き出したのも、仲間との取り組みがきっかけだった。2018年に東芝グループによる展示会「TOSHIBA OPEN INNOVATION FAIR 2018」に、つくるラボとして参加し、仲間たちと開発した作品を展示したところ、予想外に反響があったそうだ。

「イベントにオープンイノベーションと名前がついているのに、展示にオープンイノベーションってタイトルがついているのは『つくるラボ』のブースだけだったみたいで、結構お客さんが話を聴きに来て、おかげでいろんな役員の方に話をすることができました」(衣斐さん)

そこで話した社外取締役や、活躍を新聞の記事で見かけた当時の経営企画部長が、衣斐さんの取り組みに共感、多くの役員へのつなぎ役を買って出てくれた。最終的には、当時衣斐さんが所属していた東芝デジタルソリューションズの錦織社長(現・東芝テック代表取締役社長)から、当時執行役常務だった島田さんを紹介いただき、2019年2月14日に提案の場を持つことができた。そして翌々月には、衣斐さんの部署異動が決まり、Creative Circuitの担当となることができたのだ。

「島田さんがその時に『やりましょう』と言ってくれたんですね。その後で、上の方でどういう判断があったのかはわかりませんが、私はそのときの提案がつながっていると思っていて。その判断が間違ってなかったと思ってもらえるように、これからの活動で証明していきたい」(衣斐さん)

もちろん、担当になってからも苦労がなかったわけではない。東芝にとって本当にメイカースペースがいるのかという議論に立ち戻ることや、コロナ禍になったことで機材を使いに来る人がどれほどいるのか疑問視されたこともあり、その度に仲間の力を借り、説得と提案を繰り返し乗り切ってきたという。

「よくお願いするんですよ、安達さんとかにボーンって(笑)。やれる人に任せて、僕がやった方がいい場面は、見極めてやっている」(衣斐さん)

「きっと、衣斐さんの頭の中には『この人はこれが得意』というリストみたいなのがあって、それをやってくれそうなところに上手く投げている。だから、任される方もそれほどストレスがない気がします。時間的な余裕は置いといて(笑)」(安達さん)

このため、部署における公式な担当者は10人ほどだが、それ以外にも一度でも何かを頼んだり、教えてもらったりした心の中のメンバーは「90人ぐらい」になるそうだ。

実は、安達さんも現部署には4月に社内人材交流の一環で異動してきたばかり。それまでは「つくるラボ」のメンバーではあったものの、Creative Circuitに関しては、あくまで個人的に手伝っていた立場。もともとは、生産技術センターで、樹脂部品の設計や製造技術、製品の立ち上げなどを担当していたので、Creative Circuitでは射出成形機の立ち上げもサポートした。


Creative Circuitのレイアウト。スタジオ内には共創を促すメッセージがちりばめられている

変化しつつある東芝と、その先に衣斐さんが見るもの

つくるラボと衣斐さんは、5年がかりでようやく社内にメイカースペースを手に入れた。企業としては、ここからがスタートであり、これだけの投資を何らかの成果として回収する必要があり、それはこれからの企業としての成長によって示して行かなければならない。そして、そのためにはメイカースペース、共創空間を川崎だけでなく、全国の拠点に広げて行く必要があると衣斐さんは語る。

「(Creative Circuitは)川崎だけだと使い勝手が悪くて、各オフィスにあった方が良いと思う。各オフィスで、いろんな作品もでてくるだろうし、そこから生まれるものもある。東芝のなかでMaker Faireみたいな展示会をやって、横断的なつながって、メイカー文化、プロトタイプ思考が広がっていくといいな」(衣斐さん)

衣斐さんは、Creative Circuitを会場として「共創&デジタル人財Boost Program」という社内向け研修を実施しているが、やはり関東圏以外の地域の従業員や、平日にはラインを止めることができない工場の従業員は参加しづらいという。そのため、全国にCreative Circuitを展開したり、土日でも利用できるようにしたりしていきたいという。

また、衣斐さん個人としては、電子工作を改めて勉強したいそうだ

「(自分自身が)実は電子工作の初心者なんですね。好きだから、ちょっとは使えるんですが、『つくるラボ』だと周りが皆できちゃうから、アイデアを出すだけで他の人が実現してくれちゃう。だから、いままでラズパイとかArduinoをちょっとかじったくらいだったのが、最近はラズパイの制御プログラムをPythonで書いたりして、ちょっとレベルが上がってきた」(衣斐さん)

そして、自分自身が新たなスキルを得たことにより、改めて東芝という企業のポテンシャルを実感したという。

「ハッカソンに皆で参加すると、専門特化した人材が、お互いのことを理解して協力することで、短時間ですごくいいものができる。つまり、東芝のなかには、アイデアを具現化する機能があるのは明らかなんです。だから、アイデアがあったらひとりじゃなくて、皆でパッと作って検証できる組織を作るべきだと思っていて」

「そうしたらアイデアがあったら、パッと作って、1週間くらいでカタチにして、使ってみたりする。そういうプロトタイプ思考のスペシャリスト集団があったらいいなと思っている。10年後に、東芝でそれができていたらいいな」(衣斐さん)

