2022.10.03
副産物として超音波式風速計も生まれた、滑空回収型観測気球プロジェクト「ストラトビジョン」
Maker Faire Tokyo 2022の会場にあがっていた白い大きな気球はストラトビジョンの河野さんが開発中の観測気球システムだ。気球の下にはカメラなどの観測機器を載せたパラフォイルがあり、遠隔制御で落下地点まで誘導し、回収する仕組みになっている。河野さんが気球に興味を持ち始めたのは、成層圏気球の放球(打ち上げ)が盛んになった2010年。ネットニュースで米国の中学生が風船を飛ばして地球を撮影した記事を見て、「自分も気球をあげて撮影してみたい」と考えたのがスタートだそう。
日本での気球回収に挑戦
しかし、実際に気球の制作を始めたところ、日本では気球をあげ、回収することの難しさに気付く。日本の上空にはジェット気流があり、気球が流されてしまう。さらに国土が狭いことから、米国などのように陸地に落とすことができない。海に落下させると回収コストがかかるため、観測気球が収集したデータだけを無線送信し、機器ごと使い捨てられるのが一般的だ。
効率的な回収が可能になれば、上空のガスなど物体の収集や大量のデータが取れるようになる。例えば、地震や津波、雪崩などの解明に期待されている低周波のインフラサウンドの観測、雷の電磁波などが観測できれば、防災にも役立ちそうだ。
低コストに観測機器を回収するには、ある程度、想定した場所に落とす必要がある。必要な知識を学ぶため、大学では宇宙計測工学を扱う研究室に所属し、在学中の2014年には、自作の無線システムで気球から落下したパラシュートを追跡して機器回収に成功。卒業後もメーカーに勤務しながらプライベートで研究開発を続け、2020年のIPA未踏アドバンスト事業に採択されたのを機に、会社を退職してストラトビジョンを立ち上げ、本格的に気球開発に取り組むことに。
未踏事業では、ビジネスの専門家がメンターとなり、プロジェクト管理や知財面をサポートしてくれる。自分と向き合い、ひとりで開発に取り組む日々の中で、毎週のメンタリングや未踏人材のコミュニティで挑戦している仲間と交流することは励みになったそうだ。
Maker Faire Tokyo 2022では超音波式風速計を展示販売
こうして開発した観測気球システムをいろいろな人に見てもらいたい、ということで、昨年のMaker Faire Tokyo 2021に応募。しかし、新型コロナ感染症の影響でオンラインイベントのみになり、出展が中止に。今回のMaker Faire Tokyo 2022は1年越しの出展となった。
ブースに展示されていたのは、気球にぶら下がったパラフォイルと滑空回収ユニットのほか、PCの地上管制システム、気球追跡アンテナ、超音波式風速計。何人かのチームで取り組んでいるかと思いきや、河野さんひとりで開発しているとのこと。
電子基板やメカの設計を含め、すべて独自に開発したものだ。“気球にカメラを載せてきれいな映像を撮りたい”という目標を実現するために必要なものを考えていくうちにどんどん作るものが増えていったそう。
「一人だと大変じゃないか、時間がかかるのでは、とよく言われるのですが、必ずしもチームのほうがモノが早くできるとは限りません。ひとりなら意見が衝突することもないし、見ている方向も自分ひとり。人が増えると増えただけ、クオリティを上げたくなるので、結局、忙しさは変わらなかったりしますし。製品として品質を上げる段階になれば大勢で取り組む必要がありますが、アイデアを具現化する段階であれば、ひとりは悪くないと思います」と河野さん。
パラフォイルと滑空回収ユニット
気球追跡アンテナ
管制システム
超音波式風速計
気球の開発の過程で生まれた超音波式風速計は製品化し、オンラインでの販売を予定している。気球のあがる上空は、気圧が低く、気温はマイナス70℃になるため従来の風速計が使えない。唯一使えるのは超音波風速計だが、既存の製品は産業・研究用途でしか使われておらず50万円以上と高額だったため、自作することにしたとのこと。
「気球をビジネスとして成り立たせるまでは時間がかかるので、並行して超音波式風速計を開発しました。従来の超音波風速計に比べて安価に提供できるので、ドローンやロボット、IoTなどの研究開発に役立ててもらえたら。この売り上げを資金にメイカー活動を続けていきたい」と河野さん。
Maker Faire Tokyo 2022の会場では、ドローンや船、自転車のメイカー、気象予報士や風洞のエンジニアなど多くの人が関心を持ち、その場で購入した方もいたそうだ。
異能vationでは実験から実用化へ向けたステージへ
2021年からは総務省の異能vationプログラムのもとで活動しており、ドローンからパラグライダーを落下し、飛行特性を見る実験を行っている。この10月に実施する3回目の実験で一定の特性が把握されれば、年内には気球での実験が実施される予定だ。気球実験で回収可能であることが技術的に実証できれば、観測分野への大きなインパクトになる。これまでのひとりでの開発段階から、実用化へ向けて企業や研究機関を巻き込む展開も見えてくる。今後の活動にも注目していきたい。
ドローン実験の作業風景