スケールフリーネットワークブローチのプロトタイプ
Creative Circuit でプロトタイピングを行なっているスケールフリーネットワークブローチは、島田社長が掲げる「スケールフリーネットワーク」による人間関係構築のためのツール。IoT プラットフォーム ifLink や、世界最小 Bluetooth モジュール SASPなどの社内技術を活用している

実は、衣斐さんが2015年に初めてメイカースペースを社内で提案していたときに、こうした「プロトタイプ実証部隊」のアイデアもセットだったそうだ。もちろん、東芝も製造業だから、開発部門や製造部門には試作品を作る部署が存在する。しかし、単にカタチや機能を試作するだけでなく、事業化に向けて仮説を検証し、ブラッシュアップしていく「プロトタイプ思考」のための組織というのは聞いたことがない。

そして、プロトタイプを作るときには、必ずアイデアを持った事業部の人がはいり、プロトタイプが煮詰まったら、それを持って事業化に向けて飛び出していく。企業内のハードウェアスタートアップのベンチャーキャピタル兼インキュベーション組織のようなものだと衣斐さんは言う。

「この先は、こうした組織が本当に有効かどうか、検証できたらいいなと思っています。まだ何の承認も得ていない、言っているだけの話しなんで。ただの野望ですね(笑)」(衣斐さん)

大企業において新しいことを始めるのは大変だと言われている。実際に、これまでの企業内部活の取材においても、オフィシャルな活動として認められるまでの苦労を幾度も聞いてきた。そのなかでも、衣斐さんとつくるラボのメンバーの苦労は、群を抜いているように思える。

単に、メイカー活動を行うだけなら、ファブラボを利用したり、他社のメイカースペースにお邪魔したりすれば、実現可能だ。だが、会社に留まり続け、そこで普段の業務を続けながらメイカー活動を続け、社外のハッカソンやコンテストに出場し、なおかつメイカースペース立ち上げのために動き続ける。そのパワフルさには、心から驚かされる。いったい、そのモチベーションはどこから来るのだろうか。

「子どもの頃から人を驚かせるのが好きなんです。僕は、会社を辞めそうだと思われることが多いので、辞めても誰も驚かないと思うんですよね。だから逆に会社に留まって、周囲のみんなを驚かせる方が楽しいというモチベーションがあったと思います。それに、大きな会社の中いるからこそ、大きくて面白いことができるんじゃないかという期待もあります」(衣斐さん)

「でも、最後の方は、これで駄目だったら諦める、って2、3回は言っていた気がする(笑)。でも、駄目じゃなかったんですよね、最終的に。やっぱり、負けず嫌いなところが大きいと思います。ゲームなんかでも勝つことにこだわっていくんで。ハッカソンとかコンテストも、できる限り作戦を練って勝ちにいくんで」(衣斐さん)

衣斐さんとつくるラボは、大きな野望を着々と実現しつつあるが、直近の目標は9月の「Maker Faire Tokyo 2022」への参加だ。

「いままでつくるラボで参加していましたが、今回は東芝として出展することができます。これまでは有志活動で東芝の名前を出すには多くの関門があったんですけど、今回、社内での出展の承認が、ものすごくスルッと通ったんですよ。東芝ではメイカー活動をビジネス創出に活用する手法をプロトタイプ思考と呼んでいるんですが、社内へ向けて啓発を続けてきた効果が出てきているのかもしれない」(衣斐さん)


社内で有志が共創スタジオに集まり、作品やプロトタイプの製作に取り組む「モクモク会」の様子

つくるラボのメンバー以外にも、東芝社員の有志から展示品を募集したところ、予想以上の応募があり、想定していた定員を超えて展示することになりそうだという。

「東芝の社員でMaker Faireに出たことがある人はそこまで多くない。自分のスキルが心配、クオリティが足らない、とか尻込みする人もいるんですが、作りたいモノを作って皆に見てもらうお祭りだから大丈夫、って背中を押しています」(衣斐さん)

「大きい会社だと、製品を作る工程全てを一気通貫でやったことがある人ってほとんどいないんですよ。だから、自分がやっている範囲にはプライドはあるけど、一方で自分の仕事がユーザーから遠い人も多い。でも、Maker Faireって、自分の立場とか無関係に参加できて、その場で感想がもらえる。その経験は、普通の業務では多分できないことで貴重な経験だと思います」(安達さん)

大企業になるほど役割分担と責任の細分化が進み、ひとりでひとつの仕事をやり遂げる、製品を作り挙げるということが難しくなっている。会社員として企業に勤めながら、プライベートでメイカー活動に取り組む人には、「自分ですべて作りたい」をモチベーションにしている人が少なくない。

だが、東芝のように会社としてMaker Faireに参加し、社員が自由に展示物を作るようになれば、必然的に社内にメイカーが増え、同時にプロトタイプ思考の実践者が増えていく事になる。そうやって東芝だけじゃなくて、他の日本の企業にもメイカー文化、プロトタイプ思考が浸透していけば、日本のエンジニアはもっと元気になり、日本全体ももっと元気になっていくかもしれない。